2017年7月13日 (木)

マーケット・ウォッチ(33)プエブラのエル・パリアン市場

メキシコのプエブラは世界遺産にも登録されている、植民地時代の街並みが残るまち。その歴史地区内には、観光客御用達の市場、「エル・パリアン市場」がある。
Mercado_el_parian_in_puebla
エル・パリアン市場【プエブラ】

特に目を引いたのは、スペインのからこの地に伝わった焼き物「タラベラ焼き」である。もともと、プエブラはスペイン占領前のアステカ文明の時代から焼き物の産地だったそうで、双方の技術や文化が融合したものと言えそうだ。
Talavera_pottery_at_mercado_el_pari
タラベラ焼きの土産物が並ぶ【エル・パリアン市場(プエブラ)】

もっとも、タラベラ焼きは組合認定の正規なものと、そうではないタラベラ焼き「風」なものとが混在しているらしい。上記写真も正規のタラベラ焼きなのかどうかは不明。

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2017年7月10日 (月)

マーケット・ウォッチ(32)ジャカルタのパサール・サンタ

「パサール」とはインドネシア語で市場という意味である。1992年に訪れた際は、昔ながらのアジアの市場といった風情で、蒸し暑く、においが立ち込め、ハエが飛び交う、清潔とはいいがたい場所だったが、熱気が感じられ、見ていて面白い場所であった。
Pasar_santa_in_jakarta
写真が撮りがたい雰囲気であった。数少ない写真の一つ【パサール・サンタ(ジャカルタ)】

今、改めて「パサール・サンタ」で検索すると、昔ながらの市場でありながら、今や若い起業家が出店する、新しいスポットに変貌を遂げたようである。相変わらず冷房はなく、蒸し暑いようであるが。

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2017年6月13日 (火)

マーケット・ウォッチ(31)ダカールのボー・マレシェ近くの路上市場

セネガルの首都、ダカールでは、道路に文字通り「お店を広げて」ものを売っている光景を特に都心部でよく見かけた。

遠方向けバスターミナル(バスだけでなく、乗り合いタクシー「セット・プラス」も発着)のあるボー・マレシェ(Baux Maraîchers)でもそれは同じ。ターミナル入り口近くの路上には、自然発生的に発生したのか、市場と化していた。
Street_market_near_gare_routire_in_
野菜などを販売【ダカール ボー・マレシェ】

サンルイへ移動するセット・プラスに乗りに来たのだが、見ているといろいろ面白くてつい長居してしまった。

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2016年10月19日 (水)

マーケット・ウォッチ(30)ザンジバルのマーケット

ザンジバルの旧市街、ストーン・タウンの大通りに面して建っていた写真の建物の内部は、肉や魚を扱うブースが並び、ものすごい活気だった。そして建物を抜けると、小道の上を布で覆ったエリアに香辛料や野菜を扱う店が。さらに進むと、布の天井はなくなり、道路沿いに雑貨や服を扱う店が並ぶ。建物から離れていくに従い、だんだん人が少なくなっていく。

こうした構成はアラブ風に言えば「スーク」という感じで、この町がアラブ人の影響を受けていることを如実に示すものであると感じられた。
Market_in_zanzibar
ザンジバルのマーケット

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2016年6月21日 (火)

マーケット・ウォッチ(29)ポートビラのマーケット

いつでもどこでもマイペースでガツガツしないバヌアツ人。それは市場も同じ。
Market_in_port_vila
ポートビラのマーケット

勝手に「中央市場」と呼んでいた街中の海に面した食品市場は、果物や野菜を中心に、花や衣服が色とりどりに並び、見た目はにぎやか。しかし、市場にはつきものの「売り込み」というものが全くない。売り手はぼやっと座っているだけ。声をかけたりして客の気を引こうとか、そういう発想はないらしい。

しかも、たいていの商品には値札が付いている(果物自体にマジックペンのようなもので数字が書いてあることもある)。つまり価格競争をする気配も感じられない。ここまでまったり感が充満した市場は珍しいのではあるまいか。

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2016年1月21日 (木)

