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2017年5月23日 (火)

セネガル旅行(4)ダカール、サンルイ

5月5日
トイレなしの部屋になったおかげでディスカウントしてもらい、チェックアウト。「あなた、フランス語全くしゃべれないの?」とバカにされつつ、バスターミナルに行く際にタクシー・ドライバーに見せる行き先を書いてもらう。が、そこに書いてもらった地名「ピキン(Pikine)」行きのバス(35番)を見つけ、乗車。車内にはラジオが流れる。運転台近くにセネガル相撲のポスターが。30分ほど乗車したところで、バスターミナルと離れた方向に進み始めたので、慌てて下車。スマホの地図頼りにバスターミナルに向かって歩く。

あたりは牧畜エリアなのか、やたらヤギやら馬やらがいる。普通に馬車が走っている。出店がたくさん出ている線路を渡ると、警笛が。なんと列車が来る。現役の鉄道であった。さらにバスターミナルに近づいていくと、路上が市場。前から気になっていた「ネスカフェ」と書いた、人ひとりの幅ぐらいの小さな屋台へ。ここでコーヒーを注文。小さなプラスチックカップにたっぷりの砂糖とポットからコーヒーを入れ、それを高い位置から別のカップに注ぐ、というのを繰り返して渡される。コーヒーを飲みほして、周りをうろうろ。なんか楽しい。

バスを降りて40分ほどで、ボー・マレシェ(Baux Maraîchers)にあるバス・ターミナル(Gare routière)に到着。ここで、サン・ルイに向かうセットプラス(Sept-place、乗り合いタクシー)を探すが、「サンルイ」の発音が全く通じない。字に書いたりして案内してもらい、乗り場へ。3列シートのワゴン車に、助手席1人、2列目3人、3列目3人で乗車するのでフランス語で7席を意味する「セットプラス」と呼ばれている。だいぶ年季の入ったプジョー505で、席はボロボロ、天井も一部破けている。席は3列目をあてがわれたが、これが想像以上に狭く、3人並んで座る上に、前の席との間が狭すぎて足を降ろせず、ひざを曲げて体育すわりというかヤンキー座りするような格好。これはつらい。

10時15分頃出発。すぐにガソリンスタンドへ。いつも思うのだがなぜ給油してから客を乗せないのだろうか。2列目に座っている女性は、子供を抱えていることに気づいた。すごい。ダカール市内は渋滞気味。そこにサッカーボール売りがやってくる。そんなもの車から買う奴いないだろうと思っていたら、この車の運転手が買っていた。わからないものだ。

ダカール近郊のThiresという街を抜けるあたりから車窓はバオバブの木が時々みえる荒れ地に。ヤシの林が見えることも。車も少なくなり、スピードも上がる。しかし、出発から2時間ぐらいのところで突然路上で停車。運転手が降りてどうも車の下にもぐっている(身動き取れないのでよく見えない)。3列目の窓は開かないので、停まると風が入らなくなり蒸し暑い(当然エアコンなどない)。

5分ほどで走り出したが、10分ほどさらに走ったところでまたストップ。足をずっと曲げているのがつらかったので、思い切って足を隙間にねじ込んで降ろしてみる。何とか降ろせたが、席と席の間に足が挟まって全く動かせなくなる。ただともかく姿勢を変えたかったのだ。その後また走り出してはストップの繰り返し。何やらシフトレバーを取り外して、またつけている。何事なのだろう。古い車だけのことはある。横を真新しいレンジローバーが走り去っていく。ああ、格差社会。

13時ごろ、Meckheという街の、自動車整備工場が並んでいるような通りの前でストップ。外から男がやってきた。修理屋のようだ。時間がかかるようで、客はいったん、全員降ろされる。物売りもいる。ビニール袋に入れられた揚げ菓子のようなものを買ってみる。ほのかに甘い。これが昼食替わり。無性にトイレに行きたくなってきた。しかし、トイレを貸してくれそうな食堂や店はない。困ってさまよっていると、少女に話しかけられる。オートワレ?――え、なんといった?トイレ?そういうと、うなずく。これぞ、天の助け。民家(?)の門をくぐり、中庭にあるトイレを借りる。ありがたい。

