2009年2月12日 (木)

世界の夕焼け(24)イエメン シバーム(ハドラマウト)

イエメンにはシバームという街が少なくとも2カ所(コーカバンと双子都市のシバームと、ハドラマウト地方のシバーム)があるが、今回は世界遺産にもなっている後者の話。ここは別に夕景を期待していたわけではない。街をしばらく歩いた後、少し離れた小高い丘の上からこの「砂漠の摩天楼」の全景を見るということで、当初は時間や太陽などどうでもいいと思っていた。

丘へ登るとたしかに素晴らしい眺め。しかもまち歩きを早めに(?)切り上げられてしまい(1時間しか滞在できなかった)、この後はホテルへ戻るだけ。こうなったら文句を言われるまでずっと見続けようと思った。大抵のツアーでは「夕陽を浴びるシバームの全景をごらん頂きます」ということになっているだけあって、日が傾くにつれて見物人も続々と増えていく。

そして、ずっと見続けていると気付きにくいのだが、太陽が落ちて行くに従って、白い太陽光を受けて輝いていた日干しレンガの摩天楼は次第に黄色を、そして赤みを帯びていく。なるほど、これは確かに夕方見るのが一番美しい。

結局、すっかり陽が落ち、摩天楼がつまらない色になっていくまで、1時間15分ほど、同じ場所から同じものを眺め続けたのだった。
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ハドラマウトのシバームの夕景。こっちの写真から5分後の世界。

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2008年8月13日 (水)

世界の夕焼け(23)マリ テリヤブグ

マリ最後の宿は、テリヤブグ。まち外れにある滞在型リゾートと言えばまだ聞こえはいいが、点在するしがない低層の建物と意味不明なお子様向け?な動物の像以外に何もないところ。他にどこにも行けないし、ある種、軟禁されたようなもの。

唯一の見物は目の前を流れるバニ河。到着後、敷地内の散歩にもすぐ飽きて、夕食までも時間があるので、仕方なく河をぼーっと眺め続ける。前にも書いたように、砂漠からの冷たい風「ハルマッタン」により、地平線の彼方は砂塵。夕日は砂のもやの中に、かすみながら消えていくのだった。
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白茶色のもやに消える夕日【テリヤブグ】

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2008年8月11日 (月)

世界の夕焼け(22)マリ トンブクトゥ

マリのトンブクトゥは、土を塗り込められたモスク等の建物や塀が織りなす街並みが素晴らしい。カメラ故障のストレスやら、じっくり見たいのにどんどん進んでしまうというツアーならではのストレスもあったが、他の国ではお目にかかれない建物群が、他の国でも大好きな小さな路地とともに次々と現れ、予想に違わずもう大堪能であった。

そして、個人的にはほとんどオマケだった、砂漠でのラクダ・ツアー。ラクダに乗って砂漠を進むだけなのだが、これが意外と楽しかった。ラクダ引きのトゥアレグ族の青年もご機嫌で、それも楽しさの要因だったが・・・帰りは一転。客の精神的満足を何が何でも経済的価値としてわが物にしたい青年の懸命の努力により、こちらの心証は暗転。最初は何か買え、最後には何かくれと、しつこいアプローチが延々と続き、げんなり。

おかげで砂漠に沈む夕陽を堪能している余裕があまりなかった。美しい青い衣をまとい、黒い布で顔を覆った青年は、今日も(彼から見れば)金持ちの外国人相手に「プレゼント」を要求しているのだろうか。
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サハラに沈む日【トンブクトゥ郊外】

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2008年8月 9日 (土)

世界の夕焼け(21)イタリア ヴェネツィア

水の都・ヴェネツィアは、美しい夕焼けスポットが多いまち。トルコ・イタリア旅行(17)ヴェネツィアに載せた、水面に映える夕陽も美しいが、夕陽に照らされた街並みもまた、美しい。

とはいえ、迷路な都・ヴェネツィアの旅歩きは、路頭に迷う旅。散々迷っては、美しい景色に出逢い、また迷い、の繰り返し。喜怒哀楽が激しい街とでも言えようか。
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スキャヴォーニ通りの夕方【ヴェネツィア】

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2008年8月 6日 (水)

世界の夕焼け(20)ブラジル マナウス

アマゾン川の支流、ネグロ川は、その名が示すとおり、水の色が黒っぽい。なので、そこに落ちる夕陽も独特の色を帯びる。

それに川と行っても、対岸が見えないほど幅が広いし、流れもほとんどない。ガイドの説明によると、流速は時速2kmほどで、勾配で下に流れていると言うより、上流からの水に押し出されて流れているという感じだという。

そんな川だから、河畔のまちマナウスは大きな汽船が行き交う賑やかな港町。泊まったホテルも独自(?)の桟橋を持っていた。

そんな桟橋で、ブラジル旅行(5)マナウス(アマゾン川)でも載せたような夕陽を眺めることとなった。
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マナウスの夕陽

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2008年8月 3日 (日)

世界の夕焼け(19)タイ バンコク

「水の都」と称される都市は多い。川は交易を可能にし、都市をはぐくむ。主要な交通手段が陸上交通に移行した現代においても、川を交通手段として活用し続ける街は多いし、それは(たとえ本来の目的が地元の人々の通勤等であったとしても)それ自体が観光資源になる。

バンコクもそんな水の都の一つ。街の中央を流れるチャオプラヤ川は未だ多くの船が行き交う。チャオプラヤ・エクスプレスは水上バスとして運行されており、観光客でも気軽に利用できる。しかも、船上からのバンコクの街並みを楽しむことができる。

ことに夕方から夜にかけてのいわゆる「マジック・タイム」は、暮れなずむ夕空と、寺や王宮などのライトアップされた姿の競演を楽しむことができる。ヒンズー教の暁の神から名前をとった「ワット・アルン(暁の寺)」は、夕暮れ時も美しかった。
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チャオプラヤ・エクスプレスから眺める夕暮れの「暁の寺(ワット・アルン)」【バンコク】

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2008年8月 1日 (金)

世界の夕焼け(18)チェコ プラハ

プラハは今まで行った中でもっとも素晴らしかった街の一つ。旧市街も「新」市街も、古い街並みが広がる。辺りを見回しながら歩いてもいいし、高いところに登って見下ろす眺めもいい(塔がたくさんあるし丘もあるので、展望スポットには事欠かない)。

そんな完璧なまち、プラハは夕焼けも美しかった。大体どこに行っても水辺では夕焼けが映えるから、プラハでもヴルタヴァ川沿いへ。まずはスメタナ博物館のテラスにて夕闇が濃くなるのを待つ。

そして、カレル橋へ。ここは昼も夜もいいが、夕暮れもいい。大勢の観光客と共に夕焼けを堪能。
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夕暮れのカレル橋【プラハ】

