2009年10月10日 (土)

徳島旅行

2009年9月20日(日)
新宿から高速ツアーバスの徳島行きに乗車。

9月21日
8時間20分ほどで松茂に到着。ただの駐車場。歩いて「徳島とくとくターミナル」へ。閉まっている物産館があるだけ。タクシーも無人のが一台だけ。と、運転手が戻ってきた。助かった。

タクシーで鳴門公園内の船乗り場へ。そしてうずしお汽船の「うずしお号」に乗船。鳴門の渦潮とは巨大な渦が恒常的に巻いているのかと思っていたが、さにあらず。小さな渦があっちこっちで、現れては消え、消えては現れている。思っていたイメージとだいぶ違う。これはこれで面白いが。
Naruto_whirlpools
この渦もやがて消えていく【鳴門海峡】

下船後、歩いてお茶園展望台へ。大鳴門橋が美しくみえる。背後の山並みも良い。しかし渦潮は見えない。続いて、大鳴門橋の下部を歩くことができる「うずの道」へ。眼下に海水が勢いよく流れるのが見える。海ではないようだ。しかし、渦は見えない。

続いて千畳敷へ向かう。なかなか見つからないので警備員に尋ねると「え?展望台?」と絶句。別の警備員に聞くよう言われる。ベテラン警備員に聞くと「ここが千畳敷です」。たしかに橋がよく見える。さらに水際に降りることができる。ここから眺める鳴門海峡は大河にしか見えない。それも急流。フナムシが歩いていることでようやくここが海だと気付かされる。

近くの食堂で遅めの食堂。個人客は「鯛丼しか売らない」という高飛車な店だが、それだけあって鯛の刺身は肉厚で弾力があって美味。心なしかワカメ(これも名物のはず)もうまい。もっとも1890円と、コストパフォーマンスは良いとは言えない。続いて近くの大鳴門橋架橋記念館「エディ」へ。驚くほどつまらない。渦潮について知りたいのに、関係ない展示ばかり。

少し歩いて大塚国際美術館へ。西洋絵画を原寸大に陶板に焼き付けて展示する、ニセモノの美術館。最初のシスティーナ礼拝堂で早くもうさんくささ全開。しかし一つ一つの絵画は割とホンモノっぽく、有名な作品目白押しで圧倒される。解説も日本語でわかりやすい。美術の教科書の中を歩いているよう。あちこちで催されているガイドツアーのガイド達も楽しそうに解説している。ニセモノ偉大なり。3150円だが、こちらはコストパフォーマンス良好。

鳴門市街か徳島に行こうと路線バスを待つ。が、渋滞の影響か待てど暮らせど来ない。13時台はバスが3本あるはずだが、炎天下、1時間以上待って14時を過ぎてやっとバスが来た。ありえない。

その鳴門市営バスでJR鳴門駅へ。そして鳴門線、徳島線と乗り継いで穴吹駅へ。タクシーでうだつの上がる街、「脇町」へ。うだつが並ぶさまは壮観だが、蜘蛛の巣が張っていたり、廃屋同然の家もあったりで、いまいち。しかも17時を過ぎて、店じまいのところばかり。

歩いて吉野川にかかる脇町潜水橋へ。夕陽のオレンジが、山も川も、すべてを美しく染め上げていく。小舟が浮かんでいるのも風情がある。川面に映えるこの光を、決して忘れることはないだろう。

JRの特急「剣山」「しまんと」と乗り継ぎ、坂出から寝台特急「サンライズ瀬戸」に乗車。個室でフルフラットな(あたりまえか)ベッド、あまりの快適さに興奮して寝付けない。そして、一路、東京へ。気付けば、ぐっすりと快眠していた。

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2009年10月 7日 (水)

華北旅行(10)実用情報【洛陽・山西省編】

■洛陽
○市内のバス・概要
市内のバスは1元~1.5元で、大抵、バスの入口に値段が書かれている。なお、車掌はおらず、運転士はみてるだけでお釣りはくれない(多分)。市民はICカードも利用していた。
バスは頻繁に走っており、北京同様、バス停に各路線の全停留所が掲載されているので、便利。
ただし、洛陽駅のバス停はあちこちに点在しているので、わかりにくい。要注意。なお長距離バスのターミナルも駅前だけで少なくとも2カ所あった。

○洛陽駅→龍門石窟
81路バスで所要45分。ただし、龍門石窟のバス停から、石窟の入口まで20分ほど歩く。洛陽駅のバス停は、駅のチケットオフィス前にある(駅を背にして左側)。1.5元。

○龍門石窟→洛陽博物館
81路バスは博物館の近くを通らずに駅に行ってしまうので、車窓を見て市内中心部に入ったら適当な場所で乗り換える必要がある。今回は「洛陽連通公司(王城広場東)」で下車して、101路トロリーバスに乗り換えて、「中国銀行洛陽分行(市中心医院)」で下車し、少し歩くと博物館。所要40-50分。

○洛陽博物館→白馬寺
56路バスで40分ほど。

○白馬寺→関林廟
58路バスで1時間ほど。なお、関林廟は81路バスも通るので、龍門石窟の行き帰りの途中に寄る方がリーズナブル。

○洛陽駅前→洛陽空港
タクシーで15分弱。行きも帰りも30元取られたが、落ち着いて交渉すればもっと値切れる気がする。
83路バスならもっと安いが、空港発の終バスはたしか21時頃で、北京からの夜間便では間に合わない(使えない)。

■山西省
○平遥 旧市街→バスターミナル
電動カートで8分。交渉によるが、10元とられた。
「歩き方」掲載の地図には、バスターミナルが駅前広場に隣接しているように描かれているが、実際は互いに見えないぐらい離れている

○太原 建南バスターミナル→総合バスターミナル
タクシーで15分。メーターで11元だった。
Taiyuan_bus_terminal
太原の建南バスターミナル。平遥からのバスが発着する。

○大同 新南バスターミナル→中心部(九龍壁)
30路バス(新南バスターミナル~大同駅、1元)と27路バス(1元)を乗り継ぎ、40分。

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2009年10月 4日 (日)

華北旅行(9)実用情報【北京編】

北京は大都市。公共交通機関は充実している。バスも縦横無尽に走っており、しかもバス停には、路線毎に通るバス停名が掲示されているので、漢字が読める日本人はそれをみて目当てのバスを探すことができるので助かる。時刻は掲載されていないが、本数が多いので、それほど気にすることはない(10分以上、待ったことはなかった)。ただし、多くの路線が通るバス停は、路線によってバス停の位置が異なるので注意。
Bus_stop_in_beijing
日本人にとってはとてもわかりやすいバス停

■空港・市内間
リムジンバスは路線が増えたようで、北京西駅行きの「7線」ができていた。北京西駅は近くの大型ホテルの近くで降ろされる。
北京駅発のバス停は、駅舎を背にして左側にあるバスターミナルを抜けた路上にリムジンバスが止まっている。(なお、北京駅には駅舎右手にもバスターミナルがあるので、間違えないように)。
空港と北京駅及び北京西駅間は、ともに約1時間、16元。

地下鉄(機場快軌)は空港(第二ターミナル)から東直門駅まで約20分、その逆は約30分(市内→第三ターミナル→第二ターミナル→市内と循環しているうえに、第三ターミナルでしばらく停まっているので、所要時間が変わる)。25元、

■紅劇場
地下鉄5号線天壇東門駅から徒歩約15分。最寄りのバス停は「北京体育館」で、地下鉄天壇東門駅からは二つ目のバス停。複数路線が通っているので、市内各地からアクセスできる。

■湖広会館
地下鉄2号線和平門駅から徒歩約15分。最寄りのバス停は「虎坊橋」で、和平門駅まで5分ほど(15番など)。

■天壇
園内はかなり広く、見所を効率的に回るには南門から東門に抜ける(ないしその逆)のがいいと思われる。園内は無料だが、見所はそれぞれ有料となっている。園の入口でチケットを求めると、セット券のようなものを売りつけられるので、それを各所で提示すればよい。
東門は地下鉄5号線天壇東門駅のすぐそば。南門はバス停「天壇南門」から5~10分ほど歩くことになる。東門から南門まではバスで移動可能。

■頤和園
地下鉄13号線の五道口駅へ。駅の目の前(線路の近く)にも「城鉄五道口駅」というバス停があるが、頤和園行きのバスは少ない。地下鉄駅から西側に延びる大通りを200mぐらい進んだところにある「五道口」というバス停に、375番、331番などの頤和園行きのバスが停まる。30分ほどで頤和園へ。
なお、2009年9月末に地下鉄4号線が開通し、頤和園へは同線でアクセスできるようになったもよう。

■明十三陵(定陵・長陵)
北京市内からの行き方は二つ。
1)地下鉄5号線で終点の天通苑北駅へ。駅(地上にある)のB出口を出て、駅舎正面の道沿いのバス停へ(駅舎を背にして左にあるバスターミナルではない)。そこから昌平23路バス(小型のバス)に乗車。
ただし、バス停のポールは到着側で、出発するのはその反対側(駅側)の方。もっとも狭い道だし、ここが始終点なので、バスが来ればすぐわかる。1元。
渋滞だったので約1時間半かかった。なお、「昌平」系統のバスでは、ICカードは使えない。

2)地下鉄2号線の積水譚駅近くにある徳勝門のバスターミナル(「徳勝門西」?)から345快バスに乗車。北京法政大学ないし昌平東関で下車(所要約1時間)。
そこで道路の反対側のバス停へ行き、314バスで40分弱。

■八達嶺長城→明十三陵(昭陵)
919路バスの、快速ではない系統に乗車し、一度、高速を降りる区間で下車(今回は沙河というバス停で下車)。道路の反対側に渡り、昌平22路バス(小型のバス)で終点の昭陵村まで行き(所要45分、1元)、来た道をさらに進行方向に10分ほど歩くと昭陵に着く。
昌平系統のバスはICカードが使えない模様。
なお、昭陵から定陵までは徒歩20~30分。

■ICカード
地下鉄、バス等で使えるICカード(「エディ」や「スイカ」のようなもの)「市政交通一卡通」は便利。
新しい地下鉄(5号線など)の駅の切符の自動販売機ではチャージができる。古い地下鉄(1号線、2号線)の駅にはそうした設備はない。いつでもどこでもチャージできると思ったら大間違いなので、要注意。

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2009年9月30日 (水)

華北旅行(8)北京

8月29日
建国60周年パレードの予行演習のためか、近くの地下鉄駅が閉鎖。バスで行くことも考えたが、結局、隣の駅まで歩いて地下鉄5号線の終点、天通苑北駅へ。さらに昌平23路バスで1時間半ほどかけて明十三陵の一つ、長陵へ。構造は昨日見た2つと同じ。ただし建物等のサイズは大きい。
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長陵(明十三陵)

314路バス、345快バスと乗り継ぎ、市内に戻る。345快バスは終点まで行かず、地図と路線図をにらみながら、地下鉄・健徳門駅に近そうな辺りで適当に見計らって降りる。適当すぎたため、駅にたどり着くまで15分ほどかかった。

地下鉄を乗り継ぎで五道口駅へ。昼食は駅近くのデパート風のビル内で。おしゃれで小綺麗な店で、メニューも写真付きと抜群に好条件の店だったが、頼んだ料理(粥)が品切れで、代わりに適当に頼んだらワンタンがでてきた。それとギョーザだけの昼食に。

375番バスで30分ほどで頤和園へ。まずは皇帝がつくらせたテーマパーク「蘇州街」へ。店員もそれらしい格好にコスプレしていて、まさにテーマパーク。占い師やら似顔絵師などもいる。笛の音も鳴り響き、雰囲気が出ている。なんか楽しい。

丘を越えて、丘の中腹に連なる仏香閣・排雲殿などの建物群へ。黄色い瓦屋根の連なりが美しい。さらに、これらの建物からみる昆明湖の景色が抜群。近くで見ると冴えない池だが、全体を見渡すと風情があって良い。徳和園では6人編成の楽器の演奏を行っており、ラッキー。しかし広大で疲れ果てる。結局、3時間半ぐらい、園内に滞在。

826番バス、地下鉄10号線と乗り継ぎ、朝陽劇場へ。当日券があるか聞いたらあった。ということで雑技を鑑賞。一番安い席を買ったのに、なぜか前から2列目とラッキー。雑技はとにかくすごいの一言。柔軟性、バランス感覚、パワー、様々なものが要求される技が次々と繰り出される。時々失敗するのがかえってリアル。レーザー光線などの演出も派手。

その後はマッサージに行ったら空きがなかったり、目当てのレストランに行ったらラストオーダーだったりといろいろあり、時間を浪費しているうちに、開いている食堂が見つからなくなる。結局、中国最後の晩餐はケンタッキーと相成った。辛かった。

8月30日
北京駅からリムジンバスで空港へ。そして大韓航空でインチョンへ。まずマッサージへ。クレジットカードのサインを液晶画面上に電子ペンみたいなもので書くのが新しい。

その後、大韓航空で成田へ。空港内の売店はすべて閉まっている。スターバックスだけ開いていたが、購入後まもなく「閉店」ということで、追い出された。使えない。空港のあり方として間違っている。

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2009年9月27日 (日)

華北旅行(7)北京

8月28日
地下鉄で積水譚駅へ。駅の荷物チェックなど行列あるところ、横入りあり。それを阻止しようと戦っていると、その隙を突いて別の横入りをされたりするので、気が抜けない。

駅から歩いて徳勝門のバスターミナルへ。こちらではターミナルの係員があちこちにいて、横入りは怒声と腕で阻止。頼もしい。お目当ての919路バスだけでいろいろ種類があって、どれに乗ればいいか迷うが、適当に乗車。観光バスタイプの919路バスもあるなか、乗ったのは路線バスタイプ。運賃のICカードをタッチする機械は車外にある。中では車掌(ガイド?)がマイクで時々しゃべっている。これ、ホンモノ?

渋滞にはまり、2時間かかって八達嶺長城へ。変な駐車場で降ろされ、30分ほど歩く羽目に。どうもこの国は何をやるにも想定以上に時間がかかる。いよいよ、万里の長城の「女坂」を歩く。「壁」自体はどうということはないが、それが周りの山中をのたうちまくっているのは奇観。かなりきつい勾配で、手すりにつかまりながら上ったり、下ったり。それにしてもここも観光客がどっさり。こんなところでもわめき散らし、つばを吐き、横入りをし、と忙しい。やれやれ。
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上がったり下がったり、壁がどこまでも続く【万里の長城(八達嶺)

ロープウェーで一旦、麓に降りて、昼食後、別のロープウェーで男坂へ。こちらは人が少ないのがいい。が、景色は女坂の方がいいような。ほとんど下りなので、体力的には楽だが、膝がガクガクに。

予想外に時間がかかった上、次に行きたかった居庸関に行くバスがないようだったので、次、どうするか悩むが、結局、バスを乗り継いで明十三陵の一つ、昭陵へ向かう。バスの終点は「昭陵村」。とてもローカルな雰囲気の農村。バス停から10分ほど歩くと昭陵に到着。陵の基本的な構造というか配列がよく分かる。陵自体は木が生い茂りよく分からない。やたらと桃を売っている。近所で取れたものだろうか。

道に迷いつつ、歩いて定陵へ。地下宮殿があり、相当深くまで下っていく。中身は質素。閉館間際だったが、付属の明十三陵博物館にも寄る。出土品が見学できる。

バス2本を乗り継ぎ、1時間40分ほどで北京市街の徳勝門西に到着。予約していた京劇に遅れそうだったので最後はタクシーで移動。ドライバーはかなり飛ばし気味に走ってくれたが、北京の道は手強い。前から横から後ろから、人や自転車やバイクやトロリーバスやらが突っ込んでくる。結局遅刻。鑑賞した京劇は孫悟空役の立ち回りがうまく、目を引いた。遅れたせいもあって、あっという間に終わってしまった。もっと見たかった。

雰囲気が良かったので、夕食は京劇の会場のレストランで。初の日本語メニューありの店。蒸し焼きダックを注文。辛かった。中央のテーブルで鍋を並べて支度が始まったので何事かと思ったら、従業員の食事だった。

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2009年9月23日 (水)

華北旅行(6)大同

8月27日
朝から音楽を鳴らして踊っている集団を横目に華厳寺へ向かう。しかし、入口が見つからない。大規模な工事をやっているので入れないのか。「下華厳寺」の看板の掛かる門が開いているので近づいていくと、必要以上に険しい顔をした中年女性に首を振られ、門を閉じられた。

諦めて、駅へ向かおうとバス停へ。しかし、待てど暮らせど目当てのバスが来ない。他に待っていた客もタクシーに乗り始めたので、こちらも待ちきれずタクシーに乗車。渋滞を抜けてようやく大同駅へ。駅前広場は工事中。駅前から雲崗石窟行きのバスに乗ろうとバス停を探すが、どうしても見つからない。結局、またもタクシーで移動。

ようやく雲崗石窟に到着。5号窟・6号窟は、それぞれ中央に巨大な仏像と柱(パゴタ)があり、それを取り囲むように壁から天井まで彫刻がびっしり。色もよく残っている。9~12号窟は中には入れないが、見える部分はやはり壁から天井まで彫像が埋めつくす。素晴らし過ぎる。16~20号窟は巨大な仏像。20号は周りを覆っていた部分が崩れたらしく、むき出しの大仏。これらもまた、素晴らしい。大いに満足。
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壁にはびっしりと彫刻が【雲崗石窟】

帰りのバスもよく分からない。ほぼ同時に2本のバスが来たので迷うが適当に12番バスに乗車。と、あらぬ方向へと連れて行かれる。工場地帯の中?恐ろしくなって次に停まったところ(正確にはそこでは降りられず、さらにその次)で下車。12番の反対方向に乗り、元の道へと戻る。

次はどうしようと思ってい ると、正規のバスでない(?)ミニバスみたいのがやってくる。迷うが、車掌に手招きされたので、とりあえず乗車。途中、なぜかUターンしたりして、どうなることかと思ったが、最終的には街へと向かった。さらに路線バスに乗り換えて、なんとかホテルへ戻る。

路線バスを二本乗り継ぎ、新南公路バスターミナルへ。北京行きの切符を買うと、窓口で何か言われる。さっぱり分からない。書いてもくれたが、やはり分からな い。推理すると、ターミナルが違うと言っているもよう。北京のターミナルが違ってもいっこうに構わないが、ここのターミナルが違うなら一大事。不安に思って外へ出ると、天津行きのバスに乗るよう、ドライバーに言われる。

結局、そのバスで5時間ほどで北京に到着。想定していたターミナルには着かず、路上で降ろされる。しかし目の前に地下鉄・健徳門駅。かえって便利。地下鉄3本乗り継いでホテルへ。ホテルでは支払い方法でもめ、部屋に入ればエアコン(のリモコン)が故障と、最後まで気が抜けない。

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2009年9月20日 (日)

華北旅行(5)平遥、大同

8月26日
小雨の平遥の朝を歩く。裏通りの中の大通りを通って古衙署へ。昔の役所。広くて雰囲気もいい。通りに張り出した楼にも登ることができる。さらに、通りを駆け抜ける犬たちを見ながら、道観(道教の寺院)である「清虚観」へ。
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平遥の裏通り

ホテルへ戻り、電動カートでバスターミナルへ。そして長距離バスで太原へ。列車内は静かなのに、バス内は大声が飛び交いうるさいのはなぜだろう。2時間10分ほどで太原の建南バスターミナルに到着。

ターミナル前の天津包子の食堂へ。よくわからないので隣の人が食べているものを指さして注文。鶏肉と卵のスープと包子(小龍包のようなもの)。これがうまい。同じものが10個だが、飽きない。

タクシーを捕まえて総合バスターミナルへ移動し、長距離バスで大同へ。こちらはハイデッカーで豪華仕様。テレビではミュージックビデオやら映画が流れる。そしてここでも携帯で大声で話す乗客。たまらん。

途中休憩ストップをはさみ、3時間半で大同の新南公路バスターミナルに到着。周囲にホテルがあるのではと淡い期待をしていたが、ホテルどころか街になっていない。路線バスが一つだけあったので、その30路バスに乗る。

このバスは鉄道駅行きなので、途中で27路バスに乗り換え、市内中心部へ。ほこりっぽい上に、排ガスが目にしみる。通りには 人、自転車、バイク、車が入り乱れ、クラクションが鳴りっぱなし。古く汚い建物と新しく小綺麗な建物が混在し、あちこちにクレーンが立ち並ぶ。カオスなまち。

バス停近くのホテルへ。従業員は英語が通じないが、居合わせた客が英語を話し、助けてもらった。その後、近くにある九龍壁へ。9匹の龍がが描かれた壁が立っているだけだが、なかなかよいのではないか。

中心街を散策し、広場やら百貨店やらを見学した後、赤い壁に電飾も派手なレストランへ。「麦酒はないが、米酒」はあるというので注文。度数45%とかなりきつい。若干くせもある。山西料理はないかと聞いたら、羊肉の料理をすすめられる。これが辛かった。米酒が辛味を倍増する。店内は店員の(客ではない)話し声でうるさい。

外へ出ると、路上に大音響と人だかり。のぞいてみると、中年夫婦(?)がマイク片手に扇を持って踊っている。しかし面白いものではない。それ以外にも、ディスコテックな音楽を大音響で流していたり(CDの販売?)、とにかくうるさい。ホテルの部屋に入っても、大音量が響いてくる。とんでもないところだと思ったが、あっという間に眠りについた。疲れていたらしい。

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2009年9月17日 (木)

華北旅行(4)平遥

8月25日
早朝の北京西駅へ。適当に巨大な駅舎に入るが、「入口」の看板が見あたらない。10分ほど歩いて駅の反対側まで来てしまったところでようやく「入口」を発見。荷物検査をして中へ。待合室がホーム毎?にある。

動車組(中国の新幹線)で太原へ。車内はここが中国とは信じられないくらい静か。朝早くて寝ている人が多いからだろうか。女性乗務員がゴミを片付けに来たり、網棚の荷物をチェックしたりとやってくる。おかげさまで速くて綺麗で静かで快適な、約3時間半の旅。

太原到着後、切符売り場へ。大混雑。30分ほど並んで普通列車の券をゲット。8元(約110円)といやに安いので嫌な予感がして切符に表示されている漢字を調べると、「空」の意味。どうやら立ち席らしい。構内に入る。待合室からホームへ降りる改札は長蛇の列。これが全部乗るのか。そして改札が始まり、走り出す群衆と共にホームへ。列車のドアに殺到する人々。指定の号車には乗りきれなさそうで、別の車両から乗るよう言われ、走る。飛び交う怒号。他の乗客と共になんとか強引に押し込んで乗る。人間は丈夫にできている。

すし詰めのデッキで1時間40分ほど揺られ、平遥へ向かう。人が多い上に、大荷物の人が多い。そしてこんなに混んでいるのにたばこを吸う輩が何人もいる。しかしみな苦しいのか、車内は割と静か。窓のないデッキ部だが、すきま風が多く救われる。

車窓が見えず、列車のダイヤも乱れており、どこを走っているのかさっぱり分からなかったが、他の乗客に教えてもらって無事、平遥で下車。しつこい客引きを振り切って駅前のホテルに入ってみるが宿泊を断られる。旧市街内へと歩き、疲れてきたところで四合院づくりの感じのいい宿が現れたので、チェックイン。とりあえず、近所の食堂で昼食。名物の刀削面。アルデンテ。満腹。

共通チケットを買って旧市街巡り。街まるごと古い(明代)街並みで素晴らしい。苦労したかいがあった。まずは城壁へ。ちょっと登って歩いて降りるつもりだったがなかなか降りられるところがない。結局4分の1周ほど歩く羽目に。疲れる。やっと降りて再びまちへ。大通りは俗っぽいが賑やかで楽しめるし、少し外れると地元民向けの地味な飾り付けをした通りになり、さらにはずれると普通に庶民が住まう素っ気ない街の素顔が見える。それぞれの良さがある。一粒で3度美味しい街。
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平遥古城

市楼に登って街並みを見下ろし、かつての金融機関「票号」の建物内を見学し、城皇廟に寄って、などしてるうちに疲労もピークに。そこでマッサージへ。うまかったので2時間に延長。日本で開業して欲しい。

夕食は名物「平遥牛肉」。頼んでみたら燻製のようなものだった。これとご飯だけのわびしい夕食。名物にうまいものなし。

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2009年9月14日 (月)

華北旅行(3)北京

8月24日
駅前の食堂で、進められるがままに小豆の粥と包子(中華まん)のセットを注文。おなかに優しい。中華料理は油だらけだが、朝はあっさりしたもののニーズが高いらしい。

83路バスで空港へ向かおうと、駅を少し出たところにある大通りのバス停へ。しかし、なかなか来ない。バス停の表示をみると、ここは洛陽駅ではなく、その隣のバス停で、しかも待っていたのは洛陽駅行きの方だった。慌てて反対車線に渡り、空港行きのバス停を探すが、なぜか見つからない。時間がないのでやむを得ずタクシーで空港へ。また30元取られた。

中国東方航空で北京へ。着陸後、シートベルトサインが消える前から大勢の客が立ち上がり、荷物を下ろし始める。しかしターミナルはまだ先。乗務員がまだだと叫び、荷物を戻させ、座らせる。程なく飛行機はまた動き始める。この国で接客業をするのは大変。

リムジンバスで北京西駅へ行き、ホテルにチェックイン。「ビジネスセンター」で劇場の切符手配を頼むが英語が通じない。フロントは英語が通じるが、切符の手配はできないと言う。ガイドブックに「日本語予約」の電話番号が掲載されているのでここにかけようと思うが、よくみると他の劇場と番号が同じ。おかしいと思ったら、ある旅行会社の番号だった。親切かもしれないが、ある種詐欺。そういう手口は好きではない。

2階建ての特7番バスと地下鉄を乗り継ぎ、天壇東門駅へ。歩いて15分と意外と遠かった紅劇場へ。ここで今晩のチケットをゲット。帰りはバスに乗って、天壇南門で下車。天壇へ入場。音が反響する壁などがあり、それに向かって大声で叫ぶ観光客が大勢いるので、他にもまして賑々しい。建物は、青に金をまぶしたような屋根が美しい。中の天井などもイスラムちっくに(?)ごてごてにデコレーションされ、それが中国風に彩色されて、素晴らしい。
Imperial_vault_of_heaven_in_temple_
天壇の皇穹宇

地下鉄を乗り継いで和平門駅へ。そこから小綺麗に整備された文化関係の商店街「瑠璃廠」などを眺めたりしながら、歩いて湖広会館へ。ここで3日後のチケットを購入。駅から意外と時間がかかったので帰りは歩かず、バス・地下鉄・バスと乗り継いで、紅劇場へ。ミュージカル「功夫(カンフー)伝奇」を鑑賞。バレエや雑伎風な動きも盛り込み、ショーアップされていて面白かったが、もっと純粋にカンフーを見たかった。

その後、劇場近くの食堂で夕食。魚の骨で苦労していると、「カンフー」の出演者が一人、舞台での出で立ちほぼそのままで登場。普通に食事をして帰っていった。食堂前の路上では、夜10時を過ぎているというのに将棋(象棋?)を差す人々が。一見、日本の街とあまり変わらないのに、ちょっと不思議な街・北京。

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2009年9月10日 (木)

華北旅行(2)洛陽

8月23日
駅前のファーストフードでお粥の朝食を食べた後、81路バスで龍門石窟へ。バスを降りてから石窟の入口まで20分以上歩く羽目に。中国は広い。120元(約1700円)もの大金を払って、石窟へ入場。たいしたことない石窟が続くが、奉先寺の大仏はその大きさもさることながら、表情が穏やかで素晴らしい。川の反対側に渡ってさらに石窟見物を続ける。さらに香山寺に白居易の墓(白園)にと巡るが、山道の上り下りがきつく、へとへとになる。
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龍門石窟の奉先寺盧遮那仏

もう歩きたくないと思い、4元(約50円)払って「バッテリーカー」に乗り、駐車場の入口へ戻る。英語の看板の出ている食堂へ。しかし、英語は使えない。メニューに「羊肉」の字が見えたので、適当にそれを注文。が、店員がまだ何か言ってくる。困った顔を見せると、紙に「米飯」と書いてきた。なるほど、とそれも注文。漢字万歳。その後、そうでもなくなるが。羊肉は辛かったが、完食。

その後、81路バスで市内へ。中心街で適当に降りて、101路トロリーバスに乗り換え、洛陽博物館へ。展示は旧石器時代までさかのぼる。隋や唐の時代からすでに「芸術」品を輩出しており、博物館というよりは美術館の様相。特に唐三彩は馬やらラクダやらいろいろあって見ていて楽しい。が、建物の大きさの割に部屋が少なく(5つぐらい?)、あっという間に見学終了。

車道に自転車道、それに中央分離帯と、広い道路を渡って、「周王城広場」へ。あちこちから胡弓やら歌声が聞こえてくる。胡弓の速弾きで多くの観客を集めるグループもいれば、単に練習しているグループもいる。生演奏のカラオケみたいなのもあり。あちこちからそうした音が飛んでくる。なんなんだこの空間は。

56路バスで白馬寺へ。黒い石のタイルの地面に赤い壁の建物、そして緑の木々、という組み合わせが独特の落ち着きを醸し出す。参拝客が巨大な線香を手に四方に拝礼している。建物には解説版があり、中国語と英語とあるが、英語の方は訳の分からない長い単語で弥勒菩薩や阿弥陀仏を表現しているので混乱する。やはり漢字の方がなじみやすい。文章の意味はわからないが。残念ながら斉雲塔は工事中でグリーンシートに覆われていた。

58路バスで関林廟へ。関羽の首塚があるが、ただの丘。寺の雰囲気はあるが。その後、55路バスで市内へ戻り、車窓に大きめのレストランが居並ぶのが見えたところで下車。何の店か分からないまま適当に入ると、なにやら紙を渡される。見ると、「微辛」「中辛」「大辛」のような文字が並ぶ。よりによって火鍋の店だった。「無辛」がよかったが、そんなものないので、「微辛」を選択。言葉が通じないので注文するのも食べ方を理解するのも苦労したが、(辛い点を除けば)おいしくいただいた。

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2009年9月 6日 (日)

華北旅行(1)北京

2009年8月21日(金)
ノースウエスト航空で北京首都空港へ。23時10分発の地下鉄空港線で市内へ。続いて地下鉄2号線に行こうとするが連絡口がない。結局、地上の出口へ。そして隣にあった2号線の入口を降りていくと・・・改札が閉まっている。終電が終わったということか。あり得ない。

仕方なくタクシーに乗ろうとするが、なぜか乗車拒否。「あっちの方だ」と言わんばかりに方向を指さして終わり。仕方なくそっちに歩いてみると、バス停が。しかし運行は23時まで。そこで走ってきたタクシーを捕まえる。しかしこれまた拒否気味の反応。ホテル名では分からないらしい。住所を示して乗り込む。これで安心と思ったが、曲がるべき交差点で曲がり損ねた。結局その場で下ろされ、歩いていけと言われる。初日から微妙に散々。

8月22日(土)
地下鉄で前門駅へ。そして天安門広場へ。すごい人の波。ツアーの旗もあちこちに。警備員もいっぱい。それでも広場が広大なので、ゴミゴミはしていない。広場を縦断して天安門へ。門に登って天安門広場を眺めると改めて広大。

そして、故宮へ。これまた広大。黄色い瓦の屋根が続き、それだけで美しい。イスラムっぽい天井の細かな装飾があったりするのも面白い。中に入れない建物を扉の外から眺めるところは、大勢の中国人が殺到。文字通り押し合いへし合い。そうこうしていると、日本の旅行会社から電話が。明後日の飛行機が欠航になったという。予定が狂う。
Palace_of_heavenly_purity_qianqing_
乾清宮(故宮)【北京】

故宮を出る。三輪タクシーの客引きがうるさい。食事する場所が近くにないので、トロリーバスに乗って、店が見えるところで降りる。食堂は会計をした後、札を渡されてテーブルで待つ仕組みなのだが、食事が運ばれてくる際は札なんて見やしないで、食事の名前を大声で連呼して、それに客が声をかける仕組み。もちろん中国語なのでさっぱり分からない。が、なんとかありつく。うどんを酸っぱ辛い汁で食べるような感じ。微妙。

故宮の周りの堀を眺めがら歩き、景山公園へ。丘の上から故宮や北海公園を眺める。都心のど真ん中にこれだけ緑があることに感心。遠くには高層ビルも見える。

続いて北海公園へ東門から入る。ボートに乗って湖の北岸へ。揺れる柳に極彩色の屋根。中国的な美が溢れる。園内の庭園「静心斎」は、どこをどこから見ても絵になる。よくできている。

5番バスで「天安門西」へ。地下鉄へ乗ろうとするが、なぜか天安門西駅ではなく、前門駅の入口が十字路の筋向かいに見える。そこへむかうためには広い道を二度渡らなければならない。しかも横断歩道が妙に離れていたり、道路沿いはバスターミナルになっていて歩行者が近づけないようになっていたり。目の前に見える地下鉄駅にたどり着くまで15分近くかかる。

地下鉄でホテルへ戻り、荷物をピックアップし、地下鉄を乗り継いで空港へ。遅れ気味なのでダッシュでチェックインへ。なんとか間に合い、中国東方航空で洛陽へ。バスは終わっていたので、タクシーで市内へ。乗ってもメーターを動かさないので、「メーター」「ストップ」といろいろいったが、全く意に介さず(全く通じない)運転手はニコニコしながら走り続ける。結局、降りた後に値段交渉。30元(410円)。ぼられた?

