2019年5月26日 (日)

雲南・桂林旅行(8)桂林

5月3日
ホテル近くの路地の食堂で餃子と包子の朝食。小汚い路地にあるのだが、店にはごみ一つ落ちていない。現金で支払ったら、手ではなくはさみのようなものを取り出して受け取っていた。店主の性格が偲ばれる。この国でその性格を貫くのはきっと大変なのだろうと思いを馳せる。

ホテルをチェックアウトし、8時10分頃タクシーに乗車。そして35分強で今日の漓江下りの出発点である磨盤山埠頭に到着。チケット購入時に「30分前に到着しているように」「桂林は1、2時間前に出るように」と警告されていたので、早めに出たのだが、早すぎた。連休のため、道路が混んでいると警戒していたが、むしろ道路はすいていたようだ。しかし、埠頭の賑わいはすさまじく、ターミナルの中も外も人であふれかえっている。そして街中ではなく山の中なので、カフェなどはない。仕方なくベンチに座って時間をつぶす。シャボン玉で遊ぶ親子がいる。平和な光景。しかし乗船時はすさまじい喧騒に包まれる。

10時半にクルーズ船が出航。同席した中国人客に大きいミカンをいただく。早速、前方には山々の連なりが見えてきた。天気は曇りだが、かえって水墨画っぽい雰囲気が出ていてよい。特に山々が近くに遠くにと重なり合って、遠くの山は薄く陰って見えている様が美しい。特に、有名な見どころである楊堤風光と九馬画山の間の辺りは、前方から円錐状の山々が連なって次々と現れ、単調なエンジン音と蝉の音だけが響き、そのままどこか仙人の国にでも連れていかれるような気分になった。船内から響いてくる子供の金切り声に、現実に引き戻されたが。
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漓江下り中【桂林~陽朔】

12時15分頃には有名な黄布倒影を通過。20元札の裏側に描かれているところで、この時とばかり、記念撮影が続く。そしてそれが終わると、昼食の時間。予約していた弁当をいただく。白米と肉団子とミックスベジタブルという感じなのだが、それでもなかなかうまい。辛かったが。食事中も絶景が現れるたびにデッキに飛び出して写真を撮っていたので、忙しい。

その後は単調な景色になり、13時35分頃には終着の陽朔に到着。思ったより早かった。そして船を降りる人でここも大混雑に。30分弱歩いて、ツーリスト向け商店街の西街に到着。こちらも大賑わい。歩行者天国とは言え、道の真ん中に露店が出ているのが斬新。周りを奇峰に囲まれているのもいい景色。しかし人疲れする。

14時半ごろに801路バスに乗って15分弱で鳳鳴観光案内センターに到着。観光バス「十里画廊線」の一日券を購入し、14時50分発のバス(電気バス)に乗車。車窓には桂林らしい山々が林立。先ほどまでの漓江下りに匹敵する眺めといっても過言ではない。25分ほどで月亮山観光センターで下車。

山に空いた穴が月のように見える「月亮山」を目指したいが、どこにあるのか一切案内なし(どうやら降りるべきバス停はその一つ手前だった模様)。ともかく警備員に方向を聞いて歩く。とりあえず遠目には見えた。穴まで登れると聞いていたので、そこに向かおうと歩きだす。が、通るのは電気バイクか自転車ばかりで歩いている人などいない。それでも進んだが、残念、もう時間がない。15時40分頃、元来た道へと引き返す。山裾の道には墓場のようになっていて、ちょっと気味が悪かった。

20分ほどでターミナルに戻り、10分ほど待ってバスに乗車。漓江下りも陽朔もこの辺りも、白人の姿が目立つ。何か彼らを引き付けるものがあるのだろうか。鳳鳴観光案内センター到着後は歩いて陽朔のバスターミナルへ。そこで呼び込みをしている桂林行きのバスに乗車。

17時発のバス車内ではうとうとと。気づけば車窓に漓江下りと同様の山々の景色が広がり、そしてまた眠り、というぜいたくな行程。シートピッチはやけに狭かったが。こうして18時10分頃に桂林南バスターミナルに到着。ここからK99路バスで35分ほどで桂林駅に到着。近くで最後の晩餐。米粉と竹筒肉。肉は豚足のようなものだった。ともにうまかった。

そしてホテルに戻って荷物をピックアップし、リムジンバスで40分ほどで桂林空港へ。この喧騒の国とおさらばかと思うとちょっとある種の喪失感に。次にこの国に来ることはあるのだろうか。

そして23時5分発の中国国際航空で1時間半弱で成都空港に到着。今日の宿は空港の出発ロビーにある、飛行機のファーストクラスのようなフルフラットになる椅子が室内に並ぶところ。日本のカプセルホテルのようなもの。深夜のターミナルから時折アナウンスの声が聞こえてくる。それよりむしろ寝返りを打つだけで椅子がギシギシ言って、真っ暗な室内に響き渡るのが気になる。寝苦しい夜。


5月4日
5時半に起床。そしてすぐにチェックインカウンターへ。今回はマイレージを利用しての発券で、日本まではエコノミーに空席がなかったのでビジネスクラス。ということでラウンジ利用が可能。せっかくなのでビジネスクラス専用のカウンターに行ったら、ここでは日本まで発券できないと言われ、軍人優先カウンターに連れていかれた。先客がいるのに横入りさせられ、微妙に肩身が狭い。そしてラウンジへ。昨日の宿は椅子だけだったので、ここでシャワーなど一通り。そして2時間弱の深セン航空のフライトで深せんへ。乗り慣れないビジネスクラスで、リクライニング等のやり方がわからない。深センでもラウンジへ。そして出発が70分ほど遅れた深セン航空のフライトで、4時間で成田へ。

 

 

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2019年5月23日 (木)

雲南・桂林旅行(7)桂林

5月2日
6時半に予約した旅行会社からツアーバス(バスというよりバン)が出発。朝っぱらから音圧が高い中国人客。ガイドも負けていない。7時40分頃、冠岩幽洞近くの「草坪」という集落に到着。早くもイメージ通りの山水画のような山々が見える。イメージと違うのは人々の騒々しさ。出航まで時間があるようなので、桂林名物の米粉(ビーフン)をいただく。雲南省の米線との違いはよく分からない。が、あまり辛くない。湯も自分で入れる。

8時15分頃、漓江下りの船が出航。山々の姿を堪能。が20分ほどで船がUターン。え?結局、8時50分ごろ、出航場所に戻った。どういうことか。15分後バスに乗る。謎のツアーだ。クルーズはこれで終わりなのだろうか。バスの中ではガイドと客が大声で話している。こちらにはもめているようにも聞こえるが、中国人は単に大きな声で話しているだけのこともあるのでよくわからない。

9時35分頃、大坪古鎮に到着。ここで11時まで休憩とのこと。別に古鎮巡りに来たわけではないのだが。でもせっかくなので、まずは人があまりいない方向へと歩く。ひなびた雰囲気で、中国の古い農村風景のイメージ。古くて汚いとも言える。そんな通りの中に、突然、コーヒーカップのイラストを発見。なんとカフェ。3階バルコニーから川が見えるというので上がると、漓江と街並みを一望できるいい感じの眺め。若い女性スタッフ(店長だったかも)は英語まで話す。そして、コーヒーもまとも。掃き溜めに鶴とはこのこと。超穴場。