惜しむらくは催してしまったこと。トイレから戻ると夕焼けの赤がなくなっていた。刻一刻と変わる夕暮れは、これだから油断ならない。

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2008年7月27日 (日)

世界の夕焼け(17)ペルー リマ

ペルー旅行は日本からのパッケージ・ツアーを利用したのだが、安ツアーだったためか現地のエージェントが極めていい加減で、毎日変わるガイドやドライバーと交渉とバトルの連続であった。

最終日のリマ到着の空港出迎えも遅れて来たため、そのお詫び代わりにツアーには含まれていなかったリマの旧市街へ連れて行ってくれることになった。しかし、広場に到着し、ツアー客を降ろすと、迎えの時刻を告げて、車は行ってしまった。輸送はするがガイドはしないということであった。

もっとも使えないガイドにつきまとわれるよりは、勝手に歩く方が楽。ガイドブックも持参してきたから、低能ガイドが説明することぐらいは、読めば分かる。かくして最後の観光はツアー仲間と気ままに楽しく過ごしたのであった。

時間は夕方に。空はいい色に染まっていく。ここが外務省から危険情報が出ているエリア。そんな場所に夕方までふらふらしているのもどうかとは思うが、何もなかったから結果オーライ。
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紫の夕空と黄色い教会【リマ】

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2008年7月25日 (金)

世界の夕焼け(16)バングラデシュ マハスタン・ダッカ間

マハスタンで遺跡を見た後、車でダッカまで移動。その間は日本の援助でつくられた橋を渡るぐらいで、大した見所もない。しかし、いいタイミングでドライバーがトイレ休憩。

車を降りると、ベンガルの大地に沈む夕陽が。ナイスな撮影タイムとなった。
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辺りをオレンジ色に染めながら大地に沈むベンガルの夕陽【マハスタン・ダッカ間】

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2008年7月23日 (水)

世界の夕焼け(15)エジプト ルクソール

エジプトでみた夕陽で美しかったのはアレキサンドリアで見た地中海に落ちる夕陽とルクソールでみたナイル川に落ちる夕陽だ。しかし後者はあまり夕陽に浸っている余韻がなかった。

川沿いを歩いていたら、観光用のフルーカ(帆船)の勧誘を受ける。時間的には夕闇が迫っていたし、昨日の夕陽は期待はずれだったので、これはいい誘いだと思い、10£(約310円)に値切って、乗船。

確かに空はいい色に染まっていき、美しい。が、乗船してすぐに翌日のタクシーのチャーターの売り込みが始まり、しつこく続く。いらないといっても、なぜだとかなんとかいってなかなか黙らない。明日のことは明日決めるのだ。そして、なぜそんなことの理由をいちいち説明しないといけないのか。結局、せっかくの美しい夕焼けなのに、ゆったり見ることが全然できずじまい。乗船しないで岸から見ていた方がよっぽど良かった。
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フルーカからみるナイルの落日【ルクソール】

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2008年7月21日 (月)

世界の夕焼け(14)ラオス ルアンパバーン

ラオスの古都、ルアンパバーンの初日の夕方。メコン川に沈む夕陽をみようと場所を探して川沿いをうろうろしていたら、沈みきる前に川の向こうの山の脇の方に太陽が入ってしまい、それっきりで終わってしまった。

翌日は再チャレンジを期して、早めに場所探しに動く。結局、川沿いのレストランの一つへ。マンゴー・シェイクだけ頼み、飲み終わったら、そこに集うハエの様子を観察しながら時間つぶし。ハエは口がストロー状に伸びて、聴診器をあてるような感じでマンゴー・シェイクをなめている。

そうこうするうちに時は経過し、ラオス旅行(5)ルアンパバーンにも貼ったような美しい夕陽と夕焼けが。ハエで暇つぶしをした甲斐があった。
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メコンの夕照【ルアンパバーン】

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2008年7月19日 (土)

世界の夕焼け(13)ラオス ヴィエンチャン

ラオ式薬草マッサージでいい気持ちになった後、夕暮れ時のメコン河岸へ。河の向こうはタイ。川幅は広いが、水量は少なく、地面が顔を出し、所々に草が茂っている。

川岸にはオープンエアというか屋台風の食堂が並び、食堂がない空き地には、地元の人々が何となく集まっている。

彼らが夕焼けを見たくて集まっているのか、それはよく分からない。ただ、広場に集まるのではなく、河原または河原沿いの道に三々五々、人々が集まって、座り込んでおしゃべりに興じるというのは、何となくこの国らしい気がした。
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夕焼けを前に語らう二人【ビエンチャン】

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2008年7月16日 (水)

世界の夕焼け(12)インド タージ・マハル

インド旅行のハイライト、タージ・マハルに到着したのは夕方。まちについたものの、ホテルの部屋の鍵が壊れていて、それを「ノー・プロブレム」とのたまう従業員を説得(?)して部屋を変えさせるなどくだらないことに時間を消耗し、早く行かないと見れなくなってしまうと焦る。

何とかタージ・マハルに到着。インド人そして外国人の観光客で大にぎわい。そんな中現れた庭園越しにみるタージ・マハルの姿は、いわゆる「絵はがきみたい」な景色で、綺麗だが感慨がない。あまりに均整が取れすぎているというか。

でも、ここはどうしても見たかったところだし、ここまで来るのに散々ぱら苦労したので、(そしてこの日は他に行けるところはもうないので)中でゆっくりすることに。段々陽が落ちていき、空は少しずつ暗くなっていく。それと比例するように人混みも少しずつ減っていく。特にタージ・マハルの裏側に回ると、記念撮影の人で溢れる表側と違って、だいぶ人が減る(見栄えはほとんど変わらないのに)。

腰を下ろして暮れなずむ夕空の下のタージ・マハルを眺める。と、空が暗くなっていくと共に、この白い大理石の塊の存在感が段々大きくなっていく。やはりすごいかも・・・いや、本当に素晴らしい。自分の中の感想がぐんぐん変わる。

タージ・マハルの写真は、美しい庭園の向こうにそびえる姿が定番。それはそれで確かに美しい。しかし、近くまで寄って、腰を下ろして眺めていることでそれとは違う、美しさではなく「存在感」というか「塊感」というか、そういうものに圧倒されることができた。やはり時間をかけてじっくり眺めないと、わからないものもあるのかもしれない。

あるいは、これも単なる夕陽のマジックなのか。
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ミナレットの脇に落ちる夕陽【タージ・マハル】

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2008年7月11日 (金)

世界の夕焼け(11)チリ イースター島

イースター島はモアイ以外には見所はない。そして、モアイへは(基本的には)ツアーでしか行けない。ツアーから戻った後は暇をもてあますことになる。

イースター島3日目の夕方も特にすることがない。ホテルのある村内を、地元の人々がサッカーやらサーフィンやらに興じているのを眺めてぶらつく。親子でサーフィンをやっている姿などをみていると、スローライフの島だなあと、こちらもゆったりした気分になってくる。