ホテルにチェックインすると、照明のスイッチが壊れている。部屋を変えさせると、今度はシャワーが壊れている。再度、苦情を言うと、補修担当(?)が来て、チェック。どうやら直ったもよう。しかし、少し操作するとまた故障。再度、苦情を言うと、補修担当が来て修理を始めた。しかもネジ山がバカになっているらしく、ビニールテープでいかにも応急措置の風情。いい加減早く休みたいので、再度部屋を変えるよう要求。疲れた。

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2009年6月 3日 (水)

フランス旅行(7)実用情報

今回の旅行先は大変メジャーなところ。ガイドブック等、解説はあまたあるが、多少隙間的なことをいくつか。

■パリの地下鉄一日券
パリは地下鉄が本当に便利。あちこち走っている上に、短い間隔で運行され、ほとんど待つことがない。ロンドンのようにやたらとアクシデントがあるわけでもない。そのためこのまちの観光には地下鉄(というか公共交通全般)乗り放題の切符が有効。しかしいろいろ種類があって迷う。

一番安いのは、観光客用のICカードの「ナヴィゴ・デクヴェルト」。ただし1日券はなく、1週間で16.8ユーロ。しかも購入から1週間有効ではなく、その週の月曜から日曜が有効期間と定められており、今回の旅程には微妙に合わない。しかも購入時に5ユーロをカード発行料金としてとられる上、写真も貼らなければならない。地下鉄駅内には日本にもあるような写真撮影機があるが、これは4ユーロなり。

ということで、結局あまりお得ではないと判断し、1日券である「モビリス」を利用した。これは5.8ユーロ(1~2ゾーンの場合)。形は通常の切符と同じで、切符と同様に自動改札に投入して使用する。

■パリ→モンサンミッシェル
今回はTGVとバスを乗り継いで移動した。パリから日帰りする場合のモデルルートは以下の通り(2009年5月時点)。ただし、今回は復路は以下の時間のTGVが席を取れなかったため、1時間後のTGVでパリに戻った。
・往路
TGV:パリ・モンパルナス発9時5分発、レンヌ着11時8分
バス:レンヌ発11時半発、モンサンミッシェル着13時
・復路
バス:モンサンミッシェル発17時15分、レンヌ着18時45分
TGV:レンヌ発19時5分、パリ・モンパルナス駅着21時10分

なお、レンヌのバスターミナルは駅を出て右手にある。バスのチケットはターミナルの窓口では買えず、車内で支払うことになる。ただし、TGVとバスのセット販売もしているらしく、予めバスのチケットを持っている観光客も多数いた。

また、モンサンミッシェルでは、土手を渡り、王の門近くの入口そばまでバスが行く。帰りのバスも入口そばに立っている小さなバス停のポールから発車する。

バス代は、片道10.8ユーロ。ただし、60歳以上はシニア割引がある。

■TGVの席予約
TGVの指定席(全席指定)は、フランス国鉄「SNCF」のウェブサイトから予約できる。ここでは国を指定するよう求められるが、なぜか日本は表示されない。仕方ないので、「フランス」を選択して続行すると、表示がフランス語になり、訳し訳し予約する羽目に陥った。

TGVもユーロスターも、航空券に似ていて、条件の違いにより値段が違う席が何種類か同時に売られている。この点が日本の鉄道と異なるところ。今回は両者とも、2等席の最安券が売り切れで、1等席の最安券(キャンセル不可能)の方が2等席の通常券(キャンセル可能)よりも安かったので、前者を予約。1等席に乗ったのは生まれて初めてだったかも(間違えて1等席に座っていたことはあるが)。

■モンマルトルのフニクラ(ケーブルカー)
坂の多いモンマルトルだが、サクレ・クール寺院、テルトル広場など観光ポイントは丘の上にある。そのため、乗車時間1分ほどの短い区間ではあるが、丘の上と下を結ぶケーブルカーが運行されている。

RATP(パリ交通公団)が運行しているため、上述の1日券「モビリス」で利用できる。

■モンマルトルのプチトラン
正確なことはよく分からないが、サクレ・クール寺院の立つ広場を出発し、丘の下へと降り、アベス駅前、ピガール駅前、ムーラン・ルージュ前などを通って、再び丘を登って出発点に戻るルートで運行。モンマルトル一帯を手軽に観光できる。所要約30分でたしか5ユーロ。英語とフランス語のテープによる案内が流れている。途中で降りられれば便利なのだが、それが可能かどうかは不明(今回の利用時は誰も降りなかった)。
Montmartre_petit_train
モンマルトルのプチトラン。こんなものが一般道(それも狭い坂道まで)を走るのだから恐れ入る。

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2009年5月27日 (水)

フランス旅行(6)パリ

5月11日
地下鉄でシャイヨー宮へ。ここからみるエッフェル塔の姿は美しい。町中にあふれるシンメトリーが、ここにもある。が、霧雨。エッフェル塔まで歩くと、またも行列。しかもなかなか動かない。冷たい風が吹き付けてきたこともあって、入場は断念。

雨が本降りになってきたので、雨宿りも兼ねてシャイヨー宮内の建築・文化遺産博物館へ。入場時間前だったので、開場までしばし待つ。中は建物の一部(教会の扉など)が展示してあり、不思議な雰囲気。本物かレプリカなのか、よく分からないが。その後地下鉄で百貨店「ギャラリー・ラファイエット」へ。土産などを買い物後、昨日に引き続き日本料理街でラーメンの昼食。

その後、地下鉄でアンヴァリッドへ。その中の「ドーム教会」に入ると、これまた広く高い内部に圧倒される。中央祭壇にある、大理石によるねじれた柱も素晴らしい。黄色いステンドグラスがあるので、黄金に輝いて見える。そして吹き抜けの下の地下階には、ナポレオン一世の墓が。墓自体はたいしたことないが、巨大なドームの下に、地面を掘り下げたような円形の空間に墓が鎮座する、その空間構成が素晴らしい。
Invalides_in_paris
アンヴァリッドは周りのフランス庭園もまた美しい。

その後、地下鉄でモンパルナスへ移動。有名カフェシリーズ第三弾「ル・ドーム」へ。何かケーキの類はないか聞いたら、「これしかない」と巨大なミルフィーユを持ってきた。ややためらったが、これがパリ最後の飲食になるので、せっかくなので注文。カフェ・クレマも含め美味だった。店の内装も重厚で美しい。トイレも美しい。

ホテルへ戻り、タクシーで空港へ。高速道路に入ると、そこは渋滞だった。しばらく渋滞から抜け出せず、やきもきするが、70分ほどでシャルル・ド・ゴール空港に到着。

そして全日空で成田へ。

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2009年5月24日 (日)

フランス旅行(5)パリ

5月10日
地下鉄でモンマルトルにあるアベス駅へ。ホームから地上の出口まで異様に登らされる。やっと登り切るとそこはアベス広場。緑の木々に囲まれた感じの良い広場。広場に面するサン・ジャンマン・ド・モンマルトル教会へ。内装はアール・デコらしく、ちょっと変わっている。

周囲は観光客目当てなのかおしゃれな雑貨屋が多い。サクレ・クール寺院の立つ丘の下には、ミサンガ売りのブラックアフリカ系青年がうろつき、腕を捕んで売りつけにきた。丘を登るケーブルカーは長蛇の列。それに並んでケーブルカーで丘の上へ登ると、パリ市内を一望。真っ白なサクレ・クール寺院が青空に映え、美しい。
Basilique_du_sacrcur_de_montmartre
サクレ・クール寺院

行列に並んで、サクレ・クール寺院内に入ると、その巨大な空間に圧倒される。ミサ中のため、観光客は周囲の回廊を歩く形。外へ出て、サン・ピエール・モンマルトル教会、そしてテルトル広場と歩く。街並みもいいし、大道芸人やミュージシャン、似顔絵描きがたくさんいて、いい雰囲気。観光客で激混みだが。

プチトランに乗車し、モンマルトルを30分ほど車窓から見学した後、アベス広場へ戻る。広場ではソプラノサックスとオルガン・・・と思いきやピアノの二人編成のジャズの演奏。かっこいい。

地下鉄でオペラ座近くまで移動。サン・タンヌ通りに行くと日本料理店が林立。ここでラーメンを食した後、パレ・ロワイヤルへ。有名な円柱群のある部分は、工事中で入れなかったが、噴水に花、そして刈り込まれた並木が美しい庭園が素晴らしい。

19世紀な雰囲気のパサージュ「ギャラリー・ヴィヴィアン」を散策した後、タクシーでポンピドゥー・センターへ。しかしここも行列。入るのはやめ、奇っ怪な外観だけ眺める。近くのストラヴィンスキー広場のこれまた奇っ怪な「自動人形の噴水」を眺め、地下鉄でシテ島へ。

そしてノートルダム大聖堂へ。中は広く高く、そしてステンドガラスが美しい。素晴らしい教会。外へ出て、横にある庭園(?)から眺めるその姿も美しい。

近くのカフェでカフェ・クレマ(…まずい)を飲んで一休み後、カルチェ・ラタンへと歩く。途中のサン・ジェルマン・シャルドネ教会はミサ中。簡素だが中は広い。さらに歩いてパンテオンへ。中は巨大。椅子など何も置いておらずいわばがらんどうなので、その巨大な空間が際だつ。ドーム中央下にはフーコーの振り子があって、正確に17時と差していて興味深い。

その後、ソルボンヌ(大学)の脇を通り、地下鉄でサン・ジェルマン・デュプレ地区へ。地上へ出るといきなり6人編成のジャズバンドが。どうやら今日からフェスティバル・ジャズ・サン・ジェルマン・デュプレを開催中。しかしサン・ジェルマン・デュプレ教会内に入るとミサ中で、一転、賛美歌に包まれる。中は古色蒼然としている。

外へ出ると仮説のステージが路上に設置され、別のバンドが演奏中。女性ボーカルのスキャットが素敵。さらにもう一つのバンドの演奏を聴いた後、ステージ前にあった有名カフェ「ドゥ・マゴ」へ。骨付きラムを頼んだら、ラムとポテトのみがどーんと登場。まるでイギリスのフィッシュ・アンド・チップスみたいだと思ったが、肉自体はどこを切っても柔らかく、美味。

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2009年5月21日 (木)

フランス旅行(4)ロンドン

5月9日
地下鉄を乗り継いで早朝のパリ・北駅へ。そしてユーロスターに乗車。席は「レジャー・セレクト」だったので、朝食付き。リンゴまでくれる。満腹と早起きがたたり、つい寝てしまい、ユーロトンネルに入る瞬間を見過ごす。

トンネルを抜けるとそこは英国。しかし景色は変わり映えしない。8時半頃、ロンドン・セント・パンクラス・インターナショナル駅に到着。地下鉄でオックスフォード・サーカス駅まで移動して、リージェント・ストリートへ繰り出す。土曜朝の冷たい空気が気持ちいい。石造りの重厚な建物が並び、特にアクアスキュータムとオースティン・リードの両店が向かい合う曲線の辺りが美しい。

ピカデリー・サーカス、トラファルガー・スクエアと歩いて、さらに地下鉄でウォータールー駅へ。そして大観覧車「BAロンドン・アイ」へ。チケット売り場、そして観覧車乗り場は行列。搭乗すると、意外に周りの景色が見えない。ロンドンは上から見て面白いまちではないことが分かった。
London_westminster_palace
ロンドン・アイからみたウェストミンスター宮殿

旧市庁舎、ウェストミンスター宮殿(ビックベン)と見ながら歩いて、ウェストミンスター寺院へ。ここも大行列。よって入場は断念。寺院前で老爺の集団が制服を着て、フラフープみたいなものを持って躍っていた。それをしばし見学。

食後、ウェストミンスター桟橋から水上バスでテムズ川下りへ。晴れ上がり、気持ちいい。タワー桟橋で降りて、タワー・ブリッジ、ロンドン塔、新市庁舎等を眺めた後、シティ界隈へと歩く。そして地下鉄でナイツブリッジ駅へ。上に上がるとそこは高級百貨店「ハロッズ」。ここでお茶の時間。スコーンも紅茶もおいしい。ほどなくしてピアノマンが現れ、生演奏が始まる。ラッキー。

タクシーでバッキンガム宮殿へ。正面から柵越しに衛兵のミニ交替を見学後、周囲の公園を若干散策。そして道端のパブへ。ビール(エール)がぬるくて苦くて美味。

その後、地下鉄でセント・パンクラスに戻り、駅でチェックイン。パスポート・コントロールを抜けて中に入ると、両替がない。不便なこときわまりない。その後ユーロスターに乗車。帰りも「レジャー・セレクト」につき、夕食付き。食前にはスパークリング・ワイン。調子に乗って飲んでいたら酔っぱらった。ユーロスターは猛スピードで走り、よく揺れた。

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2009年5月18日 (月)

フランス旅行(3)ベルサイユ

5月8日
地下鉄、トラム、RER(パリ市内と郊外を結ぶ鉄道)を乗り継ぎ、ベルサイユ・リヴ・ゴーシュ駅に11時10分頃到着。今日は第二次大戦戦勝記念日。その関連と見られるパレードを駅前でやっている。

それをしばし見学後、ベルサイユ宮殿へ。祝日のベルサイユは国内外からの観光客で溢れており、宮殿前の広場は長蛇の列。宮殿内に入ったときには12時10分をまわっていた。まずは建物内へ。豪華な鏡の回廊、きらびやかな王妃の寝室などは良かったが、全体としては特段、心に残るものではなかった。ヨーロッパの宮殿はどこも同じに見える。

しかし、庭園は広大な敷地がシンメトリーに構成され、そして晴れ上がったこともあって素晴らしい。思うに、これはパリの街並みにも似たようなことが言える。パリの都市計画はベルサイユの庭園の壮大な模倣なのか。残念だったのは噴水がほとんど停まっていたこと。
Chteau_de_versailles
ベルサイユ宮殿

庭園内のプチ・トレインで移動して、グラン・トリアノンへ。ベルサイユ本体を見た後では、冴えなく見える。続いてプチ・トリアノンへ(ここも行列待ち)。ここも庭園が美しい。

行きと逆コースをたどり、ホテルへ戻る。夕食はホテルの近所のブラッスリーへ。鴨肉が大変レアで、馬刺しのように柔らかく、ベリーソースの酸味ともあっていて美味。付け合わせのポテトやワインもおいしく、満腹、満足。

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2009年5月15日 (金)

フランス旅行(2)モンサンミッシェル、パリ

パリ・モンパルナス駅からフランス版新幹線、TGVに乗車。車窓の菜の花がまぶしい。ルマンまで高速で飛ばしていたが、その後は減速。それでも「巡航」という感じで、一定のスピードで走り続ける。2時間強でレンヌに到着。急行バスで70分ほどでモンサンミッシェルへ向かう。車窓は、時折現れる石造りの小さな家々が印象的。

モンサンミッシェル到着後、まず有名なオムレツ屋「ラ・メール・プラール」へ。オムレツ以外もある、普通の(というか高級な、というか高価格な)レストランだった。もちろん名物のオムレツを注文。卵がオムレツからはみ出た失敗作のようなものが出てきた。はみ出た部分は卵の味がしておいしかったが。ヤギのチーズや生ハムも美味。

一応満腹になって、狭い参拝道を登る。すごい人混み。北塔から外を見ると周りの海は完全に干上がっている。30分ほどで修道院へ。修道院付属教会は重厚な石造りでかつ高さのある建物。石を積み上げて造りあげたという感じがストレートに伝わってきて、なかなかの迫力。

さらに僧院と回廊の部分も見学し、下山。ここにきて晴れてきた。全景を眺めるべく、モンサンミッシェルと本土を結ぶ土手を、本土側に向かって歩く。周りの干潟に降りてみると、粘土のような泥が靴にこびりつく。
Mont_saintmichel
干潟に立つモンサンミッシェル

バスで元来た道をレンヌ駅へ戻る。少し時間があるので駅前を散策。サン・ジョルジュ宮殿の庭園は花が咲き美しい。

そしてTGVでパリへ向かう。日が傾き、車窓は夕暮れに。ラヴァル駅直前では、夕陽を浴びた街並みが数秒ほど車窓に現れ、劇的なまでに美しい。

パリ・モンパルナス駅に到着後、駅前のモンパルナスタワーの展望台からパリの夜景を眺める。大したことはなかったが、エッフェル塔のみきれい。さらに屋上に上がって眺めていると、若者達の歓声が。振り返ると、エッフェル塔のライトアップが激しく点滅し、格別な美しさ。どうやら23時から5分ほど、そうなったようだ。見れてラッキーだった。

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2009年5月12日 (火)

フランス旅行(1)パリ

2009年5月5日(水)
全日空でパリへ。最初の夕食はなぜかクスクス(小麦粉のそぼろみたいなもの。北アフリカ名物)。

5月6日
地下鉄を乗り継ぎ、ルーブル美術館へ。オープン(9時)から30分後に到着したが、既に人の波。ミロのヴィーナス、サモトラケのニケなど、有名どころは人、人、人。朝っぱらから恐るべしルーブル。モナリザ前はこの日最高の人出。絵画を中心に鑑賞したが、ダヴィンチが4枚並ぶ様は壮観。

その後パレ・ロワイヤルに向かうも、入口が見つからないので断念して地下鉄でオペラ座近くへ移動して、昼食。5月だが生牡蠣が美味。白ワインも美味。そしてオペラ座へ。大階段、ホワイエなど、内装が豪華絢爛。次いで地下鉄でコンコルド広場に移動し、オランジュリー美術館へ。モネの睡蓮の連作のうち、二つの木が両サイドに配された絵が、日本の襖絵や屏風絵を思わせて、美しい。

その後、地下鉄で2駅だけ移動して、シャンゼリゼ通りへ。オープンエアのカフェに入るが、カプチーノは微妙だし、ハーブティはリプトンのティーバッグ、ジュースはビンがでてくるなど、微妙な店(もっとも値段も安い)。ルイ・ヴィトン本店を見学後、凱旋門に登り、上から眺めるシャンゼリゼ通りが美しい。反対側のデ・ファンス地区側の景観は微妙だが(同地区までの道路は美しい)。
Champslyses
オー・シャンゼリゼ

その後、またカフェへ。大変なシャンゼリゼ価格だが、エスプレッソがまともだったのでよしとしよう。しばらく散策後、有名カフェ「フーケッツ」へ。これまたシャンゼリゼ価格なので、一番安い料理のチキンにしたら、チキンとポテトだけが出てきた。まるでイギリスのパブだと思ったが、柔らかくて美味しかったので(赤ワインも)、よしとしよう。

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2009年2月16日 (月)

イエメン旅行(9)実用情報

今回の旅行は一応ツアーだったが、サナアを中心にフリータイムもあった。あまりガイドブックも詳しくないので、サナア旧市街の観光スポットについて、少々。

■イエメン門の上
イエメン門(バーバルヤマン)は、サナア観光は必ず訪れるところだろう。そして、ここは屋上に登ることができる。外側から門に入って右側(旧市街から見れば左側)に「Bab Al-Yemen Gallery」という表示があり、そのドアから中に入ることができる。中には確かにギャラリーもあるのだが、それを無視して(無視しなくてもいいが)階段を上ると、門の上。入場無料。9時~13時及び16時~19時にオープン。アラビアンナイトな建物群と、旧市街の内外でうごめく人の群れは、必見。

■タージ・サナア・ツーリスト・ホテル屋上
雑誌やガイドブックなどでは、イエメン門とその奥に広がる旧市街を上から俯瞰した写真をよくみる。その景色を見るためには、イエメン門の道路の反対側にある雑居ビルの上に登る必要がある。
ビルの裏手に回ると「HOTEL ENTRANCE」と書いた看板があるので、そこから入って階段を登るとホテルのカウンターがある。そこで屋上に行きたいと申し出ると、400レアル取られた上で、屋上への扉の鍵を開けてくれる。そこからは、アラビアンナイトな建物群と、旧市街の内外でうごめく人の群れ、+イエメン門、という景色が堪能できる。これまた必見。
Bab_al_yemen
旧市街とイエメン門

■ナショナル・アート・センター(サムサラ・アル・マンスーリー)
キャラバン・サライ(隊商宿)だった建物を改装してアート・ギャラリーとして使っている。また、屋上にも上ることができる。場所は、イエメン門から旧市街に入ってまっすぐ進み、左手の道をさらに進んで、大モスクの脇を進んでいくと、ある。・・・よく分からないが、うろついていればそのうち見つかると思われる。

■サムサラ・アル・ナハス
これまた、キャラバン・サライだった建物を改装したもの。中に入ると「ナショナル・ハンディクラフト・センター」との表示もあるが、要は店とギャラリー。 ここは残念ながら屋上には上がれなかった。場所は・・・イエメン門から旧市街に入ってまっすぐ進み、右手の道を進んでいくと、左側にあるようだが・・・よ く分からない。

■旧市街内のホテル屋上
上ってばかりで恐縮だが、旧市街のホテルには、宿泊客でなくても屋上に上らせてくれるところがある。オールド・サナア・パレス・ホテルでは100レアルとられたが、タージ・タルハ・ホテルでは無料だった。屋上まで上るのは息が上がるが、素晴らしい旧市街の眺めが待っている。場所は・・・よくわからないが、うろついていれば、見つかるかも。

地図は、雑誌「旅行人」の2005年冬号の10ページ、11ページ掲載のものが詳しい。ただし、実際は迷路のような所なので、地図はあまり当てにならないと思われる。

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2009年2月 1日 (日)

イエメン旅行(8)ドバイ

1月5日
3時半頃、目が覚める。腹の調子が悪い。そしてトイレの調子も悪い。下痢が出そうで出ない。そして水が流れない。トイレに駆け込んでは桶で水をくんで流す、の繰り返し。何やってるんだか。

改めて起床し、車で空港へ。ここでついに下痢。エミレーツ航空でドバイへ。さよならイエメン。

ドバイは午後丸一日あるが、以前もトランジットで寄っており、もうそれほど行きたいところがない。時間はたっぷりあるので、バス移動を主体とすることに。しかし、これが意外と大変。まず空港内でバス乗り場になかなかたどり着けない。広大なターミナルな上、バスは職員ぐらいしか乗らないのか、ろくに案内がないので散々歩き回る羽目に。やっと乗り場らしきところにたどり着いたが、案内板もなければスタッフもいない。駐車場みたいな所に1台のバスが停まっているだけ。発車しようとドアが閉まったところだったが、行き先が目的地の方向に行きそうだったので、そしてここで迷うのも面倒くさいので、ドアを叩いて乗車。

そのC1番バスで20分ほどで終点のサトワ・バス・ステーションに到着。バスのルート図があったので、ガイドブックの地図と見比べながら次のルートを検討。催してきたので公衆便所に寄った後、93番バスに乗車し、渋滞にはまって1時間かかって終点のザ・グリーンズに到着。まず近くのSCでトイレへ。洋式だが便座がびしょびしょ。外に出てうろうろ歩き回り、人に聞いては適当なことを教えられ、やっとたどり着いたタクシーに乗車拒否され(行き先を行ったら、「予約がある」と言われた)、と散々だが、何とかタクシーを見つけ、15分ほどでヤシの木型の人工島「パーム・ジュメイラ」の先端にある「アトランティス・ザ・パーム」へ。

夕陽を浴びるバブリーな建物をまず撮影。同じことを考えている人が多いらしく、ホテル前の道路には車がずらっと並び、あちこちで写真を撮っている人がいるのが笑える。せっかくなので中へ。施設に入るたびにまずトイレへ。そしてテーマパーク風の水族館「ザ・ロスト・チャンバーズ」へ。照明など展示の仕方が凝っていて、クラゲの美しさや穴に入るアナゴの面白さを引き出している。もっとも解説板の類は一切なし。その代わりに係員があちこちにいて説明をしている。なかなか面白いと堪能して、水族館部分(有料)を出ると、そこにもまた水槽が。もっとも大きな水槽は無料ゾーンからも見れるようになっているのだ。頭上を泳ぐエイが空を飛んでいるようで幻想的。
Dubai_atlantis_the_palm
アトランティス・ザ・パーム【ドバイ】

その後、タクシー、バスと元来た道を戻り、待ち時間とさらに長くなった渋滞にはまった時間をあわせて2時間かけて「サトワ」に。すっかり夜。ここからタクシーで「ドバイ・モール」へ。後方には建設中の世界一高いビル「ブルジュ・ドバイ」が光る。そしてモールは巨大。ここではスケート・リンクを見た後、「ドバイ・アクエリアム」へ。アトランティスのよりさらに巨大な水槽にはサメも泳ぎ、その中を通るトンネルもある。さらに小さな水槽の展示場(普通の水族館風)では泳ぐエビ、歩くタカアシガニ、足を動かすカブトガニなど展示も多様で、なんだかんだいって楽しんでしまった。

その後、タクシー乗り場に向かうが、何せ広いので延々と歩き続ける羽目に。こんなに広いならタクシー乗り場はあちこちに設けて欲しい。そしてタクシー、C1バスで空港へ。新しくできたターミナル3は、入口からゲートまで、果てしなく遠い。ドバイは広すぎる。

1月6日
エミレーツ航空で関空、そして羽田へ。

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2009年1月28日 (水)

イエメン旅行(7)サナア

1月4日
今日は完全にフリータイム。まず伝統工芸博物館に行くが、閉まっている(まだ開館時刻でないのか、移転したのか、閉鎖されているのか、一切不明)。タフリール広場でシャイを飲んで時間をつぶした後、軍事博物館へ。ここで下痢。紙はない、水は流れない、手桶はない、蛇口はあるが触れないぐらいの熱湯しか出てこないと最悪。

新市街でスーパーを探し、それは見つからなかったが、近くにあるスパイス屋が雑貨屋というかスーパーみたいな感じになっているのを発見。そこで少々買い物。

その後、イエメン門前に立つタージ・サナア・ツーリスト・ホテルの屋上へ。400リアル(約180円)も取られたが、そこからの眺めはイエメン門とその先の旧市街が一望できて、素晴らしい。いつまでもここにいたい。屋上自体は何もなくて殺風景だが。ここでカフェでも開けばさぞや繁盛すると思うのだが。

その後は旧市街を当てもなくぶらつく。スークのドーナツにはハチ(ハエではない)が群がっている。ちょっと壮絶。歩いていると「ハロー」「ハーワーユー」「東京?大阪?」「アリガトー」「ヤパーニー?」「ニーハオ」といろいろ声をかけられ、忙しい。

一度、イエメン門に戻って、旧市街の外にある食堂で昼食。羊肉が柔らかくて美味。活気もあるしいい店だと思っていたが、値段は1,500リアル(約690円)。そんな大金は持ち合わせていないので、仕方なくドルを混ぜて支払う。納得いかない。

再び旧市街へ。午後はカートの時間。スークではカートに群がる男たちの熱気が凄い。スークを抜けて住宅街へ。フォトジェニックな風景が次から次へと現れ、フィルムなら何本あっても足りない。メモリーが何ギガあっても足りないと言うべきか。そして、子どもから「スラー(写真)」攻撃。

何とかたどり着いたタージ・タルハ・ホテルで息を切らせながら屋上へ。旧市街の密集した建物が広がり、絶景としか言いようがない。景色を「切り取る」写真では、このパノラマの素晴らしさは表現できない。
Sanaa_old_town_from_taj_talha_hotel
360度、こうした建物がびっしり。【サナア】

さらに街を放浪。疲れたら時々休み。あまりに濃厚でもはや液体とは言い難いマンゴージュース(200リアルとぼったくりだったが)、それに茶葉の渋みと砂糖の甘さ、ジンジャーとがマッチしたシャイなどを嗜む。

偶然、アートギャラリーの入居する「サムサラ・アル・ナハス」にたどり着く。中のギャラリーや店には興味はないが、サムサラ(隊商宿)の建物の中を見れるのは嬉しい。

足も腰も肩も疲れ、十二分に旧市街を堪能した後、夕食は昨日と同じ食堂で。相席した人が「一緒に食べろ」と分けてくれたのは、レバーの挽肉みたいなもの。その後、タフリール広場でシャイを飲み、満腹、幸せ。この国に来て良かった。

ホテルに戻ると、またトイレの水が流れなくなっている。桶で水タンクに水を入れても流れない。面倒なので直接、便器に水を流す。せっかく洋式トイレの部屋に泊まっているのに意味がない。そして何度も下痢が出るので、何度も桶で水くみ。何やってるんだか。

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2009年1月24日 (土)

イエメン旅行(6)マフウィート、ハジャラ、サナア

1月3日
今日は移動に時間がかかるかもしれないということで、いつもより早めに7時半出発。というはずだったが、ガイドが遅刻。さらに荷物を持って下の道まで降りていくと、車にドライバーがいない。そしてドライバーの携帯電話は車の中で鳴っている。急遽変更した出発時間について、ガイドが連絡を怠ったと思われる。結局出発は20分遅れ。

まずマフウィートにあるスルタンの宮殿跡へ。昨日のマネーボーイが再び登場し、ガイドは少年の言っていることを訳しているだけ。少年は英語を使えるので、要はガイドは不要。宮殿は、スルタンがこのまちに来たときに滞在する別邸みたいなところで、大したことはない。

続いて近くの展望台へ。荒々しい山々に段々畑、そしてあちこちの峰に集落、というパノラマが広がり、息をのむ絶景。

その後しばらく風光明媚な山道を走った跡、車はワディの中の未舗装道へ。ワディの中にも家があり、畑があり、人がいる。ワディには伏流水があるので、こちらの畑は乾期の今も緑豊か。

昼過ぎにハジャラに到着。ここも山の峰に立つ城塞都市で、石造りの建物は街の外から見ると美しい(中は廃墟系に近づきつつある)。ここは土産屋の売り込みや子どもの物乞いが(この国にしては)激しい。
Alhajjarh
ハジャラからのぞむ周囲の段々畑と山並み

昼食は近くの街、マナハで。大皿料理がいろいろ出てきて、味も上々。食後、ジャンビーヤ・ダンスが始まるが、演者がヒゲオヤジと若者の二人しかいない上、二人とも大してうまくない(しかも若者はオヤジの踊りを見ながらまねして踊っている感じ)。中盤、一緒に踊るよう強要されるが、ヒゲオヤジと手をつないで踊っても、特段楽しいものではない。

その後はアル・ハイマ-、バニー・マタルとモカ・コーヒーの産地を通過。もっともコーヒー畑は少なく、イエメン人(多分男だけ)の愛する嗜好品「カート」(軽い覚醒作用がある、サウジアラビアでは麻薬扱いらしい)の畑が多い。

夕方、サナアに到着。これでこの不快なガイドと行動を共にしなくて済むと思うと心が安まる。が、ホテルではトイレの水が流れず、直してもらったものの、水がタンクにたまるまで異様に時間がかかるので、自分で桶で水をくむ羽目に。自称4つ星ホテルだが、とんでもない。

とりあえずトイレ問題を解決し(解決していなかったことは深夜判明)、旧市街の住宅街へ。ここでは子どもらから「スラー」(写真)攻撃。絵になる景色満載なので、撮りまくっていると、「写真を撮れ」との波状攻撃を受ける。治安はいいのだが、迂闊にカメラをぶら下げて歩けない。

夕食はタフリール広場近くの食堂で、豆(カレー?)のスープとホブズとギシル(コーヒーの殻を煎じた飲み物)で250リアル(約110円)。「はやい、やすい、うまい」の三拍子が揃ったいい店で、客も多く賑々しい活気があった。その後、マンゴージュースを飲み、商店街をぶらつき、シャイを飲み、大満足でホテルへ。ホテルではホットにならないシャワーと格闘。そして再び流れなくなったトイレと格闘。大不満。

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2009年1月21日 (水)

イエメン旅行(5)ワディ・ダハール、ハバーバ、スーラ、シバーム、コーカバン、タウィーラ、マフウィート

1月2日
今日は車で北部山岳地帯の村々を巡る。朝、下痢気味だったので不安。まずはワディ・ダハールのロック・パレスへ。外壁が美しい(中は・・・)。ここでもジャンビーヤ・ダンスを見れた。親父らが誘い合って踊る、という感じ。

車はつづら折りの道を進み、時々、写真ストップ。断崖絶壁からのパノラマを楽しめる。次はハバーバ。ため池があり、周囲の建物と合わせて絵になる村。建物はあちこちで崩壊しており、廃墟に人が住んでいるという風情もある。

Hababa

ハバーバ

続いてスーラへ。ここにもため池が。そして石造りの建物がフォトジェニック。土産屋の売り込みや、「ペンをくれ」と言い寄ってくる子供らが多いのは、この国では珍しい。

続いてシバーム(2日前のハドラマウトのシバームとは別)へ。ガイドいわく(なので本当かどうかは不明)イエメンで2番目に古いというモスクが美し い。それ以外はたいしたことない。ここで昼食後、シバームと双子のまちと呼ばれるコーカバンへ。こちらは断崖絶壁の上にあり、崖から下を見下ろすとシバー ムと一面広がる畑、そしてそしてトンビ(?)が下を飛んでいる。絶景。

次はタウィーラ。ここも岩のまちで廃墟系。ここでも子供らが写真を撮れと大騒ぎ。さらに車は進む。周囲は断崖絶壁、崖の上にちらほらと箱のような建物がしがみつくように立っている。さらに段々畑も広がる。自然と人々がつくりだした、ある種夢のような光景。

夕方、マフウィートに到着。ガイドと別れて街を歩いていると子どもが勝手に道案内を始める。高台にあるテラスのようなところで雲海の写真を撮っていたら、地元の若者に記念撮影を頼まれた。応じたら、果物をくれた。いい人だ。子どもの方は予想通り「マネー」を要求してきたが(当然拒否)。

マネーボーイと別れて適当に歩いていたら、道に迷う。すると別の子どもがホテルに連れて行ってやると言ってきた。しかしこれも「マネー」と。人の困っているところにつけ込む輩は許し難い。丁重にお引き取り願い、何とか自力でホテルに戻った。

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2009年1月18日 (日)

イエメン旅行(4)タリム、サユーン、サナア

2009年1月1日
サユーン(セイユーン)郊外にあるAhmed Bin Eisaの墓へ。イスラム教徒以外立ち入り禁止なので外から遠慮して撮っていると、ガイドが中に入れと言う。それで少し入ってみると、中から怒鳴り声が。今日もガイドを信用できない。

続いてタリムへ。まずはアル・カフ宮殿へ。大したものではない。崩壊が始まっているが、それで良い気がする。アル・ムフダール・モスクはミナレットが白くて高くてきれい。それだけ。メインと思っていた図書館は木曜定休とのことで入れず。建物は新しいので中に入らないと意味がない。

スークをぶらついた後、車で移動。途中、日干しレンガの製作過程を見学。右も左も崖というなかを車は走って行く。巨大なワディ(枯れ川、峡谷)の中にいることを実感できる。

続いて、サユーンの街へ。まず、王宮の真っ白な建物内にある博物館。考古学系、民俗系の展示でつまらない。上から街並みや辺りの山並みを一望できるのはいい。その後、スークを歩く。人々はフレンドリーだし、こういう雑踏は好きだ。
Sayun
王宮から見るサユーンのまち

その後、イエメニア航空でサナアへ。ジャンビーヤを差して歩く人たちが懐かしい。夕食はちょっと小洒落たカフェ風の店へ。食後に飲んだマンゴージュースが超濃厚で美味。

ホテルに戻り、シャワーを浴びていると、下の方から歌舞音曲が聞こえてくる。何事かと急いで身支度して外へ出ると、路上でジャンビーヤ・ダンスをしている。さらに生歌とキーボード生演奏(とテープ?)を伴奏に、様々なダンスが(フォークダンス風とも、路上ディスコ風とも)。外国人がカメラをぶら下げて眺めていると、ダンスを取り囲む人の輪の最前列に押し出してくれる。そしてダンスが終わると、今度はアカペラで歌。聞けば結婚式のパーティとのこと。ラッキーだった。

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2009年1月15日 (木)

イエメン旅行(3)ワディ・ドアン、シバーム

12月31日
ランドクルーザーでホテルを出発。途中、ツーリスト・ポリスに寄り、ここからカラシニコフ銃(?)持参の警察官が同乗。しかし一人では頼りない。街を抜け、砂漠に入って程なく、ヒッチハイクらしき男がさらに乗り込んでくる(数人乗り込もうとしたが、一人だけ乗せた)。よく分からない。

道は山を登っていき、崖の上からワディ(枯れ川、渓谷)を臨むパノラマ・ビュー・ポイントなどを通ってゆく。と、10時半頃に通った集落で警官もヒッチハイカーも降りてしまった。警官は警護のために乗っていたのではなかったのか。ここからは安全だというのか。1年前にベルギー人とそのガイドが銃撃されたのはこの先なのではないのか。全く意味が分からない。

車はサウジアラビアで大金持ちになった富豪が趣味で(?)つくった「ハイド・アル・ジャジール・ホテル」へ。建物群を抜けると断崖絶壁に見下ろすテラス風のところへ。崖下にはワディ・ドアンと、大きな岩の上にへばりつくように立つ「ハイド・アル・ジャジール村」が見下ろせる、なかなかの絶景が。しかし、このホテルは見学客ばかりで、宿泊客が見えない。大丈夫なのか。

昼食はワディ・ドアン沿いにあるKhaylah Bugshan村(村の名称かどうか不明だが)へ。大富豪となったブクシャン(Bugshan)氏が故郷につくったとかいう派手なホテル「Khaylah Palace Tourist Hotel」で昼食。オープンエアなためか、ハエが絶え間なくやってくる。どこかで見た資料によるとこのあたりは、オサマ・ビン・ラディン一族の出身地のようだが、よくわからない。ガイドはそうした気の利いた説明はしない。

食後、ハジャレイン村へ。窓の木枠などの伝統的な装飾が面白い。ハチミツが有名な村で、土産屋で試食させられたが、別にどうと言うことのない味。ここの他にもワディ沿いの村々は、岩山の下に日干しレンガでつくられた箱のような建物が並び、おとぎ話のような光景。

そしていよいよ世界遺産、シバームへ。基本的な造りは他の村と同じだが、建物の高さと密度が幾多の村々とは段違い。まさに「砂漠の摩天楼」。中に入るとヤギだらけ→フンだらけ→ハエだらけ。さすがに外国人観光客が多い→土産屋が多い。もっとも売り込みは手ぬるいので楽。あちこちの土産屋が乳香を焚いている。密集する建物は絵になり、なんだかんだで撮りまくり。ガイドの説明が粗雑すぎて腹立ちまくり。

シバームの旧市街を出て、ワディを挟んで反対側にある新市街の丘へ登ると、旧市街が一望。ここで日が傾くまで待つ。絵になる光景を堪能。
Shibam
砂漠の摩天楼、シバーム。

その後、セイユーンのホテルへ。夕食(ツアーに含まれていない)を取ろうと街に行こうとすると、またガイドががたがた騒ぎ出す。いわく、街まで3kmだから無理だ、ホテルで食べろ(それは拒否)、どうしても行きたいなら俺がアレンジしてやる、と。結局、「アレンジ」とは、ホテル前の路上で手を挙げてタクシーを停めることだった。何の支障もなくセイユーンの街に移動し、ラクダ肉とホブズの夕食を食す。そしてちょっと散策後、タクシーでホテルへ。

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2009年1月12日 (月)

イエメン旅行(2)ムカッラ

12月30日
4時15分頃、狭いフロアに響き渡るベルの音が一度。今のがモーニング・コールのつもりか。あれでは起きないだろう(起きたけど)。しかも頼んだのは4時半。そして昨日、5時にモーニング・コールを頼もうとしたら「それでは遅すぎる」と騒ぎ立てたガイドは、約束の5時半になっても来ない。結局40分遅れてきた。昨日からいい加減な説明や不快な態度に腹が立っていたが、こんなガイドとはとっととおさらばしたい。

