« 美食紀行(8)ルーガンビルのビーフ・アンド・リーフ | トップページ | トルクメニスタン旅行(2)クフナ・ウルゲンチ、ダルヴァザ »

2018年9月16日 (日)

トルクメニスタン旅行(1)ヌクス、ムイナク

2018年9月7日(金)
今回はツアーに参加。成田空港で集合し、ウズベキスタン航空で、8時間40分のフライトでウズベキスタンの首都タシケントへ。乗務員が社会主義国風で居丈高。定刻より1時間弱遅れて出発したが、到着はほぼ定刻通り、16時40分。

オアシス風情のターミナルビルを出て、シャトルバスで国内線ターミナルへ。次もウズベキスタン航空、乗り継ぎ客をちゃんと待っているらしい。というかもともと乗り継ぎ時間が無理な設定なのではないか。定刻より70分ほど遅れて出発して、75分弱のフライトで、ウズベキスタン内のカラカルパクスタン共和国の首都、ヌクスに20時前に到着。7分ほどで市街のホテルへ。今日は寝るだけ。

9月8日
朝食はホテル。コールドミールのみと思いきや、最後にサモサ(中身は餃子風)が。熱々でおいしい。しかし写真を撮りそこなう。8時過ぎにツアー出発。今日はカラカルパクスタン共和国内の観光。砂地のオアシス都市を抜け、アムダリア川(川より砂地が目立つ)を渡ると、周りは綿花などの畑。カラカルパクスタン人はトルコ系と土着の人々の混血との説明だったが、それはウズベク人も同じであろう。言語学的にカラカルパク語はカザフ語に近いとのことで、別の民族とされている。カラカルパクスタン共和国の人口のうちカラカルパクスタン人は3分の1、ウズベク人が3分の1、残りは多様な民族ということで、いずれにしても多民族国家である。

バスが進むにつれ、畑から牛や羊、ヤギの放牧、そして草原(ステップ?)へと景色が移り替わっていく。草の葉は乾燥地帯らしくとがったものが多い。小さな赤紫の花や実をつけた「タマリスク」(和名はギョリュウ(御柳)か)がきれい。車窓には、ガスや水のパイプラインがよく並走する。

青空トイレを挟み、11時40分ごろにムイナクに到着。かつて世界第4位の面積を誇る湖だった、アラル海の沿岸だった町。その小さな博物館へ。木船、船の模型、そしてかつてのアラル海を描いた絵画や写真などを展示。ビデオも見せられる。アラル海に流れ込んでいたアムダリヤ(アム川)とシルダリヤ(シル川)の流域で、ソ連時代に綿花生産のために大規模な灌漑が行なわれ(確かに車窓に運河をよく見かけた)、そのせいでアラル海への流入が大幅に減少、次第にアラル海の多くの部分は干上がってしまった。この博物館はそんな歴史を物語るところ。その割には、鳥や獣のはく製、民族衣装などもあり、雑多な展示ではあるが。

45分弱滞在し、バスで5分ほど移動して、ムイナクの漁港跡に建つモニュメントへ。ここはかつてはアラル海に面した港町で、水産加工業が盛んだったらしいが、今や湖はなくなり、町は寂れてしまった。博物館でそう聞いた時には「ふーん」という程度の感慨だった。が、このモニュメントは崖の上に立っているのであるが、その崖はかつてはアラル海の湖岸だったのである。崖の下に地平線のかなたまで続く大地が、かつては湖だったとは衝撃的。
Moynoq
見渡す景色すべてがかつては湖だったという衝撃【ムイナク】

風が吹きすさぶ中、崖を降りて(ちゃんと階段がある)、かつての湖底へ。砂地に乾燥に強い草が生える。そして、放置され、まっ茶色に錆びた船の残骸がいくつも。「船の墓場」と呼ばれている。船の作る陰には牛が休んでいた。一部の船には梯子が設置され、デッキに上がることができる。強風が吹き抜ける。砂を含む風なので、口の中がじゃりじゃりしてきた。

昼食はモニュメント近くに設置されたユルト(円形の移動式住居、モンゴル語のゲル、中国語のパオに相当)にて。ほの甘いナン、油まみれのスープ、酸っぱいサラダ、ピーマンに肉やコメを詰めたものと、いずれも美味。さらにデザートに運ばれてきたメロンの香りだけで、幸せな気分に。そして食べると甘くて美味。さらにスイカもとても甘く美味。食べ過ぎた。

14時過ぎにバスが出発。現地ガイドがそこそこ流ちょうな日本語で解説しているが、睡魔に勝てない。青空トイレを挟み、17時過ぎにミズダハーン聖廟へ。紀元前4世紀からホラズムの中心地のひとつだったところで、聖廟とそれを取り巻く墓地が残る。かつてはゾロアスター教だったため鳥葬だったとか。今はもちろん土葬。丘の周りに様々な時代の聖者廟や墓が並ぶ様はなかなかよい。昨年亡くなった人の墓などは囲いがあるだけの簡素なものだが、レンガ造りの壮麗な廟もある。12~14世紀のMazlum Khan Slu霊廟には中に入ることができる。青いタイルがあしらわれ、ムカルナスなどもある空間にいくつか墓らしきものが並んでいた。

35分ほど見学した後に再びバスに乗り、40分ほどでホテルへ。夕食はホテルにて。ビーツのスープがやや酸味があって美味。メインはマンティ(現地ガイドは「水餃子」と訳していたが、水っぽくはない)。サワークリームをかけていただいたが、しょうゆのほうがおいしかったかもしれない。

食後、用を足す。感じる違和感。後の不幸の序曲。

|

« 美食紀行(8)ルーガンビルのビーフ・アンド・リーフ | トップページ | トルクメニスタン旅行(2)クフナ・ウルゲンチ、ダルヴァザ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 美食紀行(8)ルーガンビルのビーフ・アンド・リーフ | トップページ | トルクメニスタン旅行(2)クフナ・ウルゲンチ、ダルヴァザ »