オープンエア(というか壁がないだけ)のレストランで、若干早めの夕食をとる。海が見えるし、犬が遊びに来たりして、そこそこ楽しい。せっかくだから夕陽もここから眺めようと思うが、なかなか落ちない。あまりに長居していてもなんなので、結局、出て、海岸沿いを散歩。ちょっとした港になっているところから夕陽を眺める。

2日前にみた、アフ・タハイのモアイのバックに沈む夕陽(チリ旅行(5)イースター島参照)に比べると、いまいちだったが、気持ちはすっかりスローライフ。それなりでもそれなりに満足。
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スローライフな夕陽【ハンガ・ロア村(イースター島)】

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2008年7月 8日 (火)

世界の夕焼け(10)ブルガリア ネセバル

世界遺産・ネセバルは黒海に面した海辺の街。夕方、港の街を散策すると、夕陽をバックに漁船やら道端に干してある干物(?)やらがシルエットになって美しい。さらに、街の方を見やると、夕陽に照らされた煉瓦の建物達がこれまた美しい。

夕陽が素晴らしいのは、夕陽が沈みきって消えた後も、美しい光景が眺められること。日が沈んだ西空には今度は茜色に染まった雲が広がる。そしてそれが海に反射し、そこも夕焼けに染まる。埠頭を歩いたり、海岸に出向いたり、夕暮れ時のマジックタイムを楽しむことができた。

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ネセバルの夕照

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2008年7月 4日 (金)

世界の夕焼け(9)ギリシャ サントリーニ島 イア

サントリーニ島のイアは、街全体がどこもかしこもフォトジェニック。歩けば歩くほど撮影枚数が増える。しかし、ここにも夕焼けスポットがある。ガイドブックが「ギリシャで一番夕陽が美しい」と煽るその展望台に、例によって日没1時間以上前に到着。既に人々が陣取りを始めている。そしてなぜか犬も集まり、そのうち喧嘩まで始める。

沈む夕陽と、夕陽に照らされた断崖絶壁沿いの白壁の街、両方見たい・撮りたい。そして当たり前だが両者を一辺に見ることはできない。展望台の端の方の位置をキープし、微妙に移動しながらきょろきょろする。しかし、段々人が増えてきてそれもままならなくなってきた。

19時10分頃、日没。結局、大した夕陽や夕焼けは見れなかった。こんなことなら、1時間、街をうろついて方がよっぽど楽しかったかもしれないが、犬の喧嘩を見れたのでよしとしよう。
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夕日に染まるサントリーニ島の断崖絶壁【イア】

日没後10分ぐらいはその場にとどまったが、バスの時間があるので、バス停に向かう。しかし例によって道に迷い、最後は走ってバス停へ。予定より少し早めにバスが出たが(時間がルーズな国のくせに、この島のバスはなぜか予定より早めに出発することが多かった)、何とか間に合い、フィラのまちに戻ることができた。

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2008年7月 2日 (水)

世界の夕焼け(8)カナダ ケベック・シティ→モントリオール車窓

ケベック・シティでは天気に恵まれなかった。一番の見所だった旧市街のローワータウンではずっと雨だった。雨に濡れた街はそれはそれでよかったが、やはり晴れてくれた方が歩きやすいし、景色も綺麗というものだ。そして、旧市街を離れ、駅に向かって歩いている頃に雨が上がった。さらに駅に着く頃には晴れてきた。

乗ろうと思ったバスに乗れなかったこともあって、もう少しケベック・シティにいてもいいかもという考えが一瞬頭をよぎったが、また坂を登ってまちに戻る気はしなかった。夕焼けも綺麗そうだったが、あわただしく鉄道駅に行き、発車間際のVIA RAILに飛び乗った。

そして夕焼けは車窓から鑑賞。写真はうまく撮れなかったが、十分楽しめた。モントリオールまでの3時間20分強はあっという間だった。
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線路は続く。夕焼けも続く。【VIA RAIL(ケベック・シティ~モントリオール間)車窓】

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2008年6月29日 (日)

世界の夕焼け(7)ジンバブエ ハラレ-グレート・ジンバブエ間

現在大混乱中のジンバブエ。旅行で訪れた2004年当時もインフレが進み、国内線の運航がキャンセルしがちということで、ビクトリアの滝から首都ハラレに移動するのにわざわざ隣国南アフリカのヨハネスブルグ経由で行った(南アフリカ航空の国際線なら安定的な運航が見込めるため)ほど、いろいろと当てにならない状態だったが、それでも首都からグレート・ジンバブエ遺跡に車で移動する分には支障なく、それなりに穏やかではあった。

遺跡からハラレまでは車で5時間。その間、MUTIRIKWI湖とかいうジンバブエ最大(?)の人工湖には寄ったものの、車窓からみるだけで(わざわざ降りてみるほどのものでもなかった)、あとは給油やトイレ休憩を除けばひたすら走るだけ。そして、車の窓越しに夕陽を眺めた。
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車窓から眺める夕陽【ハラレ-グレート・ジンバブエ間】

ハラレに付いた頃はすっかり日は沈んでいた。そしてなぜか町中なのに外は暗い。ほとんどの街灯が点いていないのだ。道路沿いは車のヘッドライトでそれなりに明るいとはいえ、これには驚いた。そして、そんな中でも人々は買い物をし、バスを待ち、道を歩いている。内政が、そして経済が混乱することで、変わることもあれば、変わらないこともある。今、あの人達はどうしているのだろう。ジンバブエの報道を見るたびに、どのホテルにもフロントに飾られていた大統領の肖像画を思い出すとともに、そんなことを考えてしまう。

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2008年6月26日 (木)

世界の夕焼け(6)カンボジア アンコール 西メボン

アンコールでは2004年最後の夕焼けを一応見たが、2005年の初日の出を見れなかったこともあって、懲りずに翌日は2005年最初の夕焼け(初日の入り?)を見に、やはり夕焼けスポットとしてガイドブックに紹介されていた人工湖「西バライ」に浮かぶ「西メボン」という島の寺院跡を目指した。

西バライの岸辺に着くと、地元の人々がゴザをしいてくっちゃべったり、泳いだりしていて、そこそこ賑わっている。その日チャーターしていたトゥクトゥクのドライバーに、ボート乗りを探してきてもらって、値段交渉。しかし、ボート代15ドルで、夕陽が沈むまで島にいるともっと高くなるときた。多少は英語ができるトゥクトゥクドライバーに間に入ってもらって交渉するが、どうにも埒があかない。結局12ドルまでしかまけられなかった。