ガイドが乗ってきたタクシーにそのまま乗って、空港へ。これでしばらくこのガイドと別れられると思っていると、自分の分のチェックインまでしている。どうやら今回の旅はこのガイドにスルーでつきまとわれるらしい。最悪。

イエメニア航空で、イエメン東部のハドラマウト地方の港町、ムカッラへ。サナアとうって変わって蒸し暑い。まずはホテルへ。真っ青なアラビア海が美しい、リゾート風のホテルだが、街は遠い。

一休みした後、車でまずギャジフォートへ。崖の上に立つ砦。道路脇から眺めてすぐに車に戻ろうとするので、「中に入れないのか」とガイドに聞くと、「中には入れない」などとぶつぶつ言いながら結局、敷地内へ。砦の内部には入れないが、入口までは登れる。ガイド付きツアーで、ガイドが信用できないのは困りもの。

運河沿いや海岸沿いで写真ストップをしながら移動し、まちのスークへ。ジャンビーヤを差している人はほとんどおらず、(エジプトの)ガラベーヤ風の衣装よりも南~東南アジア風の腰布の男性が多い(ほとんどの女性が真っ黒なアバヤをまとっているのは共通)。サナアとは少し雰囲気が違う。スーク(市場というより商店街)はそれなりに賑わい、それなりに楽しいが、魚市場でまるまると肥えた「ゴキ」に遭遇し(しかも2匹)、どん引き。

Al_mukalla

ムカッラの海。ボートは漁船。

その後ホテルへ。午後はフリータイム。街から離れたホテルなので何もすることがない。別の客から、ボートツアーがあると奨められる。ホテルとは「別会社」とのことでフロントに聞いても埒があかなかったりいろいろあったが、ともかく30分(実際は40分)で25ドルという高額なツアーへ出発。モーターボートに乗ってムカッラの街を海から眺める(運河にも入る)だけだが、海岸近くまで崖が迫る中、そこにへばりつくように白い建物が並ぶ様をみるのはそれなりに楽しい。

ホテル敷地内(?)の海岸から夕陽を眺めた後、街へ向かおうとホテルのフロントに掛け合うが、「お薦めのレストランにつれていってやる」などといらぬ付加価値をつけようとするので、断って50分ほど歩いてムカッラのまちへ。辺鄙なホテルは不便。でも、迂闊にカメラをぶら下げてオールド・ムカッラの路地に入り込んで、「写真撮れ」と子どもに絡まれるなど、面白いこともある。

夕食はスーク近くの食堂でエビを注文。なかなか美味。そろそろ食べ終わるという頃、隣のグループの料理が始まる。誘われるがままに一緒に食べる。彼らは大量のホブズを頼むのだが、これが焼きたてで生地そのままみたいにモチモチ。少年の店員が文字通りテーブルに投げつけるホブズに男たちが群がって食べる様はある種壮観。でもそれも納得のおいしさ(それにすぐ食べないと硬くなる)。さらに彼ら同様、手で魚を食べたが、魚の触感を手で感じながら食べるその味は格別。店自体、大変な賑わいで、いいところだった。

その後、夜のまちをぶらついた後、タクシーでホテルへ。

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2009年1月 9日 (金)

イエメン旅行(1)サナア

2008年12月28日(日)
羽田から関空経由でドバイへ。

12月29日
ドバイからエミレーツ航空でイエメンの首都サナアへ。今回はツアー。これからずっと一緒の現地ガイドが出迎え。まずは国立博物館へ。イスラム以前、イスラム以後の歴史、そしてこの国の民俗文化を紹介する内容。今日はヒジュラ暦(イスラム暦)の元旦で祝日なためか、現地の家族連れで賑わう。

続いて旧市街のスーク(市場、商店街)へ。下は石積みで上は日干し煉瓦でできた歴史的な建物、ジャンビーア(三日月型の短剣)を差して民族衣装で闊歩する人々、そしてスークの喧噪。素晴らしい。続いて車でイエメン門(バーバルヤマン)前に移動し、しばしその喧噪を眺めた後、別の場所から旧市街内の住宅街に入り、散策。オールド・サナア・パレス・ホテルの屋上からは、一面、中世のアラブ、といった建物が林立。ほどなく周囲のモスクからアザーンが響き始める。素晴らしい。素晴らしすぎる。

さらに旧市街のスークを歩いた後、ホテルでチェックイン。午後はガイドと別れ、フリータイム。再び旧市街散策。疲れたらシャイ屋でシャイ(紅茶)やアラブ・コーヒーを飲んで一休み。ナショナル・アート・ギャラリーになっているサムサラ・マンスーリー(サムサラとはキャラバン・サライ(隊商宿)のこと)に行ったりしているうちに、だんだん夕暮れに。夕日を浴びる建物も、夕焼けを背にした建物も美しい。

イエメン門を再訪すると、門の上に人影が。なんと上に登れるのだ。そして門の上から眺める旧市街の建物群はまさに絶景。こんな素晴らしいところがあることを、ガイドブックも日本の旅行会社の資料も現地ガイドも教えてくれない。なぜだ。ここでは別のツアーでサナアに来ていた知人とも再会(空港や博物館でも会っていたので、3度目)。
Sanaa_old_town_from_bab_al_yemen
イエメン門から旧市街を臨む【サナア】

その後、迷宮のような旧市街を適当に彷徨っていたら道に迷ったが、何とかイエメン門に戻り、近くの食堂で夕食。小さな鍋で煮込んだ豆のペーストみたいなもの(辛い・・・カレー?)をホブズ(アラブのパン)でつけて食べる。別にまずいものではないが、食べ続けると飽きる。

治安も良さそうなので、夜の旧市街を一巡りしてホテルへ。

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2008年11月 3日 (月)

佐原旅行

2008年11月2日(日)

京成スカイライナーで京成成田へ。車販を当てにしていたのに、ないらしく、おかげで朝食を食べ損なう。到着後、JR成田へ。発車間際だったので、行列のできているコンビニで朝食を買う余裕がない。空腹のまま、40分で佐原駅に到着。駅前の観光案内所で地図を買い(20円)、まずは開運橋。ここから風光明媚な街並み、のはずだが、水の汚さに目が行く。

微妙に明媚な川沿いの道を歩き、正文堂、そして福新呉服店へ。どちらも店内に座る老女に手招きされ、中へ。古い建物の中を見せてもらえるのは嬉しい。続いて東薫酒造へ。麹の匂いの充満する内部へ。大きなタンクが居並ぶ。外へ出ると甘酒がふるまわれる。

次の清宮家主屋も中へ。今日は「佐原の町並み建物特別公開」の日だったのだ。現在も人が住んでおり、先代の奥さんとボランティアガイドがお出迎え。ともに老女。観光客の方も高齢カップルが多く、高齢化社会の進展を実感(もっとも昼近くになるにつれ、観光客には若者が混じる)

続いて伊能忠敬記念館へ。時代背景も含めて説明があり、なかなか興味深い。もっとも展示品の多くに「原本〇〇所蔵」といった表示が。ここにあるのは複製品ということか。館を出ると祭り囃子(佐原囃子というらしい)が聞こえる。音のする方に行くと、笛や太鼓の一団「下座連」が乗った小舟「小野川下座舟」が。これはいいアイデア。雰囲気が出るし、音が少しずつ移動していくのもいい。

伊能忠敬旧宅を見学後、小野川舟めぐりへ。川面の低い視点から見る街もいいもの。ただ、伝建地区を離れるとつまらなくなる。利根川も広いだけ。「広々して気持ちいい」と歓声が上がっていたが。
Sawara_onogawa
小野川を舟で

出発地点のジャージャー橋に戻ると、ちょうど橋から放水しているところ。まさにジャージャー橋。見れて良かった。

その後いくつか建物を見た後、30分ほど歩いて香取神宮へ。七五三で賑わっている。国宝もある宝物館に行くが…微妙。

境内で草団子とかしわ南蛮を食べた後、帰りは関鉄グリーンバスで一路、東京へ。

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2008年10月11日 (土)

ニュージーランド旅行(8)実用情報

先進国のニュージーランドは、ガイドブックとインターネットがあれば大抵の情報は事前に得られる(URLも社名等で検索すれば難なく分かる)。ということで、下記はご参考まで。なお、実際は予定時刻よりも早めに出発してしまうことがほとんど。

■ロトルア
○空港→市内
タクシーで15分弱。約30ドル(約2200円)。
タクシーは一台しか待っていなかった(多分)。早めの確保が無難。

○ロトルア市内→ワイオタプ・サーマル・ワンダーランド
13時発のDave's Shuttle Busを利用。20分強で「泥の池」に到着。5分ほど見学して、ワイオタプ・サーマル・ワンダーランドのビジターセンターに着くのは13時半頃。帰りは15時発。本来はそれからロトルア市内に戻るだけのバスだが、途中で降ろしてもらったテ・プイアまでは所要35分だった。
料金は、ロトルア市内からの往復と、ワイオタプ・サーマル・ワンダーランドの入場料がセットで50ドル(約3600円)。案内所で購入。

○テ・プイア→ロトルア市内
徒歩(最初はちんたら、途中から早歩き)で50分ほど。

■ワイトモ
○ロトルア→「Black Water Rafting Cafe」(ワイトモ・ケーブ近く)
ロトルア8時50分発のバス(Great Sight社)で移動。所要2時間。ネット予約で59ドル(約4300円)。

○Black Water Rafting社の「ブラック・ラビリンス・ツアー」
今回の旅行でもっとも楽しかったのがこれ。タイヤチューブ片手に洞窟を探検する。出発地はワイトモ・ケーブ近くの「Black Water Rafting Cafe」。
12時発のツアーに参加し、ツアー終了時刻は14時半ぐらい。料金は同社ウェブサイトで事前予約すると85.5ドル(約6200円)。
ツアー終了後、上記のカフェでトマトスープとベーグルを食べられる(追加料金なし)。なお、ここからワイトモ・ケーブ入口までは車で3分ほどで、同社の車に送ってもらった。

○ワイトモ→オークランド
ワイトモ・ケーブから車で8分の「The Big Apple」(カフェ兼土産屋みたいなところ)から乗車。所要約3時間。ネット予約で22ドル(約1600円)
17時発のバス(InterCity Coachlines社)だったが、30分以上遅れてきた。今回の旅行で、バス等が遅れてきたのはこの時のみ。

■クイーンズタウン
○空港→市内
路線バスがあるはずだが、見つからなかった。利用したのはKiwi Shuttlesというミニバスで、目的地(ホテル等)まで連れて行ってくれる。料金は10ドル(約700円)、所要15分弱。

○ジェットボート
Shotover Jet社のツアーに参加。現地の観光案内所手配で109ドル(約8000円)。14時半にクイーンズタウンを出て、戻ってくるのは15時40分。ボートに乗っているのはそのうち30分ぐらいか。

○ミルフォード・サウンドへのツアー
クイーンズタウンの観光案内所手配で175ドル(約13000円)。7時20分にクイーンズタウンの宿を出発し、戻ったのは19時10分。うち、クルーズしているのは13時半~15時20分。
バスはGreat Sights社、船はRed Boat Cruises社だった。

○クイーンズタウン→アオラキ(マウント・クック)
Great Sights社のバス。クイーンズタウンの観光案内所手配で56ドル(約4100円)。ただし、これはキャンセルできないチケット。
8時に宿を出発し、14時頃に到着。出発も帰着も、ともに宿まで直接送迎してくれる。また、日本人添乗員付きで、途中、プカキ湖で写真ストップする。

■アオラキ(マウント・クック)
○スキープレーンのツアー
Mount Cook Ski Planes社。前述のクイーンズタウン・アオラキ間のバスで手配。といっても、同乗の日本人添乗員が携帯電話でツアー会社に空きがあるかを確認するだけだが。空港で支払いで340ドル(約25000円)。13時10分発で、ツアー時間は45分ほど。氷河上空を飛び、氷河に着陸する。

○アオラキ→クライストチャーチ
Great Sights社のバス。アオラキのハーミテージ・ホテル内のカウンターで手配して111ドル(約8000円)。日本人添乗員つき。通常はヘッドホンを渡され、日本語の説明を聞くのだが(車内のスピーカーからはドライバーによる英語の解説が流れる)、ヘッドホンの調子が悪かったのと、他に日本人観光客はいなかったので(日本人の乗客はいたが、現地在住の人だった?)、隣に座っていろいろ説明してくれた。クライストチャーチでは宿まで送ってくれる。途中、プカキ湖とテカポで写真ストップする。
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何とも言えないプカキ湖の湖面の色【アオラキ近くのピーターズ・ルックアウト】

■クライストチャーチ
○クライストチャーチ→カイコウラ
7時発の列車「Tranz Coastal号」をネット予約、60ドル(約4200円)。駅は市内から離れており、タクシーで15分弱、14.4ドル(約1000円)。カイコウラには9:54着の予定だが、実際にはその7分ぐらい前に到着。

○ホエール・ウォッチング・ツアー
Whale Watch Kaikoura社。ネット予約で130ドル(約9200円)。カイコウラ駅から出発。10時半発のツアーだが、それはあくまで受付へのチェックインの時間。実際のツアースタートは11時で戻りは13時40分。洋上にいるのは2時間ほど。

○カイコウラ→クライストチャーチ
カイコウラの観光案内所で予約したサザンリンクKバスのミニバスが25ドル(1800円)。観光案内所にはクライストチャーチまでの各社のバス・鉄道の時刻表(全部あわせて10本もないが)が一覧できるように掲載されていて、わかりやすい。15時10分発で、途中休憩なしでクライストチャーチの大聖堂近くに17時半に到着。

○ホテル「Hotel So」
市内中心部のManchester St.とCashel St.の交差点にあるホテル。一階はバー兼カフェで、無料のインターネットPCも設置。部屋は窓がなく狭いが、シンプルだが凝ったデザインで機能的で清潔。入ると青いライトが点いているので雰囲気は怪しいが。宿のサイトから予約して一泊69ドル(4900円)。

なお、バックパッカー向けのミニバスを除く長距離バスについては、Newmans Coach Lines社またはInterCity Coachlines社のサイトから予約できるが、どちらもシステムは同じなようで、どちらのサイトからでも両社及びGreat Sights社のバスを予約できた。ちなみに、バスの料金はいろいろ種類がある模様なので、上記はあくまでご参考程度に。

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2008年10月 7日 (火)

ニュージーランド旅行(7)カイコウラ、クライストチャーチ

9月13日
駅までタクシーで移動。7時発のトランツコースタル鉄道に乗車。でも発車は定時2分前。完全予約制のためか、時間前に発車することはバスではよくあったが、鉄道も同様らしい。タクシーも時間より前に来たし、食事の際の勘定も頼めばすぐ持ってくるし、基本的にこの国は何でも迅速・前倒し(だからたまに遅れてくると、先に行ってしまったのではないかと焦る)。

車内のビュッフェで「Traditional Shepherd's Pie」を買い、朝食。中身はハッシュドポテトと挽肉とグリーンピース。本当にTraditional なのかはよく分からないが、肉はうまい。土曜日の今日、車内は地元(多分)の中高年で一杯。列車には屋根だけで窓のない貨車みたいな車両も連結され、車窓(窓はないが)を楽しめる。主に牧草地帯を走る。昨日のガイドによると、高地は子羊の死亡率が高いため、低いところで羊の子を産ませるらしい。言われてみると、低地の今日は心なしか子羊が多い気がする。一心に草をは食む姿に、なぜか心が和む。

9時45分過ぎにカイコウラに到着。ホエール・ウォッチング・ツアーは10時半のを予約したのだが、受付でその旨伝えると、レシートを渡され、11時に出発なので、それまでに集合場所にいろと言われる。10時半はチェックインの時間らしい。よく分からない。駅から10分強の案内所まで歩き、帰りのバスを予約した後、いよいよホエール・ウォッチング・ツアーへ。

海に出たら晴れてきた。しばらくすると鯨を発見したようで、舟は現場に急行。そこには潮吹きしているマッコウクジラ(多分)が。と言っても体の一部しか水面に出ていないので、ただの黒い棒にしか見えない。やがて鯨はするすると体を翻し、最後に尾びれをはっきりと水面上に出して、そして消えた。

それが終わると暇になるが、ほどなく次の鯨発見の知らせが。まったく同じ光景をもう一回。さらにもう一回見て、さらにアホウドリの水面からの離陸(離水?)も見て、ツアー終了。港に戻る。と、また鯨を発見とのことで、現場へ。最後の鯨の潮吹きと入水を鑑賞。最後は一番近くまで寄った気がする。おかげで潮吹きする音も聞こえた。それなりに満足。目が太陽にやられたが。

Kaikoura_whale

最後のクジラ【カイコウラ】

港に戻り、シーフード・チャウダーを食べてからカイコウラ博物館へ。捕鯨、マオリ、モア、昔の電話・馬車・牢屋…と脈絡のない、ある意味究極の民俗博物館。マオリが使っていた道具らしきものを指して、これは何?とおばあちゃん係員に質問したら分からなかったらしく、展示(?)している本で調べ始めた。写真を撮っていたら、彼女に「own useだけよ」と忠告された。それ以外に使い道はないので、心配ご無用。

15時10分発のサザンリンクKバスに乗車。往きの鉄道とは対照的に、こちらはバックパッカー風情の若者が顧客。この国は街中以外の道路は大抵、制限速度100km/hなので、このミニバスもそれなりに飛ばして走るが、そのためものすごく揺れる。17時半、クライストチャーチに到着。

どんより曇った夕方の街中を、大聖堂、アートセンター、カンタベリー博物館等の名所の外観だけ眺めながら歩く。多少の風情はある。クライストチャーチ植物園は「日没まで」が営業時間のため、中に入れた。水仙が咲き乱れているエリアは綺麗だった。エイボン川もそこそこの風情がある。しかし、いかんせん、薄暗い。

大聖堂はコンサートが開かれるという ので、そのタイミングで再訪。入口から中を覗いてみたが、田舎の教会みたいで大したことなかった。でも、ライトアップされた大聖堂(の外観)は、それなりに美しい。

ニュージーランド最後の晩餐は、生牡蠣、鹿肉、赤ワイン。どれもまずまず。

9月14日
朝起きると背中が痛い。寝違えたらしい。ホテル1階のバー兼カフェでベーコン&エッグを頼んだら、ボリュームたっぷりなものが出てきた。「バスエクスチェンジ」から29番バスで空港へ。今更晴れ上がっている。これなら早く出てまち歩きをすればよかった。ホテルの部屋に窓がないから、全く気付かずのんびりしてしまった。

シンガポール航空でシンガポールへ。到着後、すぐにマッサージへ。マッサージ自体は気持ち良かったが、背中の痛みは収まらない。そして次に乗る成田行きは、よりによってバンコク経由だということに初めて気付いた。早く帰りたいのに。

バンコク到着。すべての荷物を持って一度降りなければならない。しかも、ターミナルに入って、フロアを一つ上がるため、エスカレータのある位置まで延々水平移動し、上がったら元のゲートへ戻るためまた延々と水平移動して戻らなければならない。しかもゲートに入ったら、すぐ一つ下のフロアに降りる(ここは階段がある。というか階段しかない)。当たり前だが元の場所に戻るわけで、ばかばかしい。

9月15日
6時45分、ようやく成田着陸。しかしタクシングやらゲートからの歩きやらにやたら時間を要し、乗れた成田エクスプレスは8時12分発。シンガポールならあっという間なのに。東京は遠い。

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2008年10月 4日 (土)

ニュージーランド旅行(6)アオラキ(マウント・クック)、テカポ

9月12日
朝起きるとふくらはぎが筋肉痛。そんななか、セアリー・ターンズ・トラックのトレッキングへ。最初は平坦。氷河が削った岩や砂が堆積したモレーンと思われる地形を進んでいく。昨日もそうだったが、途中でほとんど人に会わない。景色を独り占めな気分。鳥のさえずりも聞こえてくる。

途中から上りがきつくなる。時にはただの岩場を登っていく。高度が上がると眼下に湖が見えてくる。晴れてきて山並みも見えてきた。息が上がり苦しい が、景色は美しい。U字谷のこの壮大さは、写真には収まらない。上がるにつれて、雪も路面にちらほら残るようになってきた。手袋をはめ、カメラをたすき掛けにして、とにかく登り続ける。

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セアリー・ターンズ・トラックから【アオラキ】

標高1125m(出発点から大体300mぐらい高度があがった)ぐらいのところまで登ると、岩場が完全に雪で覆われているところが。ちょっと試してみたがこれは無理。 雪山を上り下りする技量も度量も装備も、残念ながら、ない。ここで引き返す。軽装だが本格装備の3人組に追いつかれ、彼らが軽やかに登っていくのをうらやましい気分で見送る。

それからはひたすら下山。下りでも息は上がる。膝が笑いかけている。ちょっと気を抜くと足がよろめく。それでも、この景色を見れるのだから、疲れるのは致し方ない。

その後、Great Sights社バスでクライストチャーチへ向かう。日本語のサボまで着いているし、日本人ガイド付き。路線観光バスとでも言おうか。途中、プカキ湖畔(昨日とは違う場所)で写真ストップ。晴れ上がり、青乳白色の湖面も山並みも美しい。

さらにテカポの「善き羊飼いの教会」でも写真ストップ。日本人の団体とぶつかった。教会内の正面窓には簡素な十字架があるだけだが、背景の山と湖が一幅の絵画のようで有名なところで、写真禁止と表示があるのに、みんな写真撮りまくり。そばで神父だか牧師だかのおじさん(ただのガイドかもしれないが)が微笑んでいるので、撮ってもよいと解釈し、こちらも撮影。

その後、フェアリー郊外の峠の茶屋でも休憩。うねるような丘陵に広がる牧草地帯が美しい。地元(多分)のライダーが写真も撮っていた。その後、一路、クライストチャーチへ。

泊まったホテルは窓がなく狭いが、デザインホテル風で面白い。明日のホエール・ウォッチング・ツアーを予約していないと言ったら、人気があるので当日行っても満席の場合があるとバスのガイドに脅されたので、ホテル1階設置のPCでネットで予約。

ホテルのそばから無料バス「シャトル」でクライストチャーチ・カジノ前へ。カジノは無視してラム料理の店へ。前菜に食べたムール貝に大満足。

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2008年9月30日 (火)

ニュージーランド旅行(5)アオラキ(マウント・クック)

9月11日
今日も雨。8時前、モーテル前にGreat Sights社の二階建てバスが来る。予定時刻より8分前。たいていは前倒しの国。このバスも日本人添乗員付きで、路線バスだが観光バス。世界初の商用バンジー・ジャンプ・サイト、「サスペンション・ブリッジ」などを車窓にみながら荒涼とした渓谷を進む。

さらに谷筋の雄大な景色の中をバスは走る。だんだん、サザン・アルプスの美しい山並みが近づいてくる。ピーターズ・ルックアウトで写真ストップ。プカキ湖の青乳白色の湖面が本当に美しい。雲が晴れ、アオラキの頂も顔を見せてくれた。このあたりは自然の湖やダム湖が運河でつながっていて、発電などに利用されているらしく、車窓でもこの色の運河や湖が連続。雪をかぶった山並みも美しいし、目が離せない。

アオラキの空港でバスを降り、車内で予約したスノー・プレーンのツアーへ。セスナ機で氷河上空を飛ぶ。そして、そのまま氷河の上に着陸(この飛行機はスキーを履いている)。空の青、雪の白、そして岩の茶色、3色だけの世界。そして静寂。

その後、ユースホステルに移動し、荷物を置いて、まずはビジターセンターへ。地図が欲しいと言ったら、そんなものは不要だと言われる。村内の高級ホテルで昼食と明日のバスの予約をしてから、レッド・ターンズ・トラックのトレッキング開始。U字谷の底を歩いている間はよかったが、途中で登に転じ、1時間以上ひたすら上り階段。5分登っては休み、の繰り返し。息も絶え絶え。振り返るとU字谷の雄大な眺め。氷河が削り、運んできた石と砂の斜面に低木が生えているのも美しい。その景色が救い。

終点は池が点在し、低木が繁り、その間をせせらぎが縫っていて、ちょっとした日本庭園のよう。水と風の音しか聞こえない。ガイドブックの読者投稿欄に「天井の楽園のよう」とあったが、晴れ上がり、暖かったら、きっとそんな気分になるだろう。寒く、曇り気味だったが、それでもしばらく立ち去りがたかった。

Aoraki_red_tarns_track

苦行の後には池が待つ【レッド・ターンズ・トラック】

帰りはひたすら下り。膝がガクガクと笑う。谷を眺めながら歩けるのは良い。高度が下がるにつれて植生が変わり、高い木が増えていくのが面白い。

やや余力が残ったので、続いてガバナーズ・ブッシュ・ウォークへ。原生林っぽいなかを進む。こっちは平坦な道と勝手に思い込んでいたが、やはり坂道だった。再び息が上がる。

何とか歩ききり、他に食事場所が見つからないので先ほどの高級ホテルで夕食。サーモンが美味。食後、ユースホステルへ戻ろうとするが、道に迷う。すぐそばだと思ったら大間違いで、しかも街灯がろくに灯っていない夜道。時々看板があるが、4種類ももらっていた地図のいずれにも載っていない地名(?)ばかりで、役に立たない。それによく考えてみると、ユースホステルの建物の形をよく覚えていない。結局、人も車も通らない暗闇を30分あまりさ迷って、なんとかたどり着いた。

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2008年9月27日 (土)

ニュージーランド旅行(4)ミルフォード・サウンド

9月10日
今日はミルフォードサウンドのツアー。7時15分にモーテルにお迎えが来る。バスが来るのかと思ったら、タクシーが来た。他に二人、このモーテルから乗る予定らしい。が、ドライバー(女性)は無線で「私、何分待てばいいの?」と聞いて・・・5分も待たずに見切り発車。数分で別のホテル前で降ろされる。ほどなくGreat Sight社のバスが登場。これがツアーバスらしい。7時半過ぎに出発。

バスではドライバーが早口でテンション高く解説しながら走る。そして日本人の添乗員がいて、ヘッドフォンが配られて日本語の解説をそれで聞くという仕組み。こちらはテンションが低く、それがかえって心地いい。

バスはしばらくワカティプ湖沿いを走る。湖と別れてからカーブがちの道。それが終わると平坦な道を走る。いずれも風光明媚。だが、寝る。9時半過ぎにティアナウに到着。ここで30分休憩なので、ちょっとまちへ。湖沿いまで行ってみるが、特段のものでもない。曇っているし。

ティアナウから先の道はミルフォード・ロード。さらに風光明媚な道。両サイドを南極ブナなどの原生森に覆われた道などを走る。氷河に削られて木が生えていないEglinton Valleyや、鬱蒼としたブナに覆われたミラー湖、滝もあるがシダなどの原生林が素晴らしいキャズムなどでストップしながら、進む。

13時過ぎにミルフォード・サウンドの港に到着。晴れた。添乗員曰く「滅多にない、いい天気」。そして早くもフィヨルドっぽい景色に胸が踊る。30分後、Red Cuises社の双胴船が出港。360度全て絶景、それが延々と続く。すごい。フェアリーの滝やオットセイの群れ(昼寝しているだけでつまらなかったが)、スターリンの滝などに限界まで近づいていくなど、サービス精神も旺盛。心より満足。

Milford_sound

左下に写っている白いものは船。このフィヨルドのスケールがお分かり頂けるだろうか。【ミルフォード・サウンド】

惜しむらくは、バスのなかで急遽予約した遊覧飛行が直前になって悪天候によりキャンセルになったこと(しかも我々の飛行機の30分前は飛んでいたとのこと)。帰り道も当然風光明媚なのだが、睡魔の方が勝った。

19時10分過ぎにクイーンズタウンに到着。夕食に入った店はいきなり日本人店員が登場。ここのクレイフィッシュ(≒伊勢エビ)はこの旅一番の美味。同時に最高額の食事。ただ、量が足りなかったので、調子に乗ってパブロバ(メレンゲ・ケーキ)まで食べてしまった。翌朝は食事をしにまちなかへ出る余裕がなさそうなので、コンビニでサンドイッチを買って、モーテルへ。

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2008年9月24日 (水)

ニュージーランド旅行(3)クイーンズタウン

9月9日
5時半発のエアバスで30分ほどで空港へ。朝食はサンドイッチとフラット・ホワイト。この満足度の低さは何なのだろう。カンタス空港の搭乗ゲートへ。空港の隅っこに押しやられた感じで、ゲート内にはトイレすらない。

そしてカンタス航空でクイーンズタウンへ。と思ったら、まずはクライストチャーチへ。しかも一度降りなくてはならない。そして搭乗券をなくしたことに気付く。焦るが、ID(パスポート)を見せたら難なく再発券された(結局、元の搭乗券は胸ポケットで発見された)。

天気が悪いらしく、上空で何度も旋回した後、10時頃、ようやくクイーンズタウンに到着。バスが見あたらないので、エアポートシャトルでまちなかへ。四つ角の一角を占める観光案内所に行って、ホテルを紹介して欲しいと言ったら、あまり選択肢がなく、一番安くて99ドル(約7300円)という。そこで向かいの別の観光案内所で聞くと、さらに向かいの別の観光案内所に行けという。で、第三の観光案内所に行くが、あまり安い部屋がなく、結局一泊80ドル(約5900円)のロッジを予約。さらに、ジェットボートのツアーも予約。

その後ロッジに向かうが、教えられた場所に行ってもそんなものどこにもない。辺りは住宅街で、人も車もほとんど通らない。雨がしとしとと降るなか、荷物を引きずって30分ほど探し回って断念。通りすがりのモーテルに飛び込み、結局、一泊110ドル(約8100円)払う羽目になった。

急いで予約したジェットボートのオフィスへ。出発直前のシャトルバスを捕まえて飛び乗る。車内の案内ビデオで気分が盛り上がってきたところで、ドライバーが何かまくし立てている。嫌な予感がすると思っていると、バスはクイーンズタウンに戻ってしまった。悪天候で中止になったのだった。

ジェットボートは午後にリスケジュールし、明日のバスの予約をしたいと言ったら、さらにもう一つの観光案内所に行けという。ややこしい。で、そこでバスを予約した後、さっきの観光案内所に予約した宿のキャンセルを申し立てに行き、渡された地図(手書きで宿の位置を記したもの)を見せる。すると、あっさり「あぁ、ここじゃないはね」。それだけ。謝罪など一切なし。まったく。

昼食後、ワカティプ湖畔へ。水中の様子が水族館風に見える「アンダーウォーター・オブザーバトリー」へ。ウナギ(ニュージーランド・ロングフィン・イール)ばかりで面白くないが、ウナギの顔は面白い。時々スズガモが潜ってくるの面白い。その後、土産屋で目の周りの塗り薬を試したりして時間を潰し、再度ジェットボート・ツアーへ。今度は無事催行。ショットオーバー川に到着すると、ライフジャケットなどを着込み、ボートへ。

ウォータージェットでボートは猛スピードで疾走。雨が前方から叩きつけてくる。さっきの塗り薬が目に入ってきたのか、目がしみてまともに開けてられない。ボートは時々、360度スピンし、(シートベルトはないので)腰が中空へと浮き上がる。わざと岩すれすれを走ったりするし、とにもかくにも大興奮。

Queenstown_shotover_jet

水面を疾走するジェットボート【クイーンズタウン】

街に戻ってキーウィ&バードライフ・パークへ。トゥアタラ(は虫類)は見つからないし、鳥はオウムみたいのばっかで面白味に欠ける。「マオリ・ハンティング・ビレッジ」とやらがあったが、再現した道具が置いているだけで、つまらない博物館と同じ。キーウィへの餌付けの時間にちょうど当たったので、最後の望みをかけたが、餌の入った皿を置くだけだった。ただ、ちょこちょこと動くキーウィは何度見てもかわいい。

続いてゴンドラでスカイライン・コンプレックスへ。雨空のクイーンズタウンを見下ろす。爽快な眺めではないが、曇り空に白い霧を漂わせる、神秘的なワカティプ湖もよいもの。することがないので、ここでもマオリのショー「キーウィ・ハカ」を観賞。ロトルアのよりもより近代的な味付け。時間も短い。結局睡魔に負けた。

夕食はスカイライン・コンプレックス内で。ビュッフェ方式で食べ放題。別料金の飲み物を含め59ドル(約4300)円もしたが、まともなのは夜景だけだった。

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2008年9月21日 (日)

ニュージーランド旅行(2)ワイトモ、オークランド

9月8日
6時40分過ぎにホテルを出て、小雨と風が吹きすさぶなかロトルア湖畔とオヒネムツ・マオリ村を散策。湖は薄暗いし、村は教会と集会所が目立つぐらいで、面白みは少ない。傘が風に振り回され、こんな天気に散策などするものではなかった。街中でもあちこちから湯気が吹き出しているのは面白かった。

朝食を取ろうと街に戻るが、開いている店がほとんどない。やっと見つけたのは必要以上に小洒落たカフェ。「フラット・ホワイト」(エスプレッソにミルクをいれたもの、カプチーノよりもミルクが少ないらしい、泡もない?)がおいしい。ベーコン&エッグを頼んだら、必要以上に大きい。

雨の中を案内所まで歩き、Great Sight社のバスへ。車内に雨漏りがあり、慌てて席を移動。トイレ休憩で止まったまちはダム湖がきれいだった。約2時間でワイトモのブラック・ウォーター・ラフティング・カフェに到着。予約していたツアーまで時間が空いていたので、ケーキとロング・ブラック(エスプレッソをお湯で薄めたもの?)を。酸味強すぎ。この国のコーヒーはどこもそんな感じで、おいしいと思ったのは今朝のフラット・ホワイトぐらいか。

12時過ぎに「ブラック・ラビリンス・ツアー」に出発。ウェット・スーツを着るのに一苦労。ゴムチューブの浮き輪片手にまずは川へ。浮き輪を尻にはめて、後ろ向きで川に飛び込みさせられる。思った以上に衝撃。そのまま洞窟へ向かうのかと思ったら、すぐに岸へと引き上げられる。何のためにこんなことするのかわからない(後で、これは重要な練習と分かったが)。

車で移動していよいよ洞窟へ。水が流れ込んでいく穴の中へ歩いて入っていく。当然、明かりなど何もなく、ヘッドランプだけが頼り。洞窟内では足下を流れる水に足を取られながら歩いたり、ちょっとした崖から後ろ向きに(洞窟内の)川に飛び込み、そこからは浮き輪に乗ってたゆたったり。全員のライトを消せば青白い土蛍が天井に幻想的に光る。あり得ないアドベンチャー体験。これだけでこの国に来て良かったと思う。

ツアーから戻り、「この後、土蛍ツアーを見て、17時発のバスに乗りたい」とツアー会社に相談してみると、難しい顔をして相談をし始めた。どうやらバス乗り場は思ったより遠いらしい。結局、なんとかしてくれることになった。まずツアー会社の車でワイトモ・ケーブへ。ここで土蛍ツアーに参加。こちらは手すりや階段や照明がきちんと整備されているが、広くて高いし、石筍なども見事。そしてボートに乗ってさらに進むと、天井やそこから下がる石筍に、土蛍の青白い光が一面に広がる。天然のプラネタリウムとでも言おうか。素晴らしい。

ツアー会社の車に、バス停のある国道沿いの土産屋兼カフェ「The Big Apple」に送ってもらう。この国のルールに従い、15分前から道端に出てバスを待つ。が、一向にバスは来ない。雨が降ったりやんだりするなか、45分待つ。が、絶えられなくなり、カフェに入ろうとすると、カフェの親父が出て来て、ニヤニヤしながら「道路で待たなければだめだ」と。仕方なく戻る。山中の一本道で、周りは牧場だけ。ここでバスが来なかったら、泊まる場所などどこにもない。いろいろと不安が募ったが、ほどなくしてようやくバスが来た。

Waitomo_the_big_apple_dsc08427

なかなかバスが来ない

InterCity Coachline社のバスで2時間弱でオークランドへ。まずはスカイタワーへ。受付で「天気が悪く眺めは期待できない」と念を押される。上に上がると確かに霧がかかっていたが、そこそこは見えた。床にガラスがはまっているところがあり、真下が見えるようになっているのが面白い。ついでに、エレベータも下が見えるようになっている。タワーからのバンジージャンプや、タワーの上を歩く「スカイ・ウォーク」といったアトラクションも用意されている(夜はやっていない)。洞窟のツアーもそうだが、この国の人たちは、ちょっとしたものから楽しみを引き出すことにどん欲。そうすることで、ものすごい観光資源がなくても、訪ね甲斐のある観光スポットになる。これが本当の観光立国だと思う。