45分後、修理が終わったのか、出発。砂地にアカシアのような木が生えている景色が続く車窓。時折、並走している線路が見える。ダカールとサンルイを結ぶ鉄道と思われるが、もう使われていないようで、砂に埋もれていたり、真ん中に木が立っていたりする。そして15時40分頃、サンルイのバスターミナルに到着。

ここからはタクシーに乗り換え。ガイドブックには町まで定額で600フランと書いてあったが、全くこちらの値切りに応じない。結局、1500フラン(約280円)。しかも、別の客が乗っていた。ただ、そのおかげでその客の行き先である住宅街を見ることができた。子供たちが路上で遊び、ヤギがうろつく。その後、目的地のサンルイの旧市街へ。20分ほどで到着。

ホテルにチェックイン後、街並みの散策開始。サンルイはセネガル川河口にある細長い三角州で、1659年にフランスが初めて商館を建設し、1902年までフランス領西アフリカの首都だったところ。植民地時代の建物が残る。雑貨店でオレンジジュースの100ml入りビニールパックを売っていたので面白いと思って購入。しかし店員の愛想がひどく悪い。そして飲み終わったパックは、周囲の子供たちに奪われた。

まず本土との間を結ぶフェデルブ橋(Pont Faidherbe)のたもとへ。そのあとは島の南部をぶらぶら歩く。大きな建物は植民地と関係なさそうなモスクぐらいで、あとは小さな古い(といっても19世紀のものが多そうだが)建物が並ぶ。いい感じの街並みだが、それほど観光化されていないのが好ましい。川にはペリカンなど水鳥も見える。CRDS博物館(Musée du Centre de Recherche et de Documentaion de Sénégal)では、人類の歴史についてのフランス語での常設展と、企画展として抽象画を展示。

西岸からは対岸が見える。漁師の小舟がずらっと並ぶ。こちらまで喧騒が聞こえてくる。それに惹かれるように橋を渡ってその島へ。ゴミだらけ。漁港にヤギ、そして馬がいる風景がシュール。海沿いを歩いた後、ちょっと奥の通りへ。女子はゴム飛び、男子はサッカーで遊ぶ。大変ローカルな雰囲気で、写真を撮るのがためらわれる。子供に頼まれて写真を撮ろうとしたら、大人の女性に怒られた。とはいえ、歩いて、見ているだけで面白い。子供たちからは侮蔑的に「シノワ」(中国)とはやされることもあったが。
Ndar
サンルイ対岸の漁師町(右はサンルイ)

サンルイに戻り、割と立派な洋館を写真を撮ろうとしたら、なぜか守衛(軍人?)に止められる。何か重要施設だったのだろうか。そして夕食へ。まずは「ビサップ(Bissap)」という、ハイビスカスの花のガクを煎じた飲み物。砂糖たっぷりで甘い。そして「ヤッサ・ポワソン(Yassa Poisson)」。ライスと玉ねぎソース(ソースというか玉ねぎだらけだったが)をかけた魚。魚はおいしかった。しかし、接客にやる気なし。

ホテルに戻る。ビールが飲みたくなり、ホテルのバーに行ってみるが白人の団体(?)客が占領していて入りにくい。ホテルを出て、客引きに乗って食堂へ。ビールだけ頼んだらがっかりされた。「ガゼル(La Gazelle)」というセネガル産のビールを飲む。薄味で、暑い気候にあっていてうまい。イスラム教徒が大半の国なのにビールを作って売っているのがこの国の面白いところ。

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2017年5月20日 (土)

