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2018年5月22日 (火)

オーストリア旅行(5)ブラチスラバ、ブダペスト

5月3日
トラム1番でŠafárikovo námへ。そしてちょっと歩いて7時20分頃に青の教会こと聖アルジュベタ教会へ。入るとミサ中。ドアにガラス窓が付いているので、ガラス越しにミサの様子を見学。10分弱でミサが終わり、中へ。外壁が青いだけでなく、内側も薄い青を基調とした装飾で、上品で美しい。この国はスラブ語族だがカトリック多数派の国。7時45分頃、照明が消され、丁重に追い払われる。「歩き方」では8時までとのことだったが。

中心部の旧市街の歩行者天国をぶらついた後、Hviezdoslavovo広場近くの「スロバキア・レストラン」へ。しかしまだ準備中のようで、向かいのカフェに行けと言われる。スロバキアらしさゼロのオムレツの朝食。ヨーロッパの歩行者天国になっている旧市街ではよくある話だが、この時間は店への搬入とゴミ収集のために、車がホコ天内に入ってくる。うっすらとごみの香りが漂う。
Bratislava
街が動き始める時間【ブラチスラバ】

食後、マンホールから顔を出す男の像「マン・アット・ワーク」を。検索して場所を特定したら近くにあった。さっき通ったばかりだが、その時は気づかなかった。15分ほど歩いて聖マルティン大聖堂へ。ブラチスラバはブダペストがオスマントルコに占領された時代に、ハンガリーの都がおかれたところ。教会内にいたガイドの解説が聞こえる。スロバキアはトルコに占領されたことがありません、と。なんとなく誇らしげだが、それだけ魅力に乏しかったということではないか。この教会はその時代、ハンガリー王の戴冠式が行われた場所。

宝物庫も見た後、外へ。ドナウ河岸を少し歩く。続いて丘の上に建つブラチスラバ城へ向かう。が、歩道が繋がっておらず、車道は割と交通量が多く、丘のふもとへたどり着くまでが大変。そして10分ほどの坂道を上り、城内へ。城の建物は18世紀にマリア・テレジアがバロックに改宗したが、1811年に火災にあい、再建されたのは1953年。ということで建物は新しい。庭園は2016年再建で、そもそも花もなく、面白みがない。丘の上なので、ドナウや街を見下ろすこともできる。川の向こう側には社会主義っぽいアパート群が並ぶ。
城の建物内の国立歴史博物館へ。城の歴史以外の常設展は入口が見つからず。が、特別展「チェコとスロバキア/スロバキアとチェコ」が面白い。そもそもなぜ二民族が一つの国家を形成したのかが謎だったが、マジャーリゼーション(ハンガリー化)が進んでいたスロバキアは、第一次大戦終了時点で、スロバキア語での教育制度など国民国家を作り上げる準備ができていなかったということが背景にあるようだ。また、工業化も遅れていた。
しかし、チェコ優位で進む国家づくりに反発が広がり、ついにはナチスの傀儡国家としてスロバキアは独立することになる。しかし、第二次大戦後の共産主義国チェコスロバキア建国後は、スロバキア・ナショナリズムは抑圧される。一方で、ナチスの強制収容所にはスロバキアからユダヤ人だけでなくロマの人々も送られ、といった少数民族のエピソードもしっかり説明。展示は解説と関係が薄そうな当時の洋服やら模型やらで、テーマが政治、産業、軍事、文化と膨大なこともあり、雑多かつ多数。ほとんど解説文を読んでいるだけ。結局、1時間ほど滞在したが、疲れた。
その後、丘を降り、旧市街の城壁を少し歩き、旧市街内をぶらついた後、歩き方掲載のレストランへ。ロゼワインは甘くていまいちだったので、ビールも頼む(チェコ製のよう)。が、これも深みのない苦みでいまいち。食事は名物ハルシュキー。チーズ(羊?)にベーコン、それに小麦をこねたようなものを合わせたもの。チーズはうまいし、ベーコンの塩味も聞いているが、いかんせん単調な味。値段はオーストリアの観光地に比べると断然安い。