夕食はヨットの浮かぶヴァイアダクト・ハーバー前のレストランでサーモンを。パンとワインが美味かった。

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2008年9月18日 (木)

ニュージーランド旅行(1)ロトルア

現地から速報でお届けしたニュージーランドについて、改めて。

2008年9月6日
ニュージーランド航空でクライストチャーチへ。三列空いてるので横になって寝る。

9月7日
クライストチャーチ空港に到着。入国審査ではどこに行くのか、滞在先はどこなのか、しつこく聞かれる。国内線ターミナルに進み、矢印通りに歩いていったら、荷物検査とかなにもなく、いきなり滑走路に出る扉に至ってしまい、そのまま外に出てしまいそうになった。そんなんでいいのか。ターミナル内で飲んだエスプレッソは苦みがなく酸味のみで、不思議な味(端的に言えば不味い)がした。

ニュージーランド航空(国内線)でロトルアへ。着陸してすぐ硫黄の臭いを感じる。流石、温泉町。今日は時間に余裕がないのでタクシーでまちなかに移動。街に近づくとやはり硫黄の臭いが強くなる。ホテルでチェックイン後、観光案内所でワイオタプとテ・プイアに行きたいと言ったら、二つは無理、どっちかにしろと迫られる。大きなお世話だが仕方なくワイオタプ行きのミニバスだけを手配し、移動。

ワイオタプ・サーマル・ワンダーランドは、ミニバスを途中下車して泥の池(温泉が湧き出している)を見学してから、入口に向かうという仕組み。入場後は画家のパレット、シャンパン池、デビルズバスなどと名付けられた、温泉を含む池などをまわって歩く。一番奥にあるLake Ngakoroも含め、黄緑色など不思議な色あいをして、しかも思ったより広い池が多く、割と盛り上がる。しかし帰りのバスまで二時間しかないので、後半はほとんど早歩きになり疲れた。

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シャンパン池(ワイオタプ・サーマル・ワンダーランド)【ロトルア】


帰りのミニバスで運転士に「(ロトルアの街に戻る途中にある)テ・プイアでおろしてもらえないか」と頼んだら、あっさりOK。両方行くのは無理など、勝手 なことは言わないでほしい。で、こちらにも入場。ガイドツアーに参加するも英語がほとんど聞き取れない。ここでも泥の池の温泉がぼこぼこ吹き上がっている のを見た後、(鳥の)キーウィを見学。暗くてみにくいが、ちょこまかと動いてかわいらしい。そして名物の間欠泉は、間欠ではなくずっと勢いよく噴き上げて いて、迫力。その後、彫刻やら織物やらの学校に寄るというプログラムのはずだが、生徒がいないらしく(?)そのスペースに寄っただけでツアーは終了。

チケット売り場に戻って、ロトルアの街行きのバスの時刻を聞くと、「十五分後」「メイビー」「サムデイ」と要領を得ない答え。仕方ないので歩いて帰ることに。「歩き方」によると徒歩約40分。次に予約しているツアーは6時半だと思っていたので最初はちんたら歩いていたが、よく見直すとそれはショーの始まる時間で、ホテルに迎えが来るのはもっと前だった。ということで、またも早歩きで街を目指す。泊まるホテルの隣のホテルにツアーの送迎車がいるのを発見し、なんとか乗ることができた。

で、その予約していたミタイ・マオリ村のマオリ・ショーへ。ノリノリの司会者に辟易しつつ、まずは伝統料理「ハンギ」の制作途中の様子を見学。そして、川沿いに移動。マオリの男達が歌(?)を叫びながらカヌーで登場。その後ショー会場に移動し、女達も交えたショー開始。有名な「ハカ」など、まあまあだったが、ギターが出てきたのはいただけない。その後食べた「ハンギ」も普通な味だった。

その後、送迎車で「ポリネシアン・スパ」へ送ってもらう。その中の「レイク・スパ」に入場。要はただの露天風呂だった。硫黄の臭いがしたので、本当の温泉だったのだろう。湖が見えるのが売りらしいが、もちろん真っ暗で何も見えなかった。

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2008年9月15日 (月)

ニュージーランド速報7カイコウラ、クライストチャーチ

ニュージーランド速報7カイコウラ、クライストチャーチ
9月13日
駅までタクシーで移動し、トランツコースタル鉄道に乗車。土曜日の今日、車内は地元(多分)の中高年で一杯。列車には屋根だけで窓のない貨車みたいな車両も連結され、車窓(窓はないが)を楽しめる。

カイコウラに到着。帰りのバスを駅から離れた案内所まで予約しに行った後、ホエール・ウォッチング・ツアーへ。海に出たら晴れてきた。

鯨を発見したようで、舟は現場に急行。そこには潮吹きしているマッコウクジラ(多分)が。と言っても体の一部しか水面に出ていないので、ただの黒い棒にしか見えない。

やがて鯨は潜水。するすると体を翻し、最後に尾びれをはっきりと水面上に出して、そして消えた。
まったく同じ光景をさらに3回見て、またアホウドリの水面からの離陸(離水?)も見て、ツアー終了。それなりに満足。

シーフード・チャウダーを食べてからカイコウラ博物館へ。捕鯨、マオリ、モア、昔の電話・馬車・牢屋…と脈絡のない、ある意味究極の民俗博物館。これは何?とおばあちゃん係員に質問したら分からなかったらしく、展示(?)している本で調べ始めるなど、ゆるゆる。

その後、ものすごく揺れるミニバスでクライストチャーチに戻る。曇りで夕方の街中を、大聖堂、アートセンター、カンタベリー博物館等の名所の外観だけ眺めながら歩く。植物園には入れた。水仙が咲き乱れているエリアは綺麗だった。エイボン川もそこそこの風情がある。大聖堂はコンサートが開かれるというので、そのタイミングで再訪し、入口から中を覗いてみたが、田舎の教会みたいで大したことなかった。

ニュージーランド最後の晩餐は、生牡蠣、鹿肉、赤ワイン。どれもまずまず。

9月14日
朝起きると背中が痛い。寝違えたらしい。バスで空港へ。そしてシンガポール航空でシンガポールへ。到着後、すぐにマッサージへ。マッサージ自体は気持ち良かったが、背中の痛みは収まらない。そして次に乗る成田行きは、よりによってバンコク経由だった。

…ただいまバンコク。日本が遠い。

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2008年9月14日 (日)

ニュージーランド速報6アオラキ(マウントクック)、テカポ

ニュージーランド速報6アオラキ(マウントクック)、テカポ
9月12日
朝起きるとふくらはぎが筋肉痛。そんななか、セアリー・ターンズ・トラックのトレッキングへ。最初は平坦。氷河が削ってできたと思われる地形を進んでいく。

途中から上りがきつくなる。時にはただの岩場を登っていく。高度が上がると眼下に湖が見えてくる。晴れてきて山並みも見えてきた。息が上がり苦しいが、景色は美しい。U字谷のこの壮大さは、写真には収まらない。さらに登ると、岩場が完全に雪で覆われているところが。ちょっと試してみたがこれは無理。雪山を上り下りする技量も度量も装備も、残念ながら、ない。ここで引き返す。

その後、バスでクライストチャーチへ向かう。途中、プカキ湖畔で写真ストップ。晴れ上がり、湖面も山並みも美しい。
さらにテカポの善き羊飼いの教会(日本人観光客だらけ)、フェアリー郊外(うねるような丘陵に広がる牧草地帯が美しい)とで休憩し、クライストチャーチへ。

夕食は骨付きラム肉を。前菜に食べたムール貝に大満足。

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2008年9月13日 (土)

ニュージーランド速報5アオラキ(マウント・クック)

ニュージーランド速報5アオラキ(マウント・クック)
9月11日
バスでアオラキ(マウント・クック)へ向かう。サザン・アルプスの美しい山並みが近づいてくる。バスはプカキ湖畔で写真ストップ。青乳白色の湖面が本当に美しい。雲が晴れ、アオラキの頂も顔を見せてくれた。

アオラキの空港でバスをおり、スノー・プレーンのツアーへ。セスナ機で氷河上空を飛ぶ。そして、そのまま氷河の上に着陸(この飛行機はスキーを履いている)。空の青、雪の白、そして岩の茶色、3色だけの世界。そして静寂。

その後、ユースホステルに移動し、荷物を置いて、レッド・ターンズ・トラックのトレッキング開始。1時間以上ひたすら上り(階段)が続き、息も絶え絶えに休み休み登る。振り返るとU字谷の雄大な眺め。それだけが救い。

終点は池が点在し、低木が繁り、その間をせせらぎが縫っていて、ちょっとした日本庭園のよう。水と風の音しか聞こえない。ずっとここにいたい。…寒くなければ。

帰りはひたすら下り。膝がガクガクする。谷を眺めながら歩けるのは良い。高度が下がるにつれて植生が変わり、高い木が増えていくのが面白い。

やや余力があるので、続いてガバナーズ・ブッシュ・ウォークへ。原生林っぽいなかを進む。こっちは平坦な道と勝手に思い込んでいたが、坂道だった。息が上がる。

何とか歩ききり、他に場所がないのでホテルに行って夕食をとり(サーモンが美味)、ユースホステルに戻る。すぐそばにあると思ったら大間違いで、しかも街灯がろくに灯っていない夜道。地図は4種類もらっていたが、どれもざっくりしたもので役に立たない。人も車も通らない暗闇を、30分あまりさ迷う羽目になった。

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2008年9月12日 (金)

ニュージーランド速報4ミルフォード・サウンド

ニュージーランド速報4ミルフォード・サウンド
9月10日
今日はミルフォードサウンドのツアー。まずバス移動。風光明媚な道が続く。

ティアナウからはミルフォード・ロードへ。ブナなどの原生森、ミラー湖などを見学しながら、さらに風光明媚な道を進む。

そして港に到着。晴れた。そして早くもフィヨルドっぽい景色に胸が踊る。そして出港。360℃、全て絶景。滝やオットセイの群れ(昼寝中?)に限界まで近づくなど、サービス精神も旺盛。心より満足。

惜しむらくは、バスのなかで急遽予約した遊覧飛行が直前になって悪天候によりキャンセルになったこと。帰り道も当然風光明媚なのだが、睡魔の方が勝った。
夕食のクレイフィッシュも絶品だった(表現インフレ気味)。

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2008年9月11日 (木)

ニュージーランド速報3クイーンズタウン

ニュージーランド3クイーンズタウン
9月9日
5時半発のバスで空港へ。そしてカンタス航空でクイーンズタウンへ。

シャトルバスで街の中心へ。四つ角に3つある観光案内所をたらい回しされて何とか宿を予約。しかし教えられた場所に行っても宿がない。氷雨降るなか、散々探し回ったが、結局断念。トイレにも行きたくなってきたので通りすがりのモーテルにチェックイン。一泊八千円ほど払う羽目になった。

急いで予約したジェットボートのオフィスへ。出発直前のシャトルバスに飛び乗る。車内の案内ビデオで気分が盛り上がってきたところで、ドライバーが何かまくし立てている。嫌な予感がすると思っていると、バスはクイーンズタウンに戻ってしまった。悪天候で中止になったのだった。

午後に予約し直し、さっきの観光案内所に宿のキャンセルを申し立てに行き、渡された地図(手書きで宿の位置を記したもの)を見せると、あぁここじゃないねと、あっさり言われる。謝罪など一切なし。まったく。

昼食をとり、土産屋で目の周りの塗り薬を試したりして時間を潰し、再度ジェットボートへ。今度は無事催行。ライフジャケットなどを着込み、ボートへ。

ウォータージェットでボートは猛スピードで疾走。雨が前方から叩きつけてくる。さっきの塗り薬が目に入ってきたのか、目がしみてまともに開けてられない。ボートは時々、360℃スピンし、(シートベルトはないので)腰が中空へと浮き上がる。岩すれすれを走ったりするし、とにもかくにも大興奮。

街に戻ってキウイ・バードライフ・パークへ。キウイへの餌付けの時間にちょうど当たったが、餌の入った皿を置くだけだった。

続いてゴンドラでスカイライン・コンプレックスへ。雨空のクイーンズタウンを下に眺める。神秘的。することがないので、マオリのショーを観賞。睡魔に負けた。ここでもギターが登場。マオリはギターが好きなのか。
夕食はスカイライン・コンプレックス内で。ビュッフェ方式で食べ放題。4千円以上したが、まともなのは夜景だけだった。

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2008年9月10日 (水)

ニュージーランド速報2ワイトモ、オークランド

ニュージーランド速報2ワイトモ、オークランド
9月8日
小雨と風が吹きすさぶなかロトルア湖畔とオヒネムツ・マオリ村を散策。こんな天気に散策などするものではなかった。街中でもあちこちから湯気が吹き出しているのは面白かった。

バスでワイトモへ移動。ブラック・ラビリンス・ツアーへ。ゴムチューブの浮き輪片手に洞窟の中の川へ。歩いたり、浮き輪に乗ってたゆたったり。ヘッドライト以外の明かりは何もなく、それを消せば青白い土蛍が幻想的に光っている。あり得ないアドベンチャー体験。これだけでこの国に来て良かったと思う。股関節がつりそうになったが。

続いてワイトモ・ケーブの土蛍ツアーへ。こちらは歩道がきちんと整備されているが、広くて高いし、石筍なども見事。そしてボートに乗ってさらに進むと、天井一面に土蛍の青白い光が。天然のプラネタリウムとでも言おうか。素晴らしい。

バス停のある国道沿いの土産屋兼カフェに送ってもらう。この国のルールに従い、十五分前から道端に出てバスを待つ。が、一向にバスは来ない。雨が降ったりやんだりするなか、45分待ったが、絶えられなくなり、カフェに入ろうとすると、カフェの親父が出て来て、ニヤニヤしながら、道路で待っていなければだめだと言う。仕方なく戻るとほどなくしてようやくバスが来た。
バスでオークランドへ。まずはスカイタワーへ。天気が悪く眺めは期待できないと念を押されたが、そこそこは見えた。
夕食はヨットの浮かぶバイアダクト・ハーバーでサーモンを。パンとワインが美味かった。

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2008年9月 8日 (月)

ニュージーランド速報1ロトルア

ニュージーランド速報1ロトルア
9月6日
ニュージーランド航空でクライストチャーチへ。三列空いてるので横になって寝る。

9月7日
ニュージーランド航空でロトルアへ。着陸してすぐ硫黄の臭いを感じる。

観光案内所でワイオタプとテプイアに行きたいと言ったら、二つは無理、どっちかにしろと迫られる。大きなお世話だが仕方なくワイオタプ行きのミニバスだけを手配し、移動。

ワイオタプ・サーマル・ワンダーランドは、画家のパレット、シャンパン池、デビルズバスなどと名付けられた、温泉を含む池が、不思議な色をしているだけでなく思ったより広大で、わりと盛り上がった。しかし帰りのバスまで二時間したないので、後半はほとんど早歩きで疲れた。

帰りのミニバスにテプイアでおろしてもらい、こちらにも入場。ガイドツアーに参加するも英語がほとんど聞き取れない。間欠泉(と言ってもずっと噴き上げてたが)はすごかった。

帰りのバスの時刻を聞くと、「十五分後」「メイビー」「サムデイ」と要領を得ないので、歩くことに。予約しているツアーが6時半だと思って歩いていたが、よく見るとそれはショーの始まる時間。ホテルに迎えが来るのはもっと前だった。またも早歩きになり、三十五分歩いて、隣のホテルにいた送迎車に乗ることができた。

で、マオリのショーへ。まあまあだったが、ギターが出てきたのはいただけない。伝統料理「ハンギ」も普通な味だった。

送迎車でポリネシア・スパへ。要はただの露天風呂だった。

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2008年9月 3日 (水)

松本・長野旅行

1991年3月30日
午前0時過ぎ新宿駅発の上諏訪行き夜行普通列車「上諏訪夜行」に乗車。眠ったり起きたりを繰り返す。すずらんの里駅付近でかけていたアイマスクを外すと、夜が明けかけていて、車窓全体が青の水墨画に支配されているよう。

5時45分過ぎに上諏訪着。駅の温泉洗面所から湯が出ない。残念。歩いて諏訪湖へ。空き缶回収機に3つの空き缶を入れるとメダルがもらえるというので、割と必死に空き缶を集める。釣り人がちらほらいるが、それ以外は静かな湖面。それを見ながらぼーっと歩くのも一興。

人間が調節できるという間欠泉センターに幻滅した後、駅に戻り、中央本線で塩尻に7時40分過ぎ着。松本電鉄バスに乗り、平出博物館前下車。自称「日本三大遺跡」の平出遺跡へ。縄文時代から平安時代まで、古墳やら竪穴式住居やらが立ち並ぶ。予想通りつまらない。竪穴式住宅の中に入ったが臭いだけだった。地元(?)の小学生に「万葉集をつくった人は誰ですか?」などと尋ねられる。よく分からない。

帰りのバスは土曜運休のようなので、歩いて駅に戻る。10時50分過ぎ発の中央本線に乗車。車窓を楽しもうと思うも睡魔に負ける。13時過ぎに松本到着。突然、都会になった。時折ビルの谷間から山の稜線が見え、かろうじてここがどこだかを思い出させる。

そして本日のハイライト、松本城へ。これが城というもの。風格も風情もあり、素晴らしい。中にも入る。掃除機が放置してあったのは興ざめだったが、中も興味深い。
Matsumoto_castle
松本城

旧開智学校を見学後、昼食はそば。次の長野行きに間に合いそうなので、食後、小雨の降る中、駅までダッシュ。結局、機関車故障などがあって、長野行きの快速みすずは遅れて発車。ということで間に合った。車内では立ちながら睡眠。

長野駅到着後、長野電鉄に乗り換え、16時半過ぎに善光寺駅下車。歩いて善光寺へ。本堂(?)の中は豪華だし、つい帽子を脱いでしまうような神妙さは漂っていたが、なぜかマイクのテスト中だし、選挙カーもうるさいしで雰囲気台無し。

長野電鉄で長野駅に戻り、JRに乗り換えるためまたもダッシュ。何とか17時50分過ぎの信越本線に間に合う。検札が来るなり「青春18(切符)?」と言われる。なぜ分かるのだろう。碓氷峠は傾きに露骨に感じられて、流石に急勾配と感じさせられる。峠を過ぎて、横川駅で「峠の釜飯」を購入。おいしいし、妙な充実感を感じる駅弁。釜も捨てる気になれない。

高崎で上野行きに乗り換え。眠気と、旅が終わりに近づくという感慨とがない交ぜになって、妙に詩的な気分に陥る。22時過ぎに上野到着。足にずっしりと疲労感。くたくたな気分をポカリスエットで紛らわせた。自宅まで、あと2時間足らず。

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2008年9月 1日 (月)

箱根旅行

1992年8月26日
頭痛と発熱を感じるコンディションの中(さらに日焼けが痛い)、東海道線で小田原へ。立っていると目が回りそう。7時40分過ぎ発の箱根登山鉄道に乗車し、箱根湯本へ。ここから歩く。しばらく進み、須賀川自然探勝歩道へ。多少元気になってきた。

10時過ぎに旗宿着。少し休んでさらに進み、11時20分に甘酒茶屋着。かき氷などを食べて休み、さらに進み、杉並木などを通って、12時45分に元箱根に到着。よくぞここまでがんばったと自分を誉めたい気分。
Hakone
箱根の杉並木

昼食後、杉並木をさらに歩き、関所資料館へ。資料館を見学後、芦ノ湖畔へ出る。陽が照って、風が吹いて気持ちいいが、直射日光が日焼けの部位に当たるとヒリヒリして洒落にならない。手こぎボートに乗ったら、霧が出てきて涼しくなって助かった。

17時10分に箱根関所前から伊豆箱根バスに乗車。渋滞に巻き込まれ、18時20分過ぎにようやく箱根湯本に到着。その後、箱根登山鉄道、東海道線と乗り継ぎ、帰宅。

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2008年8月30日 (土)

会津旅行

1992年3月24日
青春18切符片手に、新宿駅発23時過ぎの快速ムーンライトに乗車。

3月25日
5時10分過ぎに新潟駅着。約10分後に出る水上行きで新津駅に戻り、6時前に新津駅発の磐越西線に乗車。ほどなく車窓には阿賀野川が。エメラルドグリーンを濁らせたような緑色をしている。

9時40分杉に喜多方到着。早速ラーメンを。しかし、特別おいしいものではない。期待はずれ。街に出るが、蔵が思ったよりも少ない。もっとうじゃうじゃあると思っていた。これまた期待はずれ。蔵風の小学校とか、蔵風の馬車とか、蔵風の電話ボックスなどはあるのだが。
Kitakata
蔵馬車。こういうのを見たいのではない。【喜多方】

10時20分過ぎ発の快速あがので会津若松へ。そして会津バスで鶴ヶ城へ。お堀はいい雰囲気だが、天守閣はいかにもコンクリートで安っちい。中に入ると新しい博物館風で、上からの景色もたいしたことない。

茶屋で焼き団子(甘くて美味!)を食した後、御薬園へ。草木はみな枯れ気味だし、曇っているせいもあって大した庭園ではない。売店で物色していたら、血圧や肝臓に良いという「伍大茶」を出してくれた。さっぱりした味だった。

会津バスで会津若松駅に戻り、13時40分発の快速ばんだいに乗車。猪苗代駅で下車し、レンタサイクルで野口英世記念館へ。それから湖畔へ行き、手こぎボートを借りる。他にボートに乗っている人はおらず、湖を独占状態。

霧雨の中を疾走し、猪苗代駅に戻り、17時50分過ぎの快速ばんだいに乗車。郡山で弁当を買おうと思ったが、売っていない。結局夕食は都内に入ってから吉野家とあいなった。

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2008年8月26日 (火)

京都旅行(5)東山、二条、京都駅周辺

台風の接近をニュースが伝えている。どんより曇って今にも降り出しそう。そんななか東山散策からスタート。産寧伝統的建造物群保存地区とのことで、風情ある街並み。八坂神社、円山公園と巡った後、二年坂、三年坂と歩く。

そして清水寺へ。清水の舞台は傾斜がついていて、恐怖感を煽っている気がする。ここから見える山々の緑は濃い。音羽の滝の水を3種類とも飲み、まだ開いていない八坂の塔を外から眺め、バスで京都駅へ。雨が降り始めた。

JR嵯峨野線で二条へ。中年女性に道を尋ねたら、綺麗な京都弁が返ってきた。二条城へ。二の丸御殿は襖に天井、ほとんど金箔な狩野派の絵と豪華きわまりない。と思ったら、老中の部屋になるとやや質素になっているのが面白い。二の丸庭園は豪快かつ広々している。本丸の方は新しいし、派手さでは二の丸に負ける。が、当時の貴族(と言ってよかろう)の生活というか風習の一端が伺えて興味深い。本丸庭園、清流園もいまいちな気はするが、とにかく広いので、それだけでいいような気がしてしまう。

腹が減って目が回るので、近くにあった讃岐うどんの店へ(京都なのに)。そして玉子丼を食す。本当に玉子しかのっていなかった。足の疲労もピークへ。靴を履いているというだけで、痛い。

JR嵯峨野線で京都駅へ戻り、東本願寺へ。御影堂へ。「堂内では寝転ばない下さい」との表記があり、そんな馬鹿はいないだろうと思って入ると、確かに寝転びたくなるほど、広々としている。一方、阿弥陀堂は小さいが、豪華。渉成園への入園許可をもらいに行くと、氏名と住所を書かされた。いったい何に使うのか。園内は、マンションがとんでもない借景になっていた。
Kyoto_higashihonganji_2
東本願寺の周りは水路があって風情がある

足が痛い中、道に迷いつつ、京都駅構内でもまた迷って、近鉄の京都駅へ。そして東寺へ。五重塔はそんなに高いようには見えない。講堂の中の21体の仏像による立体曼荼羅が壮観。

京都駅に戻り、JR奈良線で東福寺へ。境内の光明院には「檀家さん以外は常識内」との掲示の下に竹筒が。寺に入るのに金はいらないのが常識だろうと思ったが、京都の常識はよく分からないし、何となく腹が立つので入るのはやめる。で、芬陀院(雪舟寺)へ。受付の女性の京言葉が美しい。中の枯山水も美しい。東福寺本体の方は通天橋、臥雲橋のあたりが木々や苔が美しい。紅葉の時期にまた来たい。

京都駅に戻り、9番バスで西本願寺へ。しかしもう閉まっている。200円もバス代を払ったのに無駄足。雨が上がったのがせめてもの救い。島原を歩く。夕日が燃えている。安そうな食堂があったのでニシン蕎麦を食べるが、ぬるい蕎麦にニシンの佃煮みたいのが載っているだけ。外へ出ると夕焼けは消え、青黒い空になっていた。

暗かったけど一応周りは歩き、また道を間違えたが丹波口駅へ。そして京都駅へ。構内で荷を預けたロッカーを探し、さらにホームにたどり着くまで散々歩き回る。東海道本線は台風のせいかダイヤが乱れている。

そして大垣駅へ。「東京夜行」(東京行き夜行普通列車)の発車1時間前に着いたが、結局今日もガラガラだった。

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今振り返ると、この旅行は自分の旅のスタイルの原点になったような気がする。疲れたし、腹は減ったが、ある種の充実感はあった。所詮は現実逃避に過ぎなかったが、充たされる何かがあったことで、同じようなことをその後繰り返すようになったのだと、今では思う。

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2008年8月24日 (日)

京都旅行(4)大原、上賀茂

9月15日
4時過ぎに救急車のサイレンで目が覚める。迷惑なことこの上ない。しばらく眠れなくなった。8時20分過ぎにホテルを出る。今日の朝食は液体のカロリーメイト1本。わびしい。京阪、叡電と乗り継ぎ、八瀬遊園に9時20分着。駅前を流れる賀茂川(?)が涼味を誘う。

17番バスで大原へ向かう。山道をほとんど止まらずに登っていくが、大原近くで渋滞に。9時45分頃に大原着。呂川沿いを登り、10時頃に三千院に到着。スギゴケの林のような庭が素晴らしい。それ以外も広い境内は「山道を往く」という感じで、よい。「金色茶」なる液体を何度か頂く。「シソ味」「梅味」と称されて出てくるが、ただのホット塩水のような気もする。が、おいしい。ポットからプラスチックの湯飲みにちょっと注ぐだけなのだが。
Kyoto_sanzenin
三千院

その後、音無の滝を見た後、山を下りる。坂がきつく、膝が痛む。続いて実光院へ。抹茶付きで入場料500円。茶が出てきた際、「分かってない」ように見えたのか、「お菓子から(先に)どうぞ」と解説されてしまった。しかし、先に菓子を食い尽くし、茶の渋みだけを味わう羽目に。ここは庭がなかなか。雅楽の調律に使う「編鐘」があり、鳴らすことができる。半音ずつずれて16の音がする。

勝林院を外から覗いた後、宝泉院へ。ここも抹茶付きで500円。前回の反省を踏まえ、頂き方について尋ねると、「そんなのどうでもいい」と言われてしまった。確かにどうでもいい。こちらには声明の調律に使う石盤がある。

三千院前の参道に。石垣が苔むし、そこに木(楓?)がかぶさって、いい風情。手焼きせんべいを食べる。やや辛い。水が欲しいと思ったら、竹から出てくる飲料水(無料)を発見。大原は水が豊富なのか。

続いて寂光院へ。マイクで解説するのはいいが、話が長い。工事もしているし、庭もいまいちか。ここでも水が飲める。

14時頃に大原バスターミナルから17番バスに乗車。上高野で45番バスに乗り継ぎ、円通寺に14半過ぎに到着。ここの庭は枯山水だが、白砂ではなく苔。垣根は生け垣。岩にも苔が生えている。生け垣のバックには杉(?)の木が立っており、その向こうに比叡山。なかなか面白いが、緑だらけになってしまい、やはり白砂の方がコントラストがあっていい気がする。アイデア倒れとの印象。

出る。道に迷う。通りすがりの人に「この地図で、ここはどこ?」と聞く。馬鹿。途中で比叡そばの店へ。550円でご飯付きのキツネ蕎麦定食。久々に味わう満腹感。ここで道を確認し、上賀茂神社方面へ向かう。

とぼとぼ歩いていると、突然、水路と柳と白壁のある風情ある通りへ。これだから京都は油断できない。上賀茂伝統的建造物保存地区であった。賀茂の社家(西村家庭園)に寄った後、上賀茂神社へ。境内にも水路が流れていて、いい感じ。建物は重要文化財だらけ。

賀茂川べりを歩く。川面を渡る風が涼しく、きもちいい。ジョギングしたり、歩いたり、話し込んだり、酒を飲んだり、体を寄せ合ったり、鳥にえさをやったり・・・市民達が集まって、思い思いに過ごしている。こういうスペースは大事だと思う。そして、川上方向を眺めれば、五山送り火の文字がみえる、京都らしい風景。

その後、北山から地下鉄に乗り、ホテルに戻る。今日の夕食はコンビニで買ったレーズンロール8個入り185円也。

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2008年8月22日 (金)

京都旅行(3)三十三間堂、高台寺、南禅寺、銀閣

9月14日
朝6時。音が鳴り、無意識にアラームのスイッチを押すが、鳴り止まない。隣の部屋(カプセル)のアラームだった。早く止めて欲しい。結局、その後眠れなかった。

7時半、ホテルを出る。せっかく自転車を借りたのに、雨。小降りなので強行出場。朝食を食べる場所を探すが、どこも閉まっている。30分以上ふらふらするが、諦めて三十三間堂へ。入るといきなりずらっと像が並んでいて、度肝を抜かれる。千手観音像の群れの中に、普通の仏像が点在。そんな空間が長く続いている。

安い朝食として見つけたのは結局マクドナルドで515円也。京都らしくないが仕方ない。続いて智積院へ。長谷川等伯らの襖絵などをみる。無人でテープの案内が流れる、不思議な空間。

次は方広寺。「国家安康」の文字は小さい。今はその部分が白く塗られているが、よくこんなものを見つけたものだ。言いがかりをつけるのも大変である。雨は一応やんだ。自転車で通る小径が風情があったりするのが、いい。

続いて高台寺。桃山風(?)な池や枯山水などがある庭園もいいし、霊殿は絢爛豪華。なのに奥に行けば山寺の趣。どんどんフィルムが減る。

足はまだ疲れていないが、背中が痛くなってきた。何より頭がふらふらするし、腹ぺこ。そんな体調で続いて平安神宮へ。所詮新しいと馬鹿にしていたが、実際見ると派手で結局フィルムが減る。池のある各種庭園はどちらかという植物園か。要はつまらない。全体的に立派で派手なところだが、所詮は国家発揚目的という印象。

安そうな食堂が見つからず、昼食は京うどんセット800円也。うまいような気もするが、腹一杯にはならない。水をがぶ飲みして気を紛らわす。雨脚が強くなる中、琵琶湖疎水記念館へ。よくある公共町おこし系博物館。つまらない解説ばかり。外へ出てインクライン沿いを登る。雨がさらにすごくなってきた。身体もカバンも濡れていく。途中で階段になる。しばらく登ったが、結局断念して戻る。カバンびちょびちょ。

雰囲気のある道を通って南禅寺へ。雨のせいか、境内中を水が流れているような印象。自転車を降りれば、雨に煙るこの雰囲気は悪くない。山門まわりやら南禅院の広い庭園やら何となくいい感じ。

雨が一応やむ。しかし自転車に戻り道を迷っているうちに再び激しい雨に。またびしょ濡れ。自転車に乗ると、雨が激しくなるのはなぜなのか。哲学の道で自転車を置いて、歩く。たいそうな名前の道だが、自宅や学校の近くにもこの手の道はあり、そんなもの。まあ雰囲気はよいが。到着した法然院は「昼なお暗い」程度の表現では済まない薄暗さで、山門が怖い。境内で道を間違え、山道みたいな所で墓場に囲まれてしまう。結局戻って目当ての庭を発見。これは素晴らしい。濡れた枯山水は微妙だったが。

登り道をだらだら歩き、銀閣へ。昔、修学旅行でも来たところだが、ここは本当に素晴らしい。木も草も形よく、あらゆる所に綺麗に苔が生え水が流れ岩が配されている。自然のつくり出す美と人のつくり出す美の融合というか触媒というか昇華というか結晶というか、とにかく、とりあえず銀箔張りの建物でなくてよかった。そして境内の山を歩いていてふと思った。「欲しい」と。山を下り、しばらく庭をもう一度鑑賞。出て行くのがもったいない。
Kyoto_ginkaku
観光地は数有れど、「欲しい」と思ったのは今のところ、ここだけ【銀閣】

近くの茶屋で抹茶で暖まった後、濡れた靴で哲学の道へ戻る。夕食は玉子丼400円也。満腹。今日は食費を使いすぎだがまあよい。近くを走る京津線の「プワーン」という警笛の音が情緒を醸し出していた。

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2008年8月20日 (水)

京都旅行(2)金閣、竜安寺、仁和寺、広隆寺

9月13日
今回は貧乏旅行につき、朝食はコンビニで買ったスティック状のパン、9本で175円。わびしいがリーズナブル。だが、何本食べても充たされた気分にならないのはなぜだろう。

循環運行する206番バスに乗車。バス停表示をみると、この時間は片方向は循環していない模様。バス一回乗車の200円で済ませるため、遠回りになる反対方向(こっちは循環運行している)に乗車。しかしほどなく、循環運行する反対回りのバスとすれ違う。失敗。

50分近くもバスに乗って、千本北大路着。昨日の日焼けが痛むし、朝から首と膝が痛い。さてまずは金閣へ。どちらかというと、金閣本体よりも周りの庭園が素晴らしい。庭園に負けて、金閣はおもちゃのようにちゃっちく見える。境内の不動なんとかに賽銭を投げたら、箱の表面に当たって跳ね返って向こう側まで飛んで行ってしまった。縁起でもない。
Kyoto_kinkaku_golden_pavillion
金閣【京都】

バス停が3カ所もあって、どこから乗るのか迷う仕組みになっている金閣寺道バス停から、59番バスで15分強で竜安寺前へ。寺の中は静か。しかし、池やら小さな庭やらがきれい。しかし、自分を追い抜いて歩いていった旅行社風の男の「・・・300人」という会話が聞こえる。「来る」前に行かねば、と思い、石庭へ急ぐ。落ち着いたもつかの間、「300人」が来た。まあでもそのたたずまいは素晴らしく、小さいけれど、いい庭だった。

続いては等持院へ。芙蓉池は低木が街路樹風に剪定されているように感じられて、違和感があったが、団体客がいないので落ち着いて眺められるのがよい。そして、さらに奥に行けば素晴らしい池というか庭が。人はさらに減る。もったいない。

30分弱歩いて仁和寺へ。枯山水の庭園は平凡にも見えるが、とにかく広く、それだけだがなんかすごい。他の庭園や襖絵なども見事。そして足が疲れた。やたら広い境内なので、とにかく疲れる。賽銭を投げては「この疲れを取ってください」と祈り続ける。

さらに妙心寺、退蔵院、法金剛院とまわるがいずれもいまいち。道を間違えて無駄に歩いたりして疲れがさらに増す。股関節まで痛くなってきた。なんとか広隆寺まで歩く。ここの霊宝殿は冷房が効いた室内に国宝・重文の仏像がずらっと並び、異様だが壮観。特にやはり弥勒菩薩像の不思議な笑みが印象的。

嵐電、阪急と乗り継いで、河原町へ。高瀬川沿いはいい風情。さらに歩いて祇園へ。こちらも風情ある街並み。恰幅のいい年増の舞妓とすれ違う。微妙。

昨日に続き昼食抜きだった今日の夕食は、朝買ったパンの残りとカロリーメート(とウーロン茶)。腹が鳴ってしょうがない。ホテルからレンタサイクル屋に電話すると、今晩届けてくれるというので喜んでいたが、いっこうに持ってこない。再度電話すると、なぜか大阪に転送され、出てきたオヤジは要領を得ない。結局、自転車がやってきたのは22時をまわっていた。

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2008年8月17日 (日)

京都旅行(1)嵐山

国内旅行の連載(?)再開です。

1995年9月11日
東京発大垣行き夜行普通列車、通称「大垣夜行」に乗るために、発車1時間半前に東京駅のホームへ。しかし並んでいる人なんていやしない。発車後もガラガラで、早く来る意味はまるでなかった。

23時40分、出発。

9月12日
たまたま相席になった奴がよくしゃべり、眠れず不愉快。奴が下車後、一応眠ったが。5時40分前には検察にたたき起こされた。

大垣で加古川行きに乗り換え。しばらくは車窓を見ていたが、結局、ほぼ寝た。9時に京都着。嵯峨野線(山陰本線)で嵯峨嵐山に9時半前に到着。10時半過ぎ発の嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車に乗車。峡谷沿いは流石に良い眺めで、これで600円は安い。と思っていたが、それも最初のうちだけ。あとはまあまあという程度。それでも開放的なトロッコ列車で、風は気持ちいいし(寒いが)、水面の緑色も綺麗で、それなりに満足。車掌のアナウンス(解説というかおしゃべりというか・・・唄まで始まった)が少々うるさい。