セネガル旅行(3)ラック・ローズ、ダカール

5月4日
61番小型バスに乗車。運賃は車体の中ほどにある格子窓に仕切られた小部屋にいる車掌に払う。車掌から遠い場合は乗客同士でお金と発券されたチケットをリレーして払っている。1時間ほど乗車して、ここはクール・マッサー(Keur Massar)かとほかの客に聞いてうなずかれたところで下車。T字路を中心に市が立ち、賑わっているが、次のバスのバス停がどこかわからない。バス停を探してうろうろしているとお目当ての73番小型バスに来たので乗車。完全に止まってくれないので、文字通り飛び乗る。

10時10分頃、ラック・ローズ(Lac Rose)に到着。フランス語(セネガルは旧フランス植民地で、「公用語」はフランス語)でピンク色の湖という意味で、湖面がピンク色になるとのことで、それを見に来たのだ。しかしどう見てもピンクではなく、黒。湖岸の一部は草が生えていて、放牧されたヤギが牛が草をはむ。そのため、フンだらけ。

そのうちピンクになるのではないかと淡い期待をいただきながら湖岸を歩く。勧誘にのってボートに乗ることに。ここは以上に塩分濃度が高い塩湖で、1tの水から380kgの塩が取れると勝手ガイド達は解説する(彼らの説明は、特に数値はバラバラで信ぴょう性に欠けるのだが、380kgという数値は一致)。湖底には塩が堆積しており、それをさらって集めているボートがそこかしこに。塩さらいをしているのはマリ人が多いらしく、水が体に悪いとのことで、肌にシア・バターを塗っているという。

湖上に出れば光の加減でピンクになるのではと淡く期待したが、やはり黒い。見ようによっては赤黒く見えなくもない、という程度。赤くなるのは塩湖で繁殖するドナリエラという藻の一種が、生育条件によっては赤色のカロテノイドを細胞内に蓄積するためである。事前にネットで情報収集した結果、乾期(それも4月下旬~5月上旬)で、風の強い晴天で、昼頃~午後、という条件がピンクになりやすいと判断したのだが、これら条件はほぼすべてクリアしている。なのに黒いとは残念な限り。ボートは10分2000セーファーフラン(約370円)で交渉成立だったのだが、実際には20分ほど乗せてくれた。
Lac_rose
写真では実物以上に色が強調されるという事例【ラック・ローズ】

その後再び、湖を眺めながら湖岸を歩く。湖で採った塩は湖岸に積まれ、白~灰色の山となっている。これらを袋詰めしてトラックに載せて出荷している。湖岸には真水が出るという泉がところどころあり(なめてみろと言われたが、澄んだ水の下にごみが堆積しているのでご遠慮申し上げた)、塩湖のそばというのに不思議。一方で、湖以上に赤黒く濁った水たまりもあったので、こちらは塩水なのだろう。

歩いていると勝手ガイド、ボート乗り、そして土産屋が声をかけてくる。ガイドとボードは男性、土産屋は女性というのが、当地の性別役割分担らしい。土産屋はまずキーホルダー等の小物をプレゼントと称して渡したうえで(最終的にはすべて返却したが)、うちの店に来い、何か買えと進む。さらに、1ユーロくれ、1フランくれ、ペンをくれ、キャンディをくれと進んだ場合もあった。

2時間ほど歩いたのち、バス停のほうに戻り、近くの集落へ。そこで昼食。「ヤッサ・プレ」(Yassa Poulet)という、ライス、いためた玉ねぎ、鶏肉、そしてレモンの搾りかすのプレート(搾りかすをわざわざ添える理由は謎)。チキンはおおむねぱさぱさ。ライスは砕け米のようで、丸く短く、クスクスのよう。

食後、湖の北側に行こうと思ったが、そこは砂丘になっており、ラクダやバギー、4WDの車で走るのが定番のアトラクション。とのことだったが、特に惹かれなかったので、スルー。14時発の73番小型バスに乗車。バスの乗員や乗客は共助の精神にあふれていて、大きな荷物を背負った行商人が乗ってくれば荷物を置くのを手伝い、車内にお金(それもコイン)を落とした乗客が下車すれば、通りがかりの他人に託してお金を返し、といった光景が繰り広げられる。