10時半にカフェを出て、今度は人々が集まるほうへ。中華銀行の跡や、清代に絹製品で儲けた豪商の家やらを眺めつつ、ツーリスト向けの店々の並ぶ通りを歩く。

11時ごろに、集合地点へ。ここから「筏」に乗る。辺りは喧騒に包まれている。スタッフは大声をさらに首からかけた拡声器で拡声。そして11時半にようやく乗船。筏といっても竹を模したプラスチック(?)の管を束ねたもので、船外機をスタッフが操って進む。残念ながら桂林らしい山の景色はみれない。河畔近くの草場に牛がいたり、川の近くの岩が削れてくぼんでいたりするのを見たのぐらいが見どころか。筏の体験乗船に過ぎない。これはひどい。

25分ほどで岸に戻り、別の大型バスに乗るよう指示される。12時35分頃出発。そして、13時半にホテル前で降ろされる。つまり、半日ツアーであった。大失敗。確かに大きな船と筏に乗ることしか確認しなかった。大きな船のクルーズがそんなに種類があるとは思っておらず、どの旅行会社で頼んでも、結局同じクルーズになると思っていた。一方で、終わりの時間は7時と言っていたので、悪意がないとは言えない。ともかく、こちらは短期旅行者。それに抗議している暇は残念ながらない。

再び旅行会社巡り。1社目には明日のツアーはないと言われる。2社目は翻訳アプリのダウンロードから始まったが、使いこなせず断念。そして象山公園近くの「桂林一城遊 桂林漓江風景名勝区集票処」と書かれたオフィスへ。ここはいわゆるツアーではなく、漓江下りの船のみのチケットを手配していた。そうそう、それを予約したかったのだ。こうして無事にチケットを確保(翻訳アプリ経由のコミュニケーションで時間はかかったが、逆に言えば細かいことも含めて説明してくれた)。近くの米粉のファーストフード店で昼食。やはり辛くない(汗と鼻水は出る)。

食後、少し歩き、14時半に象山公園へ。切符売り場の行列で10分強費やし、中へ。まずは「第一展望台」へ。象が鼻を垂らして水を飲んでいるように見える岩が見えるところ。人々が群がり、情緒もへったくれもない。続いて第二展望台。こちらも賑々しい。人疲れ。象山の岩の上に上ることもできるようだが、疲れにより断念。15時15分頃に公園を出て、20分ほど歩き、そこからK99路バスに乗車。10分ほどで降り、10分弱歩いたところで小洒落たカフェへ。豆からひいて紙フィルターを蒸らして、じっくりと入れるドリップコーヒー。苦みがなく酸味のみ。うまいのではないか。

その後、城壁のようなものをくぐる。街路樹が生い茂り、観光客というより市民が集まっている印象。その中にある「独秀峰・王城景区」へ16時25分頃に入場。街中にそびえる独秀峰は岩山で、このあたりには隋唐の時代には孔子廟があり、南朝時代に美しい景色が詩に詠まれていたところ。明代には初代皇帝・朱元璋が全国各地に置いた藩王の一つ「靖江王」を桂林におき、ここにその役所が置かれた。清代には科挙の試験場だったよう。残念ながら建物はいずれもコンクリート製か。

建物内は博物館になっており、そうした歴史を展示。「拓」という版画で描く字のようなものの体験コーナーもあるが素通りして、お目当ての独秀峰へ。ほぼ垂直の壁につけられた階段を10分ほど登って頂上へ。山々に街が囲まれている。しかし、川の眺めもみえるスポットは記念撮影の行列に占拠され、近づけず。頂上には「魁星閣」という建物がある。何やら祀られているが、神様というより妖怪に近いように見える。筆を持っているが、科挙と関連するのだろうか。
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独秀峰からの桂林市街と山々の眺め

下山し、「貢院」という建物へ。清代に科挙の試験場だったところのよう。ここでは「拓」の博物館もあるが、値札付き。販売店か。それ以外は科挙関連の展示。演劇仕立ての説明に続き、科挙の試験会場の体験も。一人一人ブースに入って、穴埋め問題が記載された答案用紙が配られる(ご丁寧に模範解答も置いてある)。そして客の一部が合格者として呼ばれ、コスプレをして何やら当選証書みたいのをもらっている。笑い声が絶えず、盛り上がっている。敷地内(屋外)で「桂花王茶」を飲んで一休み。花ばかりが口に入ってくる。それほど花の香りがするわけではないが。

敷地外に出る。人混みに辟易。逃げるように漓江沿いの遊歩道へ。こちらは道幅も広く、少し落ち着いている。今夜の市内のナイトクルーズのチケットを買った後、近くのレストランで夕食。炒めた平たい米粉と、漓江の鯉を辛い汁で煮た料理。鯉は小骨だらけで大変。そして値段が高くてびっくり。鯉は38元/斤となっていたのだが、「4斤」になっていた。しかもその計算が間違っている(当然高く間違えている)。計算間違いは直させたが、4斤は直せず。というか斤って何?後で調べると1斤は500gのことのようだが、2kgもあったとは思えない。まあでも38元では安すぎる、立派な料理ではあった。

ともかく急いでクルーズ乗り場の象山漁人埠頭へ。そして20時40分発の両江四湖ツアーへ。市内の2つの川と4つの湖をめぐるクルーズ。まずは象山公園の明るくライトアップされた象の鼻部分。その後、川へと入っていくが、狭い水路に入り、いったん止まっているかと思ったら、水位が上がっている。閘門のようだ。その後はつまらない景色が続くと思っていたら、一度船を降り、陸を歩いて別の川だか湖にある別のボートに乗り換え。

その後はライトアップした橋を次々とくぐっていく。橋の下に絵が描いてあったり、鍾乳洞を模していたりする。さらに歌っている人がいたり、踊っている人がいたり、かつての漁を再現した小舟の派手なライトアップがあったり、と飽きさせない。最後は日月塔という二つの塔がライトアップされている杉湖で終了。夜は山が見えなくなり、桂林はつまらない場所になりかねない。それをこうして手間をかけ金をかけて、夜も楽しめるようにしていることに感服。一つ一つは大したことないが。

 

 

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2019年5月20日 (月)

雲南・桂林旅行(6)昆明、桂林

5月1日
今日から中国は4連休。益々の混雑が予想される。そして今日はこの旅唯一の目覚ましをかけなかった日。9時にホテルを出て、地下鉄で五一路駅へ。ショッピングセンターなどが並ぶ地区。その中のやや近代的な食堂で、汁なしの餌絲という麺を食べる。汁なしとはいえ、少しかかっており(器の底にたまっており)それがこの旅一番の辛さ。心が折れそうになったが何とか完食。口直しに包子みたいなもの(中は砂糖をまぶした何かだった)を別の店で買い、食べながら歩く。

途中でモスクを見かける。建物にはテナントとして店舗などが入居している。自分で稼ぐのはモスクの基本か。近代的な街並みの中に中国式の建物も混ざる。そうして20分ほど歩き、西寺塔へ。高さ35.8mと、大理の塔を見た後だとかわいらしく感じてしまう。こちらも南詔国の時代に建造されたが、今に残るのは1980年代に再建されたもの。周りは老人と子供連れの憩いの場に。
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西寺塔【昆明】

さらに15分弱歩いて東寺塔へ。こちらは門前町は再開発されて立派だが、塔はやはり再建されたもので高さ約40m。敷地の鍵が閉められ、中に入れない。その後、近くの小洒落たカフェに入りプーアル茶で一休み。なんと88元(約1,500円)とバカ高い。が、うまい、というか香り高い。何杯も飲めるし。ここで1時間ほど沈没。