10時前にトロッコ亀岡着。周りの水田沿いを歩く。人の音が聞こえなくなり、あるのは水、虫、鳥、そして虫が動くときに草がずれる音だけ。どこにでもありそうな空や田んぼや虫や鳥が、なぜか魅力的にみえる。

Hotsukyo_kameoka
何ということはない景色だが【トロッコ亀岡駅からの散歩途中】

駅に戻る。駅が近づくにつれ、中年女性の喧噪が聞こえてくる。げんなり。JRの馬堀駅へ。乗ろうとした電車にぎりぎり間に合わなかったので、悔しくて反対方向に一駅だけ乗って、折り返し、11時前に嵯峨嵐山駅着。暑くなってきたが、竹林に入ると涼しくなる。竹だけだけど、それがまた美しい。人力車がはびこっている。

野宮神社に行った後、レンタサイクル屋を発見。100円と安いので、借りることに。まずは常寂光時へ。楓と竹と苔が美しく、風雅な趣。人がほとんどおらず、蝉と鳥の声しか聞こえない。と思ったら、鐘が鳴る。

続いて祇王寺へ。庭も、それを取り囲む木や竹も、風情がある。隣の滝口寺は風情と言うより野趣のある雰囲気。そんなに薄暗いわけではないが、なんか「出そう」な雰囲気。広いだけの清涼寺に寄った後、大覚寺へ。時代劇の撮影をしている。立派な寺で、庭も趣はないが、立派。大沢池は静かで広いだけなのに、なぜか風流。と思いながら、結局池の周りを一周してしまった。凄く疲れた。腰まで疲れた。

思い切り道に迷う(大覚寺前の五叉路で、自分が来た道を除く4つの選択肢のうち、帰り道につながっていないのは一つだけなのに、その一つを選んでしまったのが敗因か)が、なんとか鈴虫寺へ。中年女性の団体とぶつかってしまう。しかもここは完全に観光地と化しており、鈴虫の箱の行列を前に繰り広げる寺の坊主の演説は話の7分の5はお守りのセールストーク。出てきたお茶は少ないし、菓子はうまくないし、庭は狭くてちゃちい。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはこのことか。

次の地蔵院は高く広大な竹林、そして苔が見事(庭園は平凡)。予約なしでは入れない西芳寺を横目に、天竜寺へ。最初は枯山水、そして・・・次の回遊式庭園は、これこそ待っていたもの!素晴らしい庭園で、あまりな素晴らしさに1周半もしてしまった。続いて、諧堂へ。また庭園が見える。どんどんフィルムが減る。

しかし、身体はぼろぼろ。腕が赤いと思ったら見事なサンバーンだし、埃にまみれになっているせいか、目がしみてしょうがない。右膝、尻、腰、踵も痛い。嵐山公園の亀山公園の川縁を歩くが、段々峡谷っぽくなっていきとてもよいのだが、最後は登って展望台に向かうしかけで、疲れもピークへ。しかも大してよく見えない。

18時頃、自転車を返し、嵯峨嵐山駅からJR嵯峨野線に乗車。嵐山はいいところだった。しかし、疲れた。膝はがくがく、腿はぱんぱん。明日からはこんなハードスケジュールはやめよう、もっとゆったりとしようと反省。19時前に京都着。夢見心地で挙動不審だったらしく、前に座っている人に「京都ですよ」と教えられた。どうも車内では激しく舟を漕いでいた模様。

市バスで予約していたホテルへ。いやに安いと思っていたが、着いて理由が分かった。カプセルホテルだった。

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2008年7月14日 (月)

霧ヶ峰旅行

2008年7月12日
朝6時に新宿に集合。中央高速を飛ばして約3時間で霧ヶ峰の車山肩に到着。ここからトレッキング開始。まだ9時台というのにカメラマンの隊列が。彼らも狙うニッコウキスゲの群生地をまず見る。群生というほどではないが、黄色の花がそこここに咲いていてる。

それから30分ほど登って、車山の山頂へ。パノラマを楽しんだ後、リフト脇の急な階段を下山。ゲレンデと思しき斜面を横切り、再び登って、11時40分過ぎにゼブラ山の山頂へ。ここで昼食。段々日差しがじりじりと強くなることが感じられる。

1時間ほど休んで、下山、そして再びアップダウンを歩き続ける。13時頃には本日のハイライト、八島ヶ原湿原へ。木道といい、池といい、周りを囲む山々といい、尾瀬を彷彿とさせる美しい景色。花もいろいろ咲いている。しかし、木道沿いではゆっくり池を見るのもままならない。ほとんど早足で湿原を通過したのが惜しまれる。
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美しい池(鎌ヶ池?)【八島ヶ原湿原】

八島ビジターセンター近くで10分強休んだ後、さらに歩く。疲労がたまり、足の爪が痛み、日焼けも痛くなってきた。身体が水分を欲し、水を何度も何度も飲む。それでもひたすら歩き続け、車山湿原を通って、15時半前に車山肩に到着。疲れた。

帰りは渋滞もややあったが、それでも3時間10分ほどで新宿に到着。大久保で韓国焼き肉を食べてから帰宅。疲労と激しいサンバーンが、残った。

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2008年6月 7日 (土)

マルタ・イタリア旅行(10)実用情報・マルタ編

今回使用したガイドブックは、情報のアップデートをろくにしていないように見受けられ、掲載の情報と食い違うことが幾度もあった。また、若干矛盾する読者投稿を複数掲載するだけで、きちんと事実確認をした情報を掲載しない編集方針に、憤りを覚えることもたびたびであった。
ということで、交通機関を中心にマルタの実用情報をまとめます。

■マルタ島内
○ツーリスト・インフォメーション
バスターミナルにほど近いツーリスト・インフォメーションがオープンしているのは9時~17時半(日曜は9時~13時)。地図はただでくれる。

○バスの切符他
ターミナルの職員詰め所みたいなところ(窓口も兼ねている)で買おうとしたら、結局運転士の一人がバスに入って、運転台の機械で切符(レシート状のもの)を発行した・・・。3日券は9.68ユーロ。
なお、マルタの通貨は2008年1月にマルタ・リラからユーロに移行したばかりのためか、すべての価格がマルタ・リラをユーロに換算した値段となっている(この場合はおそらく、4リラをユーロに換算した値段)。そのため、すべての価格がキリの悪い、細かい数字になっていた。
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バスのドアは前に一つだけで、市街地内では開けっ放しで走る【ラバト】

○ハル・サフリエニ・ハイポジウム、タルシーン宮殿
11番バスでヴァレッタから10~15分。バスの運転手にハイポジウムに行きたいと言っておいたら、バス停でないところで降ろしてくれて、道順を教えてくれた。ハイポジウムからタルシーン宮殿へは徒歩10分程度。両者の案内板はいくつか出ている。タルシーン宮殿近くのバス停からヴァレッタまでは29番バスだった。

○セングレア
ヴァレッタからバスで30分程度。3番バスの場合は終点。終点で降りて、進行方向に道なりにさらに歩いていくと、セーフ・ヘブン公園に至る。

○ヴァレッタ→ルア空港
8番バスで35分ほどかかった。

■ゴゾ島
○ヴァレッタからゴゾ島への移動
ヴァレッタのバスターミナルから港のあるチェルケウアまで、45番バスで約1時間。
チェルケウアからゴゾ島の港(イムジャール)まで、フェリーで30分弱。往復で4.65ユーロ。
イムジャールからゴゾ島の中心であるヴィクトリアのバスターミナルまで、25番バスで15分程度、0.47ユーロ。

○ヴィクトリア→ジュカンティーヤ神殿
65番バスで10分程度、0.47ユーロ。午後も走っていた。
なお、ゴゾ島の港やヴィクトリアのバスターミナルにあるタクシー・スタンドには目安となる料金が書いてあり、それによるとヴィクトリア・ジュガンティーヤ神殿間は8.15ユーロとのこと。

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2008年6月 5日 (木)

マルタ・イタリア旅行(9)イムディーナ、ラバト、ヴァレッタ

5月13日
今日も曇り。ホテル近くの教会にふらっと入ってみたところ、なかなか良い教会。マルタは教会のレベルが高い。

バスターミナルで今日の目的地、イムディーナへ向かう80番と81番バスを待つ。が、なかなか来ないので、止まっている84番バスの運転手にイムディーナに行くかと問うと、行くというので、着いたら教えてくれと頼んで乗り込む。車中ではうつらうつらし、夢の中でもバスに乗っていた。出発から35分ほどで終点に到着。ここがイムディーナかと問うと、「あ、忘れてた」だと。

隣に止まっている82番バスで戻れと言うので、乗り換え、そのバスの運転手にイムディーナ着いたら教えてくれと頼む。しかしこの運転手にも忘れられた。今度は寝ずに警戒していたので、何となくここではないかとというところで気付き、難を逃れたが、当てにならないものだ(親切なドライバーもいたが)。

ともかくイムディーナの街へメインゲートから入る。そこは石造りの路地が広がる迷宮のような街。ヴァレッタよりいいかも。気絶しそうに素晴らしい。まだ朝のためか人通りも少なく、静まりかえった中を歩いていく。

大聖堂へ。入場時間前だが入れた。これまたその内部が色大理石と壁画で彩られ、素晴らしい。続いて、堡塁広場へ。場外の眺めもなかなか。その後も迷宮の街をふらふらと歩く。当初は来る予定ではなかったのだが、最終日の朝に早起きしてここに来て本当に良かった。本当はもっともっとさまよっていたかったが、残念ながら時間がない。
Mdina
イムディーナの路地を行く

城外へ出て、隣町のラバトへ。こちらは生活感がある。聖パウロ教会はなかなか良いのだが、イムディーナの大聖堂に比べると分が悪い。続いて聖パウロの洞窟を探すがなかなか見つからない。教会内にいた謎の老女とペンキ職人の二人に尋ねてようやく発見。工事中の部屋の中に入口の階段があるので分かりにくい。しかも中は真っ暗。フラッシュなしでは何も見えない。諦めて帰りかけたところにガイド付きの家族連れが登場。さっき見ていた場所の隣の部屋の電気を付けた。そっちがメインだった。危うく見逃すところだった。先達はあらまほしきことなり。

82番バスが来たので、ヴァレッタに行くかと問うと行くというので乗車。遠回りをしているような気がするが、30分かかってヴァレッタに到着。ここに来て晴れ上がり、街の中心、リパブリック通りは一段と賑やかかつ華やかに。

最後の観光スポット、聖ヨハネ大聖堂へ。中は床の大理石の墓碑、天井画、漆喰ないし木彫りの彫刻で埋め尽くされた柱や壁、どれもが素晴らしい。それでいて全体的には茶色と濃灰色のトーンであるため、落ち着いた印象。今まで見た教会の中でも最上級。付属の博物館にある二枚のカラバッジョの絵も、展示されている豪奢な部屋の雰囲気も含め素晴らしい。いつまでも立ち去り難い教会だったが、もう時間がない。でも、後1分だけ。

ホテルでちんたらチェックアウトの手続きをされた後(おしゃべりしてないでとっとと書類を書いて欲しい)、8番バスで空港へ。町々をこまめに止まり、乗降も多いので思ったより時間がかかり、35分ほどかかって空港へ。最後までハラハラする。とまれ、ちゃんと間に合って、アリタリア航空でローマへ。

最後のエスプレッソを頂くがいまいち。セルフサービスの夕食後、スプレッムータ(生ジュース)も飲む。多分、赤オレンジ。でも舌がしびれていて(?)味がよく分からない。その後アリタリア航空(JALの機体)で成田へ。ガラガラだったので、3人がけの椅子に横になって寝てみる。若干姿勢が苦しかったが、それでも眠れた。

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2008年6月 3日 (火)

マルタ・イタリア旅行(8)ハジャー・イム、ジェガンティーヤ、ヴィクトリア

5月12日
38番バスに40分ほど揺られ、ハジャー・イム神殿へ。まさに巨石神殿。何千年も前にこれを運び、つくり、そして祈った(?)のはどういう人々だったのだろうか。残念ながら隣のイムナイドラ神殿はクローズ。風が強い上に雨も降るなか、二十分ほど歩いて青の洞門へ。残念ながらボートは悪天候のため出ていなかったが、崖の上から青い海にかかる天然の岩のアーチを眺める。晴れていればもっと美しかっただろう。

138番バスで帰りは20分ほどでヴァレッタへ。続いて45分バスに乗車。何度も夢をみる。1時間ほどでチェルケウアに到着。そしてフェリーで25分ほどでゴゾ島へ。バスで15分強でヴィクトリアに移動。ここから次の目的地、ジュガンティーヤ神殿へは午前中しかバスがいないと某ガイドブックに記述されていたが、大嘘。65番バスで10分ほどで到着。ここも巨石神殿で、マルタで(というより世界で?)もっとも古いもの。よくぞここまで積み上げたものだと感心。
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エジプトのピラミッドより古いらしい【ジュガンティーヤ神殿】

神殿を出ると丁度バスが来たところ。ダッシュしてヴィクトリアに行くかと問うと、そうだというので乗車。しばらく他の客はゼロ。しかし途中で子どもがどっさり乗り込んでくる。スクールバスだったのか。結局、ヴィクトリアのバスターミナルへは行かず、適当な路上で降ろされる。インフォメーションで地図を入手し、(珍しく)喫茶店で一休み。名前に引かれて「マルティーズ・コーヒー」を頼む。出てきたのは予想に反してグラスにホットコーヒー、そして上にクリームがたっぷりと載ったもの。後で調べたらリキュールを混ぜたカクテルだったが、そのときは酒入りとは全く気付かず。

続いて大城塞に入り、まず大聖堂へ。なかなか豪華。天井にはドームに見せるだまし絵があるが、良くできている。大聖堂博物館も見学後、セント・ミケーレ堡塁など城壁の上からの眺めも楽しむ。風が強くて吹き飛ばされそう。旧刑務所を見た後、バス・ターミナルへ。25番バスで港のあるイムジャールへ。そしてフェリーでマルタ島・チェルケウアに戻る。

チェルケウアからヴァレッタに向かう45番バスの車窓に美しいビーチが見えてくる。メーリッハ湾である。せっかく地中海の島に来ているのに、綺麗な海をろくに見ていないなあ・・・と思い立ち、慌てて途中下車。が、降りてみると風が強く曇っているためか、一応緑色ではあるが美しいと言うほどの海ではない。ほとんど無人だったがウインドサーフィンしているのが二人いた。

帰りのバスはなかなか来なくて不安になったが、無事やって来てヴァレッタへ帰還。夕食は今日も外れだった。ワインも妙に胃に響く。最後は義務感で食べる。会計後にくれたチョコレートが一番まともだった。

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2008年6月 1日 (日)

マルタ・イタリア旅行(7)ヴァレッタ、タルシーン、マルサシュロック、セングレア

5月11日
ホテルで朝食。座って朝食は今回の旅行で初めてか。食後、ヴァレッタの街を散策開始。黄褐色の石造りの建物が路地を形成し、坂や階段も多い、素晴らしい街並み。ただし残念ながら天気は曇りがち。リパブリック通り沿いの教会、そして聖ヨハネ大聖堂はミサ中につき早々に退散。しかし特に後者は豪勢な内部が素晴らしく、改めて来ようと思う。続いて騎士団長の宮殿へ。色大理石と壁面に彩られ、華美ではないが豪華。ついでに兵器庫も見学。

さらに聖エルモ砦へ。コスプレしたオヤジが門番を務め、記念撮影に応じている。中は小さな教会があったり、海が眺められたりするが、20分で見学は終わってしまった。騎士団軍隊を再現したとの触れ込みのショー「In Guardia」のスタートを待つ。会場の砦内の中庭ではコスプレ軍団が槍やら剣やらのリハーサルをしているが、衣装は嘘っぽいし、どうもへっぴり腰。演じているのはボランティアらしく、アマチュアだからやむを得ないか。11時にショーがスタート。内容は大したものではないが、後半の火縄銃(?)と大砲は火薬を使っており、煙も音も派手。観客から拍手が湧き起こり、子供は泣き出していた。

時間がないのでショーが終わる前に退出。10分強早歩きし、バスターミナルへ。乗る予定の「11番」を表示したバスが発車間際だったので駆け込む。運転手に文句(多分)を言われ、行き先を確認しそびれた。が、途中で不安になり、目的地の「ハイポジウム」に行くか尋ねると、「行かない。11番に乗れ」と。これは違うのか。慌てて降りる。が、走り去るバスの後ろには11番の表示。バスに騙された。

11番のバスにどこで乗ればいいのか分からないので、とりあえず出発地に戻ることにする。しかし逆方向のバス停がなかなか見つからない。ようやく見つけ、27番のバスで一度バスターミナルに戻り、改めて11番のバスに乗車。さっき慌てて降りたバス停を通り(つまり戻る必要はなかった)、10分強で下車。ハル・サフリエニ・ハイポジウムへ。ここは地下に岩を穿って造った神殿等の跡。完全予約制で遅れる訳にはいかなかったのだ。中は岩が精妙に削られた空間で、特に聖なる部屋(?)は壁や天井が綺麗に整形されており素晴らしい。オーディオガイドの解説が丁寧なこともあって、これを造った人々はどこから来てどこへと消えていったのだろうと、思いを馳せる。

昼食は街のスタンドで買った四角いピザを歩きながら。腹ペコだったこともあるが、チーズが効いてこれが美味。続いてはタルシーン神殿へ。さっき見た地下神殿を、地上に石を積んで造ったようなもの。まあ、まあまあ。周囲の街はシエスタなのか静まりかえっている。青いモールのようなもので街並みが飾り立てられているのが不思議。

29番バスでヴァレッタへ戻り、アッパー・バラッカ・ガーデンへ。海と対岸の要塞とを臨むビューポイント。今日はこのときだけ晴れ、おかげで素晴らしい眺めを堪能。
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アッパー・バラック・ガーデンより【ヴァレッタ】

続いて国立考古学博物館へ。タルシーン等の古代神殿から発掘された女神像などが売りだが、それにしてもあまりに小規模でびっくり。おかげで時間が空いたので、せっかく地中海の島に来たのだから海を見ようとガイドブックを見ながらこの後の計画を練る。

で、再びバスターミナルへ。バス待ちしていると、のたのた歩いている老婆に向かってバスが後方に走り出し、周りが大騒ぎに。間一髪、老婆は免れたが、バスはそのまま進み、バス停のポールに激突、それを斜めにひしゃげてようやく停車。何と無人だった。

そして27番バスで30分ほどでマルサシュロックへ。美しい海を見ようと、この漁港の町を訪れたのだが、また曇ってしまい、しかも海にはいろいろと浮いていて、いまいち。教会を含めた街並みは良い感じだったが。

27番バスでヴァレッタに戻り、次は3番バスで25分ほどでセングレアへ。車内で居眠りしてしまい、乗客(日本人観光客?)に起こされた。この町では突端にあるセーフ・ヘブン公園へ。対岸のバレッタの街並みを臨む。天気さえ良ければ・・・と思う。風が強く、寒い。

3番バスでヴァレッタに戻り、夕食。マルタ料理との誘い文句に引かれて注文したウサギ肉はカレー味。なぜマルタでカレーなのか。ほうほうの体で食べる。

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2008年5月30日 (金)

マルタ・イタリア旅行(6)実用情報・南イタリア編

今回使ったガイドブックは「南イタリアとマルタ」という、今回の旅行にまさにうってつけのタイトルだったが、痒いところに手が届かない内容であるうえ、脈絡なく掲載されている欄外の読者投稿欄に重要な情報が結構載っている(探すのに苦労する)ので、非常に使い勝手が悪かった。それはさておき、ガイドブック非掲載の情報を中心に、交通関係等の情報を。なお、価格・時間等は今回の旅行で利用の実績。

■プーリア州
○バーリ空港→バーリ市内間
16番のバスで所要20~30分(ただし夜)、1.5ユーロ。このほかにガイドブック掲載の5ユーロのバス(リムジンバス?)が走っている模様。

○バーリ・アルベロベッロ間
私鉄のSud-Est線を利用。詳しい時刻はウェブサイト(www.fseonline.it、ガイドブック掲載のURLは間違い)で調べられる。その通り走っているかどうかは不明だが。往復8ユーロ(バーリ駅で往復購入可能)。所要1時間半~2時間。

■バーリ→カゼルタ
イタリア鉄道のウェブサイト(www.ferroviedellostato.it)で列車時刻を検索可能。駅設置のタッチパネル式の自動販売機も英語表示可能なので、これで調べてそのまま予約・発券することもできる(クレジットカード利用可能)。今回はエウロスター・イタリア(特急列車)の席予約料込みで32ユーロ、所要3時間強。

■ナポリ及びその近郊
○ナポリ・カゼルタ間
鉄道はイタリア鉄道とメトロ・カンパニアNord-Est社(あるいはメトロ・カンパニア社のNord-Est線か)が運行。ただし、駅は共用だし、切符もカンパニア州内の公共交通は共通して使えるウニコ・カンパニアを使うので同じ(イタリア鉄道の切符売り場では買えないので注意、前述の自動販売機でも列車の時刻は調べられるが、切符は買えない)。ウニコ・カンパニアは時間券(例えば160分間有効の券)でタバッキ(タバコ屋、キオスク)で買える。値段は売ってくれる切符の時間が少しずつ店員によって(?)違うが、160分券なら2.9ユーロ。なおこの切符でナポリ市内のバスや地下鉄、ケーブルカー等も(その時間内なら)乗車可能。
なお、午前7時半から1時間にナポリからカゼルタへは8本も走っているのに、正午前後はカゼルタからナポリに向かう列車は2時間ほどなかったりするので注意。
バスも運行。カゼルタからは駅前広場(駅を出て左に少し歩いたところにあるターミナルとは別)発着の模様。

○ナポリ→カプリ島
カプリ島への高速船が発着するベヴェレッロ港だが、今回利用したSNAV社他数社の乗り場があるのはベヴェレッロ埠頭の南側にあるので注意。所要40分強、17ユーロ。

○アナカプリのバス停
カプリ島の港(マリーナ・グランデ)からアナカプリまでのバスは、「アナカプリまで」というと、ヴィットリア広場近くの路上で降ろされてしまった。アナカプリから青の洞窟までのバスはここは通らないので注意。青の洞窟行きのバスは広場から道なりにさらに進んで左手にある小さなバスターミナルから発着する。ちなみに、カプリ島内のバスには一日券も有るはずだが、バス車内でもタバッキでも売っている所は見つからなかったので、毎回1回券(1.4ユーロ)を購入。
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カプリ島内のバスはちっちゃい【アナカプリ】

○アナカプリ・青の洞窟間
バス車内の時刻表を見ると午前中は30分おき、午後は1時間~30分おきにバスが運行している。ただし、時刻表では午前中はアナカプリ発毎時0分・30分のはずだが、実際にはその丁度中間の8時45分頃に出発したので、適当っぽい。

○カプリ島→ソレント
フェリーで所要20分強、14.5ユーロ。

○ソレント→ポンペイ
ヴェスヴィオ周遊鉄道で所要30分ぐらいだったはず(寝過ごしたので詳細不明)。ウニコ・カンパニアの100分券(1.9ユーロ)利用。

○ナポリ中央駅→サンテルモ城、サン・マルティーノ美術館
地下鉄2線でモンテサント駅に行き、地上に上がってケーブルカー(フニコラーレ)のモンテサント線に乗り換えて終点まで乗り、そこから歩くのが一番簡単だと思われる(バスはバス停を探したり、降りる場所がどこかがわかりにくいので)。乗り換え時間等も含めて30分ぐらいで移動可能。

■ナポリ→パレルモ
イタリア鉄道の夜行急行を利用。ナポリ中央駅22時10分発、パレルモ中央駅翌朝8時10分着。事前のネット予約の「AMICA」(早割みたいなもの)で、26.2ユーロ。予約はイタリア鉄道のウェブサイト(www.ferroviedellostato.it)で。予約の仕方はhttp://www.amoitalia.com/italia/trenitalia.htmlが参考になる。

■シチリア島
○パレルモのホテル。
「ホテル・イタリア」。中央駅からローマ通りを10分弱進んだところにある二つ星のホテル。1泊シングル、シャワー・トイレ有りで45ユーロだったが、値切って朝食不要にして結局40ユーロ。そこそこ快適。
ちなみにパレルモ中央駅にあるとガイドブックにあったツーリスト・インフォメーションはもぬけの殻だった。

○パレルモ→アグリジェント
イタリア鉄道で1時間10分弱、7.6ユーロ。

○アグリジェント中央駅→神殿の谷
1~3番バスで5分、1ユーロ。中央駅では、駅前広場の正面から発着。

○アグリジェント→カターニア
SAIS社バスで2時間半強、11.6ユーロ。

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2008年5月27日 (火)

マルタ・イタリア旅行(5)アグリジェント、カターニア

5月10日
パレルモ中央駅のバールで朝食。金はまだ払っていないのに、店員が既にもらったと言って聞かないので(英語ができる駅員が通訳してくれたがダメだった)、不本意ながら無銭飲食。そしてイタリア鉄道の列車に乗車。草原の丘陵地帯を走り、車窓を堪能したいところだが、全面ラッピング広告のようなものが施され、窓はすべて虫の目のような穴がたくさん開いているようなもので、景色は満足に見れない。残念。

1時間10分弱でアグリジェント中央駅に到着。荷物を駅ロッカーに預けた後、インフォメーションへ。電話に熱心で仕事には不熱心。駅前からは遠くにターコイズ・ブルーの海がかいま見える。3番バスに乗車。博物館前で降りる予定だったが、予想通り降り過ごす。次の神殿の谷まで行き、降車。入口のトイレは便座も紙もあって素晴らしい。

アグリジェントの遺跡巡り、まずはジュピター神殿へ。己の想像力が試される。ディオスクロイ神殿では転がる石柱の中に復元された神殿が立ち、雰囲気がある。エルコレ神殿は石柱の存在感が素晴らしい。そして保存状態の良いコンコルディア神殿はまさにギリシャ神殿。遠足の子ども達がうざいがでも素晴らしい。一番奥にあるジェノーネ・ラチニア神殿からは、青い地中海とシチリアの荒涼とした丘陵、そして斜面にへばりつくように立つ現代の街を臨むことができ、咲き乱れるミモザの黄色い花を含め、あたり全てが美しい。
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コンコルディア神殿【アグリジェント】

続いて排ガスまみれになりながら20分強歩いて州立考古学博物館へ。ここのトイレも便座も紙もある。中身はずらっと出土品などが展示されているが、それだけ。売りの人像柱は確かにでかい。隣のサン・ニコラ教会には入れず。教会前の小円形劇場の遺跡は見れた。

1番バスで駅に戻り、荷物をピックアップしてバスターミナルへ。しかし目当てのバスが見つからない。違う会社の職員が人が良さそうだったので聞いてみたが、「モメント」と言うばかり。と、二階建てのバスがやってきた。それが待っていたバスだった。せっかくなので二階の最前列に着席。窓は汚いが、眺めはいい。うつらうつらしながらも時々車窓を撮る。

そして2時間半強でカターニアへ。中央駅にあるインフォメーションに行くが閉まっている。仕方なく情報不足のまま429番バスに乗車。しかし最初(?)のバス停で乗り降りがあった後、なぜか折り返し、駅へと戻り(ただし停車はしない)、別の道を進んで行く。意味不明。目的地の大聖堂からどんどん離れていっている感じがしてきたので、よく分からない場所でとりあえず下車。自分どこにいるかを把握するのに時間がかかる。

たまたま円形闘技場の近くだったのでせっかくなので見学。それから歩行者天国になっているエトネア通りをそぞろ歩き。石畳に石造りの建物が並び、ほどよく賑やかで間違ってここに来て良かった。ドゥオーモ広場の像の噴水を見た後、当初の目的地の大聖堂へ。最初はでかいが簡素な内装だと思ったが、よくよく見ると、火山岩(?)を使った柱などが趣深い。ベッリーニの墓は閉鎖中の模様。

その後マルタ行きのフェリー乗り場に向かう。しかしガイドブック掲載の地図が適当なため、港の中の、どうみても貨物エリアの中を迷いまくる。インフォメーションは見つかったが閉まっている。さらに右往左往し、ようやくフェリー会社「ヴィルトゥ・フェリー」の小さな小屋を発見。

一人だけいたおやじに予約メールを印刷したものを見せると、「今日はキャンセルだ。明日夜9時、ポッツァーロから出る」と。ふざけてる。しかし仕方ないので、金を返せと言うと、ここではできない、ポッツァーロへは駅からバスで行け、金が欲しけりゃ月曜日にマルタのオフィスに行けときた。人を馬鹿にするにもほどがある。しばらく声を大にして押し問答したが全く埒が明かない。諦めてとりあえず駅に向かう。

足早に歩きながら代替案を考える。旅行会社がどこにあるかなんて分からないから、とりあえず空港に行ってマルタ行きを探すことにする。その間、腕に刺青を入れた男に腕を掴まれたり(煙草が欲しかったらしいが、持っていないし、例え持っていてもお前にくれてやるたばこは持っていない)、タクシーの客引きに引っかかってみたら白タクだったり(白タクなら乗らないと言うと、俺は正しい運転手だ、嘘だと思うなら駅員に聞いてみろと言って、駅の切符売り場まで連れて行かれて、駅員に「そうだ」と言わせていたが、グルに決まってる)と散々。

駅に着いても今度は空港行きのバス乗り場が見つからない。チケット売り場の係員は早口のイタリア語でまくし立て、「プリモ」(一番)しか聞き取れない。そして一番のバス停は二ヶ所あり、片方には違うバスの番号が、もう片方は表示の紙がくしゃくしゃになっていてよく見えないが、違うもよう。近くのオバチャンに聞くとこれまた早回しなイタリア語(しかも「ノン・イタリアーノ?オー?」などといって確認しながら、さらにべらべらしゃべる)。空港を経由して別の街に行くバスらしきものを見つけたので、その運転手に聞くと、運転台から顔を出して、ご親切に身振りで場所を示してくれたが、そっちに行ってもバス停らしき所はない。

少し離れたバスターミナルに戻ってみたが、長距離用らしく、空港行きの表示がないし、そもそも職員が一人もいない。駅に戻り、外で煙草を吹かしている運転手に尋ねたところ、折よく空港行きバスが登場。ようやくバス(457番)に乗れた。乗ったはいいが渋滞でなかなか進まない。そして30分ほど走ったらなぜか駅前に戻って行く(停車はしない)。訳が分からない。その後15分ほどでようやく空港に到着。ただいま19時50分。港を出てから2時間近くもかかってしまった。

出発案内の画面を見る。アムステルダムやケルンなど欧州諸都市行きばかりで都合良くマルタ行きがあるわけがない。明日に飛んでいる便があればラッキーか。アリタリア航空のカウンターがあったので明日マルタ行きがあるかと聞くと、それなら後ろのカウンターのエアーマルタがあるとのこと。とりあえず助かったと思い、後ろにまわるがエアーマルタなんてない。さらに二つのカウンターに聞いてようやくSACのカウンターに行けと言われる。しかしそこは無人。と、職員が出てきた。帰ってしまいそうな雰囲気だったので、急ぎ呼び止めマルタ行きはあるかと問うと、「(今晩)11時のフライトがある」と。奇跡が起こった。・・・と言うほどのことでもないが、当時の自分にとっては紛れもなくそれは奇跡だった。

フライトは予定より1時間遅れるし、マルタのホテルに電話した際に勧められるがままに依頼した送迎車(ただのタクシーだったが)のドライバーには会うなり「フライトが遅れていて俺は疲れた」と嫌みを言われるし、不愉快なこともあったが文句は言うまい。部屋にたどり着いたのは深夜1時半前と遅くなったが、予定通りマルタに到着。疲れた。

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2008年5月25日 (日)

マルタ・イタリア旅行(4)パレルモ、モンレアーレ

5月9日
寝苦しいながらも睡魔が勝り、多少は眠る。列車が行ったり来たりして、夢うつつの中でもしかしたら…と思って気付けば、もうフェリーの中。列車を降りて甲板に上がってみると夜の海をゆっくり進んでいる。こうして列車ごとフェリーに乗り込んで、シチリア島へ。日が昇ると割と風光明媚な車窓。が、いかんせん窓が汚い。8時40分前にパレルモ中央駅に到着。駅前のローマ通りを歩いて通りすがりのホテルにチェックイン。

早速街へ。早速道を間違え散々苦労してたどり着いたジェズ教会は工事中。近くのバッラロの市場もつまらない。迷宮のような街をさまよい何とかノルマン王宮へ。有名なパラティーナ礼拝堂は工事中で入れないとは知っていたが、他の部屋も入場制限があるらしく、行列ができている。20分強並んでようやく入場。つまらん王宮だが、ルッジェーロ王の間(?)の金のモザイクの天井や壁は良かった。建物の古い部分も面白かった。

バスがなかなか来ないので、諦めて歩き始めたら後ろからバスがやってきて、次のバス停まで走るという馬鹿をやり、104番のバスで移動。プレトーリア広場、マルトラーナ教会、サン・カタルト教会と巡る。昼食後、歩いてカテドラーレへ。外観は素晴らしいが、中はつまらない。有料の部分が昼休み(ガイドブックにはそのような記述は一切なかったが・・・今回はそういうのが多い)なので仕方なく中で待つ。と、パイプオルガンの演奏(というか練習)が。それをBGMにうつらうつらと。贅沢な昼寝。

予想通り待ってまで見るほどのこともなかった有料部分(王墓、宝庫、クリプタ)を見た後、インディペンデンツァ広場前から389番バスに乗車。山を登り、がけの下に街が広がっている、と思ったら、モンレアーレに到着。癒しの空間を形成していた回廊付き中庭を満喫した後、ドゥオモへ。金色のモザイクが天井を覆い、まるでモザイクの洪水。素晴らしい。小さな「十字架の礼拝堂」はウルトラバロック風な大理石装飾の渦。と、パイプオルガンの演奏が始まる。花嫁衣装が見えると思ったら、結婚行進曲が。結婚式が始まったのだった。
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モザイクが素晴らしいモンレアーレのドゥオーモ

その後見晴らし台、聖堂参事会付属教会等を巡り、シチリア特産の菓子「カンノーロ」を食べ、エスプレッソのドッピオを飲み、支払いで若干もめた後(払っていないのにもうもらったと言われた、別にいいのだが)、389番バスでパレルモへ。車内は眠くなる。というか寝た。

パレルモのインディペンデンツァ広場で104番バスに乗りかえ、サンフランシスコダッシジ教会へ。しかし入って2分で「閉館だ」と追い出される。やはりつまらないヴッチリアの市場を通り、夕食は目当ての店が潰れていたので(多分)、ホテル近くの通りすがりの店へ。Swordfishが柔らかくて弾力もあって美味。今回の旅行で(エスプレッソを除いて)初めて心から美味いと思う。白ワインもシチリア産の"Corvo"でよろしい。調子に乗って食後にエスプレッソ。ワインの後のエスプレッソは胃に響く。それもまた、幸せな経験。

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2008年5月23日 (金)

マルタ・イタリア旅行(3)カゼルタ、ナポリ

5月8日
ナポリ中央駅で荷物を預け、カゼルタ行きの列車を探す。イタリア鉄道とメトロ・カンパニア・ノルド・エスト社の列車が混在しているが、どうやら時刻表には両方掲載されている模様。次の発車はメトロ…社の列車でホームは隅っこ。急いでホームへ向かうが、切符に刻印するのを忘れていたことに気付く。しかし刻印の機械が近くにない。探す。見つける。しかし壊れてる!