100分ほど乗車し、ポスト・チャーロイ(Poste Thiaroye)という地区で下車。ラウンドアバウトと立体交差が交錯し、人と車が多く行き交い、次乗り換えるバスのバス停がどこかわからない。スマホの地図を見ながら進むべき方向と見定めて歩いていた道沿いで、やってきた218番大型バスに乗車。70分ほど乗車し、ワッカム(Ouakam)という地区に入ったところで、(スマホの地図をみていると)あらぬ方向に進みだしたので、慌てて下車。周りは住宅街といった風情。バス停を見つけ次のバスを待つが、なかなか来ないので、タクシーに。

10分ほどでアルマディ(Almadies)地区へ。アフリカ大陸最西端のアルマディ岬に行きたくて、岬を敷地内に擁するホテル・アルマディまでと行ったのだが、そこは閉まっているといわれ、別のホテルの前(アメリカ大使館の近く)で降ろされる。そこからホテル・アルマディまで歩くと、廃墟っぽい雰囲気が漂う建物群が。敷地前の守衛に、トラブルがありホテルは閉鎖されたと説明される。残念。

ともかく海を見たいと少し歩くと、土産屋や食堂が集まるエリアに。土産屋には「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を売っている。突堤が見えるのでそこに行くと、またも守衛。が、どうぞという感じなので、突堤内へ。突堤からは、ホテル・アルマディ敷地内に海に突き出たエリアが見える。あそこがアフリカ大陸最西端なのだろう。釣り人がいて、釣り上げた、と思ったら魚を地面に放り投げて、また竿を海へ。――次の瞬間、トンビが降りてきて魚をくわえて飛び去っていった。

夕日になりそうだったので、海の見える食堂へ。そして食事を待ちながら、中空でかき消えていく夕日を眺める。夕食はタイの塩焼き。うまい。バオバブのジュース「ブイ」(Bouye)も注文。甘酢っぽいシェイクという感じでうまいが、氷を使っているようで不安になる。と思っているとストローにハエが。これはもう飲めない。と思いつつ、コップから直接飲む。

その後、タクシーでホテルへ。1000フラン(約190円)で妥結したはずなのに、ホテルの場所がわからなかったようで(最初に別のドライバーに教えられていたのだが)、途中でこちらのスマホの地図を見たり、近くの人に何度も聞いたりとして、何とか到着。大変だったからもっと金を出せと言われた(気がする)。サービス提供者の視点からは確かにそうなのだろうが、利用者の視点からは、能力不足を理由に増額を要求するとは言語道断。

ホテルに入ると「責任者」と思しき女性がいる。トイレ付きの部屋に変えてほしいと言うと、客の一人が病気になって滞在を続けているので部屋が空いていない、とインド人のような言い訳を言う。単なるオーバーブッキングだろうに、そしてそれはホテル側の落ち度だろうに、それを客のせいにするとは言語道断。

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2017年5月17日 (水)

セネガル旅行(2)パリ

5月3日
上海午前0時発のエール・フランス機でパリへ。深夜便にもかかわらずしっかり夕食(夜食か)付き。しかも巨大機体A380の最後尾のブロックだったためか、配膳は最後。食事が運ばれてきたときにはすでに1時20分をまわっている。早く眠らせてください。そして案の定、可もなく不可もない料理に(これと比べれば、中国東方航空の中華料理ははるかにましだった)、コーヒーはインスタント。