その後25分ほど歩き、古い街並みが残る昆明老街へ。中国の国歌「義勇軍行進曲」の作曲者だとい聶耳の故居(生家という意味であろうか)がある。そして近くの食堂で牛肉米線。先に金を払いレシートを窓口に持って行って注文を待つ仕組みだが、料理の名前を中国語で叫ぶので、困る。結局、他の客が助けてくれた。この旅では、そういうさりげなく親切をする人に何度も助けられた。ここもトッピングは自分で。しかし元の汁だけでそもそも舌がしびれる辛さ。これが雲南省最後の料理。この辛さに恋しささえ感じる。

その後、ホテルに戻り荷物を持って、地下鉄を乗り継いで空港へ。機械でチェックインできたが、マイルを登録できない。周りのスタッフに聞いても要領を得ない。セキュリティチェックでは蚊よけのスプレーを没収される。「火気」と赤い字で書かれているのを見咎められた。日本で問題になったことはないのだが。釈然としない。

そして15時45分頃離陸の中国南方航空に搭乗。軽食で出た、ライスバーガーみたいなものがうまい。そして70分強で広西チワン族自治区の桂林空港に到着。エアポートバスに乗ろうと切符売り場に行くが、職員が誰もいない。車内で買うということかと思い、出口を出てバスまで行くと、チケット売り場で買えとにこやかにしかし頑なに言われる。いや、誰もいなかったんですけど。しかし取り付く島もないのでチケット売り場に戻ろうとすると、ここからは入れないと警備員に止められる。目の前に売り場があるのにナンセンス。仕方なく遠くの入口から入り直して、今度は職員がいた売り場でチケットを買い、再びバスへ。入口で安全検査をすることになっているが、検査員はスマホに夢中で素通り。まったくもってナンセンス。

17時40分にエアポートバスが発車。だんだん桂林らしい山並みが見えてくる。1時間ほどで到着。ホテルではデポジットとして100元取られる。外へ出て近くの旅行会社へ行き、明日のツアー予約を試みるがなかなかコミュニケーションが取れない。明日は無理だとか、その一方で少し値の張る英語ツアーを売りつけようとするので、断念。別の旅行会社に行くと、即座に断られる。なぜだ。

3件目の旅行会社で、桂林名物の漓江下りの船と、筏乗船が組み合わされたツアーを扱っているようなので、それを申し込む。しかし、備え付けの紙には468元とあるのに、ディスカウントということで280元になった(この時点で怪しむべきであった)。翻訳アプリと少ない英単語とで何とかコミュニケーションをとり、予約。6時半出発で、戻りは7時ごろとのこと。

その後、桂林市内のナイトクルーズの予約を船着き場のオフィスで試みるも、空きがあるのがかなり先の時間だったので断念。人通りの多い大通りの歩道の真ん中で、少年が豪快に放尿している。ああ、中国だ。昆明の地下鉄では椅子に座ったままドアの外側に痰を吐き飛ばしている大人もいた。変わっているようで変わらない国。

夕食は路地にある店で、ざるに乗せたご飯と鴨肉を蒸したもの。なかなかうまい。なにより辛くない。鼻水は出るが。

 

 

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2019年5月17日 (金)

雲南・桂林旅行(5)昆明、石林

4月30日
6時にホテルをチェックアウトしようと思ったが、フロントへ出るカギが閉まっている。近くに部屋があり、部屋の番号も書いておらず、ドアも空いていたので、スタッフが寝ているのかと思ってドアを叩いたら、寝ていたのは客だった(多分)。建物内に閉じ込められた格好で大変困り、ドアを何度も叩き、ようやくフロントで寝ていたスタッフが起きてきた。やれやれ。

そして、6時半発の空港行シャトルバスに乗り、35分弱で大理駅に到着。10分ほど並んで切符を入手。駅から少し歩いた路地で、イスラム料理の食堂へ。米の麺の太いのを注文。豚足のビーフ版みたいな具。あまり辛くない。テーブル上のスパイス等で調整する仕組み。

そして8時50分頃発の動車組(中国の新幹線)に乗車。時速200㎞弱で走行。列車は山間部を走り、トンネルが多い。車窓には機械化されていない農作業が見える。昨日もそうだったが今日もほぼ満席。デッキで立っている人もいる(この時は他人事)。こまめに停車し、11時5分ごろに雲南省の省都、昆明に到着。

駅の外へ出るとそこは大都市の雑踏、それも中国。地下鉄の駅がどこにあるのかよくわからない。とにかく進み、地図アプリで確認すると、どうやらどんどん離れている。結局、昆明駅の次の駅で地下鉄に乗車。そしてホテルへ。

荷物を置いて、再び地下鉄駅へ。3号線の終点、東部バスターミナルで降車。バスチケットを買った後、ターミナル内で昼食。辛いだけの米線。そして13時35分頃発のバスに乗車。90分で石林風景名勝区に到着。またも仕組みがよくわからない。10分ほど歩いてようやくチケットオフィスを発見。バッテリーカーで3分ほど移動し、15時35分頃、ようやく入口へ。15分弱歩き、まず「大石林景区」の「石林胜景」へ。石林はカルスト地形で、雨風に削られた石灰岩が林立しているところ。面白いのはそれを眺めるだけでなく、石林の中を歩くことができること。それも上に下にと歩道がある。

16時ごろには岩の頂上に設置された「望峰亭」へ。1930年に作られたもので、周囲の石林を見渡せる絶景スポット。みんな楽しそうに記念撮影に興じている。さらに歩くと「天然踊場」。観光客がたまるとイ族の民族舞踊が披露される。さらに歩いていると、開けたところに出た。どうやら「小石林景区」に来てしまった。大石林がトレッキングルートが整備された石山とすると、こちらは平たんな地に石が林立する中を散策できる、庭園のような感じ。

小石林を一回りした後、16時40分頃に再び大石林へ。中国人観光客のすさまじい音圧から逃れようと、人気のないほうへと歩を進める。「一線天」は、岩と岩との間が狭く、空が一本の糸のように見えるということで名がついたところ。この辺りはアップダウンが激しく、息も切れ切れ。道も上に下に右に左にと分かれ、さながら岩の立体迷宮。鳳凰梳翔は岩を鳳凰の姿に見立てたものだがよくわからない。17時10分ごろには剣峰池へ。周りに遊歩道が張り巡らされ、歩くと次から次へと目くるめくように石が現れ素晴らしい。
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剣峰池【大石林景色区(石林)】

さて、「歩き方」によると昆明に戻るバスの最終は19時。そろそろ戻らないとまずい。だが、なかなか出口にたどり着かない。案内板はあちこちにあり、そこに「出口」と書いてある方向に進んでいるつもりなのだが、分かれ道が多いためか、次の看板には別のことが書いてあったりする。

そうこうしているうちに17時45分ごろには幽兰深谷へ。大石林で最も深いカルストという深い谷。上りも下りもきつい。そこを通り過ぎるとようやく他の人に会った。きっともう大丈夫だと思い、「出口」と書かれた方向に進むと、あろうことかまた幽兰深谷へ。いったいどうすればいいのか。仕方ないので「出口」とは書かれていない方角に進むことにした。そうして何とか18時20分頃にバッテリーカー乗り場に到着。そして公共バス乗り場を通過されてしまったので、終点で降りて、バスターミナルに18時35分頃に到着。