時間がないので諦めて列車へ向かう。近くにいた職員に行き先を確認したら、切符にパンチをあけてくれた。そして7時半発の列車でカゼルタ駅に8時15分頃到着。そして王宮へ。敷地にたどり着くも入口がどこかわからない。「あっちの階段だ」と素っ気なく教えられ、でかくて豪華で素晴らしい大階段を発見し、テンションも上がって入ろうとすると、まずは切符を買ってこいと追い返される。

階段を下りて売り場に行って、ようやく入場。王宮の敷地内に入ってから宮殿内に入場するまで15分もかかった。王宮内はゴージャスな部屋が多く、なかなかよろしい。といっても25分で終わった。続いて庭園へ。電気バスで移動。だだっ広くて大したことないので、バスの車窓で十分。大滝は水がほとんど枯れている。

王宮を出て駅近くのバールでエスプレッソを一飲み。いまいち。そのせいか、代金を払い忘れる。途中で気付き、慌てて戻る。駅でナポリ行きを調べると、昼は極端に本数が減り、次は1時間40分後。あり得ない。バスで行こうと駅を出て左手のバス乗り場へ。何の表示もないので右往左往。係員らしき人に聞くと、駅前のロータリーを指差してあの青いバスだ、急げと言う(多分)。慌てて走り、何とか間に合う。…切符を買いそびれた。

40分ほどでナポリに到着。スパッカ・ナポリ地区のトリブナーリ通りへ。洗濯物はためく狭い路地を大勢の人とバイクと車が行き交い、素晴らしい。地区内のドゥオモはこれぞイタリアの大教会、内部が素晴らしい。中の洗礼堂も天井のモザイクが素晴らしい。地下にはギリシャ・ローマ・ビザンツ時代の遺跡もある。
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スパッカ・ナポリのトリブナーリ通り

続いてサン・ロレンツォ・マッジョーレ教会へ。お釣りをごまかされる。博物館部分は軽く流して、地下の遺跡へ。街がそのまま残っているような感じ。教会は内装がない。トイレには便座も紙もない。

次に行ったサン・パオロ・マッジョーレ教会は見所であるクリプタがシエスタなのか閉まっていて残念。さらにサンセヴェーロ礼拝堂へ。小さいが豪華。「ベールに包まれた謙譲」像のベールが、石とは思えないリアルな繊細さ。

パンを食べながらスパッカナポリを歩く。途中、立ち飲みバールでエスプレッソを。美味い。これを待っていた。

続いては国立考古学博物館へ。お目当てのアレクサンドロ大王のモザイクは、繊細な技法とダイナミックな描写で素晴らしい。しかし他は閉まっている部屋ばかりのよう。それに足が死ぬほど疲れてきた。

地下鉄2線、ケーブルカー・モンテサント線を乗り継いでヴォメロの丘へ。シエスタの時間なのか、街は静まりかえっている。まずはサンマルティーノ美術館へ。教会も素晴らしいが、目当てはテラスからの眺め。確かに街並みと海とを見下ろせるが、木や工事用の足場が邪魔でいまいち。これを見ても死ねない。美術館はシャビー。続いてサンテルモ城へ。エレベーターで城壁の上に上がると、遮るもののない眺めが。来て良かった。

ケーブルカー・チェントラーレ線で丘を降りる。ウンベルト1世のガッレリア内でスフォリアッテッラ(貝殻型のパイ)を食べる。甘くて美味。そして王宮へ。宮殿内を一通り見学した後、さらに中にある国立図書館へ。パピルスが展示されているとのことだったが、実際に使われている図書館で、かなりお呼びでない雰囲気だったので早々に退散。すると出口が見つからない。結局敷地内を無意味に一周してようやく出口にたどり着く。

もう足が死にそう。プレシビート広場前の重厚なカフェ「カンブリヌス」へ。中で座りたかったが、これまたお呼びでない雰囲気なので、ジェラートを買って広場で一休み。さらにエスプレッソも。これはいまいち。写真を撮ったりしてすぐ飲まないのがいけないのかもしれないと反省。その後は海岸沿いのサンタルチアを歩く。大した景色ではない。

夕食は卵城近くのレストランで。スパゲティはアルデンテといえば聞こえはいいが、かなり硬めで、歯にへばりついてしょうがない。食後、132番のバスで中央駅へ。そして夜行急行列車に乗車。寝台車両も連結されているが、予約した席は6人個室を6人で利用。向かい合わせの椅子で足を十分伸ばせない。背もたれは直角で首も痛くなる。これでパレルモまで10時間の旅。

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2008年5月20日 (火)

マルタ・イタリア旅行(2)カプリ島、ポンペイ、ナポリ

5月7日
R2番のバスで中央駅前のガリバルディ広場からベヴェレッロ港へ向かう。ガイドブックの地図に「SNAV社フェリー発着」とある辺りを目指すが、船は見えるがチケット売り場がない(建物はあるが閉まっている)。どうやらここは遠距離用らしい。他のページの地図をみるとカプリ島行きのフェリーは場所が別のよう。早足で急ぎ、なんとか正しい乗り場とチケット売り場を見つけ、7時10分過ぎ発の高速船に乗船。

40分ほどでカプリ島に到着。満員のミニバスでアナカプリへ。狭い坂道を登っていく。なるほどこれは小さなバスでなければ走れない。時折、眼下に美しい海と島が見える。崖っぷちを走るので、まるで空を飛んでいるかのような気分になる。

20分ほどでアナカプリの広場で降ろされる。少し歩いたところにあるちょっとしたターミナルから別のミニバスに乗り、青の洞窟に9時に到着。崖を降りると、ボートが待ち構えている。崖の下に小さな穴があり、そこが入口。早速中へ。最初は大したことないと思ったが、奥まで進んで入口の方を見ると、確かに青の水面が広がる。美しい。それだけだが。

朝一番で他に誰もいなかったので(そしてチップを約束したので)10分以上中に滞在。その間聞きたくもない若い船頭のカンツォーネなどにつきあう。その後、バスでアナカプリに戻り、さらにバスを乗り継ぎカプリへ。いい感じの路地が続くのでフラフラしてたら道に迷う。

散々右往左往した後、アウグスト公園らしきところへ。白い崖の下にはエメラルドグリーンの海。ファラリオーニの岩島群もフォトジェニック。撮りまくりもいいとこ。
Capri_island
アウグスト公園から【カプリ】

再び道に迷いまくって何とかケーブルカーの駅へ。港(マリーナ・グランデ)に戻って次は高速船で20分ほどでソレントへ。崖の上の街に上がり、駅へ。そしてヴェスヴィオ周遊鉄道でポンペイへ向かう。テープの車内放送に車内の電光掲示、そして駅名標も見やすく、何となく安心。そしてとても眠い。はっと気付けば降りる予定のポンペイ遺跡駅の次の駅でドアが閉まったところ。寝過ごした。

しかも路線が二股に分かれるところで、折り返しに乗った電車はポンペイ遺跡駅には行かず、遺跡から離れたポンペイ駅しか通らない。最悪。ポンペイ駅到着後、歩いて遺跡を目指すが、遺跡の位置を示す看板の類は一切なし。30分ほどかかって(同駅にもっとも近い入口は閉鎖されていた模様)ようやく遺跡に到着。

ポンペイ遺跡は個々の建物はもちろんだが道、中でも商店街らしき通りがそのまま残っているのが凄い。というか街そのものの遺跡なのでやたら広い。歩き廻っているうちに疲れ過ぎて一歩も動けなくなった。しばらく座って一休み、というのを繰り返しながら何とか遺跡見学を続ける。特にフォロ及びその周辺は建物などがよく残っており、圧巻。フォロの浴場は内部の美しい装飾が素晴らしい。
Dsc02690
今にも古代ローマ人が出てきそうな裏通り【ポンペイ】

結局3時間半ほど遺跡を見学してから、ヴェスヴィオ周遊鉄道でナポリ中央駅に18時50分過ぎに到着。地下鉄2線(地下鉄のはずがイタリア鉄道の車両が登場し、本当にこれが地下鉄かと上へ下への大騒ぎを一人で演じた後、やはりこれが地下鉄との結論に至るまで10分ほど要した)、そしてケーブルカー・モンテサント線を乗り継いでサンマルティーノ美術館前の広場へ。夕暮れのナポリの街並みを見下ろせるが、微妙に海が隠れて見えず、残念。また来て館内に入らなくては。

バスV1番でフーガ広場へ、そして道に迷って(というか目の前に駅の建物にあるのにしばらく気付かなかった)ケーブルカー・チェントラーレ線へ。下りのケーブルカーに乗り、次の駅に停まってしばらく動かないので待っていると、ドアが閉まり、なぜか今度は登り始めた。途中駅を通過する快速(?)に乗っていたらしく、どうやら終点に着いていた模様。馬鹿。終点駅に改めて戻って外に出ると、既に暗い。

夕食はピッツァ・マルゲリータ発祥のピザ屋で。もちろんマルゲリータを注文。一口目は旨いが、その後ずっとチーズとトマトまみれのピザを食べ続けるのは修行に近い。ピザ修行。

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2008年5月18日 (日)

マルタ・イタリア旅行(1)アルベロベッロ

今回のマルタ・イタリア旅行は現地から速報を送りましたが、改めて。

2008年5月5日
成田空港内でマッサージを受けた後、アリタリア航空でローマへ。空港内で水を買い、早速釣りをごまかされそうになる。バールがあるので、エスプレッソを注文。期待通りの美味しさ。そしてアリタリア航空でバーリへ。空港から16番のバスで30分強で中央駅へ。駅の自動販売機で明日の特急の切符を買った後、ホテルへ。

5月6日
6時前にホテルを出て私鉄Sud-Est線のバーリ中央駅へ。切符を買うが、時刻表に載っていない(と思われる)列車が次々と出発してゆく。戸惑っていると、出札の駅員があれに乗れと目で合図してくれた。6時半過ぎの列車に乗車。発車ベルも案内放送もないし、駅名標も見にくい。しかも途中で大量の中高生が乗車して満員状態のため、車内を動き回れない。とてつもなく眠いが、目的地の駅に着いたのかどうかが確認しづらくて不安で眠れやしない。結局、手前の駅で降りそうになったのを見とがめた車掌に正しい駅を教えてもらい、8時半前にアルベロベッロに到着。あいにくの雨。

駅から歩いてまずはリオーネ・モンティ地区へ。着いた頃には雨が上がり、若干日も差してきた。ここは円錐形の屋根を載せた小さな白い家、「トゥルッリ」だらけの地区。特に(中心の広場から見て)一番左側のVia Monte Neroは白い石で舗装され、テーマパークのようでやりすぎと感じるほどだが、フォトジェニックな街並みであるのは間違いない。観光客目当ての土産物屋だらけで、日本語で「こんにちは」と呼び込みがかかる。ある店からは日本人の店員に「絶景ですよ」と声をかけられ、屋上に上らせてもらったが、「絶景」とは言えず。下から見る方がいい。

サンタントニオ教会に行った後、アイア・ピッコラ地区へ。やはりトゥルッリが集積する地区だが、こちらは住宅地で静か。玉すだれのようなものが玄関にかかっている家をよくみかける。同地区入口に近い公園からはさきのリオーネ・モンティ地区を臨むことが出来、良い眺め。地区内のアルベロベッロ管区博物館は大した展示なし。館内にトイレはあったが便座がなかった(そしてこのトイレ事情はイタリア国内にいる間、ずっと続くことになる)。
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アイア・ピッコラ地区のトゥルッリ【アルベロベッロ】

ポポロ広場、カーサ・ダ・アモーレを抜けて、サンティ・メディチ・コズマ・エ・ダーミアーノの聖所記念堂へ行き、その裏手にあるトゥルッロ・ソヴラーノへ。唯一二階建てのトゥルッリという触れ込みだが、金を払って中を見る価値があったかどうかは微妙。

早歩きして10分弱で駅へ。そして12時前発の列車でバーリに13時20分過ぎに到着。急いでホテルへ行って荷物をピックアップし、駅へ戻る。13時40分過ぎ発のイタリア鉄道のエウロスターイタリア(特急)に乗車。ほぼ満席で、昨晩指定券を買っておいて良かった。車内はプロペラ機のような変な回転音がするのが気になる。列車は丘陵地帯をひた走るが、やや遅れて16時50分過ぎにカゼルタに到着。

ガイドブックによるとカゼルタの王宮庭園は18時、王宮内部は19時までで、その1時間前には閉まってしまう可能性がある。しかし駅で荷物預けがなかなか見つからないので、やむを得ず重荷を引きずって早歩きで王宮へ向かう。王宮は駅の目の前にあるのに工事のフェンスに囲まれなかなか近づけない。散々遠回りしてやっと門までたどり着いたと思ったら、入口近くの小屋にいた中年女性にイタリア語で今日はクローズだ、明日また来いと(多分)言われる。

とぼとぼと駅へ戻る。行きと反対側の道を通ったらさらに遠回り。駅でここカンパニア州内の公共交通が3日間利用できる「カンパニア・アルテ・カード」(の州全域版)を購入しようとするが、「ナポリで買え」と言われる。それでは意味がないが仕方ないので、普通の乗車券を構内のたばこ屋で購入(駅の窓口では買えない…不便)。ついでにアリタリアの機内でもおいしかった赤オレンジのジュースを買う。

そしてメトロ・カンパニア・Nord-Est社(?…イタリアの鉄道は上下分離なので、同じ線路の上をいろいろな会社が運行している…ような気がする)の列車でナポリへ。予約していたホテルでチェックイン時に「カンパニア・アルテ・カード」があるかと聞いたら、なぜかただでくれた。もっとも州内全域で使えるものではなく、ナポリとその近郊のみのものだったが。

疲れきっていたので、その後は観光せずに駅前の別のホテルのレストランで夕食。面倒なので定食を頼んだら、メインはチーズのフライ。微妙。眠すぎるのか、空きっ腹のワインが利いたのか、どうも気持ち悪い。うまい料理だったらもったいないところだった(あるいは料理のせいで気持ち悪くなったのか)。デザートはリンゴ丸ごと三個とさらに微妙だった。

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2008年5月14日 (水)

マルタ・イタリア速報(9)イムディーナ、ラバト、バレッタ

マルタ・イタリア速報(9)イムディーナ、ラバト、バレッタ
5月13日
ホテル近くの教会にふらっと入ってみたところ、なかなか良い教会。マルタは教会のレベルが高い。
バスでイムディーナに向かう。着いたら教えてくれとドライバーに頼んでおく。うつらうつらしているうちに終点に到着。ここがイムディーナかと問うと、「あ、忘れてた」だと。別のバスで戻れと言うので、乗り換え、そのバスの運転手に着いたら教えてくれと頼む。しかしこいつも忘れやがった。今度は自分で気付き、難を逃れたが、当てにならないものだ(親切に行き先を教えてくれたドライバーもいたが)。

何はともあれイムディーナへメインゲートから入る。そこは石造りの路地が広がる迷宮のような街。バレッタよりいいかも。気絶しそうに素晴らしい。

大聖堂へ。入場時間前だが入れた。これまたその内部が素晴らしい。このまちに来て、本当に良かった。

堡塁広場からの眺めを楽しんだ後、隣町のラバトへ。聖パウロ教会はなかなか良いのだが、さっきの大聖堂に比べると分が悪い。続いて聖パウロの洞窟を探すがなかなか見つからない。教会内にいた謎の老女とペンキ職人の二人に尋ねてようやく発見。工事中の部分にあるので分かりにくい。しかも中は真っ暗。フラッシュなしでは何も見えない。諦めて帰りかけたところにガイド付きの家族連れが登場。さっき見ていた場所の横にある部屋の電気を付けた。そっちがメインだった。危うく見逃すところだった。先達はあらまほしきことなり。

バスでバレッタに戻る。ここに来て晴れ上がり、リパブリック通りは一段と賑やか&華やか。最後の観光スポット、聖ヨハネ大聖堂へ。中は床の大理石の墓碑、天井画、漆喰ないし木彫りの彫刻で埋め尽くされた柱や壁、どれもが素晴らしい。今まで見た教会の中でも最上級。付属の博物館にある二枚のカラバッジョの絵も、展示されている豪奢な部屋の雰囲気も含め素晴らしい。いつまでも立ち去り難い教会だったが、もう時間がない。

その後、バスで空港へ。町々をこまめに止まり、乗降も多いので思ったより時間がかかり、ハラハラする。とまれ、ちゃんと間に合って、アリタリア航空でローマへ。

現在、ローマ・フィウミチーノ空港内。旅の終わりまで、あと一息。

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2008年5月13日 (火)

マルタ・イタリア速報(8)ハジャー・イム、ジェガンティーヤ、ビクトリア

マルタ・イタリア速報(8)ハジャー・イム、ジェガンティーヤ、ビクトリア
5月12日
バスでハジャー・イム神殿へ。まさに巨石神殿。残念ながら隣のイムナイドラ神殿はクローズ。風が強い上に雨も降るなか、二十分ほど歩いて青の洞門へ。残念ながらボートは悪天候のため出ていなかったが、崖の上から青い海にかかる天然の岩のアーチを眺める。晴れていればもっと美しかっただろう。

バスとフェリーを乗り継ぎ、ゴゾ島へ。さらにバスを乗り継いでジュガンティーヤ神殿へ。ここも巨石神殿で、もっとも古いもの。よくぞここまで積み上げたものだと感心。

ガイドブックにはバスは午前中のみということだったが大嘘、帰りのバスもあった(神殿の出口からダッシュする羽目になったが)。続いてビクトリアへ。大城塞に入り、まず大聖堂へ。なかなか豪華。城壁の上からの眺めも楽しむ。旧刑務所を見学した後、バス、フェリーを乗り継ぎマルタ島に戻る。

バレッタに向かうバスの車窓にビーチが見える。地中海の島に来てろくに美しい海を見ていなかったので、途中下車。風が強く曇っているのでほとんど無人。ウインドサーフィンしているのが二人いるだけ。まあ一応緑色の海だった。

帰りのバスはなかなか来なくて不安になったが、無事やって来てバレッタへ帰還。夕食は今日も外れだった。

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マルタ・イタリア速報(7)バレッタ、タルシーン、マルサシュロック、セングレア

マルタ・イタリア速報(7)バレッタ、タルシーン、マルサシュロック、セングレア
5月11日
ホテルで朝食。座って朝食は今回の旅行で初めてかも。食後、バレッタの街を散策開始。黄褐色の石造りの建物が路地を形成し、坂や階段も多い。素晴らしい。聖ヨハネ大聖堂はミサ中につき早々に退散。しかし豪勢な内部は素晴らしく、改めて来ようと思う。続いて騎士団長の宮殿へ。色大理石と壁面に彩られ、華美ではないが豪華。ついでに兵器庫も見学。
さらに聖エルモ砦へ。少々砦内を見学した後、騎士団軍隊を再現したとの触れ込みのショーを見物。演じているのはボランティアらしいのだが、かけ声は威勢がいいが、なんかへっぴり腰だし、衣装も嘘っぽい。もっとも火縄銃みたいのと大砲は火薬を使っており、煙も音も派手。観客から拍手が湧き起こり、子供は泣き出していた。

時間がないのでショーが終わる前に退出。バスターミナルで発車間際の十一番バスに駆け込む。運転手に文句(多分)を言われ、行き先を確認しそびれた。が、途中で不安になり、目的地の「ハイポジウム」に行くかと尋ねると、「行かない。十一番に乗れ」と。これは十一番ではないのか。慌てて降りる。が、走り去るバスの後ろには十一番の表示。バスが嘘をついていた。

一度バレッタのバスターミナルに戻って、改めて十一番のバスに乗車。ハイポジウムに向かう。ここは地下に岩を穿って造った神殿等の跡。完全予約制で遅れる訳にはいかなかったのだ。中は岩が精妙に削られた空間で、オーディオガイドの解説が丁寧なこともあって、これを造った人々はどこから来てどこへと消えていったのだろうと、思いを馳せる。

昼食は四角いピザを歩きながら。腹ペコだったこともあって、美味。続いてはタルシーン神殿へ。さっき見た地下神殿を、地上に石を積んで造ったようなもの。まあ、まあまあ。

バスでバレッタへ戻り、アッパー・バラッカ・ガーデンへ。海と対岸の要塞とを臨むビューポイント。今日はこのときだけ晴れた。

続いて国立考古学博物館へ。小規模でびっくり。そしてまたバスターミナルへ。バス待ちしていると、無人のバスが後ろに動き出し、ちょっとした騒ぎに。

バスでマルサシュロックへ。美しい海を見ようと、この漁港の町を訪れたのだが、また曇ってしまい、海もいろいろと浮いていて、いまいち。
バスでバレッタに戻り、次はセングレアへ。車内で居眠りしてしまい、乗客に起こされた。この町では突端にある公園へ。対岸のバレッタの街並みを臨む。

バスでバレッタに戻り、夕食。マルタ料理との誘い文句に引かれて注文したウサギ肉はカレー味。なぜマルタでカレーなのか。ほうほうの体で食べる。

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マルタ・イタリア速報(6)アグリジェント、カターニア

マルタ・イタリア速報(6)アグリジェント、カターニア
5月10日
イタリア鉄道でアグリジェント中央駅へ。荷物を駅ロッカーに預けた後、バスで神殿の谷へ。トイレに便座も紙もあって素晴らしい。

まずはジュピター神殿へ。己の想像力が試される。ディオスクロイ神殿では転がる石柱の中に復元された神殿が立ち、雰囲気がある。

さらにエルコレ神殿、コンコルディア神殿はその存在感が実に素晴らしい。一番奥にあるジェノーネ・ラチニア神殿からは、青い地中海とシチリアの荒涼とした丘陵、そして斜面にへばりつくように立つ現代の街を臨むことができ、咲き乱れるミモザの黄色い花を含め、あたり全てが美しい。

続いて考古学博物館へ。ずらっと出土品などが展示されているが、それだけ。隣の教会には入れず。
バスで駅に戻り、荷物をピックアップしてバスターミナルへ。しかし目当てのバスが見つからない。違う会社の職員が人が良さそうだったので聞いてみたが、「モメント」と言うばかり。と、二階立てのバスがやってきた。それが待っていたバスだった。

バスでカターニアへ。中央駅にあるインフォメーションに行くが閉まっている。仕方なく情報不足のまま市内バスに乗車。しかし最初(?)のバス停で乗り降りした後、なぜか折り返し、駅へと戻り、別の道を進んで行く。行きたい場所からどんどん離れていっている感じがしてきたので、よく分からない場所で下車。どこにいるかを把握するのに時間がかかる。

たまたま近くにあった円形闘技場を見学した後、歩行者天国になっている通りをそぞろ歩き、目的地の大聖堂へ。広いし、火山岩(?)を使った柱などが趣深い。

その後マルタ行きのフェリー乗り場に向かう。しかしガイドブック掲載の地図が適当なため、港の中の、どうみても貨物エリアの中を迷いまくる。ようやくフェリー会社の小さな小屋を発見。

一人だけいたおやじに予約メールを印刷したものを見せると、「今日はキャンセルだ。明日夜9時、ポッツァーロから出る」と。ふざけてる。しかし仕方ないので、金を返せと言うと、ここではできない、月曜日にマルタのオフィスに行けときた。人を馬鹿にするにもほどがある。しばらく声を大にして押し問答したが全く埒が明かない。諦めてとりあえず駅に向かう。

足早に歩きながら代替案を考える。空港に行ってマルタ行きを探すことにする。その間、腕に刺青を入れた男に腕を掴まれたり(煙草が欲しかったらしい)、タクシーの客引きに引っかかってみたら白タクだったりと散々。

駅に着いたが今度は空港行きのバス乗り場が見つからない。チケット売り場の係員は早口のイタリア語でまくし立て、「プリモ」(一番)しか聞き取れない。そして一番のバス停は二ヶ所あり、片方には違うバスの番号が、もう片方は表示の紙がくしゃくしゃになっていてよく見えないが、違うもよう。近くの人に聞くとこれまた早回しなイタリア語。空港を経由して別の街に行くバスの運転手に聞くと、運転台から顔を出して、身振りで場所を示してくれたが、そっちに行ってもバス停らしき所はない。

少し離れたバスターミナルに行ってみたが、長距離用らしく、空港行きの表示がないし、そもそも職員が一人もいない。駅に戻り、外で煙草を吹かしている運転手に尋ねたところ、折よく空港行きバスが登場。ようやくバスに乗れた。

乗ったはいいが渋滞でなかなか進まない。そして三十分ほど走ったら駅前に戻って行く。訳が分からない。その後15分ほどでようやく空港に到着。ただいま19時50分。港を出てから2時間近くもかかってしまった。
出発案内の画面を見る。アムステルダムやケルンなど欧州諸都市行きばかりで都合良くマルタ行きがあるわけがない。明日に飛んでいる便があればラッキーか。
アリタリア航空のカウンターがあったので明日マルタ行きがあるかと聞くと、それなら後ろのカウンターのエアーマルタがあるとのこと。とりあえず助かったと思い、後ろにまわるがエアーマルタなんてない。さらに二つのカウンターに聞いてようやくSACのカウンターに行けと言われる。しかしそこは無人。と、職員が出てきた。帰ってしまいそうな雰囲気だったので、急ぎ呼び止めマルタ行きはあるかと問うと、「11時のフライトがある」と。奇跡(でもないが)が起こった。

フライトは予定より1時間遅れるし、マルタのホテルに電話した際に勧められるがままに依頼した車のドライバーには会うなり「フライトが遅れていて俺は疲れた」と嫌みを言われるし、不愉快なこともあったが文句は言うまい。(日付は変わったが)予定通りマルタに到着。

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2008年5月11日 (日)

マルタ・イタリア速報(5)パレルモ、モンレアーレ

5月9日
列車ごとフェリーに乗り込みシチリア島へ。苦しいながらも睡魔が勝り、多少は眠ってパレルモに8時半頃到着。通りすがりのホテルにチェックインした後、街へ。

早速道を間違え散々苦労してたどり着いたジェズ教会は工事中。近くの市場もつまらない。迷宮のような街をさまよい何とか王宮へ。金のモザイクがある部屋を除けばつまらない。有名なパラティーナ礼拝堂が工事中だから仕方ないか。

バス移動し、教会を巡った後、カテドラーレへ。外観は素晴らしいが、中はつまらない。有料の部分が昼休みなので待っていると、パイプオルガンの演奏(というか練習)が。それをBGMにうつらうつらと。

続いてバスでモンレアーレへ。癒しの空間を形成していた回廊付き中庭を満喫した後、ドゥオモへ。黄金のモザイクが天井を覆い、まるでモザイクの洪水。素晴らし過ぎる。と、パイプオルガンの演奏が始まる。花嫁衣装が見えると思ったら、結婚行進曲が。結婚式が始まったのだった。
その後見晴らし台等を巡り、シチリア特産の菓子を食べて、バスでパレルモへ戻る。バスを乗り継ぎ、サンフランシスコダッシジ教会へ。しかし入って2分で「閉館だ」と追い出される。

夕食は目当ての店が潰れていたので(多分)、通りすがりの店へ。白身魚が柔らかくて弾力もあって美味。今回の旅行で(エスプレッソを除いて)初めて心から美味いと思った。

今日はなんかのんびりとしてしまうことが多く、旅の中だるみというか「シチリアの休日」というかんじであった。

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マルタ・イタリア速報(4)カゼルタ、ナポリ

マルタ・イタリア速報(4)カゼルタ、ナポリ
5月8日
ナポリ中央駅からカゼルタ行きに乗ろうとしてドアのボタンを押すが開かない。と、列車は発車してしまった。イタリア鉄道と地域の鉄道会社の列車が混在していて分かりにくいが、どうやらまもなく発車のカプア行きがカゼルタを通る模様。急いでホームへ向かうが、切符に刻印するのを忘れていたことに気付く。しかし機械が近くにない。探す。見つける!しかし壊れてる!

もう時間がないので諦めて列車へ。近くの職員に行き先を確認したら、切符にパンチをあけてくれた。そして40分ほどでカゼルタ到着。そして王宮へ。敷地にたどり着くも入口がどこかわからない。やっと見つけると今度は切符売り場がどこかわからない。あちこちさまよってようやく入場。まず入口の大階段がでかくて豪華で圧倒される。中の部屋もゴージャスでよろしい。

続いて庭園へ。電気バスで移動。だだっ広くて大したことないので、バスの車窓で十分。大滝は水がほとんど枯れてるし。

駅に戻りナポリ行きを調べると、昼は極端に本数が減り、次は1時間40分後。あり得ない。バスで行こうと駅を出て左にあるバス乗り場へ。何の表示もないので右往左往。係員らしき人に聞くと、駅前のロータリーを指差して急げと。慌てて走り、何とか間に合う。

ナポリ到着後、スパッカ・ナポリ地区のトリブナーレ通りを歩く。洗濯物はためく狭い路地を大勢の人とバイクと車が行き交い、素晴らしい。まずはドゥオモへ。これぞイタリアの大教会、内部が素晴らしい。中の洗礼堂も天井のモザイクが素晴らしい。

いくつか教会を巡り、更にサンセベーロ礼拝堂へ。小さいが豪華。「ベールに包まれた謙譲」像のベールが、石とは思えないリアルな繊細さ。

パンを食べながらスパッカナポリを歩く。途中、立ち飲みバールでエスプレッソを。美味い。

続いては国立考古学博物館へ。お目当てのアレキサンダー大王のモザイクは、繊細な技法とダイナミックな描写で素晴らしい。しかし他は閉まっている部屋ばかりのよう。それに足が死ぬほど疲れてきた。

地下鉄、ケーブルカーを乗り継いでサンマルティーノ修道院・美術館へ。教会が素晴らしいが、目当てはテラスからの眺め。確かに街並みと海とを見下ろせるが、木や工事用の足場が邪魔でいまいち。これを見ても死ねない。

続いてサントエルモ城へ。エレベーターで城壁の上に上がると、遮るもののない眺め。来て良かった。

ケーブルカーで山を降りて王宮へ。足が死にそうなのでジェラートを買って広場で一休み。その後は海岸沿いのサンタルチアを歩く。大した景色でもないが。

夕食後、バスで中央駅へ。そして夜行列車に乗車。寝台車両も連結されているが、予約した席は6人個室。向かい合わせの椅子で足を十分伸ばせない。背もたれは直角で首も痛くなる。これでパレルモまで10時間の旅。

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マルタ・イタリア速報の速報

マルタ行きのフェリーがキャンセル。あり得ない。どうしよう。

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2008年5月10日 (土)

マルタ・イタリア速報(3)カプリ島、ポンペイ、ナポリ

マルタ・イタリア速報(3)カプリ島、ポンペイ、ナポリ
5月7日
バスで港へ。が、目当ての船会社のカウンターがない。ここは遠距離用らしい。急いであたりをつけて、移動。何とかチケットを購入し、高速船に乗船。

40分ほどでカプリ島に到着。満員のミニバスでアナカプリへ。眼下には美しい海と島。断崖絶壁を走っていると、まるで空を飛んでいるかのよう。

アナカプリでバスを乗り換え、青の洞窟へ。到着後、崖を降りて行くと、ボートが待ち構えている。崖の下に小さな穴があり、そこが入口。早速中へ。最初は大したことないと思ったが、奥まで進んで入口の方を見ると、確かに青の水面が広がる。美しい。それだけだが。

他に誰もいなかったので(そしてチップを約束したので)10分以上中に滞在。そしてバスを乗り継いでカプリへ。いい感じの路地が続くのでフラフラしてたら道に迷う。散々右往左往した後、アウグストゥス公園らしきところへ。眼下の海がエメラルドグリーン。撮りまくりもいいとこ。

再び道に迷うも何とかケーブルカーの駅へ。港に戻って次はソレントへ。そしてベスビオ周遊鉄道でポンペイへ。が、気付けばポンペイ遺跡駅の次の駅でドアが閉まったところ。寝過ごした。

しかも路線が二股に分かれるところで、折り返しに乗った電車はポンペイ遺跡駅には行かず、遺跡から離れたポンペイ駅しか通らない。最悪。

ポンペイ駅から30分ほど歩き(同駅にもっとも近い入口は閉鎖されていた模様)ようやく遺跡に到着。個々の建物はもちろんだが道がそのまま残っているのが凄い。というか街そのものの遺跡なのでやたら広い。歩き廻っているうちに疲れ過ぎて一歩も動けなくなった。

しばらく座って一休み、というのを繰り返しながら何とか遺跡見学を続ける。特にフォロ及びその周辺は建物などがよく残っており、圧巻。フォロの浴場は内部の美しい装飾が素晴らしい。

遺跡を出てベスビオ周遊鉄道でナポリへ。そして地下鉄(といってもイタリア鉄道の車両が走っており、戸惑った)、ケーブルカーを乗り継いでサンマルティーノ修道院前の広場へ。夕暮れのナポリの街並みを見下ろせるが、微妙に海が隠れて見えない。また来て修道院に入らなくては。

別のケーブルカーで丘を降りる。次の駅に停まってしばらく動かないので待っていると、ドアが閉まり、登り始めた。どうやら終点に着いていたらしい。馬鹿。終点駅に戻って外に出ると、既に暗い。海岸沿いを散策するつもりだったが、断念。

夕食はマルゲリータ発祥のピザ屋で。もちろんマルゲリータを注文。一口目は旨いが、その後ずっとチーズたっぷりのピザを食べ続けるのは修行に近い。ピザ修行。

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2008年5月 9日 (金)

マルタ・イタリア速報(2)アルベロベッロ

5月6日
6時にホテルを出て私鉄の駅へ。切符を買うが、時刻表に載っていない(と思われる)列車が次々と出発してゆく。戸惑っていると、出札の駅員があれに乗れと目で合図してくれた。

発車ベルも案内放送もないし、駅名標も見にくいが、2時間弱でアルベロベッロに到着。

まずはリオーネ・モンティ地区へ。なるほどトゥルッリだらけ。白い石で舗装した道もあり、やりすぎと感じるほど。ある店の屋上に上らせてもらったが、下から見る方がいい。

サンタントニオ教会に行った後、アイア・ピッコラ地区へ。こちらは住宅地。博物館に行った後、教会、2階建てのトゥルッリをまわる。

早歩きで駅へ。そしてバーリに戻り、エウロスター(特急)でカゼルタへ。

荷物預けが見つからないので、重荷を引きずって早歩きで王宮へ向かう。目の前にあるのに工事のフェンスでなかなか近づけない。やっと着いたと思ったら、クローズと言われる。
仕方なく駅へ。そしてナポリへ。夕食は面倒なので定食を頼んだら、メインはチーズのフライだった。

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2008年5月 7日 (水)

マルタ・イタリア速報(1)成田→ローマ→バーリ

2008年5月5日
出発前、自宅で下痢。先行き思いやられる。珍しく予定より早く目が覚めた(二度寝しそうになって慌てて起きる夢…というか本当に起きた)ので、予定より1本早い成田エクスプレスで空港へ。

チェックインカウンターでマイレージに関するやや複雑な問い合わせをしたところ、現地で交渉しろとの答弁。典型的なその場しのぎの対応だったので、搭乗口で改めて尋ねると微妙に違う回答。どっちも当てにならない。

空港内でマッサージを受けた後、アリタリア航空でローマへ。到着後、マイルの件を2つの問い合わせ先で尋ねるも、両者ともここでは対応できないとの回答。成田の二人はともに嘘をついていたわけだ。(空港の)日本人は信用ならない。
水を買う。空港なら大丈夫だと思ったが、さにあらず。釣りをごまかされそうになる。更に電器屋では使えないアダプターを買わされそうになる。(空港の)イタリア人は信用ならない。

バールがあるので、エスプレッソを注文。期待通りの美味しさ。ついでにマフィンも。結果としてこれが夕食になる。

アリタリア航空でバーリへ。そして16番のバスで中央駅へ。明日の切符を予約した後、ホテルへ。

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2008年4月30日 (水)

静岡旅行

1993年3月24日
東海道線普通列車を乗り継ぎ、清水へ。駅前からバスで10時過ぎに三保の松原に到着。松が結構枯れるらしく、松枯れ防止剤と記入された札が松一本一本に貼ってある。妙に松の木の間隔が広いところが時々あり、既に枯れてしまったのではないかと思案。名物の羽衣の松は無事生えていたが、特別大したことはない。それより干物屋二軒の中年女性のすさまじい売り込みの方が印象的。砂浜の波の音や潮の香りはよかったが、まあただの松林。

早くも足が疲れてきた。三保駅前バス停からバスに乗車。天王山公園でボタンを押したのに、無視して走り去られた。信じられない。次の日本平登山口で下車。金は天王山公園までの分だけ払う。バスを乗り換え、日本平へ向かう。途中、景色の良いところでは徐行、そして案内のテープが流れる。日本平に到着後、昼食を取って、展望台へ。雨が降ってくるし、辺りはガスで真っ白だし、写真を撮る気も起きない。

日本平ロープウェーで久能山東照宮へ。規模は小さいが、黒・赤・金と色遣いが派手で豪華。雨がしとしとと降り、いい感じではあるが、傘は邪魔。付属の博物館は小さな建物のワンフロアだけで拍子抜け。寄贈者名として「徳川家光」「徳川吉宗」などと記されているのがすごいが、いかんせん、ちっちゃすぎ。その後、石段を下りる。石がいろいろな色や形をしていて結構面白い。雨も強くなってきて、歩きにくいが。
Kunosan_toshogu
石段を下りる【久能山東照宮】