5時半にパリ・シャルルドゴール空港に着陸。家にあったユーロの小銭を持ってきたのに、預け荷物に入れてしまったことに今更気付く。30分以上空港内を走ってようやくゲートへ。さらに到着したのはゲートMなる、サテライトみたいなところで、出口のビルまで電車で2駅。そして出国審査で長蛇の列。やっと自分の番がまわってきたと思ったら、スーダンとパキスタンの入国履歴を見咎められる。何しに行ったんだ、危なくないのかと質問攻め。いろいろ説明し、ようやく「お前が考古学が好きなのはわかった」ということで釈放。

すでに着陸から1時間40分が経過。7時半発のリムジンバスに乗車。今日はトランジットの時間を利用して、パリから列車で1時間ほどの町、シャルトル観光を計画しており、そのためシャルトル行き列車の出るモンパルナス駅行きのバスに乗車したのだが、シャルトルに行って帰るのはもう厳しそうだ。ということで、プランBを発動。パリ近郊のフォンテーヌブローに行くことにして、同地に向かう列車が発着するリヨン駅で途中下車することに。バスは渋滞にはまり、予定より時間がかかり、8時45分頃、同駅に到着。

切符を手配しようと、券売機に行くと、クレジット・カードしか使えない。ユーロの現金を使いたかったので有人カウンターに向かうと、番号札をもらう仕組みになっていて、どうやら10人以上待ちそう。そんな暇ないので、カードで払おうと改めて券売機に。しかし操作がわかりづらく苦労し、ようやく行き先を入力できたと思ったら、適切な価格がありません的な謎のメッセージが表示される。困って番号札を発行する機械のそばでだべっている職員に聞くと、フォンテーヌブロー行きの切符はここでは買えない、二つ下のフロアに行けと言われる。

言われたとおりに二つ下がるとそこは地下鉄「メトロ」とRER(地下鉄の急行版のようなもの)の駅。フォンテーヌブロー行きは「R」という線のようなのだが、なぜか表示が見当たらない。うろうろ探し回り、ようやく表示を見つけ、矢印をたどっていくと、あろうことか地上に向かうエスカレーターに。ナンセンス。しかしどうしようもないので黙って矢印に従って上に上がると、当たり前だがそこはさっきまでいたSNCF(フランス国鉄)の駅構内。途方に暮れてインフォメーションみたいのを探して尋ねると、やはり地下2階に行けと言われる。そうこうしているうちに、フォンテーヌブロー行きの列車が出る時刻は過ぎてしまった。事前の情報では列車は30~40分間隔のはず。次の列車では時間が足りない。プランBもあえなく消滅。

ともかく切符を買うことすらできないとはデリー以来の失態である。帰りのトランジットの際に寄ろうと、真相究明すべく再び地下鉄駅に向かい、路線図を観察し、構内を見まわし――ようやくわかった。地下駅に(見つけた限りでは)2台だけSNCFの「パリ、イルドフランス」と書かれた券売機がある(一方、地上の券売機および有人カウンターは長距離専用)。ここで切符を買ったうえで、列車はメトロやRERのホームではなく、地上のSNCFのホームから出るということなのだった。地上から出る列車に乗るために、地下鉄駅まで降りて切符を買い、目の前にある地下鉄の改札には入らずに地上に戻って列車に乗るという仕組みだったのだ。まったくもってナンセンス。

ともかく、やむなくプランCのパリ市内散策へ。限られたトランジット時間を利用してどう歩くか、朝食をとりながら検討することに。ということでテロ対策なのか警官だらけの駅を出て、バス車窓から見えてちょっと気になっていた駅前のカフェへ。コーヒー(スモールかラージか聞かれたので、後者に)、クロワッサン、それにバター・タルティーヌ(スライスしたバゲットに具材、この場合はバターを載せたもの)。貧相な朝食だが、店の雰囲気はよい。雰囲気代込で6.5ユーロ(約810円)。紙幣で払ったら、店員がお釣りを崩しにどこかに探しに走って行った。なんとなく申し訳なくチップをはずむ。