何やらターミナルのビルが店じまいを始めている。嫌な予感がする。切符売り場に行くと、昆明行きのバスはないとあっさりないと言われる。そんな簡単に言わないでほしい。すると翻訳アプリで「最終は18時」と。空港行きのバスの看板があるので、それはどうかと聞くと「満席」と。絶望の表情を浮かべていると、外に「高鉄西駅」行きの99路バスがあるからそれに乗れと言われる。切符はバスで買え(ここでは売らない)と。

ならばと走る。バス乗り場に行くドアにカギがかけられている。近くの店の店員が察してくれて、閉めていた店のカギを素早く開けてくれた。走る。バスの前では巨大な筒で水煙草(?)を嗜むドライバーが。間に合った。ということで、18時40分発の99路バスに乗車。ほかに客はなし。ところで、「高鉄西駅」とは一体何か?そしてどこにあるのか?地図アプリを見ると、昆明と逆の南方向に進んでいる。

だんだん街中になってきた。19時5分ごろ、ガソリンスタンドに入ってまさかの給油。さらに、別のバスに乗り換えろと言われる。言われるがままにするしかない。バスはさらに進む。最悪の場合、この街に泊まろう、ここだったら宿もありそうだ、と思っていたが、バスは街を離れ、郊外へと進んでいく。そして19時半、終点に到着。高速鉄道の石林西駅であった。

さてここから昆明に行く列車があるかどうか。駅の切符売り場に行く。昆明行の列車はあった。が、二等車も一等車も空きはないという。万事休す、と思ったところ、なんと「スタンディングシート」ならあると。それでいいです。しかし渡された切符には「18時21分」と書いてある。駅に入ってみると「1時間47分遅れ」との表示。なるほど。とにかくこれで帰れる。

そうして、20時10分頃発の動車組に乗車。立ち客はほかにも多数。そして、20分ほどで昆明南駅に到着。早い。が、昆明南駅は郊外にある駅。ここからが長い。とりあえず駅構内(改札外)のファーストフードっぽい店でキノコ牛ライスを食した後、地下鉄で街の中心まで移動するのに50分。中心部の高層ビルは、派手にライトアップしていて、光が動き映像を表示していて、きれいだった。

 

 

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2019年5月14日 (火)

雲南・桂林旅行(4)大理

4月29日
6時40分頃、宿を出る。誰もいないが扉は開いている。古城を出たところにあるタクシー乗り場から、タクシーで25分ほどで麗江駅へ。切符売り場には列もなく、すぐに切符と交換できた。早く来た意味がない。とりあえず駅前の路上の屋台で粥と包子。低いテーブルに、風呂場のような椅子。机上にネギやパクチーみたいなもの、それに醤油、酢、砂糖などが置かれ、自分好みに調整できるようになっている。

セキュリティチェックと身分証チェックを受けて駅の中へ。出発20分前に改札開始。10台以上の自動改札が並ぶが、結局、有人改札しか開いていないナンセンス。そして、9時発の快速列車に乗車。2階建ての客車で、2階はVIP席だが、1階の6人掛けコンパートメントに。上下二段の寝台だが、上段は荷物置き場状態。隣は食堂車、さらに隣は昭和的な感じのラウンジカーが。せっかくなので食堂車で食事。他に誰も客がおらず、スタッフの休憩室状態。コンパートメントは外が見にくいが、食堂車は窓が大きくて快適。麻婆豆腐を注文したら舌と唇がしびれるような辛さ。

2時間半ほどで大理駅に到着。駅前はライフルを構えた警官が警備。古城(旧市街地)行きのシャトルバスの案内が出ているのを見つける。11時50分頃発のシャトルバス(大型バス)に乗車。高層マンションが並び、香港のようだ。12時半ごろ、古城の南門近くの「大理古城旅客中心」に到着。宿はすぐ近くだった。近くには古い感じの(本当に古いかどうかは不明)建物が並ぶ。道を大胆に間違えて25分ほど要したが、13時半ごろ、古城の南門に到着。残念ながら南門から城壁に上る入り口は閉鎖。

古城内へ。大理は779年、南詔国の時代に築かれた町。その後は、大理国の都となった。もっとも、その後、モンゴル軍(フビライ)に攻撃され、明代に再建された町が今の大理古城のもととなっている。大理は現在、大理ペー族自治州の行政上の中心都市である。そうした街であることから、古城の道幅は麗江と比べて広い。麗江同様に、ツーリスティックな店ばかりだが、道幅が広いこともあって人でごみごみしている印象はやや低い。まず復興路を歩く。中国風の楽団が演奏している。数字が並ぶ、楽譜らしきものも見えて、興味深い。

13時45分ごろ、大理市博物館へ。明朝期の1663年に建てられ、清朝期にペー族、イ族、回族を糾合して農民反乱を起こした杜文秀にゆかりがある建物のよう。中に入ると、宋(大理国)、元、明、清の時代の碑があるという(実際には明と清のしか見つからなかったが)「碑林」には入れるが、建物の中には入れない。今日は月曜日で、「歩き方」によると休館日。

続いて14時ごろに五楼閣へ。もともとは865年、南詔国の時代に築かれた、外客をもてなすための施設。1万人以上を収容した大規模なもので、フビライも魅せられたというが、明代に戦乱で破壊され、今あるのは1999年に再建されたもの。遠くから見ると細長く貧相に見える。ペー族の伝統にのっとった再建とのことだが、よくわからない。ここも上に登れるはずなのだが、残念ながらクローズ。

大理の街は、道路標識や観光案内の看板などに、中国語・英語に加えて日本語とハングルも記載されているのだが、日本語は明らかにレベルの低い機械翻訳そのまんまでちょっと残念な感じ。「古い都であろ大理」(大理古城)、「あなたのありかの位置 五楼ビル」(現在地 五楼閣)ぐらいならまだ微笑ましいが、説明文となるとまるで日本語になっていない。誰も指摘しなかったのだろうか。

復興路をさらに北上し、疲れてきたので14時35分ごろ、スイーツ屋へ。ヨーグルトに紫の米が入ったものをいただく。優しい甘さ。近くの北門は、1382年に建てられたものを、1602年に再建し、そして1984年、そして2010年に修復(再建?)したもの。明朝の典型的建築物だそう。ここは登れる。瓦屋根の街並みが広がるさまが見渡せる。

15時ごろ出て、さらに歩く。大理石屋が並ぶ。そう、この辺りはその名の通り大理石の産地。石の模様が水墨画のようで美しい。そしてそういうふうに見立てて、絵画のように切り取って飾る美意識が素晴らしい。15時25分ごろ、三塔倒影公園へ。この後訪れる3つの塔が映りこむ姿を眺めるためだけに、池を作った公園。だが、ここからだと3塔がシンメトリックには並ばない。それはこれから見に行くからよいか。

10分ほどで出て、15分歩いて崇聖寺三塔文化旅遊区へ。もともとは唐代に作られた仏教寺院だが、清代に戦争と災害で破壊され、3つの塔だけが残ったところ。近年になって寺として再建された。中央の塔は南詔国の時代に建てられ高さ69m。左右の塔は大理国の時代(12世紀ごろ)に建てられ高さ42m。入り口から進むとこの三塔がシンメトリックに並ぶ。左右の塔は傾いているようにも見える。中央の塔には仏像らしきものも彫りこまれている。
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3つの塔が並び立つ【崇聖寺三塔文化旅遊区(大理)】

敷地内の別の倒影池を見た後、再建された「南詔建極大鐘鐘楼」へ。ここからもシンメトリックな三塔がよく見える。発見された文物を展示する施設を見学して外へ。そしてバス「三塔専線」で7分ほどで三月街のバス停へ。降り口から乗り込もうとする地元客。それを阻もうとドアがいったん閉められ、一時は降りられなくなった。前乗り後降りですから!