続いて旧市街の城壁の門で唯一残っているミヒャエル門へ。中は武器博物館になっているが、展示はほぼスルーして、塔の上のテラスへ。旧市街の眺めはまあまあといったところか。街の中心とされるフラヴネ広場の賑わいの中を歩いた後、トラムでホテルへ戻り、再びトラムで中央駅へ。オーストリアと違って券売機では長距離切符は買えないので、窓口でハンガリーの首都、ブダペスト行きの切符を購入。ハンガリーでは指定席券を買っていないと罰金を取られることもあるらしいので、座席指定も。スロバキア語とドイツ語しか印字されていないが何とか解読。

そして14時過ぎ発のユーロシティ(国際特急)「メトロポリタン号」に乗車。指定した席は6人用コンパートメント(個室)。足を伸ばせないし、空調が入っておらず蒸し暑い。体が火照っているというのに。途中で隣のオープンサロンタイプの車両はガラガラであることに気付き(そして冷房も入っている)、そちらに移動。

16時25分頃、ブダペスト西駅に到着。駅の地下道は商店街になっており、エスカレーターは高速で地下へと人々を運び込む。ソ連のようだ。街行く人々の歩くスピードが速く、大都市と感じる。地下鉄を乗り継いで今日の宿であるゲッレールト温泉付属のホテルへ。周りは重厚な建物が多く、帝国の首都といった趣。

荷物を置いて、大混雑のトラム19番でクラーク・アダムスへ。ドナウ河にかかる有名なくさり橋を眺めた後、ケーブルカーでブダの丘へ。ブダペストはドナウ河をはさむブダとペストが合併した都市である。20分歩いて「漁夫の砦」へ。金を払って入場するも5分で有料エリアは終わり。そもそも1905年にできた、ただの飾りのような建物。白くてきれいなだけ。目当ては眼下のドナウ河と、河の向こう側のペストの街並みだが、有料エリアでなくても見れる。

隣のマーチャーシュ教会の写真を撮ったりした後、再びケーブルカーで下山。18時45分からくさり橋を歩いて渡る。道路は大渋滞。10分弱で渡り終わり、道を間違えてウロウロしているうちに夕食を食べる時間が無くなる。何かものすごく疲れた。河畔のベンチで一休み。19時25分に河の桟橋に到着。ここから日本で予約していたドナウ河クルーズ。20時乗船開始。おすすめの2階のデッキに行こうと早くから待っていたののに、座った座席は2階ではなく1階であった。失敗。段々、陽も落ちて、橋や建物のライトアップも始まる。

20時20分、遊覧船が出航。早速ブダの丘の上の王宮、そしてくさり橋を眺める。一旦、下流へ進んだ後、Uターンして上流へ。そして、下流へと進む。特にライトアップされた国会議事堂はまばゆいばかりで、まさに「ドナウ河の真珠」。21時15分過ぎにクルーズは終了。

近くのレストランへ。ピアノとバイオリン一人ずつの生演奏付き。客の一人がハンガリーの伝統音楽をやってと注文。哀愁があっていい。曲の途中でテンポが何度も変わる。ハンガリー名産の貴腐ワイン「トカイ・ワイン」の「スイート」をいただく。甘くて高級感を感じない。がぶがぶ飲んでしまいそう。メインはモナーキー・グヤーシュ。スープのつもりだったが、牛肉の煮込みにマッシュポテト、そして酸っぱいキャベツ。まあおいしい。

食後、少し河畔を歩いた後、トラムを乗り継いでホテルへ。夕食場所の近くにもホテルの近くにも売店がなくて、水を買えずじまい。そしてホテルの部屋は(割と高級なホテルのくせに)エアコンも換気扇もない。小さな窓は開くが風通しが悪く、蒸し暑い。さすが温泉ホテル、部屋からしてサウナのよう。申し訳程度に扇風機を置いてあるので回す。そしてものすごい喉が渇いてくる。やむをえずミニバーに手を出す。ジュースにコーラ2本、相次いでがぶ飲み。ホテルの策略にはまりすぎ。

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