バス停を探して道に迷ったが、なんとかたどり着き、久能山下からバスで静岡駅へ。この後どうするか悩むが、結局、安倍川餅を食べ、帰宅。

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2008年4月26日 (土)

佐渡旅行(3)椎崎

7月21日
佐和田バスターミナルからバスで椎崎温泉へ。諏訪神社へ行くが、神社自体は賽銭箱もないし、ちょっと荒れている。加茂湖が見下ろせる。椎崎公園とやらを探したが、どうやら神社周辺が公園だったらしい。
Kamo_lake_in_sado_island
松の木越しに加茂湖を望む【椎崎公園(佐渡)】

椎崎温泉からバスで両津埠頭へ。そしてジェットフォイルに乗船。カモメが寄ってくると思ったら、えびせんを投げている客がいる。まったく。佐渡近くではマリンブルーだった海の色が、新潟市に近づくと、緑色に変わっていく。

新潟港に到着。そしてバスで新潟駅へ。そして上越新幹線で帰宅。

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2008年4月24日 (木)

佐渡旅行(2)金山、尖閣湾等

7月20日
前日、ユースホステルで同宿だった人の車を借りて、大佐渡スカイラインをドライブ。展望台からの眺めがよい。乙和池に寄った後、佐渡金山へ。再現や説明がなかなか良くできている。

笹団子を食べて(柔らかくて美味)、道遊の割戸を眺め、尖閣湾へ。ここでは遊覧船に乗船。景色は綺麗だとは思うが、窓越しの鑑賞の上、窓が汚いので、盛り上がらず期待はずれ。揚島に上陸し、さらに海中透視船に乗船。こちらは水中の眺めはともかく、島々の眺めが絶景。さっきの遊覧船はいったい何だったのか。

さらに平根崎の波食甌穴群、大野亀などを巡り、二ツ亀へ。ここで泳ぐ。水中眼鏡越しに見る魚たちが非常に美しい。ダイビングにはまる人がいるのが分かる気がする。
Sado_island
佐渡の海は予想以上に美しかった

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2008年4月20日 (日)

佐渡旅行(1)小木、椿尾

1997年7月18日
大船駅23時前発の臨時快速「尾瀬谷川号」に乗車。ほとんど眠れず。

7月19日
3時20分前に越後湯沢到着。寒い。一度改札を出て、待合室へ。畳もあり、寝ている人もいる。6時40分過ぎの普通列車に乗車、長岡乗り換えで新潟駅に9時半前に到着。

朝食後、バスで港に移動。11時発のジェット・フォイルに乗船、1時間ほどで佐渡島・両津港へ。新潟交通佐渡のバスに。加茂湖をはじめ、形のいい山や田んぼの車窓が風光明媚。運転士さんが妙にいい人。40分ほどで真野新町に到着。30分ほど待って次のバスに乗り継ぎ。結構寝る。


50分ほどで小木に到着。たらい舟に乗る。自分でも漕がせてもらう。その後、またバスで30分ほどで椿尾海岸へ。ここでしばし泳ぐ。他に誰もおらず、静か。
Taraibune_in_ogi_sado_island
割とシュールな景色【小木(佐渡)】

18時前にバスに乗車。海岸沿いを走り、美しい車窓を堪能・・・のはずが睡魔には勝てず。佐和田に30分ほどで到着。ユースホステルの車で宿へ。大きな綺麗な「家」という感じで、ユースホステルのイメージとだいぶ違い、快適な宿だった。

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2008年4月15日 (火)

仙台・松島旅行(2)仙台

9月15日
JR仙山線で仙台駅から北山駅へ。そして輪王寺へ。山門からの参道は趣があるし、庭園もなかなか綺麗。
Rinnoji_temple_in_sendai
輪王寺

北山駅へ戻ると次の列車は1時間以上後。そこでタクシーで大崎八幡神社へ。丁度お祭り中。裃来た行列が練り歩く。縁日も開催。

市営バスで仙台駅へ戻り、市営の循環バスで護国神社へ。宗教施設というより政治団体のような立て看板が目立つ。その後青葉城址へ。お約束の仙台市街を眺める。大したものは見えないが、見晴らし自体はいい。

苔むした石垣を眺めたりしながら歩く。道幅が広く、街路樹も多く、いい感じのまち。伊達家の霊場、瑞鳳殿へ。門が自動ドアになっている霊廟があったりしてシュール。緑が濃く、なんかの霊が出てもおかしくない雰囲気。

市営バスで仙台駅へ。行列に並んで、東北新幹線自由席で帰宅。

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2008年4月12日 (土)

仙台・松島旅行(1)松島

1997年9月13日
浜松町22時40分発の夜行バス(東北急行バス)に乗車。が、バスは連なって出発するらしく、予約してある2号車は八重洲発。ということで、1号車に乗って八重洲まで行き、八重洲で2号車に乗り換え。23時に改めて出発。何度か目覚めたが、まあよく寝た。

9月14日
6時前に仙台駅前に到着。あいにくの雨。しかも寒い。駅は立派だが、土産屋とキオスク以外全部閉まっている。ようやく見つけた駅のそば屋で朝食。6時半過ぎのJR仙石線「快速うみかぜ」に乗車。しばらく都会の風景だが、ほどなく田園風景へ。そして寝る。

7時前に松島海岸駅着。雄島へ。朱塗りの渡月橋など、いい感じではあるが、インパクトはない。寒いし、喉が痛いし、頭もややふらふらする。

続いて瑞巌寺へ。境内を散策し、宝物殿(?)へ入るが、死にそうに眠いので椅子に座って30分強、仮眠。9時半頃、外に出ると、いつの間にか観光地の活気に溢れている。さらに観瀾亭へ。中の松島博物館はちゃちい。お茶は美味しい。スピーカーで解説が流れる雰囲気はいかにも昔ながらの観光地。

その後、松島海岸駅に戻り、JR仙石線「快速うみかぜ」で本塩釜駅へ。海へ向かい、松島湾観光汽船の遊覧船へ。360度、どこを見ても島がある。とりあえず撮りまくり。しかしまた寝た。
Matsushima
松島湾

昼食後、駅前の案内所で相談。歩いていける展望スポットを紹介してもらうが、散々道に迷い、道行く人に尋ね、ようやく西行戻しの松公園へ。しかし大したことはない。公園内の「陸奥の道」とかいうハイキング遊歩道を下る。霧が出て幽玄な雰囲気に。

駅に戻ってタクシーに。双観山へ、と言うと、やめろと言われる(実は先の案内所でも同じことを言われた)。さっきの公園と同じだし、そっちの方がよく見えるというのがその理由。そこで扇谷へ行くことに。着くと、確かに谷間が本当に扇形に広がっている。

歩いて駅に戻りJR仙石線で仙台へ(また寝た)。夕食後、本屋で立ち読みして情報収集。予約していたホテルが車で15分ということに気付き、ドタキャン。別のホテルを電話で予約。仙台市営地下鉄で勾当台公園へ。そしてカプセルホテルへ。即寝。

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2008年4月10日 (木)

奈良旅行(3)奈良

11月3日
地下鉄、近鉄奈良線と乗り継いで、大和西大寺駅へ。9時少し前にレンタサイクル屋に行くと「9時から」と言われる。「西大寺にでも行ったら」と言われるがままに歩いて西大寺へ。金堂のなかは灯籠が並び、いい雰囲気。

時間つぶしを終え、改めてレンタサイクルを借りる。早速道に迷う。道行く人に古墳のありかを尋ねると「この辺はたくさんありますからねえ」とのこと。とりあえず瓢箪山古墳の場所を教えてもらい、向かう。さらに左右に並ぶ日葉酢媛命陵と成務天皇陵へ。住宅と古墳が共存する不思議な町。

続いて平城宮跡へ。だだっ広い中に時々復元された建物がある。それを手がかりにいにしえの町の姿を想像してみたりする。昼食は「抹茶定食」。ご飯に抹茶がかけてあり・・・それぞれはおいしいのだろうけれど、という感じ。とりあえず醤油や漬け物も駆使して何とか食べ、満腹にはなった。

水上池、磐之媛命陵、小奈辺古墳、宇和奈辺古墳と巡った後、法華寺へ。庭園はいまいちだが、菊をはじめとする花々は綺麗。その後、二坊宮庭園に迷いまくりながら必死になってたどり着く。

そして唐招提寺へ。均整のとれた建物群がなかなかよろしい。境内の店でぜんざいを頂く。濃厚で美味。最後は垂仁天皇陵へ。古墳とその周囲の堀が美しい景観をつくりだしている。
Tomb_of_emperor_suinin
垂仁天皇陵

道に迷いながら何とか大和西大寺駅へ。近鉄特急で京都へ、そして新幹線「ひかり」で帰宅。総額33000円(フィルム代・現像代除く)の小旅行が終わった。

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2008年4月 8日 (火)

奈良旅行(2)天理、京都・金閣寺

11月2日
JR大阪環状線、近鉄奈良線・橿原線・天理線、JR桜井線と乗り継ぎ、柳本駅へ。大勢降りる(何かの団体?)。山辺の道を歩く。まずは崇神天皇陵へ。これが古墳かと感じ入る。とりあえず今はバード・サンクチュアリになっている。巨大な陵の鬱蒼とした木々の緑と、周囲の堀の水が周りの田園風景にも溶け込み、素晴らしい。
Emperor_sujin_ryo
崇神天皇陵

続いて長岳寺へ。中の地蔵院庭園は小さいが深さがあるというか上下になっていてなかなかよい。さらに櫛山古墳を通り、道端の無人販売所で柿を購入し、食べながら歩き、景行天皇陵及びその陪塚3号へ。ススキや柿などの秋の風景が美しい。

檜原神社、箸塚と巡った後、奈良交通バスで桜井駅へ。そして今度は京都へ。お目当ては特別ライトアップ中の金閣寺。到着すると長蛇の列でチケット買うまで30分以上、さらに10分以上かかってようやく中へ。暗闇の池に浮かぶライトアップされた金閣は、何となくちゃちいが、それでもきれいで撮りまくり(ろくに撮れてなかったが)。

1時間ほど滞在した後、境内の茶屋へ。抹茶は普通に美味しく、和菓子も美味。昨日の東大寺とは大違い。

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2008年4月 6日 (日)

奈良旅行(1)奈良

1997年10月31日
品川を24時前に出る臨時の大垣行き普通列車「臨時大垣夜行」で西へ向かう。

11月1日
臨時大垣夜行は、やはり大垣行きの「ムーンライトながら」に追いついたり追い抜かれたりする不思議なダイヤ。なんとなく名古屋でムーンライトながらに乗り換えてみる。

大垣到着後は普通網干行き、新快速姫路行き、普通奈良行きと乗り継ぎ、10時半前に奈良に到着。コインロッカーに荷物を預け、まずは興福寺へ。いかにも観光地ではあるが、境内では鐘の音が時折聞こえ、いいアトラクションになっている。猿沢の池はちゃっちい(池の噴水もちゃっちい)。

続いて吉城園へ。こちらは鳥の声がアトラクション。椿系の白い花(正式な名称は不明)が咲き誇る。苔の庭も美しい。さらに隣の依水園へ。こちらは水音がいいBGM。園内を水路が巡り、水車まである。両園ともモミジが多く、後2週間も後に来れば、すさまじい紅葉が見れたことだろう。

そこかしこにいる鹿を見ながら、東大寺へ。南大門を経て大仏殿へ。大仏ほか撮りまくり(暗くてろくに撮れていなかったが)。でかくて単純にすごい。回廊内の天平っぽい雰囲気(?)でよろしい。
Todaji_temple_in_nara
東大寺大仏殿

講堂跡でちゃんとカメラの方を向いてくれる鹿を撮ったりする。青い空に白い雲、緑の木々に始まりかけた紅葉の赤や黄が点在し、気持ちがいい景色。正倉院、二月堂を眺めた後、三月堂へ。堂内で座り込むと、とたんに疲労感と眠気が襲ってくる。

堂を出て、休もうと茶屋を探す。一応あったが、土産屋と兼業のところで、人は誰もいなくて妙にわびしいし、出てきたワラビ餅も抹茶もいまいち。しばらく休もうという気にすらならないところだった。

続いて入山料150円を払って若草山へ。登りはじめてすぐ徒労感を感じ、後悔。が、臨むスカイラインはきれいだし、鹿は人を警戒するし(奈良公園内では・・・)、ススキはきれいだし、それなりに満足。もっとも、頂上まで登る気にはなれず。

下山して春日大社へ。南門は「20年に一度」の改修中。ささやきの小径を歩いて、新薬師寺へ。メタボな仏像が印象的。その後、奈良町に向かおうと思うが、もっと奈良公園を見たいと思い立ち、方向転換。すると、鷺池で予想外に美しい夜景が。そして奈良公園の広い芝生へ。昼間来るべきだった。

何度も道を間違えたり間違えそうになったりしながら、結局バスで奈良駅へ。そして関西本線、大阪環状線と乗り継ぎ、大阪駅へ。そしてサウナ付きカプセルホテルへ。

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2008年4月 4日 (金)

神戸・姫路旅行(3)神戸

5月4日
地下鉄三宮駅のコインロッカーに荷物を預け、まずは生田神社へ。近くの東門街w通る。足下のタイルには「東門街1997」の文字とフェニックス(不死鳥)の絵柄の入ったタイルが。震災からの復興にかける人々の意気込みが感じられてぐっときた。
Tomon_street_phoneix_in_kobe
東門街【神戸】

市役所近くのフラワーロードを通り、南京街へ。比べてもしょうがないが、横浜中華街と比べると明らかにしょぼい。

JR、六甲ライナーと乗り継ぐ。六甲アイランドはまさに未来都市という感じだが、仮設住宅らしきプレハブ小屋の群れが見えるところもあり、震災はまだ終わっていないと感じさせる。

灘・魚崎郷のつくり酒屋「浜福鶴吟醸工房」へ。生酒を買った後は、阪神電車・ポートライナーを乗り継ぎ、ポートアイランドを一周して三宮へ。神戸市役所の展望ロビーからまちを一望し、三宮のセンター街を散策した後、地下鉄で新神戸へ。そして新幹線「ひかり」で帰宅。

神戸は、近郊からちょっとレジャーに行くにはいいところなのだろう。しかし関東くんだりからわざわざ行くほどのまちではない気がした。「旅に求められる刺激は、要した距離・時間に比例する」などと、当たり前(厳密に比例するかどうかはともかく)のことを考えてしまった旅だった。

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2008年4月 1日 (火)

神戸・姫路旅行(2)姫路・明石・六甲

5月3日
神戸市内で当地在住の知人と合流し、知人の車で姫路城へ。なるほど美しい白鷺城。そしてその城を引き立てるように、城の周囲はきれいに整備されている。天守閣(?)から眺めると、整備された城周囲と、その周りに広がるごみごみした街並みが対照的。
Himeji_castle
姫路城

続いて神戸市内に戻り、舞子の五色塚古墳へ。公園のように整備された前方後円墳だが、お目当ては古墳そのものではなく、ここから眺める明石海峡大橋。要は吊り橋なのだが、その長さというかスケールは圧倒的。

その後は六甲山へ。山頂付近のみよし観音前で降りて、みおろす大阪湾を撮りまくる。さらに、六甲山の天覧台へ。ここでジンギスカン料理を食べて、夜景を待つ。そして、天覧台から、人工の明かりが輝く眺めをこれまた撮りまくり。ろくに写っていなかったが。

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2008年3月30日 (日)

神戸・姫路旅行(1)神戸

1998年5月2日
東海道・山陽新幹線「ひかり」で新神戸へ。まずは北野へ。「風見鶏の家」「萌黄の館」には入場。まあ、ただの洋館。そのほか、「ベンの家」「うろこの家」などは外だけ見学。

続いて旧居留地へ。旧15番館、市立博物館、海岸ビル、商船三井ビルなどを見ながら歩く。まあ、ただのやや古いビル。

さらにメリケンパークへ。震災メモリアルパークには阪神・淡路大震災で傾いた桟橋が保存されている。サンタマリア号やら使い物にならなかった超伝導船「ヤマト1」、石を額縁に見立てだけのメリケンシアターなどもみてから、ポートタワーへ。まあ、ただのタワー。
Port_of_kobe_earthquake_memorial_pa
震災メモリアルパーク

ハーバー・ランドへ。まあ、ただのショッピングセンター。シーバス「みなと物語」に乗船するも、やや寝た。夜景になると、ポートタワーやモザイクのライトアップがきれいだった。

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2008年3月25日 (火)

出雲旅行(2)出雲大社

10月28日
あいにくの雨の中、出雲大社へ。入口の建物にあるしめ縄が巨大。境内は緑深い山に囲まれるなか、国宝の本陣をはじめとした建物が建ち並ぶ。予約して祝詞をあげてもらったが、伝えてあった氏名・年齢・住所がすべて読み上げられ(しかも独特の節回しで)、若干気恥ずかしい。まあ、個人を特定しないと神様も願いを叶えられないだろう。

その後は境内を散策。宝物殿ではこれまた国宝の秋野鹿蒔絵手箱も見れた。近年話題になった、古代の本殿の柱跡などの「遺跡」も見学。

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出雲大社

続いて旧大社駅へ。参拝用につくられた大社線の駅だが、既に廃線となっている。駅舎は木造の日本家屋風で(大社を模したらしいがそうはあまり見えない)、趣がある。駅舎からホームまで丸ごと残っている上に、蒸気機関車D51も陳列され、その運転台にも入ることができる。

最後は出雲文化伝承館へ。明治期の地主屋敷の移築や、新築の茶屋などが集まった施設。コンセプトがいまいち不明。ここでは日本庭園を見ながらお茶を頂く。

そして出雲空港から今はなきJASで帰京。

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2008年3月23日 (日)

出雲旅行(1)境港、松江

2001年10月27日
ANAで米子空港へ。ここからはレンタカーで移動。境港市街に近づくと、パチンコ屋の看板に「出玉のおやじ」と親父ギャグが。さすが、妖怪のまち。

まずは海沿いの夢みなと公園の物産観光センターで腹ごしらえ。館内は昭和の初めの街並みを再現していることになっているが、大したものではない。これがFAZ(輸入促進地域)の施設というから、のけぞる。外へ出れば海の向こうに大山が望める好立地。

そして今日の目玉、「水木しげるロード」へ。道の両側に妖怪の像が次から次へと現れる。(当時の)パンフレットによると83体もあるらしい。しかもパンフにはご丁寧にそれぞれに触ると得られる御利益というか「効能」が書いてある。妖怪に御利益があるとは思えないが、遊びの仕掛けとしては面白い。すっかりのせられて、数ある妖怪に触りまくる。一番人気は「ねずみ男」だった(効能:世渡り上手になる)

Mizuki_shigeru_road_in_sakaiminato
こなき爺の効能は「我慢強くなる」。【境港・水木しげるロード】

すべての妖怪をチェックしたいが、たくさんあって見切れない。また今度来ようと誓い合って、車に乗り、続いては松江へ。

松江では堀川の遊覧舟に乗りたかったが、残念ながら最後の舟が出た後。そこで松江城へ見学し、堀川が風情たっぷりな街並みを散策。

その後は玉造温泉へ。温泉街にかかる橋に巨大な「玉」のオブジェがあるのが面白い。そして温泉を楽しんだ後は、温泉宿らしく、大宴会に。

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2008年3月21日 (金)

金沢・福井旅行(2)東尋坊、永平寺

2月9日
朝、旅館周辺を散策した後、東尋坊へ。土曜ワイド劇場な雰囲気漂う断崖絶壁をおそるおそるのぞき込むと、下には遊覧船が。古くからの観光地という感じで、土産屋などもにぎにぎしい。
Tojinbo
東尋坊をのぞき込む

続いて永平寺へ。雪が積もる境内を歩き、建物の中へ。長い廊下が印象的。もっと印象的だったのは、寺の中の寺務所みたいなところが産業化しているというか、オフィスそのものということだったことか。

その後、小松空港へ向かい、ANAで帰京。

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2008年3月18日 (火)

金沢・福井旅行(1)金沢

2003年2月8日
ANAで小松空港へ。今回の旅行ではレンタカーを利用。まずは安宅の関へ。弁慶などの石像があるだけで、あとは冬の日本海が見える。松の木が斜めに立っていて、風の強さを物語る。

続いて金沢市内に入り、まずは兼六園へ。少し雪が積もっているが、雪化粧というほどではない。まあ雪吊が見れたからよしとしよう。中の時雨亭で抹茶も頂く。
Kenrokuen
兼六園と言えばやはりこの徽軫灯籠【金沢・兼六園】

続いて自ら「人呼んで忍者寺」と称する妙立寺へ。中は隠し階段やら中二階に中々二階など、仕掛けがいろいろ。しかしこの手の施設によくあるように「実戦には使われなかった」ようだ。

その後は近江町市場へ。賑わう時間は過ぎていたようだが、ウィンドー・ショッピングとしては楽しめた(結局何も買わずじまい)。

そして、夜、山中温泉へ到着。旅館では、傲慢な客室係が自分の指示通りに合わせるよう強要してくる。席の配置も男女差別的で、どうやら古い団体旅行・社員旅行・宴会旅行の感覚が抜けきれないようだ。こちらは個人客のグループであり、こうした態度は不愉快千万。食後、日本の温泉旅館再生方策について、深夜まで大いに盛り上がる。

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2008年3月16日 (日)

平泉旅行

2004年3月12日
所要の立ち寄り先から一関市厳美渓温泉の旅館へ直行。温泉に入った後は、疲れのためか割と早めに就寝。

3月13日
まずは宿近くの厳美渓へ。岩の柱が林立するなかを川が流れる渓谷。両岸を結ぶロープが張ってあり、谷の向かい側にある「郭公屋」からロープウェーよろしく籠に入った団子(お茶付き)を買うことができる「空飛ぶ団子」が面白い。


タクシーで猊鼻渓へ。ここでは舟下りに参加。両岸に切り立った石灰岩の岩壁が迫る中、ゆったりとした流れに乗って下っていく。若い女性の船頭さんが、何か歌ってくれた気がするが、詳細は失念。
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岩の上の木々の生えっぷりも風光明媚【猊鼻渓】

舟を降り、タクシーで平泉へ移動。昼食後、まずは中尊寺へ。お目当ての金色堂は、確かに金色ではあったが、堂まるごとがコンクリートの建物の中のさらにガラスケースに入っているためか、あまり感慨が湧かない。

続いてまたタクシーで毛通寺へ。こちらは寺の建物などは大したことないが、庭園に池と曲水が復元されていて、雅な世界に誘われた気にさせてくれて面白い。

その後、平泉駅へ歩き、東北新幹線に乗り継いで帰京。

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2008年3月12日 (水)

木曽路旅行

2004年9月18日
東海道新幹線「のぞみ」で名古屋へ。みどりの窓口で関係しそうな時刻表を転記した後、中央本線の快速で中津川駅へ。そしてタクシーでホテルへ。ホテルの売りの大風呂に行った後、就寝。

9月19日
7時半前にチェックアウトし、タクシーで中津川駅へ。JR中央本線で20分ほどで南木曽駅へ。そしておんたけ交通バスで10分ほどで妻籠へ。あいにくの雨だが、霧雨に煙る山並みや、濡れた黒い家並みも風情がある。

熊谷家住宅、光徳寺、南木曽町博物館(脇本陣、復元された本陣、資料館)などをまわった後、メインストリートの寺下をぶらつく。建物が美しく残されているだけでなく、軒下につるされたちょっとした生け花一つ取ってもこだわりを感じ、この街並みを愛する地元の人たちの存在を感じる。が、時間を消費するような場ではない。結局、1時間半ほどいただけだったし、博物館と寺のわずかな入場料以外に一銭も使わなかった。まじめすぎるということか。資料館の展示によると入り込み客は右肩下がり。それも分かる気がする。
Tsumago
妻籠宿

雨も上がり、馬籠峠越えへ。石畳も残る旧街道を歩く。大妻籠で茶屋に寄りたかったが、開いておらず残念。男滝・女滝などでは一休みしたりするが、基本的には疲れる。1時間半ほど歩くと、馬籠峠に到着。いいあんばいに「峠の茶屋」があるので、ここで一服。御幣餅はご飯に味噌をつけただけの代物だが、素朴で美味しい。

その後30分ほど歩き、馬籠宿に到着。本陣資料館、藤村記念館などに入るとともに、古い街並みを楽しむ、といいたいところだが、こちらは妻籠と対照的に観光化が著しく、くだらない土産物屋が並び、俗物的というか偽物っぽいことこの上ない。しかし、大勢の人がそぞろ歩きを楽しみ、活気がある。お金を落とすのも間違いなく、妻籠ではなく馬籠だろう。馬籠は命がけで街並みを守り抜いている妻籠のおこぼれに預かって儲けている、と言ったら言い過ぎか。と言いつつ、妻籠の路線では持続的に食っていくのは無理な気もする。

13時過ぎに濃尾バスに乗り、いろいろ悩みつつ、10分ほどして大久手とかいうバス停で何となく下車。木立に囲まれた落合の石畳の道(旧中山道)を歩く。そしてやっとのことでバス停「新茶屋」に着いたが、バス停の時刻表を見ると1日にバスは2~3本のみ。これは困ったと思い、とにかくひたすらバスの道を探し、何とか14時10分頃に元来た「大久手」バス停へ。しかし、ここもバスは1日2~3本。いよいよ困ったと思い、絶望的な気分で歩き始めたところで、タクシー登場。天の助け。

10分弱で落合川駅に到着。当初はこれで終了予定だったが、時間が余ったので検討の結果、奈良井宿に向かうことに。JR中央本線で奈良井に向かい、15時50分頃到着。奈良井宿の街並みは駅から少し歩くとすぐ始まる。妻籠と馬籠の中間のような雰囲気で、派手すぎずまじめすぎずのほどよい雰囲気。しかも古い街並みが続く道が結構長いので、割と楽しめた。

1時間ほど滞在した後、JRで塩尻へ。そして特急あずさで帰京。

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2008年3月10日 (月)

尾瀬・水上旅行(2)水上温泉

8月21日
温泉宿を後にし、利根川沿いの水上峡・諏訪峡を散策。時折ラフティングのボートが通っていくが、犬が一緒に乗っていたりして面白い。

そして我々もラフティング・ツアーへ。車で出発地点で連れられ、まずウェットスーツのようなものに着替えさせられる。ツアー会社はベトナム人(?)がリーダーらしく、彼の支持下、軍隊風に動いているのが興味深い。が、ライフジャケットの説明がおざなりなど、安全管理面では結構適当。

河原でこぎ方の講習を受けた後、いよいよラフティングへ。激流ではあるが、素人でも対処できるぐらいのほどほどの激流。途中でなぜかボートを下りて岩の上に昇らされ、そこから川に飛び込む、というイベント付き。とにもかくにもテンションは上がる。

Tone_river_in_minakami
ラフティング中。ボートが多く、しかも時折トラブルが起きるので、途中で待たされることもしばしば【水上】

送迎バスで上毛高原駅へ、そして上越新幹線で帰宅。心地よい疲れではあったが疲れは疲れなので、帰りにマッサージに寄ったら、もみ返しにあい、余計疲れた。

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2008年3月 8日 (土)

尾瀬・水上旅行(1)尾瀬

2005年8月20日
上越新幹線で上毛高原駅へ。水上観光協会運行のバス「尾瀬ライナー」で鳩待峠へ。今回の旅行の幹事役が新幹線に乗り遅れるというハプニングがあったが、出発までうだうだしている間に、次の新幹線からタクシーに乗り継ぎ、遅刻幹事が見事登場。で、全員で出発。

まずはひたすら上り坂。シーズンは過ぎているがそれでも道端に小さくも美しい花々が咲く。そしていよいよ湿原へ。遠方の山々、時折現れる「池糖」という池には蓮が浮かび、そして木道が伸びていく。いかにも「尾瀬」な景色に大満足。

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池糖が美しい尾瀬

竜宮小屋まで歩き、昼食を取って元来た道を引き返す。帰りは時折雨がぱらついたりして天気が不安定だったが、飛び交う赤とんぼなどを眺めながら歩くのは楽しい。もっとも最後の坂道は疲労がたまり、ほとんど無言に。

鳩待峠から再びバス「尾瀬ライナー」で水上温泉へ。

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2008年3月 2日 (日)

水戸旅行

しばらく日本国内旅行について書きます。

2006年3月5日
上野駅から特急スーパーひたちで下りホームだけの臨時駅「偕楽園」で下車。早速偕楽園へ。梅を見に来たのだが、残念ながら二分咲き程度の開花状況。枯れている木の方が圧倒的に多い。枯れ木も庭のにぎわい・・・などと思おうとして、枝ぶりが素晴らしいなどと考えてみるが、やはり枯れ木はつまらない。ボランティアガイドの人たちが時折解説してくれるのがせめてもの救い。

園内の池で流し雛をやっているのを見て、好文亭に入り、だだっ広い芝生の広場へ。大勢の人々が敷物を広げて花見(枝見?)中。水戸黄門のコスプレ隊が記念撮影に応じるなど賑わっている。
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咲いている部分をアップで【水戸・偕楽園】

水戸市内に移動しあんこう料理屋「山翠」へ。あんこうづくしのコース料理を頂く。一緒に行った知人曰く「10年あんこうは食べなくていい」というくらい、あんこうをたっぷり堪能。

その後、水戸藩の藩校だった水戸弘道館へ。こちらも梅の開花状況はいまいち。もっとも咲いている部分もあり、それはやはり美しかった。

いつか満開の時に再訪したいと思いながらスーパーひたちで帰路につく。

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2008年2月 2日 (土)

マリ旅行(11)ドバイ

1月9日
6時間20分のフライトで、1時50分ドバイ着陸。小走りで関空行きのゲートへ。たどり着くと"Final Call"の文字。間に合ったと思って、カサブランカで発券済みの搭乗券を渡す。券がもがれ、機械に通したところでエラー音。他のツアー・メンバーも同様。そしてカウンターの係員は「18番ゲートに行け」と居丈高に叫ぶのみ。なぜかと問うても、理由も何も言わない。

仕方ないので走って18番ゲートへ。しかしそこはロンドン・ヒースロー行きのゲート。そのゲート近くの乗り継ぎカウンターに行けということらしい。セキュリティ・チェックを強引に突破して、カウンターに駆け込むと、無情にも関空行きはもうクローズした、明日の便に振替と。しかもカサブランカで預けた荷物は出せないらしい。

仕方なく割り当てられたホテルの空港内のカウンターへ。どうもエミレーツが出したバウチャーはシングル・ルームになっていない模様。シングルにしろと添乗員が交渉しようとしたところ、OKと口頭で約束。なんか不安。

送迎バスで市内のホテルに着いた時点で既に5時15分。そして案の定、部屋はツイン。口約束は当てにならないに決まっている。それをシングルにする交渉をするために、他のすべの客のチェックイン手続きが終わるまで待たされ、結局部屋に入れたのは6時15分。着替えはないがシャワーを浴び、約44時間ぶりのベッドへ。しかしいろいろと腹が立ってきてなかなか眠れない。

仮眠程度しか取れなかったが、一応の睡眠と昼食の後、ツアー客同士で計画を立て、タクシーに分乗してドバイ観光へ。

まずは建設中の世界一の高層ビル、ブルジュ・ドバイへ。その高さはもちろん、周りに開発中の"The Old Town"の規模に驚く。ここを含め、ドバイはまだまだ建設ラッシュが続いている。
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既に約600mまで建設が進んだブルジュ・ドバイ【ドバイ】 

続いて大規模ショッピング・センター「モール・オブ・エミレーツ」で人工スキー場を見学(2年前にも来たが)。続いてやはり建設中の人工島群「ザ・パーム・ジュメイラ」へ。しかし工事中のため、奥へは行けない。パームの幹の部分に立ち並ぶ建物群だけでも圧巻だったが。その後、大規模ショッピング・センター「スーク・メディナ・ジュメイラ」へ。マンゴー・ジュースが美味(18ディルハム(約540円)と高いが)。

そしてタクシーでホテルへ戻る。が、同じブランドのホテルが市内にもう一軒あるため、間違えた方に連れて行かれる。別のツアー仲間の乗ったタクシーも間違った方に行ってしまい、しばらく全員集合できず。

ホテルで2度目のシャワーを浴び、再び空港へ。

1月10日
エミレーツ航空でドバイから関空へ、そしてJALで羽田へ。その後、別件飲み会に顔を出して23時頃帰宅。67時間ぶりに下着をかえる。長かった。

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2008年1月31日 (木)

マリ旅行(10)セグゥ

1月7日
8時半頃に宿を出発、1時間半ほどでセグゥに到着。まずは「NDOMO」という染物工房へ。説明してくれるだけでなく、泥染めを体験させてくれるのが楽しい。筆で泥を布に描いて、それを黄色い溶液(ガラマの葉でつくる)に浸すと、あっというまに泥の部分が真っ黒になるのが面白い。

その後は川沿いの焼き物市場や植民地建築の多い地区などでストップ。昼食後、雑然と賑わう川沿いの市場をうろうろしてみる。
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焼き物市場【セグゥ】

約2時間のドライブの後、農耕民族バンバラ人の村、ウォロドーへ。カリテ(シア)の木と、その木の実からつくる油脂(シア・バター)、そして人々の住居などを見学。

その後1時間半のドライブを経て、バマコのホテルに到着。長旅でもうへとへと。ここで休憩できるはずだが、部屋が足りないので相部屋になると言い渡される(ツアー会社が支払っている金が足りないだけだと思うが)。何のために一人部屋追加料金を払って参加しているのか分からない。

ホテルでの夕食は19時から席について待つが、パンが運ばれてきたのはその1時間後。メインの料理はさらに40分後。馬鹿にしている。蚊が飛び交い、夜風に吹きあてられ、寒気がしてきた。

シャワーを浴びて車で空港へ。23時50分頃到着。しかしチェックインが始まっておらず、待ちぼうけを食らう。悪寒と倦怠感、そして微(?)熱がだんだんひどくなってゆく。

1月8日
0時15分頃、ようやくチェックイン開始。たちまち行列が。そしてその直前に添乗員から出国カードを自分で書けと渡される。列に並びながら書く羽目に。1時間ほどかけてようやくセキュリティ・エリアへ。体調はどんどん悪くなる。

3時間ほど待って、午前4時半にカサブランカに向かうロイヤル・エア・モロッコが離陸。

約3時間のフライトで、7時半過ぎにカサブランカ到着。ツアー仲間に抗生物質をもらう。下痢が出そうで出ない、微妙な体調。ミントティでも飲みたいと思うが、なかなか見つからないので、砂糖がどっさり入った緑茶をカフェで飲む。薬のせいか、熱は下がってきた。感謝。

ひたすらターミナル内で待ち続け、15時半、予定より1時間遅れでドバイ行きのエミレーツ航空機が離陸。昨日の朝からもう32時間半、まともに寝ていない。

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2008年1月29日 (火)

マリ旅行(9)ドゴン→テリヤブグ

1月6日
砂霞の中から昇る朝日を見た後、7時20分頃、ティレリ村の中心にある広場へ。30分ほど待ち、死者を弔う儀式である「ダマ」の一部を20分ほど見せてもらう。太鼓と鐘の音をバックに、29人の仮面の男たちが踊る。仮面は牛、鳥、蛇などの動物から、ハンター、聖職者、そして様々な民族の女性など多様で面白いが、踊り自体は大したことない。

その後、車でドゴン地域を離れ、12時40分頃、ガンガ村へ。ここは農耕の民で、伝統的な製薬で知られるボボ人の村。アカシアの木と瓢箪とでつくった木琴(と太鼓)の演奏を鑑賞。音楽が始まると、集まった村人達が自然に踊り出す。
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穀物庫(多分)が並ぶ【ガンガ村】

ホロホロ鳥の昼食をサンで食べた後、バニ河のほとりにあるテリヤブグへ。ここはフランス人宣教師がつくった、滞在型の宿泊施設らしいが、いまいちコンセプトがよくわからない。添乗員は「動物がいる」と説明し、動物のイラスト入りの絵地図も張ってあったが、実際には動物の像が置かれているだけ(なぜか孔雀ともう一種類の鳥は本物がいた)。しかもバス・トイレが共同だった部屋を割り当てられたツアー・メンバーも。なぜここに泊まることにしたのか、ツアー会社の意図が読めない。

することもないので、バニ河に沈む夕日をぼーっと鑑賞。砂漠からの冷たい風「ハルマッタン」が吹き始め、地平線(水平線)近くは砂塵に覆われているのか、ここでも夕日がかき消されるように沈む。空が白と紫と黄土色とが入り混じった不思議な色彩に変わってゆく。

