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2017年5月17日 (水)

セネガル旅行(2)パリ

5月3日
上海午前0時発のエール・フランス機でパリへ。深夜便にもかかわらずしっかり夕食(夜食か)付き。しかも巨大機体A380の最後尾のブロックだったためか、配膳は最後。食事が運ばれてきたときにはすでに1時20分をまわっている。早く眠らせてください。そして案の定、可もなく不可もない料理に(これと比べれば、中国東方航空の中華料理ははるかにましだった)、コーヒーはインスタント。

5時半にパリ・シャルルドゴール空港に着陸。家にあったユーロの小銭を持ってきたのに、預け荷物に入れてしまったことに今更気付く。30分以上空港内を走ってようやくゲートへ。さらに到着したのはゲートMなる、サテライトみたいなところで、出口のビルまで電車で2駅。そして出国審査で長蛇の列。やっと自分の番がまわってきたと思ったら、スーダンとパキスタンの入国履歴を見咎められる。何しに行ったんだ、危なくないのかと質問攻め。いろいろ説明し、ようやく「お前が考古学が好きなのはわかった」ということで釈放。

すでに着陸から1時間40分が経過。7時半発のリムジンバスに乗車。今日はトランジットの時間を利用して、パリから列車で1時間ほどの町、シャルトル観光を計画しており、そのためシャルトル行き列車の出るモンパルナス駅行きのバスに乗車したのだが、シャルトルに行って帰るのはもう厳しそうだ。ということで、プランBを発動。パリ近郊のフォンテーヌブローに行くことにして、同地に向かう列車が発着するリヨン駅で途中下車することに。バスは渋滞にはまり、予定より時間がかかり、8時45分頃、同駅に到着。

切符を手配しようと、券売機に行くと、クレジット・カードしか使えない。ユーロの現金を使いたかったので有人カウンターに向かうと、番号札をもらう仕組みになっていて、どうやら10人以上待ちそう。そんな暇ないので、カードで払おうと改めて券売機に。しかし操作がわかりづらく苦労し、ようやく行き先を入力できたと思ったら、適切な価格がありません的な謎のメッセージが表示される。困って番号札を発行する機械のそばでだべっている職員に聞くと、フォンテーヌブロー行きの切符はここでは買えない、二つ下のフロアに行けと言われる。

言われたとおりに二つ下がるとそこは地下鉄「メトロ」とRER(地下鉄の急行版のようなもの)の駅。フォンテーヌブロー行きは「R」という線のようなのだが、なぜか表示が見当たらない。うろうろ探し回り、ようやく表示を見つけ、矢印をたどっていくと、あろうことか地上に向かうエスカレーターに。ナンセンス。しかしどうしようもないので黙って矢印に従って上に上がると、当たり前だがそこはさっきまでいたSNCF(フランス国鉄)の駅構内。途方に暮れてインフォメーションみたいのを探して尋ねると、やはり地下2階に行けと言われる。そうこうしているうちに、フォンテーヌブロー行きの列車が出る時刻は過ぎてしまった。事前の情報では列車は30~40分間隔のはず。次の列車では時間が足りない。プランBもあえなく消滅。

ともかく切符を買うことすらできないとはデリー以来の失態である。帰りのトランジットの際に寄ろうと、真相究明すべく再び地下鉄駅に向かい、路線図を観察し、構内を見まわし――ようやくわかった。地下駅に(見つけた限りでは)2台だけSNCFの「パリ、イルドフランス」と書かれた券売機がある(一方、地上の券売機および有人カウンターは長距離専用)。ここで切符を買ったうえで、列車はメトロやRERのホームではなく、地上のSNCFのホームから出るということなのだった。地上から出る列車に乗るために、地下鉄駅まで降りて切符を買い、目の前にある地下鉄の改札には入らずに地上に戻って列車に乗るという仕組みだったのだ。まったくもってナンセンス。

ともかく、やむなくプランCのパリ市内散策へ。限られたトランジット時間を利用してどう歩くか、朝食をとりながら検討することに。ということでテロ対策なのか警官だらけの駅を出て、バス車窓から見えてちょっと気になっていた駅前のカフェへ。コーヒー(スモールかラージか聞かれたので、後者に)、クロワッサン、それにバター・タルティーヌ(スライスしたバゲットに具材、この場合はバターを載せたもの)。貧相な朝食だが、店の雰囲気はよい。雰囲気代込で6.5ユーロ(約810円)。紙幣で払ったら、店員がお釣りを崩しにどこかに探しに走って行った。なんとなく申し訳なくチップをはずむ。

