2017年10月12日 (木)

欧州の世界遺産(18)ウルネスの木造教会

かつてはノルウェー全土に1000以上あったというスターヴ教会という木造の教会。現在は28しか残っていないとされる。そのうちの一つ、ウルネスの木造教会だけが、世界遺産に登録されている。

木造建築の国から来た身としては、木造の教会というだけでは特に珍しくもないし、造形という意味ではボルグン・スターヴ教会のほうが独特で魅力的。それに比べればウルネスの教会は簡素といってもいいぐらい。12世紀に建てられ、今に残るスターヴ教会の中では最古ということは価値のあることなのだろうが、素人目にはよくわからない。

しかし、素人目にもわかる価値がある。フィヨルドを望む丘の中腹に建っているのだ。この景色を見れただけで、ここに行った価値があったというもの。
Urnes_stavkyrkje
フィヨルドと教会【ウルネス】

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2017年9月21日 (木)

ノルウェー旅行(7)ベルゲン、スタヴァンゲル

8月24日
宿に荷物を預けて街歩き。の予定だったが、フロントに誰もいない。鍵は箱に入れてチェックアウトしろとのこと。使えない。やむを得ずベルゲン駅まで行ってコインロッカーに荷物を預ける。9時頃駅を出る。駅前から伸びるMarken通りという歩行者天国には古い町並みが残り、いい雰囲気。まだ店が開いていないが。

9時15分頃、港だという海辺に面した「魚市場」に到着。と言ってもほぼツーリスト向けの様相。缶やビン詰めなどの土産物屋に、その場で調理したという料理を提供する食堂が立ち並ぶ。ここでサーモンとエビのサンドイッチの朝食。サーモンはスモークサーモンであった。市場で獲れたての魚を、ということではなかった。まあうまかったのでよいのだが。食後、ツーリスト・インフォメーションに行って「ベルゲン・カード」を購入。240NOK(約3,300円)と高いが、それでも元が取れるほどこの国の物価は高い。

10時ごろにハンザ博物館へ。建物は火災の跡1704年に再建された木造の建物。14世紀から16世紀ごろにハンザ商人の拠点だったブリッゲン地区の一部として、世界遺産にも登録されている。一階は展示室で、ロフォーテン諸島などで獲られた鱈などの干し魚が、ここブリッゲン地区に集められ、海外に売られたという歴史が説明されている。ブリッゲンはハンザ同盟の支配する治外法権地区で、魚との交換で穀物を得ていたノルウェー側は強く出られなかったようだ。そしてハンザ商人にはドイツ人しかなれなかったという。ドイツに対する微妙な感情がうかがえる。干し魚は15年も持つとのことで、室内にも展示。その匂いが充満。2階より上はオフィスや住居など当時の姿が再現されている。木の床がギシギシなる。

10時45分頃に出て、ブリッゲン地区の木造建築群へ。港に面した表側と違って、裏側というか横側は地味。いずれも商館兼住居だったところ。2階以上には外付けの階段などが張り出す構造になっていて面白い。建物の中は見事にどこもツーリスト向けの店。海側から見て右にはのちの時代の石造りの建築、左には19世紀か20世紀に再建された木造建築(ニセ・ブリッゲンとでも言おうか)が並び、紛らわしい。
Bryggen_at_bergen
ブリッゲン地区【ベルゲン】

11時25分頃、ブリッゲン地区の裏にあるハンザ博物館の別館、Schøtstueneへ。火気厳禁だったブリッゲンの中で、唯一、火を使うことが許された場所で、集会所などになっていた建物。を復元したもの。さらに近くにある聖メアリ教会へ。ハンザ博物館の説明によると、あらゆる点でベルゲンの別の地区から独立していたハンザ商人たちの独自の教会だったところ。しかし教会のパンフレットではそうした記述はほとんどなく、建築及び宗教上の解説のみ。12世紀の建造らしい。太い柱、そして装飾の少ない天井や壁が力強い印象。

続いて12時ごろにブリッゲン地区とは無関係のローセンクランツの塔へ。16世紀の建物。要塞にもなっており、一度だけ実戦で使われた。その、17世紀のイギリスとオランダの海上覇権争いにベルゲン(及びデンマーク=ノルウェー同君連合)が巻き込まれる際の解説が面白い。オランダ船団を一緒に襲おう、分け前はやるから、とイギリス側に持ち掛けられ、コペンハーゲンに決断を仰いでいる間に戦闘が始まってしまった、という感じか。