三月街は地元客でひどく盛り上がっていたが、そちらは眺めただけで、西門を通って再び古城内へ。中学校があるエリアを通ると、学生だらけに。そして学生向けの安い食堂が増える。うろうろして18時ごろには武廟(関帝廟)へ。そしてその敷地内のマッサージ屋へ。草の入った湯に足を突っ込んで肩と背中のマッサージを受けた後、足裏と腿のマッサージを受ける。うまいのだが、マッサージ師の家族が出入りし、マッサージが痛くて歪んだ顔を見られるのは気恥ずかしい。息子にはスマホで写真を撮られた気がした。

その後、観光客向けの食堂で、砂鍋魚と米飯。土鍋の魚が名物と聞いていたのだが、土鍋ではなく金属製の鍋だった。鍋に丸ごと魚が浸かっているので、小骨がとりにくくて食べにくい。汁は辛くなく、自分でスパイスを入れて調整する仕組み。少しは辛くしないと気がすまなくなっている自分に驚く。お茶もおいしい。なのでこれはどんなお茶かと聞いたが、緑茶という地味な回答以上は聞き出せずじまい(店員の翻訳アプリを使っていろいろやり取りしたが駄目だった)。

 

 

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2019年5月11日 (土)

雲南・桂林旅行(3)麗江、白沙、束河

4月28日
7時50分頃、出発。開いている食堂が少ない。「面条」というのを頼んだら、日本のラーメンのようなものが出てきた。辛い。酢漬けの白菜やら葉っぱやらも入っている。7分ほど歩いてバス停へ。しかし目当てのバスがなかなか来ない。開店前後の靴屋で突然店員による踊りが始まり、それを見学して時間をつぶしていたが、結局、45分ほど待っても来ないので、あきらめてタクシーに。30分ほどで白沙という小さな町に。麗江を仕切っていた木氏がもともと拠点を置いていたところで、こちらにも古い町並みが残る(世界遺産にも含まれる)。目玉の「白砂壁画」は4月中は「暫停対外開放」との掲示が。残念。

麗江同様、石畳に水路の流れる古い街並みを歩く。麗江同様、通りに面した建物はすべて観光客向けの店、裏通りに入ればゲストハウスだらけ。麗江よりも英語表記をよく見る。麗江よりも民族衣装の老女もよくみかける。そして麗江に比べれば人通りは少ないので落ち着く。

裏通りに行ってもあまり面白くないので、メインの通りに戻ってカフェへ。「雲南小粒」というブランド(?)のコーヒーを。2階のテラス(というほど立派なものではないが)席から街と遠くの雪の岩山を眺めながら。味は特に期待していなかったが、期待通りだった。場所代。
Baisha
この景色を眺めながらの雲南コーヒー【白沙】

バス停へと歩く。途中で路上の東屋のようなところに楽師が待機しているのが目に入る。日本語の看板も出してきた。近くの農民で、給料をもらわず楽団をやってますとのこと。演奏が始まる。わかりましたとチップを置く。二胡のような楽器に横笛、それに打楽器の6人ほどの演奏。昨日の古楽会よりは地元密着感がある。1曲で終了。

11時半にバス停に到着した。5分ほど待って6路バスに乗車。これも電気バス。ドライバーに束河古鎮に行きたいと言ったら、15分弱で束河上村というバス停で降ろされた。3分ほど歩くと古鎮に到着。ここもナシ族の村で古い街並みが残り、やはり世界遺産に含まれる地区。こちらも実にツーリスティック。にぎやかさは白沙と麗江の間といったところか。

20分ほど歩いた後、茶馬古道博物館へ。木氏の居住地だった大覚宮という建物だが、残っている明代の仏教壁画は原型をとどめていない。博物館では、チベットと雲南を結んだ古道について解説。シルクロードに匹敵する古道との主張で、多くの少数民族の経済・文化交流に貢献したとの位置づけ。チベット族の吐蕃とナシ族が7世紀ごろに軍事同盟を結んだことが始まりで、抗日戦争期には日本に海上封鎖されていたので、戦略物資がこのルートを通じて入ってきたという。

35分ほど見学して外へ。町には中国風の服装を着たカップルが撮影隊に引き回されてあちこちで写真を撮っている。確かにインスタ映えしそうな建物・街並み。本当に古い建物なのかどうかは疑問のものも多いが、とりあえず映える。畑が街中に残っているのが興味深い。うろうろ歩き回った後、13時10分ごろに地元客向けっぽい食堂へ。銅鍋に入れられた「秘制牛肉米線」を。麺もビーフジャーキーみたいな肉もうまい。炒った豆や酢漬けの野菜も入っている。そして慣れてくるとくせになる辛さ。ここに限らず、たいていの食堂には各テーブルにティッシュとごみ箱が設置されている。

30分ほどで再び街歩き。しゃもじを道の脇の水路で洗っている。先ほどの食堂もこういうノリなのだろうか。14時15分ごろに九鼎龍潭へ。澄んだ水の池で魚も見える。水が湧きだす泉のよう。周りの建物や木々も相まって、ちょっとした庭園のようになっている。しゃもじを洗う水路もきっときれいなのだろう。

街中は観光客向けの馬車や馬やバッテリーカーが走る。麗江ほど人で混み合っていないので、それができるということか(車は入れないようになっている)。四方聴音広場近くのカフェでプーアル茶を飲んで一休み。味気なくガラスのコップに入って出てきた。味がよくわからない。お湯が少なくなり、ようやく味が濃くなってきたと思ったら、ご親切にお湯を足され、また味がわからなくなった。まあ香りを楽しむお茶なのかもしれない。

カフェの流す音楽に負けじと、広場からも音楽が聞こえてきたので、広場へ。カラオケに合わせて、民族衣装風の歌手が歌う。次いで、民族衣装風の踊り手たちが6、7人で踊る。終わり。次はどうしようと思い、広場の案内地図を見ながら思案していたところ、中国風楽器の音が聞こえる。これはと慌てて広場に戻る。音合わせをしているのかと思ったら、どうやら本番らしい。12人のお爺さん楽団であった。

さらに街を歩く。石畳と水路と柳がいい風情。立派で風情ある水路の前にはツーリスト向けレストランが並ぶ。確かにインスタ映えしそうだ。もうナシ族とかトンパ文化とかは関係ないのだろう。バス停に戻る途中で、カフェで一休み。「Happy Fruits」というのを注文。さて何が出てくるか。どんなハッピーなフルーツが出てくるのかと期待していると、ナッツ(ピスタチオか)が出てきた。ほのかに甘く、うまかったが。

17時10分に古鎮を出る。バス乗り場の位置がわからない。地図アプリが示すバス停に向けて歩く。12分ほどでそのあたりに着くが、目の前でバスが行ってしまった。しかもバス停の目印となる標識等が一切ない。反対車線にはあるので、ここでいいはずだと、不安げに待つ。15分ほど待ってバスが来た。どうも最寄りのバス停ではなかった気がするがまあよい。