10時半頃店を出る。雨のパリ。まずはバス車窓から見えて気になった高架橋へ。入口に浮浪者が就寝中。その脇をそっと通って階段を上がると、予想通り緑一杯の遊歩道。ニューヨークのハイラインと同様、かつての鉄道の高架橋跡を利用した「プロムナード・プランテ」であった。そこを歩いてバスチーユ広場へ。中央の「7月の円柱」は工事中。広場に面した新オペラ座はつまらない外観。

そこから10分ほど歩くと割と立派な教会が。せっかくなので中へ。サン・ポール・サン・ルイ教会であった。ドーム状の天井が高く、中も割と立派。出てすぐ近くのカフェで一休み。1.2ユーロ(約150円)のエスプレッソが素晴らしくうまい。妙齢の女性店主もかっこいい。思わずチップをはずむ(といっても0.8ユーロだが)。

さらに歩き、パリ市庁舎の前を通り、橋を渡ってサンルイ島へ、とぶらぶら歩く。緑の並木と石造りの建物がマッチした街並みが続き、雨でも歩いていて楽しい。
Paris
パリの街を歩く

12時15分にアラブ世界研究所に入る。ジャン・ヌーベルのデザインによる建築で、アラブのデザインをモチーフとした幾何学模様のアルミパネルが有名。ここでは特別展「アフリカのイスラム」へ。マグリブ、ヌビア、東アフリカ、西アフリカと、アフリカ各地でのイスラムについてまとめて展示していて、対象が広すぎて散漫。しかも昔のものから現代アートまでいろいろ展示。それでもセネガルのイスラム化についての説明展示もあり、多少は今回の旅行の参考になる。アートも面白いものがあった。さらに常設展へ。こちらのテーマは「アラブ」とさらに広く、イスラム化以前のナバテア人から始まる。ちゃんと見れば面白いのかもしれないが、時間がない。結局全館で1時間ほどで退散。

近くのカフェでクローク・ムッシュとカフェオレで昼食。時間が無くなってきた。ノートルダム大聖堂の写真などを撮りながら速足でRERのサン・ミシェル・ノートルダム駅へ。駅には券売機と閉鎖された窓口だけ。券売機は紙幣は使えず硬貨とクレジットカードだけが使えるタイプだがカードは使用中止との表示。手持ちのコインを数えると9ユーロちょっとしかない。空港までは10ユーロ。数セント足りない。家にあった小銭を持ってきていれば、あるいはチップで小銭を使ってしまわなければ、足りた。しかし今となってはどうにもならない。とにかく空港に行かねばならない。

紙幣を崩して小銭にするしかないと思い、外へ。目の前ににカフェがあるが、ノートルダム大聖堂正面という絶好のロケーションのためかエスプレッソ3ユーロ(約370円)とぼったくり価格。腹正しく、ほかの店を探すが、土産物にはろくなものがないし、近くにほかのカフェも見つからない。やむを得ずぼったくりカフェへ。案の定、まずいエスプレッソ。角砂糖でなく袋入りの砂糖で済ませているあたりからしてやる気がない。典型的な観光地殿様商売。バカにしている。

とにもかくにも7ユーロの小銭を手に入れ、意気揚々と駅へ降りると――有人の窓口が開いた。これまでの苦労と立腹をどうしてくれる。

RERのB線で30分ほどでシャルルドゴール空港へ。駅到着後15分後には空港内の制限エリア。入国と異なり、出国はあっという間。慌てて戻ってきたのに拍子抜け。ぱっと見しゃれたデザインで、高級ブランドショップが麗しく並ぶが、トイレは階段(ないしエレベーター)で降りないと使えないなど、相変わらず利用者の利便性は後回しな設計思想を感じる空港。

そして急いで空港に戻ってきたというのに、エールフランス機の離陸は予定の1時間半遅れの17時50分。5時間20分ほどでセネガルの首都、ダカールに到着。ATMが3台とも使えなかったので、両替所でユーロから当地の通貨、セーファーフランに両替。空港の両替はレートが悪いと相場が決まっているが、ユーロとセーファーフランは固定レートのはずだが、それよりは少し悪い。手数料だろうか。あるいは小銭がないということか。