隣のホーコン王の館へ。13世紀のホーコン王の居城だったところで、建物は復元されたもののよう。「石鹸石」と呼ばれる、緑がかった石で作られた大ホールが見事。

昼食は「歩き方」掲載のレストランで、ベルゲン名物の「バカラオ」のランチ。干し鱈のぶつ切りを水でもどして、ポテトとオリーブと香草とともにトマトソースで煮込んだもの。鱈の噛み応えがよく、美味。オリーブも地味に美味。

食後、ケーブルカーでベルゲンを見下ろすフロイエン山へ。ケーブルカーを降りると駅前が町を見下ろす展望台に。なかなか良い景色。ケーブルカーは12分おきに運行なので、12分間景色を堪能して、再び下へ。

魚市場で「ベリーミックス」(プラスチックのコップに入ったストロベリー、ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー)を買って、港を眺めながら食べる。それから池沿いを歩き、ベルゲン美術館3号館(KODE3)へ。お目当てはムンク。有名な作品はないが、修業時代から精神を病んでいた時代、そして健康になった時代まで、展示。やはり「叫び」などと同じ、病んでいる時代の作品がムンクらしいと感じてしまう。本人は辛かったのだろうが。そのほか、ノルウェー人作家の作品を展示。田舎暮らしを描く絵が興味深い。

そして駅に向かい、荷物を取って駅前からライトレールに乗車。最初は混んでいたが、ほどなくして座れた。急に眠くなる。45分弱で空港に到着。チェックインも荷物預けもセルフサービス。職員がほとんどいない。合理性の極致。そして18時50分頃発のスカンジナビア航空で25分弱でスタヴァンゲルへ。エアポートバスで30分弱で終点のフェリーターミナル「Fiskepiren」へ。雨の中、石畳の歩行者天国を歩き、今日の宿へ。人が誰もおらず、チェックインは隣のホテルでする仕組み。そして宿の建物の1階は今日もバー。

隣のホテルのスタッフおすすめのシーフード・レストランが満席だったため、通りがかりのレストランへ。割と高級な店だったらしく、カード支払いの場面でチップ入力を求める画面に。バケットに飲み水と至れり尽くせりではあったが。味は塩味が濃くて、ビール購入を促す仕組みのバーベキューソースのチキン。

宿に戻るとシャワーヘッドが壊れている。文句を言おうにもスタッフがいない仕組み。しかも案の定、下のバーの音がうるさい。そして激しさを増す筋肉痛に苦しむ夜であった。

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2017年9月15日 (金)

ノルウェー旅行(5)ソグネ・フィヨルド(フェリー、ボルグン・スターヴ教会)

8月22日
宿を出て駅前で食事を探すが、適当な店がない。結局、食べずに宿に戻り、荷造りして再び駅前へ。フェリー内の売店でマフィンとワッフルとコーヒーを買って軽い朝食。フェリーは8時発。ソグネ・フィヨルドの支流であるアウルラン・フィヨルド、そしてネーロイ・フィヨルドを進む。まだ日が高く昇っておらず、アウルランの町あたりまではいまいちだったが、時の経過とともに日差しが強くなり、素晴らしいフィヨルドの景観に。もっとも、昨日、車窓から見た方がよかった気もする。それでもほぼデッキでずっとフィヨルド鑑賞。寒いので時折室内に避難しつつ。

2時間10分ほどでグドヴァンゲンに到着。シャトルバスで20分強でフロムへ戻る。その間のほとんどは、2本のトンネルの中。宿に戻って荷物を取って駅前で昼食として雑貨屋でバゲットのサンドイッチを調達。安く済ませる予定だったのだが、駅前の屋台街を通ると、魚のスープやら、バカラオ(鱈のスープ)、ムール貝など、魅力的な食材が。それに惹かれて結局、トナカイのスープを注文。予想外のライス付き。しっかりした昼食になってしまった。そして290NOK(4000円)と、屋台の値段ではない。うまかったけど。

11時50分頃発のNX400番Sogndal行きバスに乗車。世界最長の道路トンネルを再び通り、トンネルを出たところにあるホーバッケンに40分弱で到着。そして12時40分発のNX170番オスロ行きバスで20分弱でボルグン・スターヴ教会へ。北欧デザインな立派なビジターセンターがあり、荷物を預けられる。

まずそこの博物館というか展示スペースを見学。バイキングの木造船づくりで培われた技術を背景に、他のヨーロッパでは石で作られていた教会を模倣して、オリジナルな要素を加えてつくられたのが、スターヴ(木柱式)教会。ペストが流行して人口が減少し、コミュニティで教会を作る余裕がなくなるまで、ノルウェー全土でつくられ続けたという。その多くは今は姿を消してしまったが、残った(保全された)一つがここ。続いてその教会へ。内部も独特だが、目を引かれるのは外部の独特のデザイン。龍などをかたどっているらしいが、よくわからない模様にしか見えない。隣には鐘楼のような建物と、新しい教会が建っている。
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ボルグン・スターヴ教会