10分ほどで麗江の市街地内の終点の一つ手前で下車。古城口に行くバスに乗り換えたいが…なかった。仕方なく歩く。終了間際で活気の失せた市場があったので入ってみる。生きている鶏を売り込まれたが、そういうものを旅行者に売ろうとしないでほしい。そして9路バスに乗り、10分ほどで古城近くへ。18時過ぎ。疲れているのでどうするか迷ったが、結局再び古城内へ。白沙や束河と比べて重厚な街並み。そして人の多さも段違い。

1時間ほどさまよった後、中心の四方街へ。焚火が置かれ、その周りを手をつないで人々が躍っている。民族衣装の人に加えて、多くのツーリストが加わっている。きっと踊っている人には良い思い出になるだろう。ちょっとしたことだが、こうした取組を一つ一つ行っていることに、この街の観光にかける本気度を感じる。

その後、古城を出て、明日の鉄道の切符を入手すべく、市内切符売り場へ。切符は予約済みだが、紙の券に引き換える必要がある。ここで入手しておけば、明日、切符売り場に並ばずに済む。そう思っていたのだが、「歩き方」掲載の地図の場所に売り場がない。閉鎖されたのか。明日、早目に行くしかないか。夕食はその近くの食堂へ。低いテーブルに床几みたいな椅子。「酸辛小魚」と米飯。赤茶色の汁にあふれんばかりの小魚が出てきた。まずくはないが、単調。そして辛い。

今日もマッサージへ。今日は「中式按摩」。腕はよいのだが、スマホでチャットしながら按摩をするのはいただけない。職業倫理に欠ける。

 

 

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2019年5月 8日 (水)

雲南・桂林旅行(2)麗江、玉龍雪山風景名勝区

4月27日(土)
7時に宿を出る。さすがにこの時間は人が少ない。古城地区を抜け、紅太陽広場の近くまで行って、食堂で粥と包子の朝食。食後、今日の目的地、玉龍雪山風景名勝区に向かうミニバス(7路バス)に。本来は満席になったら出発するのだが、なかなか他に客が来ないので、人数分の金を払うことにして、出してもらう。

45分ほど走り8時35分に玉龍雪山風景名勝区のビジターセンターのようなところに到着。すでに頭痛がする。標高は3000mほどのようだ。店ばかりで、肝心の観光スポットへの行き方がわからない。ロープウェーのチケット売り場を示す看板をみつけたが、行ってみると団体客向けか、ネット予約の引換カウンターだけで、個人客向けの売り場が見つからない。一体どういうことなのか。散々うろうろした挙句、案内所みたいなところで英語がわかるスタッフをようやくみつけたところ「チケットはここでは買えない、まずはあそこからバスに乗れ」と言われる。訳が分からない。

ともかく酸素ガスの缶を買い(気休めに過ぎないと思うが、ほとんどの観光客が持っていた)、9時半ごろに風景名勝区内の循環バス乗り場へ。行列を経て中に入ると待合室が。そこで待ち、さらに待合室を出るよう促されてそこでも立って待ち(待合室がある意味が不明)、9時45分頃にようやくバスに乗車。そして5分ほどで降車。ここでも行列を経て10時10分にロープウェーに乗車。最初は眼下に花咲く樹木が見えたが、やがて森林限界を超え、岩と雪の景色に。15分ほどで玉龍雪山の展望台に到着。

そこは標高4505m、気温4.5℃の世界。これまでボリビアのアンデス高地で標高約4500mまで行ったことがあるが、これからさらに180mほど登る。アンデスと違って、こちらは中国人観光客で大賑わい。上へ登る道も人が鈴なりになっている。

10時半過ぎに出発。すぐに息が切れる。4分ほどで最初の休憩。木の歩道が整備され、歩きやすくなっているが、いかんせんこの高度である。酸素ガスも気休めに過ぎない(とはいえ気休めは重要である)。頭痛もするので頭痛薬を飲んでみる。風が強く、手先が冷たい。一方で日差しが強烈でサングラスも必要。

休み休み上り、45分ほどで4680m地点の展望台に到着。ここが歩道の終点。標高を示す標の前に記念撮影の行列。岩肌に雪が残る山々の眺めが美しい。

帰りも45分ほどかけて。下りは上りに比べて圧倒的に楽だ。そしてロープウェー乗り場へ。最初のチケットの買い方はわかりにくかったが、それを除けばよくできた観光地だ。標高4600mの高地にここまで気軽に来れるところは、そうそうないだろう。スイスのユングフラウヨッホを思い出す。

12時半ごろ、ロープウェーの麓駅に到着。暖かい。そしてバスで20分ほどで「藍月谷」へ。相変わらずチケットの買い方に戸惑う。もう一か所との共通チケットが欲しいと言ったら、一時はここのチケットを売ってくれなくなった(後からそれで正しいことがわかるのであるが)。聞いたことのない蝉の声が辺りに響いている。ここではまずバッテリーカーに3分ほど乗車。ロープウェーの駅で買った10元のパンケーキが今日の昼食。それを食べて、13時20分頃観光開始。

ここは川の流れに沿って4つの湖が連なっているところ。バッテリーカーを降りて下流へと歩いていく趣向だが、まずはちょっと上流に戻る。黄緑色の池が(なんとなく人工的な印象を受けるが)綺麗。水底の藻のせいだと思われる。背景の雪の岩山との組み合わせがフォトジェニック。
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藍月谷の最上流の池【玉龍雪山】

その下流にある「白水河」という池は、底が石灰岩。緑色と水色の部分とが点在している。何かと思ってよく見ると、水色の部分は底から水が湧いており、そこだけ藻が生えていないので、緑色になっていないということのよう。近くにはナシ族の風習と思われる、絵馬のようなものが大量に吊り下げられ、観光客がそれを派手に鳴らして楽しんでいる。

白水河からおりる棚田状の石灰棚「白水台」(これは人工的に作ったものと聞いた)の下には「玉液湖」が。水は透明だが、魚は住んでいないようだ。さらに、鏡潭湖、藍月湖、聴祷湖とみる。全体的に九塞溝をシンプルにしたような感じ。景色にバリエーションはないが、岩の雪山と抜けるような青空を背景に、緑色や水色の湖の景色が美しい。藍月湖には、神様が洪水から人々を救うために出した船を、魔法で宝石に変えて沈めた(だから湖の色が青い)というトンパの伝説があるという。辺り一帯では、花嫁・花婿の記念撮影が行われ、カメラマンの大声があちこちに響き渡っていた。

14時35分頃、バッテリーカーに乗車。本当はもう一か所行きたかったが、それは最初にバッテリーカーに乗車した地点で先にロープウェーに乗らなければならなかったようだ。しかし頭痛も収まらないし帰るとしよう。15時ごろに風景名勝区内のバスに乗車。麗江に戻る7路バスを探していたら、呼び込みにあったのでついていったら、どうやら白タクだったらしい。それに乗って40分ほどで麗江市内に到着。

15時ごろに黒龍潭景区へ。公園というか庭園のようなところ。入り口に入ってすぐにある池沿いを歩いていると、池、池に架かる橋、遠くの雪山という、こちらに来て麗江を紹介するポスターでよく見た景色が現れる。1601年創建の五鳳楼という建物は「麗江市博物院」となっていて、世界遺産麗江や、世界記憶遺産の古代ナシ族・トンパ文字による文書に関する展示が。解説は中国語のみだが。トンパ文字は最後の象形文字と言われる絵のような文字で、まさに絵に見えて文字に見えない。