ボートで20分弱で、西メボンに到着。外国人観光客だらけのアンコールにあって、ここにはほとんど外国人がいない。というか、地元の人間もあまりおらず、閑散とした食堂(?)に店員がいるのと、なぜか子どもが遊んでいるだけ。ここでボートがいなくなったらと不安になる。

とはいえ、夕陽は無事に鑑賞。50分ほど島に滞在した後、帰りのボートへ。せっかくチャーターしたというのに、子ども達が一緒に乗り込んでくる。こっちは12ドルも払わされているというのに、彼らはただ乗りである。まあ、はにかんだ笑顔がかわいかったのでよしとするか・・・。
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12ドルの夕景【西メボン(アンコール)】

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2008年6月24日 (火)

世界の夕焼け(5)カンボジア アンコール プノン・バケン

夕陽の名所というものがある。そうした場所は昼間は閑散としているが、夕暮れ時になると大勢の人々が集まってくる。

カンボジアのアンコール遺跡で夕陽の名所と言えば、プノン・バケン。小高い丘の上に立っているので、遺跡群を抱くジャングルに沈む夕陽が見えるのだ(もっとも、アンコールワットは夕陽と違う方向にあるので、「アンコールワットと夕陽」という写真は撮れない)。

プノン・バケンに行ったのは丁度2004年最後の日。そのせいかどうかしらないが、16時40分と日没の1時間以上前に行ったのにもかかわらず、既に丘の上はすごい人だかり。他の場所と比べると東洋人の比率が高い(東洋人は太陽が好き?)。夕陽が見える場所取りのため、殺気だった雰囲気が漂い、一度場所を決めたら動くのは難しい。

残念ながら雲に隠れてしまい、大した夕景にはならなかったが、太陽が地平線近くの雲の下に隠れた時点で拍手がわき起こった。とりあえず見れて良かったということか。
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プノン・バケンからみた夕陽【アンコール】

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2008年6月22日 (日)

世界の夕焼け(4)オーストラリア カナナラ

世界遺産、パヌルル国立公園(バングルバングル)に向かう拠点となる街、カナナラ。ここはこれといった見所がない街である。そんなところでも美しい夕日が見れれば観光スポットになる。

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もう少しで沈みきる【ケリーズ・ノブ(カナナラ)】

宿側もそれを承知で、無料で「ケリーズ・ノブ」という、夕日が見える丘の上に連れて行ってくれるバスを出している。というか、そういうバスを出してくれる宿だから泊まったのだが。

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2008年6月19日 (木)

世界の夕焼け(3)ミャンマー バガン

バガンのパゴタはミャンマー最大の観光資源である。そのため、この国の軍事政権はろくな時代考証もせず、適当な復元を大量に行っているとの批判をどこかで聞いた。そう思ってみてみると、確かに妙に綺麗なパゴタがあちこちにある。著名で由緒正しいパゴダは昔のまま残っているのか、きちんと復元しているのか、いずれにしても歴史の重みを感じる風情を漂わせている。しかしあちこちに点在する新品同様のパゴタにそのようなものはない。

しかし、夕日は恐ろしい。どんなパゴダも、そのオレンジ色の光を浴びることで絵になる風景に変えてしまう。一つ一つはいい加減なのかもしれないが、林立していることで、価値を生む景色になってしまうのであった。

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シュエサンドー・パゴダから見た夕景【バガン】

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2008年6月15日 (日)

世界の夕焼け(2)ミャンマー マンダレー

夕暮れ時にマンダレー・ヒルに登り、サンセットを鑑賞に。夕日を見るということは、要するに太陽を見るということである。たとえ沈みかけとはいえ、腐っても太陽、それを見るということは目への負担が強烈である。

どうも目が弱いのか、夕日や朝日を見に行くと、どちらかの目が痛くなり、涙が出て止まらなくなる。しかも眼鏡をかけているので、涙が落ちてしかも夕方は大抵ほこりまみれの顔になっているので、涙は顔の埃と混じりあい、泥水となって眼鏡に付く。なので、見にくくてしょうがなくなる。眼鏡を外して拭いて写真を撮ってまた眼鏡を外して、という作業を文字通り泣きながら続ける羽目になる。

しかもマンダレー・ヒル頂上の寺院は、鏡のような素材のパネルが壁中を覆っており、夕日以外を見て目を休めようと後ろを見ると、その反射でやっぱりまぶしい。いつもにもまして、過酷な夕日鑑賞となった。
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オレンジ色の陽光が周りの農村を染めていく【マンダレー】

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2008年6月13日 (金)

世界の夕焼け(1)米国 サンディエゴ

今まで見た夕日や夕焼けで、印象的なものを紹介してみます。
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今まで見た夕焼けの中で、もっとも強烈なものは、恐らくサンディエゴのラ・ホーヤ岬近くの海岸で見た夕焼けだ。

所要で訪れたサンディエゴで、知人の知人の行きつけというレストラン兼バーみたいな店に行った。最初は海霧が立ちこめていたが、次第に晴れていき、やがて赤とピンクと紫の競演が。空の夕焼けが海に映り込み、それが波で揺らめく。まるで空と海が燃えているかのような景色だった。

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実物はこんなものではなかった。【サンディエゴ】

その知人の知人のお母さんが1週間前に亡くなったと聞かされた。母親が好きだった店に、彼は連れてきてくれたのだった。10年も前のことで、彼のことはもうほとんど覚えていないが、この夕焼けと、飲んだビールの苦みと、その話を聞かされたときの何とも言えない感傷は、未だ自分の中に刻まれている。

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2007年12月 4日 (火)

トルコ・イタリア旅行(17)ヴェネツィア

2月17日
8時前にホテルを出る。朝食を食べたバールでオレンジのスプレムータ(生搾りのジュース)を飲んでみる。2個半も絞ってくれた。美味だしビタミンを取った気になれる。

1番の水上バスで20分ほど移動。お目当てのサン・ロッコ信徒会はまだ開いてない。仕方ないので隣のサン・ロッコ教会へ。大したことない。

サン・ジョバーニ・エバンジェリスタ教会に行くが、入口が見つけられず、断念。カルミニ信徒会へ。ティエポロの天井画がある部屋では鏡が置いてあってのぞき込めば見られるようになっている。別の部屋の天井画周りの木の彫刻が綺麗。続いて入ったカルミニ教会は横側の壁が金色に輝いているが、ミサ中なので前に進めないのが残念。

改めてサン・ロッコ信徒会へ。絵だらけの部屋があったりしてすごい。1番水上バスでちょっと移動して、カ・レッツォーニコへ。きれいなトイレにただで入れるのが素晴らしい。中には金を取る博物館があるが、絵やらタペストリーやら豪華な椅子やらがあるが、何の展示かよく分からない。