10時半頃店を出る。雨のパリ。まずはバス車窓から見えて気になった高架橋へ。入口に浮浪者が就寝中。その脇をそっと通って階段を上がると、予想通り緑一杯の遊歩道。ニューヨークのハイラインと同様、かつての鉄道の高架橋跡を利用した「プロムナード・プランテ」であった。そこを歩いてバスチーユ広場へ。中央の「7月の円柱」は工事中。広場に面した新オペラ座はつまらない外観。

そこから10分ほど歩くと割と立派な教会が。せっかくなので中へ。サン・ポール・サン・ルイ教会であった。ドーム状の天井が高く、中も割と立派。出てすぐ近くのカフェで一休み。1.2ユーロ(約150円)のエスプレッソが素晴らしくうまい。妙齢の女性店主もかっこいい。思わずチップをはずむ(といっても0.8ユーロだが)。

さらに歩き、パリ市庁舎の前を通り、橋を渡ってサンルイ島へ、とぶらぶら歩く。緑の並木と石造りの建物がマッチした街並みが続き、雨でも歩いていて楽しい。
Paris
パリの街を歩く

12時15分にアラブ世界研究所に入る。ジャン・ヌーベルのデザインによる建築で、アラブのデザインをモチーフとした幾何学模様のアルミパネルが有名。ここでは特別展「アフリカのイスラム」へ。マグリブ、ヌビア、東アフリカ、西アフリカと、アフリカ各地でのイスラムについてまとめて展示していて、対象が広すぎて散漫。しかも昔のものから現代アートまでいろいろ展示。それでもセネガルのイスラム化についての説明展示もあり、多少は今回の旅行の参考になる。アートも面白いものがあった。さらに常設展へ。こちらのテーマは「アラブ」とさらに広く、イスラム化以前のナバテア人から始まる。ちゃんと見れば面白いのかもしれないが、時間がない。結局全館で1時間ほどで退散。

近くのカフェでクローク・ムッシュとカフェオレで昼食。時間が無くなってきた。ノートルダム大聖堂の写真などを撮りながら速足でRERのサン・ミシェル・ノートルダム駅へ。駅には券売機と閉鎖された窓口だけ。券売機は紙幣は使えず硬貨とクレジットカードだけが使えるタイプだがカードは使用中止との表示。手持ちのコインを数えると9ユーロちょっとしかない。空港までは10ユーロ。数セント足りない。家にあった小銭を持ってきていれば、あるいはチップで小銭を使ってしまわなければ、足りた。しかし今となってはどうにもならない。とにかく空港に行かねばならない。

紙幣を崩して小銭にするしかないと思い、外へ。目の前ににカフェがあるが、ノートルダム大聖堂正面という絶好のロケーションのためかエスプレッソ3ユーロ(約370円)とぼったくり価格。腹正しく、ほかの店を探すが、土産物にはろくなものがないし、近くにほかのカフェも見つからない。やむを得ずぼったくりカフェへ。案の定、まずいエスプレッソ。角砂糖でなく袋入りの砂糖で済ませているあたりからしてやる気がない。典型的な観光地殿様商売。バカにしている。

とにもかくにも7ユーロの小銭を手に入れ、意気揚々と駅へ降りると――有人の窓口が開いた。これまでの苦労と立腹をどうしてくれる。

RERのB線で30分ほどでシャルルドゴール空港へ。駅到着後15分後には空港内の制限エリア。入国と異なり、出国はあっという間。慌てて戻ってきたのに拍子抜け。ぱっと見しゃれたデザインで、高級ブランドショップが麗しく並ぶが、トイレは階段(ないしエレベーター)で降りないと使えないなど、相変わらず利用者の利便性は後回しな設計思想を感じる空港。

そして急いで空港に戻ってきたというのに、エールフランス機の離陸は予定の1時間半遅れの17時50分。5時間20分ほどでセネガルの首都、ダカールに到着。ATMが3台とも使えなかったので、両替所でユーロから当地の通貨、セーファーフランに両替。空港の両替はレートが悪いと相場が決まっているが、ユーロとセーファーフランは固定レートのはずだが、それよりは少し悪い。手数料だろうか。あるいは小銭がないということか。

ホテルに頼んでいた送迎の車で10分弱でンゴール地区のホテルへ。チェックインの手続きもなく部屋に連れていかれる。そして、トイレ・シャワーは部屋の外との説明。つまり共用と。いや、トイレ付きの部屋を予約したはずだというと、確かにそうした予約を受けたが今夜はトイレ付きの部屋は開いていない、責任者は妻だが明日来るから、と。共用のシャワールームには誰かの下着が干されており、タオルはかび臭く、Wifiは弱くて使い物にならない。ろくでもない。

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