17時頃に出る。と、目の前にトンパ・ナシ文化博物館があったので入る。唐代の吐蕃の石碑がある。トンパ文化は隋唐期に形成されたという。家には神様がいて、神棚が設けられているとか、結婚するときは女性は元の家の神と縁を切って嫁ぎ先の神との結びつきを得るといった説明もある。なんとなく日本の神の感覚に近い感じがする。まあ要はアミニズムということか。17時半閉館のはずだが、17時20分には追い出される。残念。

10分ほど歩いてバス停へ。気づけばめちゃくちゃ疲れている。17時35分頃発の4路バスに乗車。なんと電気自動車である。7分ほどで古城口に到着。再び麗江旧市街へ。古い建物に見えるがよく見ると石を積んだ建物ではなく、石積みの絵が描いてあるなんちゃって古い建物も混ざっている。雰囲気が出ていればよいということなのか。納西(ナシ)古楽会のチケットを買い、旧市街を1時間ほどさまよった後に夕食。「三文魚」ときのこの鍋とチャーハン。三文魚とはニジマスのようで、刺身で出てきた。皿に氷くずを入れ、その上にラップをかけて、ラップの上に刺身が並ぶ斬新な出し方。脂がのってうまい。ワサビとしょうゆで食べる。日本人が教えたのだろうか。きのこ鍋もチャーハンもうまかった。

人ごみをかき分けるように歩き、納西古楽会の会場へ。20時に演奏スタート。16人の楽師による演奏。琴、二胡、琵琶、三味線、バンジョー、横笛、笙、銅鑼、大太鼓、鐘、シンバル・・・のような楽器と歌。打楽器には木魚のようなものもある。一般的な中国の伝統的な楽器のように見えて、ナシ族固有のものかどうかはよくわからない。同じ演者が異なる楽器も弾き、弦楽器と管楽器を操る人もいてすごい。防音という概念はないらしく、外の店の大音量の音楽が漏れ聞こえてくる。客は少なく、白人の老人ばかりであった。

体中が疲れ、痛いので、旧市街を出たところの雑居ビルのマッサージ屋で「中式推掌」を。力強く押されまくった。でもよかった。

 

 

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2019年5月 5日 (日)

雲南・桂林旅行(1)麗江

2019年4月25日(木)
早めのスカイライナーで成田へ。セキュリティエリアに入って、案内所でマッサージがどこか聞くと「以前はあったが、今はない」との回答。ショック。時間が有り余る。搭乗ゲート付近に行くと、周りは中国人だらけ。すでに日本ではないようだ。

せっかく早く来て通路側の席をとったというのに、搭乗すると席にはすでに先客が。子供がいるから席を替われと。はいはい。そして、深せん航空のフライトで、4時間40分ほどで深せんへ。巨大で真新しいターミナルを出ると蒸し暑い空気に包まれる。そして電気自動車タクシーで15分ほどで空港近隣のホテルへ。地図アプリや予約サイトの地図と違う場所で降ろされるが、運転手が正しかった。部屋についたのは24時半。今日は寝るだけ。

4月26日(金)
6時半発のホテルのシャトルバスで10分ほどで深せん空港へ。国内線でもパスポートチェック。適当な食事場所を探しているうちに搭乗時刻になってしまった。そして8時20分頃離陸の深せん航空に搭乗。また、子供連れに席を替われと言われる。まあよい。国内線だが朝食が出た。先割れスプーンでヨーグルトを食べる苦行。2時間半ほどで麗江に到着。

エアポートバスで55分で麗江市内に到着。少し歩いて市場のようなところでローカルな食堂で米線を。赤茶色の汁にヒヤムギのような米の麺。見た目通り辛い。いろんなスパイスが含まれている感じ。鼻水が止まらない。その後、20分強歩いて、麗江古城地区にある宿へ。古い建物を使った客桟(ゲストハウス)。ややこしいやり取りはgoogle翻訳で。中国だがgoogleが使えるのか。標高2400m。そのせいかどうかは不明だが頭痛がする。

13時半ごろ、宿を出て麗江古城内の街歩き開始。少数民族ナシ族により築かれた街で、チベットと雲南とを結ぶ「茶馬古道」の拠点として栄え、石畳の街が丸ごと世界遺産になっている。古城地区の入口に戻ってシンボルとなっている大水車を見た後、西側の坂道を上る。展望台のようなところに出た。眼下には黒い瓦の家々が一面に広がる。

近くの文昌宮へ。1723年の創建。道教、儒教、仏教を統合したところとのこと。敷地内は静かなのだが、敷地外から大音量の音楽が聞こえてくる。大水車前でショーをやっているようで、それがここまで響き渡っているのだ。さらに各店舗から流れ出る音楽が街を覆いつくす。さらに歩く。軒を並べる観光客向けのレストランがあちらこちらでギターの弾き語りを拡声している。なるほど、これはテーマパークだ。

14時10分頃、入場料を払って獅子山へ。坂を上るとすぐに息が切れる。見晴らし台になっている万古楼へ。ナシ族の文字であるトンパ文字の札もかかっているが、全体的には中国風の建物。上からはさえぎるものなく街を一望できる。旧市街だけでなく、新しい街や遠くに玉龍雪山が見渡せる。登ってきた甲斐がある。

14時45分ごろ、隣接する木府へ。元朝期から清朝期までこの地域を統治していたナシ族の豪族、木氏の館だったところ。中国の宮殿の様式で建物が並ぶ。屋根瓦は青っぽい。建物、そしてその周りの庭は中国的な美であふれている。岩、水路、花々、陶器など。世界遺産登録時に修復、再建されているもので、歴史的な感じはしないが、中国の伝統を受け入れて、中央の王朝とうまく渡り合った地元名士のやり口が偲ばれる。

30分ほどで正門から退出。適当に歩き、適当にツーリスト向けレストランに入る。薄いマンゴージュースと、麗江粑粑を。揚げたパイのような粑粑はほのかに甘い。こちらも生ギター(マイクで拡声)。そして街歩き再開。水路の水を上流から飲用、食べ物洗い用、洗濯用と3つに分けて利用する「三眼井」では、実際に布を洗っている人がいた。
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奥から飲用、食べ物洗い用、洗濯用となっている【麗江】

雨が降ってきた。歩いているうちに、歩行者天国エリアを抜けてしまった。駐車場になっている。15分ほど迷い、ようやく古城内に戻る。雨が激しくなってきた。雷も鳴る。風も強まる。気温が一気に下がる。木府近くまで来て、いったん雨宿り。下校時間なのか、子供たちが走っていく。

雨が弱まるのを待って街歩き再開。いい感じだなと思ったほうへと進んでいく。水路が張り巡らされ、道に面し建物はすべてが観光客向けの店、路地に入ればたいていゲストハウス(客桟)。石積みの建物が多いが、木造の家も並ぶ。ナシ族というより中国的という感じか。いずれにしても趣はあるが。また、あちこちに花壇が整備され、清掃員も多く、きれいな(そして街並みに溶け込んだデザインの)公衆トイレもあちこちにある。さらに案内地図・看板も多く、迷わない。観光客があまりに多いし、そういう店ばかりなのは辟易するが、それだけの観光客を招くためにやるべきことはすべてやっているという感じ。