ここを出るバスは一日一本。その14時54分発のNX170番Sogndal行バスで、20分弱でホーバッケンへ。ここで30分待ってNX450番バスに乗車。再び24.5㎞のトンネルを通る。約20分間、トンネル内を走り続ける。そこを抜けると再びアウルラン。そしてまたもアウルラン・フィヨルドを眺めながらフロムへ。さらにバスはグドヴァンゲンへ進む。さらに進み、バスは絶壁と渓流の中を走っていき、17時半にヴォスに到着。グドヴァンゲンとヴォスの間はスタルハイム峠という景観ルートがあるのだが、このバスは通らなかったようだ。残念。

17時45分発の990番オッダ行きバス(方向字幕にはそれとともに991番Eidfjordとも表示)に乗車。この旅唯一のクレジットカードの端末を備えていなかったバス。フィヨルドの海峡を渡る白い橋を渡ってBuという町に行くのだが、その橋の前後(海峡の両側)はトンネル。そしてそのどちらもトンネル内で道が分岐している珍しいつくり。

その後はひたすらフィヨルドの海峡沿いを走る。19時50分頃に、細長い海峡の南端の突き当たりにあるオッダに到着。ホテルにチェックイン後、明日の食事を調達。スーパー「SPAR」は平日は6時半~22時に開いているので、遅い到着でも安心(土曜日は8時~20時)。夕食はホテルの親父おすすめのバスターミナル近くの食堂へ。「Fried Mountain Traut」を。サワークリームをかけておいしくいただく。ビールは日本のに似て薄い感じ。グラスはゲルマン仕様で目盛り付きだが。町中の横断歩道ではたいてい、歩行者が渡るまで車が停まってくれる。こんなところも北欧らしさ。

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2017年9月12日 (火)

ノルウェー旅行(4)ソグネ・フィヨルド(ウルネス、ステーガスタイン、フロム鉄道)

8月21日
Sogndalのバス・ターミナルへ。今まですべての支払いがクレジットカード使用可能だったが、ここのロッカーはこの国に来て初めての現金(コイン)のみ仕様。そしてしゃがみ込んで立ち上がった際に、開け放した重厚なロッカー扉にしたたかに頭をぶつける。うっすらこぶができた。幸先悪い。

7時50分頃発のGaupne行きバスに乗車。今日は晴れた。鏡のような水面に山々や小屋などが映り込む。美しい。25分ほどでGaldenで下車。何もない道路沿いのバス停。事前のルート検索に従い、ここでSogndal行きのバスに乗り換えて、ソルヴォーンに行く。Sogndalから来たのに、Sogndal行きのバスに乗り換える。

しばらくしてSogndal行きのバスが来た。しかしソルヴォーンには行かないという。それは困る。同じくバスを待っていた地元風の老爺も何やらそのバス運転手と相談している。――と、Sogndalと表示されたミニバス、というか大型バンが来た。が、通り過ぎようとする。先に来ていたバスがクラクションを鳴らす。駆け寄ると止まった。やれやれ。そしてこのバスでもクレジットカードが使えず。機械はついているのだが、故障らしく、何度もやり直しているので、現金で払った。

そのバスで山道を降り、7分ほどでソルヴォーンに到着。ここからウルネス行きフェリーに乗る予定だが、出発まで100分ほどある。フェリー乗り場近くのクラシカルなホテルでお茶とも思ったが、フィヨルドを望む景色が美しいので、水辺のベンチに腰掛けてぼーっと待つことに。せり上がる崖、対岸もやはり崖、穏やかな水面、そして青空。雲か霧が崖の一部を覆う。暖かい日差しに冷たい風。日光がまぶしくて帽子をかぶり、目を閉じる。フェリー待ちの車からカーラジオの音楽が漏れてくる。それ以外はちゃぷちゃぷという水の音、遠くのヤギか羊、それに近くの鳥の鳴き声だけの静かな世界。足首から股関節まで、ほうぼうが痛むのだが、気持ちよくて少し眠ってしまった。

だんだんと人と車が集まってきた。そして10時に小さなフェリーが出発。20分でフィヨルドの海を渡り、対岸のウルネスに到着。プラムやベリーの畑を横目に20分強、丘の上へと登っていくと、ウルネスのスターヴ教会に到着。スターヴとは木の太い支柱のこと。ここはノルウェー最古の木造教会で、12世紀に建てられたという(もちろん、その後何度も修繕や改築がなされている)。基礎が石で、その上に木が載っているので腐らなかったという。

