京都旅行(1)嵐山
国内旅行の連載(?)再開です。
1995年9月11日
東京発大垣行き夜行普通列車、通称「大垣夜行」に乗るために、発車1時間半前に東京駅のホームへ。しかし並んでいる人なんていやしない。発車後もガラガラで、早く来る意味はまるでなかった。
23時40分、出発。
9月12日
たまたま相席になった奴がよくしゃべり、眠れず不愉快。奴が下車後、一応眠ったが。5時40分前には検察にたたき起こされた。
大垣で加古川行きに乗り換え。しばらくは車窓を見ていたが、結局、ほぼ寝た。9時に京都着。嵯峨野線(山陰本線)で嵯峨嵐山に9時半前に到着。10時半過ぎ発の嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車に乗車。峡谷沿いは流石に良い眺めで、これで600円は安い。と思っていたが、それも最初のうちだけ。あとはまあまあという程度。それでも開放的なトロッコ列車で、風は気持ちいいし(寒いが)、水面の緑色も綺麗で、それなりに満足。車掌のアナウンス(解説というかおしゃべりというか・・・唄まで始まった)が少々うるさい。
10時前にトロッコ亀岡着。周りの水田沿いを歩く。人の音が聞こえなくなり、あるのは水、虫、鳥、そして虫が動くときに草がずれる音だけ。どこにでもありそうな空や田んぼや虫や鳥が、なぜか魅力的にみえる。
駅に戻る。駅が近づくにつれ、中年女性の喧噪が聞こえてくる。げんなり。JRの馬堀駅へ。乗ろうとした電車にぎりぎり間に合わなかったので、悔しくて反対方向に一駅だけ乗って、折り返し、11時前に嵯峨嵐山駅着。暑くなってきたが、竹林に入ると涼しくなる。竹だけだけど、それがまた美しい。人力車がはびこっている。
野宮神社に行った後、レンタサイクル屋を発見。100円と安いので、借りることに。まずは常寂光時へ。楓と竹と苔が美しく、風雅な趣。人がほとんどおらず、蝉と鳥の声しか聞こえない。と思ったら、鐘が鳴る。
続いて祇王寺へ。庭も、それを取り囲む木や竹も、風情がある。隣の滝口寺は風情と言うより野趣のある雰囲気。そんなに薄暗いわけではないが、なんか「出そう」な雰囲気。広いだけの清涼寺に寄った後、大覚寺へ。時代劇の撮影をしている。立派な寺で、庭も趣はないが、立派。大沢池は静かで広いだけなのに、なぜか風流。と思いながら、結局池の周りを一周してしまった。凄く疲れた。腰まで疲れた。
思い切り道に迷う(大覚寺前の五叉路で、自分が来た道を除く4つの選択肢のうち、帰り道につながっていないのは一つだけなのに、その一つを選んでしまったのが敗因か)が、なんとか鈴虫寺へ。中年女性の団体とぶつかってしまう。しかもここは完全に観光地と化しており、鈴虫の箱の行列を前に繰り広げる寺の坊主の演説は話の7分の5はお守りのセールストーク。出てきたお茶は少ないし、菓子はうまくないし、庭は狭くてちゃちい。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはこのことか。
次の地蔵院は高く広大な竹林、そして苔が見事(庭園は平凡)。予約なしでは入れない西芳寺を横目に、天竜寺へ。最初は枯山水、そして・・・次の回遊式庭園は、これこそ待っていたもの!素晴らしい庭園で、あまりな素晴らしさに1周半もしてしまった。続いて、諧堂へ。また庭園が見える。どんどんフィルムが減る。
しかし、身体はぼろぼろ。腕が赤いと思ったら見事なサンバーンだし、埃にまみれになっているせいか、目がしみてしょうがない。右膝、尻、腰、踵も痛い。嵐山公園の亀山公園の川縁を歩くが、段々峡谷っぽくなっていきとてもよいのだが、最後は登って展望台に向かうしかけで、疲れもピークへ。しかも大してよく見えない。
18時頃、自転車を返し、嵯峨嵐山駅からJR嵯峨野線に乗車。嵐山はいいところだった。しかし、疲れた。膝はがくがく、腿はぱんぱん。明日からはこんなハードスケジュールはやめよう、もっとゆったりとしようと反省。19時前に京都着。夢見心地で挙動不審だったらしく、前に座っている人に「京都ですよ」と教えられた。どうも車内では激しく舟を漕いでいた模様。
市バスで予約していたホテルへ。いやに安いと思っていたが、着いて理由が分かった。カプセルホテルだった。
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