インド北部旅行(6)ヴァーラーナスィー、カジュラホ

1月2日
朝、通りすがりの食堂に入り、プーリーとサモサを頼もうとしたら、とにかく座れ、となり。プーリー、サモサに加えてジャガイモ(と豆?)のカレー、謎の赤い液体、謎の甘いもの(たぶんジャレビという揚げ菓子)からなる定食が運ばれてきた。さらにカレーはようやくなくなってきたと思ったら、問答無用で追加された。まあでもよい。それより体の中にうごめくものを感じる。

急いで自称ホテルへ戻る。そして・・・下痢。ひりひりする。インドの洗礼、受けずには済まなかった。
Varanasi
宿近くの路上市場【ヴァーラーナスィー】

正露丸を飲んで外へ。ヒンズー教寺院であるヴィシュワナート寺院を目指す。小路を進むと「ゲートNo.1」。ライフルを持った男たちが警備をしていて、「No.2」に行けと言われる。よくわからないままさらに進む。この汚い小道を信者たちは裸足で何かを唱えながら歩いている。道に立ち止まっている牛に触っては手を額にもっていっている。聖なる存在なのかもしれないが、当の牛には迷惑なようで、時々体をぶるっと震わせている。

No.4ゲート、No.3ゲートを通過し、No.2ゲートへ。ここで荷物を預ける。カメラ、携帯電話、腕時計、ペン、すべて持ち込み禁止。パスポートと財布はいいらしい。金は中で使えということか。敷地内に入り、本堂らしき回廊内に入る入口からさらに中に入るには、パスポートの番号を登録し、靴と靴下を脱がなければならない。ここで礼拝用の花を買って9時に中へ。濡れた石の上を歩き、足が冷たい。本堂の建物は、上部には黄金色に塗られ、壁面はレリーフがびっしり。952年に作られたと説明された。建物の上は猿の遊び場。

信者に交じって行列へ。何やら唱えている人もいる。ようやく本堂内に入ると、我も我もと殺到する信者でカオス状態。井戸みたいなところに花やら葉っぱやらを捧げるようなのだが、ほとんど投げ入れる状態。おそらくリンガがあるのだろうが、投げ込まれた花などに埋まって何も見えない。

よくわからずに買った花(ザルいっぱいに載っていた)を全部投入してしまう。が、祈るスペースは他にもあった。失敗。仕方なく手ぶらでいろいろ見て回る。手招きする行者にいざなわれ、額に赤い粉をつけられる。やむを得ずさい銭、というか10ルピー札を置く。

さらに別の廟の行者には強引に、すでに供えられた花を拾い上げて首にかけられ、それを改めてリンガに置いた後、何やらお経を復唱させられる。最後に白い泥を額に塗りたくられる。そして露骨なお布施の請求。なんとなく腹が立ったので、1ルピーコインを行者には渡さず「Donation Box」に入れたら、早く出ていけ的な扱いを受ける。

50分ほど滞在したのちに外へ。通りに出て使い捨ての素焼きの器でチャイをいただく。周りの市場や通りの賑わいはいつまで見ていても飽きない。ずっとここにいたい気分。でももう時間。

宿をチェックアウトし、ゴードウリヤーへ。オートリキシャ2人が荷物を奪い合う争いになったのに、値段は二人とも500ルピー(約910円)より下がらない不条理。あまり強引ではない方のドライバーの方に乗って、55分弱で空港へ。

12時40分発の予定だったが、携帯のSMSに13時半になると来ていた。そして空港内には14時5分発との表示。またか。結局、定刻より2時間半遅れの15時10分過ぎ発のジェット・エアウェイズでカジュラホへ。機内食は小さなサンドイッチのみ。思えば同様に遅れていたスパイスジェットとインディゴ(いずれも新興のLCC)の乗客には菓子などを詰め合わせた箱を配っていた。航空会社の勢いの差か。

カジュラホ空港からタクシーで8分で中心部のホテルへ。大喧騒のヴァーラーナスィーと違って、ここは静かな「村」。子供が無邪気に「ハロー」「ナマステ」と言ってきたりする。もちろんガイドが声をかけてきてそれはうざいが、それを除けばいいまち。まずフォークダンスショーのチケットを買いに行き、そこから25分歩いて南軍の寺院の一つ、12世紀建造のドゥラデーオ寺院へ。外壁を埋めるレリーフが素晴らしい。この塊感は何と言えばよいのか。妙に生々しく、小人となって今にも動き出しそうである。