必死に歩き回って大学食堂を見つけ出すが、どうやらここの学生以外は10,550リラ(約790円)も取られるらしい。昼からそんな贅沢はできないので、断念。ジェラート(自家製)と堅い葡萄パン(共に1,000リラ(約75円))で我慢。といっても、ジェラートは美味で満足。

ベネチアの中心、サン・マルコ広場に行き、鐘楼に登る。昨日のサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会からの眺めの方が良かった。なんかいまいちな理由は運河がよく見えないからか。が、結局ここでも撮りまくる

続いてサン・マルコ寺院へ。外壁と内壁を覆う金色のモザイクが素晴らしい。床の大理石の(?)モザイクもまた素晴らしい。入口正面(外)の壁画もモザイクでできていて、これまた素晴らしい。ただし中の宝物殿はつまらない(展示も少ない)。入口の男が日本のテレホンカードを集めているというので、使用済みのものをプレゼント。

広場に面するドゥカーレ宮殿、コッレール美術館へ。宮殿は良かった。そして夕暮れの中、トラゲット(乗り合いのゴンドラ)に乗って対岸に渡る。夕暮れのサンタマリア・デッラ・サルーテ教会が美しい。アカデミア美術館に行くが絵ばっかり(当たり前)。
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トラゲットに揺られてヴェネツィアの夕暮に染まる

夕食のワインの酔いが覚めない中、30分ほど歩いてホテルに戻る。そして・・・眼鏡のねじが外れる。日本でも壊れたことがないのに、ここに来てなぜこういうことが起こるのか。眼鏡がないのでよく見えないし、酔っぱらっているし、で何度やっても直らない。泣きたくなる気持ちでとりあえずガムテープで応急処置。

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2007年11月14日 (水)

トルコ・イタリア旅行(9)ローマ

2月9日
朝、あちこちから鐘が鳴っているのが聞こえてくる。鐘の音の下、一人で歩いていると、ヨーロッパにいるのだということを実感する。変な話だが「生きている」ということを感じた、という気がする。世に言う「自分探し」とはこういう瞬間を求めることなのかもしれない。

まずはローマ三大バジリカ(「バシリカ」とは建築様式の一つだが、この場合は「教会」ぐらいの意味)の一つ、サン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ教会へ。中に入ると大理石や絵画、そして彫刻などで彩られた度派手で広大な空間が広がる。多分、今まで行った教会のなかで、一番のお気に入りはここ。

隣のラテラーノ宮殿の「スカラ・サンタ」(聖なる階段)を膝で登る信心深い人々を見た後、218番のバスで旧アッピア街道へ向かう。降りるバス停を間違えたが、ロムロム人の墓、チェチェリア・メテッラの墓、マリセンティウス帝競技場、サン・セバスチアーノのカタコンベなどに寄りながら、時々石畳の街道を歩いていく。桜に似ている花が咲いているが、それはアーモンドの花だと、観光に来ていた当地在住の日本人に教えられた。

サン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ教会前に歩いて戻って、今度は地下鉄でポポロ広場へ。ピンチョの丘に登って、スペイン広場に降りた頃にはすっかり夕暮れ。スペイン広場は大勢の観光客やら地元の人間やらでぎっしり。「イタリアには娯楽がないから、夕方になると人は広場に集まる」という、前述の日本人の言葉を思い出す。
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夕陽に染まるトリニタ・デイ・モンティ教会【スペイン広場(ローマ)】

トレビの泉で願い事を一応して、ボルゲーゼ公園に寄って、夕食を取った後(高かった)、地下鉄でホテルへ。

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2007年10月28日 (日)

トルコ・イタリア旅行(2)ローマ→イスタンブール

2月2日
朝7時、鐘が鳴る中、ホテルを出る。フロントを出て、角を曲がるとそこはテルミニ駅。昨日のタクシーは超ぼったくりだった。

列車で空港へ。車窓から見るローマの街は小汚い。空港到着後、腹が減ったので"BAR"へ。しかし注文の仕方が分からない。入口近くで注文して金を払い、レシートを別の場所に持って行って注文したものを受け取る仕組みと分かるまで、時間を要した。しかもお釣りをごまかされたっぽい(1,000リラ(約75円))。早くも疲労感に満たされる。

搭乗エリアへ進み、空港内で買った水のペットボトルを開けようとするが、うまく開かない。一人で捻ったり引っ張ったり噛みついたりしていると、近くにいたトルコ人(多分)たちが開けてくれた。

アリタリア航空でイスタンブールへ。バスで市内のアクサライへ移動。車窓からトラムが見えたのでそっちの方角へ移動。まちは明るく、活気に溢れ、古い建物も多く、すぐにこのまち気に入ったと思う(大甘であった)。

まちの喧噪にのぼせていたのか、気付けば国鉄に乗っていた。停まりきる前からドアを開けて降りていくトルコ人に続いて終点のシルケジ駅で降りる。ここからトラムに乗りかえて、ベセズィットで下車。日本から予約したホテルを探すが・・・ない。旅行会社の渡した地図が間違えていたのだ。重荷を負うて右往左往。

すると、停まっている車の中から"May I help you?"と声をかけられ・・・弱っていたのでつい頼ってしまう。日本から来たと言うと、別の青年を紹介される。といっても日本語が話せるわけではない。が、突然「銀」という日本語だけが登場し、銀製品の店をやっているので、明日来てくれと何度も頼まれる。ホテルの名を言うと「知っている」と言い(つつ、売店の人間に場所を聞いて)、歩いてホテルまで案内してくれた。感謝の言葉もない。

ホテルに荷物を置き、軽装になって再び街へ。「日本語を勉強しています」という青年に声をかけられるのを皮切りに、「こんにちは」「ありがとう」「お久しぶり半年ぶり」など次々に声をかけられる。変な街。

スルタンアフメットからイスタンブール大学までの目抜き通りを何度も往復。古い建物が多く、特に夕闇に浮かぶライトアップされたブルーモスクはため息が出るほど美しい。
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ブルーモスク【イスタンブール】

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2007年8月22日 (水)

ブラジル旅行(5)マナウス(アマゾン川)

9月23日
船でアマゾン川ツアーへ。マナウスはアマゾン川(ネグロ川)に面した港町。造船所に水上発電所、製氷工場などが川沿いや川面に立ち並ぶ。

しばらく進むと、黒いネグロ川と茶色いソリモンエス川の合流地点へ。そしてそこから先は二色の水が混じり合わないで流れる「ソリモンエスの奇観」。水の比重の違いでそうなるらしいが摩訶不思議な光景。
The_confluence_of_the_negro_and_sol
ソリモンエスの奇観。黒い水と茶色い水が混じり合わずに流れる。