ホテルに頼んでいた送迎の車で10分弱でンゴール地区のホテルへ。チェックインの手続きもなく部屋に連れていかれる。そして、トイレ・シャワーは部屋の外との説明。つまり共用と。いや、トイレ付きの部屋を予約したはずだというと、確かにそうした予約を受けたが今夜はトイレ付きの部屋は開いていない、責任者は妻だが明日来るから、と。共用のシャワールームには誰かの下着が干されており、タオルはかび臭く、Wifiは弱くて使い物にならない。ろくでもない。

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2017年5月14日 (日)

セネガル旅行(1)上海

2017年5月2日(火)
中国東方航空で2時間40分ほどで上海・浦東国際空港へ。そしてリニアモータカーで龍陽路駅へ。最高時速は301km。先頭車両だったので運転席が見える。ただっぴろい空間の右側にちょこんと運転台があり、空いた左側には家庭用扇風機が。暑いのだろうか。冷房がないのだろうか。シュールな絵。

地下鉄2号線に乗り換え、20分強で南京西路駅へ。ここで地下鉄12号線に乗り換えようと案内表示に従って進んでいると、改札口に。切符を入れると(正確にはタッチしたらインサートしろと表示されたので、入れた)切符が出てこない。その先の駅まで買ったのになぜだ。地上に出ると20世紀初頭の建物と、それを模したと思しき新しい建物が並ぶ街並み。12号線の駅が見つからずにうろうろするが、結論としては2号線を出たすぐ近くに12号線の入口が。

12号線で一駅の陜西南路駅で下車。地上へ出ると目の前には国泰電影院という1932年建造の映画館。ここから淮海中路を歩く。この辺りはフランスの租界だったエリア。プラタナスの並木でトンネル状に覆われ、今は高級ショッピング街。歩いていて気持ちのいい通り。少し曲がると、並木は続くが道幅が狭まり、排ガスでのどが痛くなってくる。一方で電動スクーターが音もなく忍び走ってくるので油断できない。

駅から20分ほど歩いて上海孫中山故居記念館へ。孫文(孫中山)の功績をたたえる施設で、入るといきなり中華民国の青天白日旗が展示されていて面食らう。1階は孫文の政治的な役割、2階は彼とその妻・宋慶齢の(私的な)生涯をたどる展示。英語の解説では「国民党」をなぜか「Nationalist Party」といった表記ではなく「Kuo-min-tang 」と表記。30分ほど見学した後、隣の「上海孫中山故居」へ。靴にビニールをかぶせて中へ。孫文とその妻が暮らした家で、19世紀の金持ち暮らしといった風情。華美ではなく落ち着いた雰囲気ではあるが。
Sun_yatsens_former_residence_in_sha
上海孫中山故居

その後、20分ほど歩いて19世紀の「石庫門」様式の建物・街並みをリノベーションした「新天地」へ。単なるおしゃれなショッピング・モールに見えてしまい、面白みに欠ける。建物がまるで古びていないのが仇というか。さらに10分ほど歩く、ブランドショップの入る巨大ビルが立ち並ぶ。走る車は高級外車が多い印象。一方でMobikeなどの自転車シェア(スマホのアプリで予約できる貸し自転車のようなもの)と思しき自転車が多く走り回る。道路にも自転車レーンが整備されているよう。

黄陂南路駅から地下鉄1号線で一駅の人民広場駅へ。地上へ出て巨大な歩行者天国、「南京東路」を歩く。スマホで記念撮影する人が多い観光スポットで、ごみ一つ落ちていないきれいな路上が印象的。一方で日本語の客引きが多く、うざい。小籠包の店で一休み。肉汁をこぼさずに食べるのが難しい。さらに月餅を買って路上で食べる。