17時少し前に万古橋に。さらにうろつき、18時過ぎにはキリスト教の教会だった「王家庄基督教堂遺址」。18時半過ぎには大石橋。明代建造で長さ6mとこの街で最大の橋。さらに歩いて古城地区の中心、四方街へ。観光客でいっぱいになっている。さらに歩き19時ごろには大水車前へ。手ごろな食事場所が見つからない。古城地区を出てタクシー乗り場方面へと歩く。

割と大型のレストランの前で、民族衣装の男女3人がやる気のない踊りを披露している。ここで夕食に。メニューは写真付きで分かりやすい。と言いつつよくわからないので、とりあえず「納西(ナシ)」という名称がついているチャーハンと肉料理を注文。こちらは中国語がまるで分らないのだが、従業員がいろいろ声をかけてくる(最初のニイハオしかわからない)。満足度調査まで書かされた。「大変満足」にチェックを入れるよう要求される。清潔に関する項目は「満足」に、他はご要望通りに「大変満足」にしたところ、従業員の方が満足げであった。チャーハンはうまく、肉は辛かった。後で見たら「歩き方」掲載の店であった。

再び大水車前へ。夜も大賑わい。そして古城内の宿に戻る。23時過ぎまで音楽が鳴りやむことはなかった。

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2019年5月 2日 (木)

街の足(10)ゴンダールのトゥクトゥク

トゥクトゥクはアジアのものと思いきや、エチオピアにもあった。現地の人たちが普段なんと呼んでいるかは不明だが、トゥクトゥクと言っても通じた。
Tuktuk-in-gondar
青い車体のトゥクトゥクが走る【ゴンダール】

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2019年4月29日 (月)

街の足(9)ビエンチャン、ルアンパバーンのトゥクトゥク

ラオスのトゥクトゥクはタイのと比べるとバイクがむき出しだが、カンボジアほど客が座る部分と分離されているわけではない。中間型。

Tuktuk-in-luang-phabang
走るトゥクトゥク【ルアンパバーン】

Tuktuk-in-vientiane
トゥクトゥク乗車中【ビエンチャン】

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2019年4月26日 (金)

街の足(8)シェムリアップのトゥクトゥク

カンボジアのシェムリアップでアンコール遺跡を周遊するためにチャーターしたトゥクトゥクは、タイなどのとは違って、バイクに後付けで客が載る部分がくっつけられていて、前者が後者をけん引するような構造だった。

Tuktuk-in-siem-reap
給油中か【シェムリアップ近郊】

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2019年4月23日 (火)

街の足(7)メキシコシティのリベロ

2002年にメキシコシティを訪れた際、街には緑色のフォルクスワーゲン・ビートルを使った流しのタクシー「リベロ」が大量に走り回っていた。しかし、リベロは格安だが犯罪に巻き込まれるリスクが高いとされ、ガイドブックにはリベロではないタクシーを呼び出して乗るよう書いてあった。メキシコシティ中心部から空港に移動する際、ツーリスト・インフォメーションでもリベロには乗らないよう指導を受けたが、結局、近くのタクシー乗り場が工事中だったため、インフォメーションからリベロの乗り方を丁寧に指導され(カメラなど高価なものはカバンの中にしまうなど、まあ常識的な範囲ではあるが)、乗車後、強硬にメーターを使うよう主張したので、無事、格安で移動することができた。

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独立記念日の装飾がされたソカロ(中央広場)を走るリベロ【メキシコシティ】

それから15年後に訪れたメキシコシティでは、緑のビートルを見かけることはなかった。時代の流れか。

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2019年4月20日 (土)

街の足(6)オーランガバードのオートリキシャ

インドではリキシャはリキシャでも「オートリキシャ」という、小型三輪自動車が街の足となっている。

マハーラーシュトラ州のオーランガバードでは黒と黄色のツートンカラーのオートリキシャが走り回る。街中を地図なしに適当に歩いていても、最後にオートリキシャに乗ってホテルに戻ればいい、と思えるぐらい、気軽な乗り物だった。

Auto-rickshaw-in-aurangabad
バスターミナル近くにて【オーランガバード】

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2019年4月17日 (水)

街の足(5)ロンドン・タクシー

ロンドンの街の足といえばロンドン・タクシー。黒塗りで、ちょっと天井が高い、独特の形をしており、室内が広いのが特徴。
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セビル・ローにて【ロンドン】
ドライバーはロンドン市内のすべての路地を覚えているか試験で確認されるとか、いろいろ伝説的な話もあるが、実際はどうなのだろうか。最近はEV化されることが決定したとも聞く。EV車でもこのクラシックな感じのデザインはある程度踏襲されるようで、伝統を受け継ぎながら、新しくなっていくということなのであろう。

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2019年4月14日 (日)

街の足(4)ダッカのリキシャ

バングラデシュでは「リキシャ」が普及していた。自転車の後ろに座席がついていて、前の自転車が引っ張るタイプで、語源は日本語の「人力車」。特に首都ダッカではこのリキシャが大量に走っていて壮観であった。
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ダッカのリキシャ

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2019年4月11日 (木)

街の足(3)アユタヤのトゥクトゥク

同じタイのトゥクトゥクでも、アユタヤのトゥクトゥクは少し違うデザイン。
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アユタヤ駅前のトゥクトゥク
日本のダイハツのミゼットの中古であろうか。独特の流線型のボンネットであった。
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トゥクトゥク乗車中【アユタヤ】

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2019年4月 8日 (月)

街の足(2)バンコクのトゥクトゥク

1998~1999年にタイを訪れた際、首都バンコクでも小さな三輪車のタクシー、「トゥクトゥク」が走り回っていた。料金交渉が面倒だが、気軽に乗れる交通手段だった。
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バンコクの街角で
 
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 トゥクトゥクの車内から。屋根はあるが壁はないつくり。【バンコク】
 
しかし、2013年に訪れた際には、バンコク以外の地方都市では相変わらずトゥクトゥクが健在だったが、バンコクの路上では4輪のタクシーがあふれ、トゥクトゥクの姿は見かけなかった。これが時代の流れというものか。

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2019年4月 5日 (金)

街の足(1)ジョグジャカルタのベチャ

街中で歩くのが難しい距離を移動する際、路線が決まっている電車やバスの利用が最初の選択肢となる。が、それらがなかったり、あるいは利用するのが難しかったりする場合は、タクシーないしそれに類する交通手段を利用することになる。
インドネシアの古都ジョグジャカルタでは、「ベチャ」が便利である。自転車をこいで、前に取り付けた椅子に客を乗せて押しながら走る。一人か二人乗りである。
Becak_at_jogjakarta
支払い中?【ジョグジャカルタ】
もっとも利用したのは1992年、今も走っているかどうかは不明。

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2019年4月 2日 (火)

世界の主食(23)ヨルダンのホブズ

ヨルダンの主食はアラブ風パン、ホブズである。ホブズには丸くて薄いもの(ピタ)と、丸くて厚いものとがある。よく出てきたのはピタだったが、時には分厚いホブズも出てきた。

こちらはワディ・ラムのツアー中に食べたホブズ。砂漠の中の焚火というか、そこら辺の低木を折って作った即席の木炭で、パンを焼いていた。
Khubz_in_wadi_rum_jorudan
ワイルドにパンを焼く【ワディ・ラム】

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2019年3月30日 (土)

猫だらけ(29)スプリット

クロアチアのアドリア海沿岸のまち、スプリット。古代ローマの神殿跡に人が住み着いて、そのまま待ちになったという変わった経歴の街。そんな歴史を知ってか知らずか、猫はいる。
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なんとなく人間みたいな顔立ち【スプリット】

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