しばらく奇観を堪能した後、ネグロ川に戻る。大海原(海ではないが)を風を受けて、船が行く。聞こえてくるのは船のエンジンと水の音だけ。ツアー客達は思い思いの場所で景色を眺めている。なんと贅沢な時間。

とはいえちょっと飽きてきたと思っていると、停泊し、昼食を取ることに。そして食後、今度は小舟に乗り換える。まずは水上レストラン&土産屋(そう、今回はパッケージ・ツアーの旅)に寄った後、オオオニバスが群生する地点へ上陸。肉を投げるとワニが出てくる。

小舟に戻り、今度は停泊してピラニア釣り。結局3匹しか釣れなかった。もっともそれでも十分だということが後で分かる。

続いては上陸して、しばしジャングル歩き。雨季の頃は水没しているらしいが、乾期の今は陸になっているので、歩いて移動。巨木など見学。

その後、母船に戻って、先ほど釣ったピラニアの唐揚げを食べる。骨ばっかで食べられる部分がほとんどなく、食べ物としての価値は低い。

夕方、ホテルに戻り、黒い川に落ちる夕日を待つ。今日も雲が出ており、いまいち。
Manaus_rio_negro
写真に撮ったらそれなりに綺麗なネグロ川の落日【マナウス】

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2007年6月22日 (金)

スウェーデン旅行(2)ドゥンドレッド

12月31日
日中はスキー。日中といっても、朝焼けがそのまま夕焼けになるような感じで、太陽はろくに昇らない。スキー場はガラガラなので、へたくそでも気持ちよく滑れる。ものすごく寒いが、オーロラ鑑賞用の衣装でそのまま滑ったので、耐えられる。
Dundret
朝日または夕日【ドゥンドレッド】

スキー場からロッジへと戻る道は上り坂。慣れないスキーで疲れた体にこれは効く。疲れ果てた。

イェリバレのまちに夕食に行こうと思ったが、もう店は閉まっていると言われる。仕方なくロッジのフロントのある建物でトナカイのスープの夕食を頂く。わざわざフロントで予め注文をさせられたのに、席に着いてから1時間近く待たされた。

今日は雲が出ているので、オーロラを早々諦め、床につく。深夜0時前、起きて外へ。まもなく2000年1月1日。ニュー・ミレニアムを祝うしょぼい花火が上がっている。0時を過ぎると眼下に広がるイェリバレのまちからも花火が上がっているのが見下ろせる。花火を上から見るのは新鮮なはずだが、オーロラと比較するまでもなく、大したものではない。

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2007年5月31日 (木)

エジプト旅行(5)アレキサンドリア

7月12日
6時15分にホテルをタクシーで出発し、空港へ。昨日、「俺も行く」としつこかったもう一人のタクシーは結局来なかった。今朝のタクシーは(もうまちを離れるわけで)売り込む用がないためか、静かで快適。

エジプト航空でカイロへ。そしてウェスト・デルタ社のバスでアレキサンドリアへ向かう。昨日までのエジプト人との闘いに疲れ果て、この国から離れたくなってきたので、一番エジプトっぽくなさそうなまちと思われるアレキサンドリアに急遽行くことにしたのだ(昨日、航空券を変更しておいた)。

27ポンドだというので、30ポンド渡したら、2ポンドしかおつりが帰ってこない。28ポンドなのかと問うと、もう1ポンド返ってきた。バスの中では従業員が飲み物を売りつけようとしつこい。なぜ、買わない理由をいちいち説明しなければいけないのか。闘いは終わらない。

4時間強でアレキサンドリアに到着。バスターミナルからトラムで中心部へ移動。ヨーロッパ風の街並みだが、まち行く人はエジプト人。ローマ円形劇場を見学後、店でアエーシ(丸いパン)に肉団子を挟んだものを買う。1ポンド(約31円)と言われるが、値段表があるので聞くと、近くにいたおばちゃんが0.25ポンド(約8円)を差す。みみっちくだまされるところだった。

タクシーでカーイトゥベーイの要塞へ。要塞の一角は鯨の剥製などが展示されている博物館だがちゃちい。それとは別料金を払い、要塞の中へ。なぜか学生料金にまけてもらった。内部は海軍博物館でつまらない展示だが、要塞の上から眺める海及び海岸線の景色は素晴らしい。外国人観光客はほとんどおらず、地元の人が見学に来ているのが、他のエジプトの観光地と違うところ。

要塞近くは海水浴場になっており、地元の人々が大勢泳いでいる。通りがかりのモスク「ガーミア・アブル・アッバース」に入るが、祈っている人は少なく、ほとんどがモスクの中で寝っ転がる(昼寝?)かだべっており、まったりとした雰囲気。

トラムでホテルに戻り、一休みした後、海に面したサアド・ザグルール広場から、地中海に落ちる夕陽を鑑賞。美しい。
Alexandria
地中海に沈む太陽【サアド・ザグルール広場(アレクサンドリア)】

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2007年5月11日 (金)

ラオス旅行(5)ルアンパバーン

5月2日
5時起床。腹が痛い。ついに下痢が来た。

なんとか出し切って托鉢を見学するために出発。ワット・シェントーンにつくと、丁度托鉢の列が出発するところ。結局、この列について行く。僧の列が通り過ぎた後、合掌してから帰って行く一般市民達の姿が印象的。
Img_3927
托鉢の列が続いていく【ルアンパバーン】

托鉢終了後、ワット・シェントーンを見学。屋根や外壁のモザイクが美しい。そしてゲストハウスに戻って下痢。しんどい。

8時過ぎから半日ツアーに参加。メコン川をスローボートで移動。単調だけど風光明媚な景色一杯。1時間強で酒造りの村「バーン・ドンハイ」に到着。一応酒をつくっているようだが、一カ所だけだし、中途半端に観光化していてがっかり。

さらに30分ほどボートに乗って、パークウー洞窟へ。仏像がたくさんある。それだけ。

帰りは景色にも飽き、相当ヒマ。紙漉や織物の工房・ショップの集まる「バーン・サーンコーン」にも寄ったが、歩くだけでしんどい。熱も出てきたか。

13時過ぎにルアンパバーンに戻り、水と栄養ドリンクを買ってとりあえずゲストハウスで休憩。1時間ほど休んで、ルアンパバーン国立博物館へ。フランス植民地時代の傀儡王国の王宮跡。表向きは豪華に、生活空間は質素にできている。そして・・・下痢。もういや。

黄金色のレリーフが美しいワット・マイを見学後、マッサージへ。木造のとってもローカルな個室に閉じこめられてドキドキするが、マッサージはまあまあうまかった。

その後河原のレストランでメコン川の夕陽を鑑賞。やめるべきと思いつつマンゴー・シェイクを注文。飲み終わったコップに群がる蠅をじっくり観察。その後、缶のアイスティーを買い、ゲストハウスの部屋で一気飲み。胃に悪いとは分かっているが、体が冷たい水分を求めている。
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メコンの帰帆(帆船ではないが)【ルアンパバーン】