混雑する南京東路駅から地下鉄2号線で一駅、陸家嘴駅へ。高級ショッピングモールを通るが、入ってしまうと出口がわからなくなる。というか表示がない。一度入ったら逃がさないという魂胆か。何とか抜け出して、高さ632mと世界第二位の超高層ビル、「上海中心」へ。展望台でチケットを買うが、180元(約2,900円)とお値段も世界屈指の高さ。以前の経験からどうせ昼間の景色はつまらないだろうと思い、夜景になるのを待とうと早めの夕食をとって時間つぶし。ビル地下のフードコートで、香港風?の店へ。フードコートっぽい味。

そして展望台へ。地下の入り口は閑散としていたが、エレベーター(世界最速らしい、おかげで何度も耳がおかしくなった)で上がると大賑わい。ビルの周囲をぐるっとまわれる構造で、以前訪れた栓抜きビルよりはるかに景色を見やすい。そしてだんだん、周りの超高層ビルや、対岸の外灘の建物群がライトアップを始めていき、夜景が派手になっていく。

30分ほど楽しんで地上へ。と思ったらエレベーターで行列。15分ほど待たされる。そして地下鉄2号線で南京東路駅に戻る。歩道から人があふれ、警官が車道に並んで交通整理をしているという賑わいぶりの道を15分ほど歩いて、川沿いの外灘遊歩道へ。ライトアップした外灘のクラシカルな建物と、対岸の浦東の超高層ビルの夜景を目当てにこちらも大賑わい。なかなか良かったのだが、次のフライトの時間が気になり、25分ほど行ったり来たりして退散。地下鉄2号線、リニアモーターカーと乗り継いで浦東国際空港へ。

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2017年5月11日 (木)

奏でる人々(22)メキシコシティ(メキシコ)

メキシコでは楽団をマリアッチと呼び、観光客向けのレストランなどでは流しでやってきてチップを稼いでいる姿をよく見かけた。

こちらは割と高級レストランのためか、チップを撮る風でもなく、また黒いスーツにソンブレロ(つばの広い帽子)という典型的ないでたちでもなかった。
Mexico_city
真ん中のハープのような楽器は「アルパ」か【メキシコシティ】

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2017年5月 8日 (月)

奏でる人々(21)佐原(日本)

小野川沿いに風情ある街並みが広がる千葉県香取市の「小江戸」佐原。伊能忠敬記念館を出ると、笛に太鼓の音色が。何事かと音の鳴るほうへ行くと。
Onogawa_gezaren_in_sawara
川の流れとともに音も流れていく【佐原】

「佐原囃」を奏でる小野川下座舟であった。川の流れとともに音も移動していく。風情をかき立てる。観光地を盛り上げるためには、聴覚含め五感すべてを刺激することが大事だと思った次第。

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2017年5月 5日 (金)

奏でる人々(20)ベルガマ(トルコ)

ベルガマの町と遺跡を歩きまくって疲れて入った夕方のレストラン。食べ終わってまったりとしていると、民族衣装風の楽隊が行進してきた。何者だったのかは不明。
Bergama
トルコ行進曲?【ベルガマ】

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2017年5月 2日 (火)

花話(31)足利の藤

CNNの「2014年にかなえたい夢の旅10選」という記事に取り上げられたことをきっかけに、日本国内でも知名度がぐっと上がった足利市の「あしかがフラワーパーク」の藤。有名な「大藤」をはじめとして、紫色の藤が多いが、白や黄色、そして薄紅色の藤もあり、少しずつ時期をずらしながら開花していく。

満開だったうすべに藤がこちら。
Wisteria_in_ashikaga_flower_park_1

Wisteria_in_ashikaga_flower_park_2
桜色の洪水。【あしかがフラワーパーク】

天を覆う藤の花の下にはベンチがしつらえられ、頭上の藤や、眼前に広がる池とそれを飾るほかの花々を眺められるようになっていた。花三昧。

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