30分ほど歩いて中心部のレストランへ。ノンベジのターリー(定食)のマトンが柔らかくて美味。

食後12分ほど早歩きして、Kandariya Art & Cultureへ。ここで19時からの「インド・フォーク・ダンス・ライブ・ショー」を。歌も楽器の演奏もテープで流れるので、笛も太鼓も演奏引く真似しているだけというエアー状態なのは見ていて痛いが、それでもインド映画を思わせる動きの踊りが続き、意外に楽しめた。インド各地の衣装を見ることができたのも面白かった。

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2015年4月28日 (火)

マーケット・ウォッチ(28)セブ・シティのカルボン・マーケット

東南アジアの市場はたいてい雑然とした活気にあふれて魅力的だが、その一方で清潔さという意味では問題ありというところが多い。なかでもフィリピンはセブ島の中心都市、セブ・シティにあるカルボン・マーケットは、清潔とは無縁な活気にあふれていて面白かった。
Carbon_market_in_cebu_city
カルボン・マーケット【セブ・シティ】

市場の中心的な建物自体も雑然としているのだが、その周辺に広がる商店街や住宅街はさらにぐちゃぐちゃ。カルボンはジプニー(トラックなどを改造した乗り合いバス)の終点になっているので、商店街のほうには狭い道を客をすし詰めにしたジプニーがしょっちゅう走りまわっていた。
Carbon_in_cebu_city
カルボンあたりのジプニー【セブ・シティ】

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2015年4月25日 (土)

マーケット・ウォッチ(27)エルサレム旧市街のスーク

イスラエルはユダヤ人だけの国だと思えば、それは大間違いである。ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の聖地であるエルサレム、特にその旧市街には多くのイスラム教徒(アラブ人)が暮らしている。

旧市街のイスラム教徒地区内のアーケードはスークとなっていて、中東でよく見かける雰囲気。「パレスチナ」と大書したグッズも売られていた。
Souq_in_jerusalem
「パレスチナ」と書かれたタオル(?)が天井に【エルサレム】

このアーケードの脇道の先にはイスラム教の始祖、ムハンマドの昇天の地である「岩のドーム」があった。地元のイスラム教徒は普通に通っていたが、観光客が通ろうとするとイスラエル兵に阻まれる。目の前にあるのに、残念。
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ドアの向こうには岩のドーム【エルサレム】

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2015年4月22日 (水)

マーケット・ウォッチ(26)ホーチミン・シティの市場

ベトナム経済の中心地、ホーチミン・シティのど真ん中にはベンタイン市場という、屋内型の市場がある。
Ben_thanh_market_in_ho_chi_minh_cit
ベンタイン市場【ホーチミン・シティ】

Ben_thanh_market_in_ho_chi_minh_c_2
ベンタイン市場内部【ホーチミン・シティ】

大きいし、立地もいいので観光地にもなっている。食料品から雑貨まで雑多な品ぞろえ。

ベンタインほど大規模ではないが、市内にはあちこちに市場があり、のぞいてみて面白かったのは、観光客率がほぼゼロと思われるそうした市場であった。
Market_in_ho_chi_minh_city
ホーチミン・シティのどこかの市場

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2015年4月19日 (日)

マーケット・ウォッチ(25)フェズ・エル・バリのスーク

モロッコの古都、フェズのフェズ・エル・バリ地区は「迷宮」と謳われる。
Bab_boujloud_in_fes
迷宮の入口、ブー・ジュルード門【フェズ】

ただ、ブー・ジュルード門をくぐるとメイン・ストリートがまっすぐに伸び、その通り沿いにスーク(市場)が広がっているだけなので、まるで迷わない。
Souq_in_fes
フェズのスークを行く

ただし、スークを抜けて、住宅街に入ると迷う。というか、この旧市街にたどり着くまでに迷いまくった。

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