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2007年4月30日 (月)

アラスカ旅行(3)フェアバンクス

1月4日
人口13人、犬31匹の「チャタニカ・ゴールド・キャンプ」へ。金鉱の跡があり、大型の機械が残っている。ここではまずは犬ぞり。結構スピードが出て、面白い。続いてスノーモービル。最初はちんたら走っていたが、川の上(?)に出ると、自由に走らせてくれて楽しい。
Fairbanks
犬ぞり中【フェアバンクス郊外】

夜は最後のオーロラ・チャンス。山頂でオーロラを待つが、やはり雲が。結局、到着日のホテル前の10分間だけで今回のオーロラは終わった。

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2007年1月25日 (木)

チリ旅行(5)イースター島

1月3日
ランチリ航空でラパ・ヌイ(イースター島)へ。機内は従業員の対応も機材の調子も最悪。ガキもうるさく乗客も最悪。

イースター島に到着すると、お迎えの旅行会社からレイのプレゼント。蘭の香りが強烈。天気はあいにくの曇り、そして雨に。

ホテルにチェックイン後、寄り道しながら1時間ほど歩いて鳥人の岩絵が残るという洞窟「アナ・カイ・タンガタ」へ。しかし岩絵を識別できない。しかし海に向かっている洞窟で、岩場に波が打ち寄せる自然の景色は素晴らしい。しかし雨。

雨宿りしながらまちの中心に戻った後、雨のやんだ海沿いの道を歩く。ハンガ・ロア・オ・タイ、アフ・オロンゴという説明のあるモアイとまず遭遇。ろくな説明もなく、あまりにさりげなく立っているので、本物か偽物かも分からないが、多分本物。初モアイ。

さらに歩いてアフ・タハイの儀式村へ。5体並んだ「アフ・タハイ」、復元された目玉が入っている「アフ・コテリク」、そして「アフ・バイ・ウリ」と、モアイ像が集積。どうせすることもないので、結局ここで2時間半ぼんやり過ごす。待っているうちに雲がいいかんじに晴れてきて、結局最後は見事な夕焼けが。
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きれいなゆうひがみれました。【アフ・タハイ(イースター島)】

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2007年1月19日 (金)

チリ旅行(2)サン・ペドロ・デ・アタカマ

2006年12月31日
朝、サンチアゴ空港に到着。国内線の出発ゲートに移動するため、エレベータに乗ったら、ドアが開かなくなる。生まれて初めてのエレベータ監禁。一緒に閉じこめられたチリ人のおばちゃんの活躍で10分ぐらいで脱出。

その後、スカイエアラインでチリ北部のまちカラマへ飛ぶ。到着後、目的地のサン・ペドロ・デ・アタカマ行きのミニバスに乗り込む。なかなか発車しないのでぼーっと待つが、はっと、コートを機内に忘れたことに気付き、大慌てで降りる。小さな空港のためか、すぐにコートは出てきて、バスの発車にも間に合った。

ミニバスは砂漠を1時間強ひた走る。こんもりとした緑の塊が見えてきたと思ったら、そこがサン・ペドロ・デ・アタカマ。バスを降り、3軒目に訪れたホテルでようやく空室をみつけるが、値切っても一泊60ドルのぼったくり価格。

続いて明日のツアーを探すが、1月1日はホリデーだから休みらしい。何軒も旅行会社をまわり、ようやく一件、催行しているところをみつけるが、希望していた午前中に間欠泉を見に行くツアーはやはり休みで、別の一日ツアーしかないという。これに入るとここの目玉である「月の谷」に行けなくなる。一日到着が遅延した影響がもろに出る。

一通り手配を終え、村の中をぶらつく。未舗装で茶色い壁が続く田舎町をツーリストが闊歩している。
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2006年が暮れていく【サン・ペドロ・デ・アタカマ】 

夕食は、「歩き方」に5ドル程度と書いてあるレストランへ。「25」と言われてコース料理を勧められたので、それを頼む。しかし桁を一つ間違えて認識しており、2500ペソ(約600円)と思ったら、25000ペソ(約6000円)だった。失敗。

夜はホテルの周りでニューイヤーのお祭り騒ぎ。おかげでなかなか寝れない。記憶が正しければ、新年のカウントダウンを2回やっていた。あれは何だったのだろう。結局翌朝5時ぐらいまで、音楽ががんがん鳴り続けていた。

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2007年1月17日 (水)

チリ旅行(1)ダラス

年末年始にチリに行ってきました。

2006年12月29日(金)
成田からアメリカン航空でダラス経由サンチアゴへ、そしてランチリ航空でチリ北部のまちカラマまで、丸一日以上かけて移動。の予定だった。

ダラスに無事到着し、「竜巻が発生しているので窓際に近寄らないように」というアナウンスにおびえつつも、空港内でうとうとしていると、なぜかカウンターに列が。おかしいと思いつつ、トイレに行ってから発着案内の電光掲示をみると、なぜかサンチアゴ行きの便が出ていない。フライトがキャンセルされたのだ。

結局、翌日の同じ便に振り返られ、ホテルの案内も一銭の補償もキャンセル理由の開示もないまま、ダラスに一泊する羽目に。

12月30日
チリの日系旅行会社に連絡してチリ国内線の変更・・・というか買い増し(変更するより安いというので)。何度かやりとりしたが、常に「●分ぐらいで」という予告の30分増しで連絡が返ってくる。結局午前中いっぱい待たされる。

午後になってようやくホテルを出る。ホテルでタクシーを手配したら、ハイヤーみたいのがやってきて、ダラス市街まで60ドルぼったくられる。

まずはリユニオンタワーの展望台でダラスのまちを見下ろす。が、眺めて面白い街並みでもない。続いて、J・F・ケネディ暗殺の現場へ。大勢の観光客が楽しそうに写真を撮っている。ここに人が集まること自体が、このまちの観光地としての魅力の薄さを物語る。

赤煉瓦の倉庫街を再開発したらしいウエスト・エンド地区には人通りもあり、割と賑やか。しかし、それ以外の地区はビジネス街らしく、日曜日の今日は人通りも少ない。古い高層ビルが多く、割と装飾過剰な美しさもあるのだが、いかんせん寂しいまちは魅力が少ない。

大した見所もないので、「ダラス・ワールド・アクアリウム」へ。温室の中の水族館・植物園・動物園で、建物内を上下左右に歩道が通り、同じ水槽や檻をいろいろな角度から眺められる。また、同じ檻のなかに複数の動物がいたりする。ナマケモノは人間の目の前でのんびりぶら下がる。ペンギンもかわいい。日本で言えば旭山動物園のような流行りのつくりで、よくできている。大人も子どももみんな楽しそう。結局ここが一番面白かった。