ここに置いてある「ブランケット」もただの厚手の布きれ。寒いので今日も持参の寝袋で夜を明かす。寝袋万歳。

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2008年1月27日 (日)

マリ旅行(8)ドゴン

1月5日
7時前に宿を出て、車で10分ほどで降り、急峻な山道をトレッキング開始。ドゴンの人々の挨拶は、家族一人一人(父、母、長男、次男・・・)が元気かと尋ね、それにいちいち「セオ」(元気)と答えるもの。そのためすれ違いざまに「セオ」「セオ」と目もあわさずに連呼するので(複数人いると斉唱というかお経みたいになる)、なんか不思議。

50分ほど歩いて、60年に一度のシギの大祭が出発する地である、ユガ・ドゥグル村に到着。大木を中心とした広場を見た後、さらに登るとテレム人の住居(現在は穀物庫に利用)が。崖の下から上まで積み上げられた円筒形の建物が、ユニークな景色を作り出す。
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テレム人の住居跡【ユガ・ドゥグル村】

さらに岩山を登っていくと、なだらかな岩の丘陵が広がる高原へ。眼下には大平原・断崖・そして岩山が広がる大パノラマ。さらに進むとユガナ村を見下ろす絶景ポイントへ。

ユガ・ピリ村を通過し、成り行きと勢いとツアー・メンバーの後押しでこの旅唯一のおみやげを買い、4時間20分に渡ったトレッキングは終了。車で宿に戻り、昼食、そして歓談。ドゴンのガイドの父親は、第二次大戦中にフランスに徴兵されたという。こんな山奥の村に植民地の、そして欧州の戦火の影響が及んでいたとは。

14時過ぎに再び車で出発し、30分ほどでイレリ村へ。ここはドゴンの中でも最初に世界遺産に登録された場所。テレムよりさらに前のトロイ人の住居跡が残る。自然の断崖絶壁っぷりだけでもすごい景色なのに、さらにそこに人が暮らした足跡が残っているというのが凄すぎる。

1時間ほど滞在して、続いてアマニ村へ。ここはワニのいる池があるだけ。

その後、今夜テントを張るティレリ村のカンプマン(簡易宿泊所)へ。平原の向こうに、霞にかき消されるように消える夕日、そして夜空の星々が美しい。夜は風が強く、テントが吹き飛ばされるかと思ったが、(もちろん)無事だった。

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2008年1月25日 (金)

マリ旅行(7)ドゴン

1月4日
7時10分頃出発、徒歩でサンガ地域のオゴル村めぐり。今日からドゴンのガイドがつく。特徴的な家並みはもちろんだが、川沿いに広がるオニオン畑で人々がバケツや壺に組んだ水をまいて動き回る様が、なんだか夢の世界のよう。
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オニオン畑で働く人々【サンガ地域オゴル村(ドゴン)】

ホテルに戻って車で移動。ドゴンの占い師を道端で見かけ、途中下車。地面に小石や小枝を置いておいて、その周りについたジャッカルの足跡で占う、という手法が面白い。

9時40分頃、ボンゴ村に到着。そこからトレッキング。岩山を昇っていく。女性達が頭の上に「ドゴンビール」をなみなみと注いだ洗面器大のたらいをもって上がってくるので、試飲させてもらう。気の抜けたビールのよう。

眼下に広がる崖と平原の大パノラマを堪能しながら進み、バナニ村に到着。ドゴンの住居に加え、断崖絶壁のテレム人の住居跡が素晴らしい。

車で移動し、クンドゥ村へ。昼食後、再びトレッキング開始。30分ほど岩山を登っていくと、崖の下からは見えない、隠れ家的な位置にクンドゥ・ドゴモの集落が。こんな山の中にずっと住み続けているとは信じられない。上り下りの道で、カドー目当ての子ども達が手をさしのべてくるが、うっとうしい。

下山後、車でイエン・ドウマ村へ。ここでは市場を見学。その後16時45分頃、今夜の宿となるカンプマンのあるクンドゥ村へ。村内をぶらっと一往復した後、テントに蚊帳を張って横になったら、暑い(日が暮れると涼しくなる)テントに籠もったせいか、気持ち悪くなってきた。

夕食はオニオン・スープが地元っぽくて嬉しい。そして夜空は満天の星。

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2008年1月23日 (水)

マリ旅行(6)バニ川、ドゴン

1月3日
今日は7時15分過ぎに出発。小舟によるバニ川クルーズ。投網をしている人々を多く見かける。メコン川でも四万十川(河口近く)でも同じような光景を見た気がする。人々の営みがなくなってしまうと、ひたすら単調な景色が続く。途中、漁師の舟からナマズなど魚を買い付け、舟内で乗組員がさばいて調理。これが今日の昼食に。

9時15分過ぎにゴミナ村に到着。ここは漁労の民ボゾ人と牧畜の民フラニ人とが共存する。両者が使う泥のモスクがあり、ムスリム以外は立ち入り禁止だが、特別に(?)入口を開けてもらい、中を覗かせてもらう。村には50分ほど滞在し、最後は大勢の子ども達に手を振って見送られて、再び舟で川へ。

約1時間の航海の後、フラニ人のキャンプのあるセンセ村に上陸。陸をさらに進むと集落があり、ここの泥のモスクに入れてもらえることに。45年前に建てられたもので、屋上に上がると泥の壁と日干し煉瓦でできた土色の家並みが一望。眺めもモスクも素晴らしい。
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センセ村

70分ほど滞在し、再び舟へ。昼食を取りながら舟はさらに進み、川から運河へと入っていく。運河内は数人から十数人と荷物(時にはロバも)を載せた小舟が何度もすれ違い、往来が多い。舟上の人々は一様にこちらに手を振ってきてくれて、愛想がいい。挨拶する風習があるのか、珍しい外国人だから面白がっているのか、よく分からないが、どちらにしても嬉しい。

14時20分過ぎにコナに到着。港、そして港沿いの市場の喧噪を後に、車に乗り、途中、またも別の車がパンクしたりしながらも、1時間40分ほどの悪路のドライブで、ドゴンの村、ソンゴへ。

断崖の下にとんがり帽子の屋根をかぶったかわいらしい家々が立ち並ぶ様は、映画「トンマッコルへようこそ」に描かれた桃源郷のよう。映画と違うのは、子供らがしつこく「カドー」(フランス語で「贈り物」)を求めてくるところか。割礼の儀式の際の岩絵の説明なども興味深い。
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おとぎ話の世界のよう【ソンゴ村】

1時間ほど滞在した後、車でさらにドゴンの奥へと進む。道が悪いだけでなく、山道で坂やカーブが多い上、日が暮れてゆき、厳しいドライブに。宿泊地のサンガに着いたのは日もとっぷりと暮れた19時前だった。

ここのホテル(というか簡易宿泊所)は毛布なし。普段なら寒い寒いと騒ぐところだが、今回は寝袋持参なので問題なし。しかもお湯の出る部屋にあたり(出ない部屋もあった)、夕食の肉もまともで(変な部位にあたった人もいた)、ラッキーな夜であった。

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2008年1月21日 (月)

マリ旅行(5)モプティ

1月2日
添乗員がモーニングコールを頼んだはずだが、かかってこない。何事も当てにならない、自己責任ツアー。朝6時15分過ぎに出発。15分ほどでニジェール河の船着き場があるコリオウメに到着。しかしフェリーが一艘しか稼働しておらず、フェリー待ちの車の行列。仕方なくここで待ちぼうけ。朝日を眺めたり、周りの民家でパンを焼いている竈をのぞいたり、結構楽しく自由時間を過ごす。

8時前にようやく出航、30分ほどで対岸へ。80~90km/hで悪路をランクルで疾走。それ自体がアトラクションと言える程、激しい走りを見せる。途中、別の車のパンクも挟みながら、3時間10分ほどでドゥエンザに到着。

ここで昼食。インディカ米にマトンにピーナッツ・バターのソースをかけたもの。外国人向けレストランばかりで、マリらしい食事をほとんど食べていなかったが、ようやくマリ料理と言えそうなものにありついた。味もよし。

12時40分に出発。ここからは舗装道を100km/h以上で突っ走る。途中、フラニ人の集落などを訪れながら進み、15時10分過ぎに水の都モプティに到着。政府が世界遺産指定を狙ってただいま改修中の泥のモスクの見学、マーケットでの買い物タイム(特に関心なかったので、周りの街歩きに活用)をはさみ、港へ。マリ中から物資と民族が集まっているという趣で、水面の小舟、陸上の市場の人と物(とごみ)がすさまじくごちゃごちゃになっていて、素晴らしい。ここではボート工場なども見学。
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港近くの川岸には露天の店々が広がる(手前はカラバッシュ(瓢箪))【モプティ】

その後、ニジェール河沿いの豪華ホテルへ。丁度、夕日の頃だったが、チェックインの手続きに20分以上を要し、結局部屋に入って、出て、ホテル前の川辺に着いた頃には夕日の姿はなかった。残った赤黒い夕焼けが、それでも美しかった。

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2008年1月19日 (土)

マリ旅行(4)トンブクトゥ

2008年1月1日
一応、初日の出をちらっと眺めた後、7時20分頃出発。バンディアガラの断崖がみえ、美しい。砂漠の道を走っていると、トゥアレグ人のロバの隊商、続いてラクダの隊商が。ランクルは悪路を70km/hで飛ばす。

ニジェール河を簡素なフェリーで渡り、12時半頃、幻の黄金郷、トンブクトゥに到着。朝食後の14時20分過ぎ、いよいよまちへ。まずジンガリベリ・モスク。強烈な日差しの下、スーダン様式の泥のモスクの写真を撮りたいところだが、ますますカメラが言うことを聞かない。でも素晴らしい。

泥と日干し煉瓦の街並みを歩いて、外国人探検家ゆかりの家やシディ・ヤハヤ・モスクを周り、さらに広い広場に面したサンコーレ・モスクへ。こちらも素晴らしいスーダン様式のモスク。
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サンコーレモスク【トンブクトゥ】

つまらないマーケットを経て、たった2時間でまち歩きは終了。日が傾きつつある中、続いてはラクダの体験搭乗によるトゥアレグ人集落の訪問。トンブクトゥの街は道路からして砂地で、砂漠の中の街という趣だが、街はずれに行くと完全に砂漠。そんな砂漠をラクダに揺られて進む。トゥアレグのキャンプ(というか住居)が点在する砂漠の景色が美しく、楽しい。

25分ほどで集落というかキャンプ地らしきところに到着。ラクダ引きのトゥアレグ人青年がいやに愛想がいいと思ったら、やはり土産物攻勢。欲しいものがなかったので、ミントティだけ一杯頂く(無料、甘渋かった)。

帰りは夕日を背にしてトンブクトゥに戻る。最後の最後までトゥアレグ人青年から「プレゼント」を要求され続けた。

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2008年1月17日 (木)

マリ旅行(3)ジェンネ

12月31日

6時45分頃、車で出発。朝もやに木々のシルエットが浮かぶ景色はやがて、昇ってきた朝日に照らされ、荘厳さを増していく。

よく舗装された道を100km/h以上で飛ばし、9時過ぎにヴェルニ・チェイニ村に到着。ここはボゾ人の村。スーダン様式の土のモスクがあり、その写真を撮っていると、村人がわらわらと出てくる。特に子どもが人なつっこく、勝手に手を握ってくる(かといって金をせびるわけでもない)。ヒエをついているところなどを見学させてもらう。ツアー客と同じくらい(それ以上?)のテンションで村人が盛り上がってくれるのが嬉しい。お互い娯楽。

ここから少し歩くとバニ河へ。ここから簡素なフェリーで車ごと河を渡る。河の景色も堪能。10時頃に対岸に到着し、未舗装の赤土の道をひた走る。「キャピタル・オブ・バオバブ・ツリー」とガイドが称する「シー」という集落などをみながら進み、途中、別の車のパンクなどを挟んで、11時半頃に牧畜の民、フラニ人のアリ・アマドゥ・ウェレ村へ。

木の枝でつくったテントによる住居。栽培している芋の根(?)を裂いて出てきた白い部分を食べさせられる。味がないし粉っぽいし、噛み切るのも大変。言葉もよく分からず、食べてるこっちをみて村人が盛り上がっている。どうみてもこちらが遊ばれている(いじられている)気分。

30分ほど滞在し、再びドライブ。次々と車窓の植生が変わり、見ていて飽きない。そして12時45分頃、ジェンネに到着。昼食を取り、14時頃、いよいよ まちへ。モロッコ様式の建物(コーラン学校?)を見た後、今回の旅のハイライトである、泥で塗られたグラン・モスクへ。しかし、中に入れないのはやむを得 ないとして、せめてモスクの周りをぐるりと見てまわりたかったが(そして現地ガイドはそのようなそぶりを見せたが)、添乗員は歴史的建造物には興味がない らしく、それはパスされて、モスク前の広場の月曜市へ。Img_2427
ジェンネのグラン・モスク

そしてこのころからカメラの調子が悪くなり、明るいところでは写真が撮れなくなる。そして午後のジェンネの日差しは強烈。なかなかシャッターが降りず、ストレスがたまる。月曜市の喧噪を通り抜け、広場に面した建物屋上へ。ここからモスクと市が一望。素晴らしい眺めだが写真はうまく撮れない。

そしてよく分からない布屋へ。特に買いたいものがないのでつまらない。そして外へ出るともう車が待っている。結局ジェンネの旧市街を歩いたのはわずか50分。街並みも含め、もっと堪能したかった。

先に車を船で渡しておいて、人間は小舟でバニ河を渡った後、さらに進んでセヴァレを過ぎたあたりで、車がストップ。後続の車が来ないというので、引き返す。そして停まったところは警察前。後続の車は警察官にいちゃもんをつけられ、連行されていたのだ。解決方法は不明だが、とりあえず解放され、出発。

警察沙汰のせいか、行程が予定より遅れ、だんだん空が暗くなる。暗闇の中、悪路を走り、見ているだけで疲れてくる。結局、19時過ぎにドゥエンザに到着。カンプマン(簡易宿泊所)敷地内にテントを張って、宿泊。2007年が何事もなく暮れてゆく。

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2008年1月15日 (火)

マリ旅行(2)バマコ

12月30日
3時間半のフライトでマリの首都バマコに到着。現地人ガイドと3台の車(ランド・クルーザー)がお出迎え。午前3時半過ぎにホテル到着。とりあえず部屋で仮眠。

7時過ぎに頼んでもいないモーニング・コールがかかり、目が覚める。一秒でも長く眠りたいのにはた迷惑。起きて外へ出るとニジェール河が流れる美しい景色。白いウェディング・ドレスを着た花嫁らが写真を撮りに来ている。

食後、ツアーで呼んだ両替商が登場。しっかり金をごまかされる。油断も隙もない。しかも添乗員もガイドも何もしない(注意しろとのアナウンスすらなし)。自分でクレームを入れて、交渉。

9時45分過ぎにいよいよツアーがスタート。まずは30分ほど走り、町中で降ろされるとそこはロードサイドの市場。混沌としている。少し歩いて金属製品のリサイクルなどを行っているエリア(多分マルシェ・メディナ(旧市街市場))へ。様々な加工工程が見れて面白い。

続いて20分ほどランクルに揺られ、Point Gという丘の上へ。テレビアンテナ(これは撮影禁止)があるところで、バマコの街とニジェール河を一望・・・なのだが、排ガスがたまり、白く煙っていてよく見えない。

続いて国立博物館へ。ドゴンの仮面や、様々な織物(染め物)の展示が興味深い。さらに工芸品などが売られているマーケット(多分Maison des Artisans)へ。ここはいまいち。虫除けスプレーを買いたいと言ったところ、「そんなものはマリにない」と明白な嘘を添乗員とガイドに言われ、不快(結局、夕方になってガイドが街の雑貨屋で見つけてくれたが)。

昼食の際、ツアー代金に含まれない飲み物代の精算方法を巡り、添乗員と一悶着した後、4時間弱のドライブでセグゥへ。道中寄った、ロードサイドのマーケットが賑やかで楽しかった。
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道中の市場(バマコ~セグゥ間)

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2008年1月13日 (日)

マリ旅行(1)カサブランカ

日本発のパッケージ・ツアーを利用して行ってきた西アフリカ・マリ旅行について書きます。

2007年12月28日(金)
JALで羽田から関空へ。そしてエミレーツ航空でドバイへ。

12月29日
ドバイからエミレーツ航空でカサブランカへ。ここまですでに20時間以上飛行機に乗っている。

カサブランカの空港出口はものすごい人だかりで、出口から出るだけで一騒動。そしてタクシーに分乗して休憩用のホテルへ。部屋に行くと未清掃だったので、部屋の交換交渉(添乗員は何もしないので自分でやる)。次の部屋もバスルームの電灯が点かない欠陥部屋だったが(しかもエレベータが故障していてその階だけ停まらない)、今回は大型懐中電灯持参なので我慢の範疇と判断し、そのまま外へ。

街の中心に位置するホテルから40分ほど歩いてハッサン2世モスクへ。巨大な建物なため、見えているのになかなか着かない。建物は新しくどでかく豪華。風格などはないが、その価値はこれからの歴史が決めることであろう。モスク内には入れないが、入口から少し覗かせてもらう。多くの現地人が訪れていた。
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ハッサン2世モスク【カサブランカ】

夕日を浴びるモスクを後にし、プチ・タクシーで旧メディナへ。そこそこごちゃごちゃしていて、それなりに楽しい。

さらにハイアット・リージェンシーの中にある「バー・カサブランカ」を訪ねるが、移転してしまったと言われる。「タクシーを呼ぶか」とホテル従業員に言われたが、偽物(後付けでつくったバーで、映画の撮影とは何の関係もない)を見るためにそこまでする気にならず、丁重にお断り。

国連広場に面したレストランで名物料理クスクスを食べようと思ったが、クスクスは金曜だけしか出さないと訳が分からないことを言われる。仕方ないので、ピザと、少しでもモロッコらしさをと、ミントティを頼む。

その後タクシーで空港へ。発券カウンターの番号を搭乗ゲート番号と勘違いして右往左往した後、何とかロイヤル・エア・モロッコのバマコ行きに搭乗。

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2007年12月28日 (金)

インドネシア旅行(5)プロウ・スリブ

3月15日
車でアンチョールの港へ。そして小型船で1時間45分ほどでプロウ・スリブの中のコトック島へ。基本的には砂地。更衣室に行くが、汚いので外で着替え。そして海へ。

水は生暖かい。そして珊瑚礁が続く。穏やかな波をみながら、ぼーっと過ごす。贅沢な気もするし、インドネシアまでぼーっとするのはとても無駄な気もする。インドネシアまで来ないとぼーっとできないという気もする。

食堂へ。メニューはカレーのみ。スプーンが錆びている。そして再び海へ。周りにはほとんど人がいない。少し進むとさらに珊瑚が広がる。素晴らしく美しい。水中眼鏡をかけて水の中を眺めてみると珊瑚の中を魚が泳いでいる。こんな景色は初めて。
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珊瑚【コトック島】

興奮しながら見ていたら、何度か手足が珊瑚礁に接触。珊瑚の一部が崩れ、こっちの手足も擦り傷だらけに。それが塩水につかっているわけで、結局痛みに耐えられず、陸へ上がる。珊瑚の復讐か。心から申し訳なく思う。人はこういうときに神を感じるものなのかもしれないと思う。

きれいな自然と汚い更衣室を後にし、小型船でジャカルタへ戻る。擦り傷の痛みは引いたが、今度は頭が痛くなってくる。腹の調子は良くなってきたと思っていたが、ジャカルタに戻った頃には再びおかしくなってくる。夕食後、空港へ。

そしてガルーダ・インドネシア航空で成田へ。帰国後、検疫で腹のことを申告したら、別室に連れて行かれ、肛門に棒を刺されて検査された。結局、なにもなかったが。

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2007年12月26日 (水)

インドネシア旅行(4)ジョグジャカルタ、プランバナン

3月14日
朝から下痢。ジョグジャカルタの伝統的馬車「アンドン」を手配。30分ほど待たされ、やっと来る。なぜか手配したオヤジも同乗し、王宮へ。結構新しい建物。何となく寺の中にある幼稚園のような雰囲気。

裏通りを歩き、鳥の市場を抜けて、水の宮殿へ。といっても廃墟。白人がいるから多分観光地だろう、程度の判断しかできない。腹の調子が悪い中、暑さが身にこたえ、体力を消耗。続いてバティック工場を見学。ここで熱いインドネシア茶を頂く。弱った胃腸に優しい。

必死の土産の売り込みを逃れ、ベチャに乗車。車とバイクと自転車とベチャと馬車と人とがごちゃ混ぜになって通りを進む。その雰囲気が楽しい。風も気持ちいい。が、大通りに入ると目に染みるほど排ガスがひどいし、揺れが腹に響く。

ホテルに着くと、大粒の雨が。部屋に戻ると既に清掃済み。でも下痢をせずにはいられない。そしてすぐチェックアウト。昼食はホテルのコーヒーハウスで。腹の調子が悪いのだから、あっさりしたものを頼めばいいのに、インドネシア風の料理を取ってしまう自分の性が悲しい。

ガイドが迎えに来て、車でプランバナン遺跡へ。着く頃には雨が急に上がる。3つの大きな塔を中心に、石造りの塔が立ち並び、素晴らしい。周りには崩れた石が積み上がっており、復元作業らしきものをやっている。
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プランバナン遺跡

遺跡が素晴らしいだけではなく、景色もいい。スラピ山が霊峰という感じでそびえ、雲がたなびいている様は神々しさを感じさせる。そしてそんな中でかわいらしい子どもが「じぇんぶでしぇんえん!」とキーホルダーを売り込みに来る。結構ショック。

遺跡を出て、周りの水田地帯を歩く。細い山道を登っていくと、ボコ宮殿の遺跡に到着。周りは霧がかかっていて、周囲の山々がますます神々しい。遺跡内で水牛が草を食み、クルミをぶつけるような音で虫が鳴く。疲労の限界に近づき、生きているのがやっと、という感じで、このまま異次元の世界に行ってしまいそうな気分。

プランバナンで撮りまくったおかげでフィルムが足りなくなり、ボコ宮殿や周りの水田や農村で満足に写真が撮れなかったのが残念。もう一度来たいという思いを胸に、車で後にする。車の揺れが腹に悪い。

空港に到着し、ガイドと別れる。そして、ガルーダ・インドネシア航空でジャカルタへ。離陸直後、眼下に広がるジョグジャカルタの夜景が美しい。

ジャカルタ到着後、インドネシア各地のダンス・ショー付きのレストランで夕食。動きが現代的だったり、衣装が派手すぎたり、小道具が安っぽかったりして、いまいち。

夜また下痢。

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2007年12月24日 (月)

インドネシア旅行(3)ジョグジャカルタ、ボロブドゥール

3月13日
ジャカルタ・スカルノ・ハッタ国際空港へ。インドネシア語が分からず四苦八苦。イミグレーションがあり、国内線なのにパスポートを出せと言われる。言われるがままに出すと、「ユー・トゥ?」と聞かれる。「あなたも?」と思っていると「トゥ・ジョグジャ?」と聞かれる。tooじゃなくてtoだった。それで「ヤー」と答えると国内線はあっちへ行けと言われる。思えば国内線で出国審査するわけがない。

ガルーダ・インドネシア航空でジョグジャカルタへ。飛行機を降りると暑い!太陽の真下という感じがする。迎えの車でホテルに移動し、ぺらぺらとよくしゃべるガイドに連れられまずは昼食。じとーっと蒸し暑い。

車で田んぼを抜け、密林に入り、ボロブドゥール寺院の敷地へ。大粒の雨はさらに激しくなり、まさにスコールに。やむのを待って、いよいよボロブドゥール寺院へ。素晴らしいとしかいいようがない。細かいレリーフが回廊を埋め尽くし、盗掘を免れた仏像の表情はたおやかに、そして頂上に上がるとストゥーパが林立。周りは密林が取り巻き、遠くに見渡せる山並みを含め、ここが聖地ということを納得させてくれる。素晴らしすぎて息がつまりそう。もう撮りまくり。
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密林に位置するボロブドゥール寺院

その後はボロブドゥール近くのチャンディ・パオン、チャンディ・ムンドゥットといった寺院巡り。線香が捧げられており、まだ使われているようだった。

続いて工場に連れて行かれ、バティックやら銀細工やらの製造工程を見せられる。その後は当然土産屋。日本語で奨められ、ドルでついている値段を電卓で日本円に換算し、「1割引」といって0.9をかけてみせてくる。最初からその値段を表示すればいい。何も買わず。

近くのムンディランという街を少し歩いた後、車でホテルに戻る。すぐ、トイレへ。若干下痢気味。夕食に出るが、やはり腹がおかしい。「ワヤン・クリッ」(伝統的な影絵芝居)のショーを見に行こうとホテルを出ると、怪しげな男が近づいてきて、話しかけてくる。あぶない雰囲気を感じたので一度ホテルに戻り、タクシーで会場のソノブドヨ博物館へ。

観客は白人ばかり。そしてワヤンを操る人が自ら唄を歌い、台詞も言うが・・・マイクを使っていて幻滅。演目が始まるが、思ったより動きが少ない。戦っているのは分かるが、どっちが勝ったかは分からない・・・といった調子で内容も理解できず、ガムランの誘うようなリズムの下、睡魔に負ける。

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2007年12月22日 (土)

インドネシア旅行(2)ジャカルタ

3月12日
知人宅近くの市場「パサール・サンタ」へ。建物内にはいるとむっとした異臭が。ハエが飛び交うが、それを防ぐためか肉の近くにはロウソクが灯されている。鶏は活きているものも売っている。ドリアン、マンゴスチンなど熱帯のフルーツも豊富。とにかく活気が感じられて楽しい。ものすごく暑いが。撮りまくりたい衝動に駆られるが、市場内でカメラを構えるのは失礼な感じがして抑制気味に。ちょっと残念。

街の中心へと移動して、国立中央博物館へ。内容は民俗資料などが目立ち、日本の地方にある博物館・資料館の拡大版といった趣。ジャワ原人のレプリカに一室割り当てられているが、いかにも偽物でつまらない。

続いて独立記念塔「モナス」へ。展望台に上がると、巨大なモスクや高層ビルから赤い屋根の家々までいろいろ立ち並ぶジャカルタの街並みが一望。地下の博物館ホールのジオラマがなかなか良くできている。

近くの喫茶店で甘ったるくてまずいファンタ・ストロベリーを飲んでいると、土産屋が売り込みに来た。クルミのキーホルダー(モナスのイラスト付き)がいいと思い、必死に値切るが、最後は「お釣りがない」ということで、1000ルピー(約67円)に。なんか高い気がする。

デパートで土産を物色した後、ラグナン動物園へ。ここでは何といってもコモドオオトカゲ。しばらくじっとしていたが、そのうち動きだし、「フー」という息を吐く音を発しながら、動き回っている。もう撮りまくり。
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迫力のコモドオオトカゲ【ラグナン動物園(ジャカルタ)】

夕食はパダン料理屋へ。辛い食べ物ばかり。舌が麻痺する。でも結構おいしい。食後は夜の街をふらつく。怪しい日本語(「テニスのアホプレーヤー」とか)がタグやパッケージについている商品が散見され、面白い。

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2007年12月20日 (木)

インドネシア旅行(1)ジャカルタ

初海外だったインドネシア旅行について書きます。

1992年3月10日
京成スカイライナーで成田へ。それだけでもう旅行気分。空港に近づき、そして空港内に入り、段々緊張してくる。ガルーダ・インドネシア航空で離陸。機内食では赤道通過の記念シールが配られる。

赤い屋根が眼下に見え、ジャカルタ・スカルノ・ハッタ国際空港に到着。飛行機を出るとむぅっとした空気に襲われる。これでも冷房が効いたターミナル内。さすが熱帯。ターミナルを出るとさらにむっとした空気。でも不快ではない。

当地在住の知人の車で市内へ。街の風景も、風景の中の人々も、人々の吸う空気も、空気が持つ雰囲気も、何か日本とは違う、異国であることに感慨を覚える。

3月11日
知人の車でボゴール植物園へ。蓮、竹、コウモリ、マングローブ、椰子の木、バナナ、ハイビスカスと何でもあり。白い樹液を丸めると堅くなるゴムの木と、人間よりも高い板根が広がる「王様の木」が印象的。ただ、期待のラフレシアは見れず。案内してくれたガイドが本当に何でも知っていて、感心。
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ボゴール植物園【ジャカルタ近郊】

続いてタマン・ミニ・インドネシア・インダウへ。インドネシア各島の文化を再現したテーマパーク。この国の多様性を知ることができる仕組みだが、いかんせん建物が新しく、コンクリートでできていたりして、俗っぽすぎて幻滅。東ティモールまで展示されている。そういう時代であった。

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2007年12月18日 (火)

トルコ・イタリア旅行(21)ミラノ

2月21日
レオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会へ。9時半頃到着したが、既に長蛇の列。日本人だらけ。10時45分頃ようやく入場。最後の晩餐は修理の真っ最中。それは興味深いが、絵の方は・・・。隣で日本人の中年女性が「本物は違うわねえ」と感心しているが、何が違うのかよくわからない。絵のある食堂を出て、教会本体へ。こちらは天井などが美しく装飾されている。
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サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の行列【ミラノ】

続いてサンタンブロージョ教会のヴィットーレ礼拝堂へ。5世紀のモザイクがあり、すごいが、ヴェネツィアのサンマルコ寺院と比べたら、などと考えてしまうと大したことはない。教会内にはS・アンブロージョのミイラが豪華な服を着て横たわっている。が、教会本体の内装は簡素。

スフォルツェスコ城へ。こちらはミケランジェロの未完のピエタ像が売り。だが、正直よく分からない。空腹感の方が勝る。

ドゥオモへ行き、屋上に上がる。建物の端には行けず、しかもドゥオモ自体が巨大すぎて邪魔で、市街を一望、とはいかない。続いてドゥオモの内部へ。広く、高い。そして壁には絵ではなくステンドグラスで覆われている。すごい。

ミラノ座の前を通って、ブレラ美術館へ。絵だらけ(当たり前)で疲れる。肩も腿も足も腰も首もみんな疲れた。とにかく座りたい。

ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガレリアで食事・買い物した後、地下鉄3号線・2号線、そしてクラッシックなトラムでホテルへ戻る。と、道端で知人にばったり出会う。何と同じホテルに泊まっていた。聞けば、向こうは駅で客引きに連れられてきたという。値段は、駅前のインフォメーションの紹介の場合と同じだった。客引きも使えるということか。しかし、ミラノのまちなかで、日本でも何年も御無沙汰だった知人に会うとはびっくり。要は同じような行動を取っているということかもしれないが。

2月22日
いよいよイタリアを去る日。ほっとしたような、寂しいような。中央駅前で先の知人に見送られ、バスでマルペンサ空港へ。そしてアリタリア航空で成田へ。

2月23日
成田到着。荷物を平気で置ける。お釣りを数え直さなくていい。駅の過剰なアナウンス。カバンはたすきがけしないで持っても大丈夫。ああ、日本に帰ってきたのだとしみじみする。しかし、騒々しい子どもと中年女性の話し声はなぜかイタリア語に聞こえる。

自分の家に帰り、中に入ると、すべてのものが異様に低い位置にあるように見えた。イタリアではすべてテーブルと椅子だったからか。不思議な感覚だった。

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2007年12月12日 (水)

トルコ・イタリア旅行(20)コモ

2月20日
地下鉄1号線で、私鉄Ferrovie Nordのミラノ・ノルド駅へ。思ったより大きな私鉄らしく、ホームが10番線ぐらいまであり、迷う。8時半過ぎの列車に乗車。車両は2階建て。車体は落書きだらけ。沿線はしばらくはマンション群の中を走るが、複々線から複線に変わる辺りで景色は一転、畑に。そしていつの間にか単線になった頃には山と谷にどんどん近づいていく。

9時半過ぎにコモ・ノルド・ラゴ駅着。まずはドゥオモへ。田舎町だが、立派な教会でびっくり。

10時半過ぎにケーブルカーに乗り、ブルナーテ山へ。下車後、遠くにアルプスが見える坂道を登る。道沿いにはヴィラが続いている。1時間ほど歩いてテラスのような展望台のような所に到着。一応、湖が見えるが大したことない。

つまらないのでもう少し進んでみるが、すぐに下り坂になってしまう。分かれ道からツーリストらしき人が出てくるので、そちらに進んでみると、違うテラスに出る。ここからは湖を見下ろす、満足のいく眺めが。

帰り道ですれ違った日本人旅行者に「すごいきれいな展望台がありました」「広場みたいなところから階段があって」などと説明される。自分が行ったところには階段などなかった。どうやら違う展望台もあったらしい。せっかく満足していたのに余計なことを言わないでほしい。でももうさらに登っていく気がしない。

13時15分発のケーブルカーで下山。ケーブルカーの施設がなければ、ここからの眺めが抜群な気がする。下車後、コモ湖の遊覧船乗り場へ。6000リラ(約440円)の券を50000リラ札(約3700円)で払おうとしたら、釣りがないと言われる。小銭は持っていないと言い張ると、銀行に行けと言われる。それぐらいの釣り銭は用意しておいて欲しい。

仕方ないので、近くのジェラート屋でジェラート購入。こっちは2000リラを50000リラ札で払ったら、「小さいのは?」と聞かれたが、ないと言い張ると、受け取ってもらえた(当たり前)。ジェラートは美味しいが濃いだけという気もする。マザー牧場のアイスと同じか。

14時10分発の船でコモ湖遊覧。思っていたよりも短いコースで、1時間で終わってしまったのは不満だったが、景色はまあきれいだった。

下船し、湖畔を歩く。小春日和でぶらぶらと散策するのが楽しい。釣り人がいたりして、市民の憩いの場という感じ。飛行艇が離水・着水しており、格好いい。

いつのまにかヴィラ・オルモに着いたので、入場。一部が豪華という程度で建物はどうということはないが、2階の窓越しに見る庭園と湖の眺めが美しい。
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コモ湖畔

帰りは国鉄(イタリア鉄道)のコモ・S・ジョバンニ駅から。丁度、スイス国鉄車両のインター・シティ(特急)が来たが、特急券を買う時間がないので、断念。車内で券を売ってくれればいいが、この国ではそれは無賃乗車扱いされて、罰金を取られかねない。残念。一等車両も連結しており、いつかはあれに乗れるような身分になるのだろうかと一瞬思うが、そんなことはないだろうと即座に自己否定。

17時過ぎ発のregionale(各駅停車)に乗り、18時10分過ぎにミラノ・ポルタ・ガリバルディ駅到着。大きな駅だが、駅前は寂れていて、人通りも少なく、早く立ち去りたい雰囲気。

ホテルでは(前夜に引き続き)ゴキブリ登場。ヒーターがないし、周りの交通の音もうるさく、安眠できる環境ではなかった。

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2007年12月 9日 (日)

トルコ・イタリア旅行(19)ヴェローナ、ミラノ

2月19日
73番のバスでヴェローナ・ポルタ・ヌオヴォ駅へ。荷物を預け、61番のバスでサンゼーノ・マッジョーレ教会へ。古い建物で、「遺跡」と言いたくなるほど。絵が壁に「残っている」という感じ。

歩いてカステル・ヴェッキオとスカリジェロ橋へ。橋のたもとの河原に降りてみる。河原で戯れるカモたちを眺めながらのんびりしてしまう。
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スカリジェロ橋と鴨達【ヴェローナ】

サンロレンツォ教会へ。小さいし中は大したことないが、誰もいないので、何となく落ち着いてぼーっと滞在してしまう。続いてアレーナへ。意外と小さいと思って中に入り、観客席の一番上に登ってみるとやはりでかい。

駅に行き、13時20分前発のユーロ・シティ(特急列車)に乗車。アルプスの山々や湖などの車窓が見える。そして14時50分過ぎにミラノ中央駅着。駅のインフォメーションで2つ星で駅近くで40000リラ(約2900円)のホテルを紹介される。

重い荷物を持ってホテルへ歩いていると、Excuse meと赤い服の女が呼ぶ。無視して通り過ぎるが、あまりに何度も呼ぶので、振り返ると、手招きをする。何か落としたのかもと思い、重荷を負うて戻ると、単なるホテルの客引きで、日本語で「6万」と来た。不愉快。

ドゥオモの前を通り、サンテウストルジョ教会へ。ミサ中だし、目当ての絵は修繕中。無駄足。その後、お洒落な地区との触れ込みの運河地区へと歩く。運河は確かにあったが、大したことない。
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ミラノのドゥオモのファサード

3番のトラムでドゥオモ前に戻る。ライトアップされてきれい。その後地下鉄1号線でホテル近くに戻る。