外へ出ると夕暮れ。高層ビルに夕焼けが映えて美しい。たまたま見つけたタクシー(こちらは45ドル・・・)でホテルへ、そして空港へ「戻る」。
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夕映えのリユニオンタワー(左の丸いの)【ダラス】

ダラス・フォートワース空港はアメリカン航空のハブ空港で、施設は大変ご立派でチェックインカウンターもたくさん並ぶ。が、係員は4人だけで、長蛇の列。そのため自動チェックイン機を使ったところ、エラーになり、「係員が来るのでここで待て」と下線まで引かれて表示が出るので待つ。が、誰も来ない。結局、カウンターの列に並び直し。チェックインだけで1時間以上待たされる。

ナイトフライトでサンチアゴへ。

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2006年9月 4日 (月)

アリゾナ・ユタ旅行(2)ザイオン、ブライス・キャニオン

2003年12月28日(日)
ラスベガス発の現地ツアーへ。

ユタ州に入りセント・ジョージというまちのスーパーで買い物をしてから、まずはうっすら雪化粧のザイオン国立公園へ。渓谷の下を、続いて上を走る。
Zion
ザイオン・マウント・カーメル・ハイウェイより

レッドキャニオンの岩「ソルト・アンド・ペッパー」などを眺めた後、ブライスキャニオン国立公園へ。夕暮れの雪景色の中、岩の柱が連立する様は美しい。思い切り転んだが。
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夕暮れのブライス・キャニオン

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2006年8月15日 (火)

ジンバブエ・南アフリカ旅行(3)ビクトリアの滝

2004年7月27日(火)
ヨハネスブルグ経由でビクトリア・フォールズへ。空港のVISA発行の手際の悪さと、迎えに来ていた旅行会社の意味不明な人待ちとで、着陸から空港を離れるまで1時間15分を要する。

ホテルでチェックイン後、ビクトリアの滝のジンバブエ側エリアへ。幅が1.7kmもある大瀑布であり、しかも滝の反対側を平行して走る崖に整備された遊歩道や展望台から滝を眺めるので、滝の全貌がなかなか分からない(自分の正面にある部分とその周辺以外は、激しい水煙に隠れてしまう)。そういう変なストレスはあったものの、頭の先からつま先まで、水煙(というか雨)に見舞われてずぶぬれになりながら、多分ここだけで200枚以上を撮りまくり。大音響を轟かせながら約100mの絶壁を落ち続ける水の量に圧倒される。
Victria_falls
写真では入りきらないので想像して下さい・・・これが1.7km続く光景を

乗車時間3分のタクシーに15ドル(米ドル)をぼったくられた後、滝の上流のザンベジ川のサンセットクルーズへ。ザンベジ川に沈む夕陽も美しかったが、時折現れるワニ、カバ、象、それに数々の鳥たちの姿を存分に楽しむ。
Photo_9
ザンベジ川に沈む夕陽

夕食はホテルで。またビュッフェ形式。インパラやイボイノシシの肉を食したり、前触れもなく登場したアカペラ・ダンスグループのパフォーマンスを堪能したりして楽しむ。

ベッドは蚊帳つき。バングラデシュの国営宿舎以来であった。

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2006年7月23日 (日)

オーストラリア旅行(6)カナナラ、ダーウィン

2005年9月2日(金)
5:51起床。再びセスナでカナナラに戻る。行きとは別の飛行ルートで、バングルバングル上空はもちろん、アーガイル鉱山など撮りまくり。

カナナラではガイドのジョイのお薦めに従い、アボリジニのアートギャラリー巡りとコーヒーで時間をつぶす。「マガチーノ」(マグカップ入りカプチーノ)はコーヒーの味がしない。

その後、空路ダーウィンへ。インフォメーションを出る際、ガラスに激突。疲労のピークか。暇つぶし的に「アクアシーン」へ。海で食パンを魚に食わせるだけ。続いてジョイお薦めのミンディル・ビーチで夕陽を。今度はメモ帳を海に落っことす。夕陽はなかなか落ちない。まあ最後は綺麗だったが。
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つまらないまちだったが、夕陽は美しい

最後はインド・パシフィック・マリーンの「コーラル・リーフ・バイ・ナイト」。人工水槽の珊瑚礁の前で親父がとってもオージーな英語で解説を続け、ひたすら苦痛。夕食付きだが予想通りさえない。ただし食べ放題の生牡蠣は美味。野生?のポッサムも登場。夕食後解放されるかと思ったら大間違いでさらに解説が続く。発光するプランクトンは面白かったが。

さらに追い打ちをかけるように帰りのタクシーが捕まらない。困ってたら、車で来ていた客の一組が、同乗させてくれた。それがDarwin styleだそうだ。これで大団円と思いきや、デジカメのコンパクトフラッシュがストレージにコピーできず、一人大騒ぎ。

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2006年7月19日 (水)

オーストラリア旅行(2)エアーズ・ロック

2005年8月29日(月)
5:15起床。日本語ツアーでまずはウルル(エアーズ・ロック)のサンライズ。続いてウルル登山。絶景の連続で急斜面にめげず撮りまくりだが、2時間で登って降りなければならないので、頂上には5分といられない。もっと味わってたかった。続いてムティジュル・ウォークへ。池やアボリジニの絵などを見る。

昼過ぎにヘリコプターへ。カタジュタ、そしてウルルを空から見下ろす。わずか30分のフライトだが撮りまくり。このころ早くも疲労のピーク。ホテルに戻って寝たいが、中途半端な時間しか休めない(→眠れない)。

午後も日本語ツアーへ。当てが外れて昨日と同じ風の谷、しかも第一の展望台しか行かない。続いてウルルのサンセット。昨日と同様、シャンパン付き。
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ウルル(エアーズ・ロック)のサンセット

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2006年7月17日 (月)

オーストラリア旅行(1)エアーズ・ロック

2005年8月27日(土)~28日(日)
成田より出国。いきなりケアンズ行きのカンタス航空の出発が遅れ、ケアンズでエアーズ・ロックへの便に乗り継げず、次の便に振替。ケアンズ空港で無意味に3時間以上待ちぼうけ。

エアーズ・ロック到着後は宿でカンガルー肉のサンドイッチを食べた後、まずカタジュタ(マウント・オルガス)の風の谷ツアーへ。特に2番目の展望台からの、岩と岩の間に囲まれた谷間からさらに遠くに岩を見渡す絶景が素晴らしい。

その後はカタジュタが赤く染まる美しいサンセットを。
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サンセットのカタジュタ

夕食は味気ない野外のBBQ。だが、照明を消すと、一瞬のうちに満点の空が。単純だが素晴らしい演出。天の川から南十字星まで堪能。

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