中もすべて木製。現在も教会として使われているが、火気厳禁のため、寒くて冬は使われていないという。周りは墓地になっている。墓前に花が植えられていて(生けられ、ではなく)、美しい。そして眼下に広がるはフィヨルド。教会より少し高台に上って、教会とフィヨルドの写真を撮る。「歩き方」に掲載されていたその構図の写真が魅力的だったことが、ここに来たい理由だったのだ。

高台から戻ると教会のカギを締められてしまった。次のガイドが来たらまた開けると言われたが、残念。近くの無人販売所でグースベリー(セイヨウスグリ)入りレモネード(地元産っぽい)を飲んで休んでいると、次のガイドが来た。せっかくなので、もう一度中へ。

その後桟橋に戻り、12時半発フェリーでソルヴォーンに戻る。フェリー乗り場近くのホテルへ行くも、食事はない(コーヒーのみ)と言われ、代わりに食堂(兼雑貨屋)を教えてもらい、そこで昼食。ここでも北欧風オープンサンドイッチ「スモーブロー」。スモークサーモンが美味しい。なぜかブドウがついていて、これまたおいしい。コーヒーもおいしい。そして足のあちこちが痛い。

12時50分頃発のミニバスでGaldenへ。そして14時頃発のSogndal行きのバスで20分弱でSogndalに戻る。荷物を取って、14時35分発のNX450番ベルゲン行きバスに乗車。15時頃にManuhellerからバスごとフェリーへ。またもフィヨルドを渡る。もうフィヨルドというだけでは驚かない。10分弱でFodnesに上陸。「24.5㎞」と表示のある世界最長の道路トンネル、ラルダール・トンネルを抜ける。途中、ところどころで青白く明るく照明された空間が。長すぎるのでドライバーの疲労軽減(一度トンネルを抜けたと錯覚させる、止まって休憩も可能)のための施設らしい。

トンネルを抜けるとソグネ・フィヨルドの支流、アウルラン・フィヨルド沿いのアウルランの街。この辺りのフィヨルドの眺めは素晴らしく、明日、ここをフェリーで通過予定なので期待が高まる。バスはフィヨルド沿いを進み、絶景を堪能。

16時20分頃、フロムに到着。駅前の荷物預けは19時でクローズとのことで使えない。いったん宿に行って荷物を置いてから、17時発のステーガスタイン行きミニバスに乗車。客はほかにもう一人だけ。ミニバスはアウルランまで再びフィヨルド沿いを走った後、山道を登っていく。山道の途中で写真ストップ。ダイナミックなフィヨルドを見下ろし、絶景。さらに道を上り、17時35分のステーガスタインの展望ポイントに到着。崖から張り出すような展望台から、アウルラン・フィヨルドを見下ろす。光の加減で青みがかかって見え、時が停まったかのよう。雄大で美しく、さっきよりさらに絶景。ずっと見ていても飽きない。
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これぞフィヨルド【ステーガスタイン展望ポイントよりアウルラン・フィヨルド】

18時には帰りのミニバスが出発。余韻に浸りながら25分ほどでフロムに戻る。続いては18時40分頃発のフロム鉄道に乗車。絶壁が続くU字谷の中を列車はゆっくりと上ってゆく。素晴らしい景色なのだが、客が多いので自席からなかなか動けず、片側の窓からだけでは景色の全貌がよくつかめない。19時10分頃にはトンネルとトンネルの間に一時停車。ショースの滝が目の前に。水量がすごい。そして19時35分に終着のミュルダールに到着。

そのまま、フロム行きの列車で折り返す。時間が遅く、空いているので、右に左に動き回って車窓を眺め、撮る。走っている谷の様子をつかみやすい。残念ながらもう薄暗くなってきて、しかも雨が降り、写真はうまく撮れないが。20時40分頃にフロム駅に到着。駅前で夕食。ベルゲン風干し鱈スープ。量は少なかったが、鱈はうまかった。

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2017年9月 9日 (土)

ノルウェー旅行(3)ガイランゲル・フィヨルド(バス、ガイランゲル、フェリー)

8月20日
物音ひとつしない静かな町の朝。民泊で朝食券をもらい、近くのホテルへ。スモークサーモンとコーヒーが美味しい。

8時20分頃初の220番ガイランゲル行きバスに。今日も雨。暖房が入っている。バスはU字谷の中を進んでいく。急峻な崖に霧が立ち上がっていく姿は少し神々しい。崖の上のほうは垂直に近いが、下のほうは緩やかな斜面になっている。斜面の上のほうは草が、下のほうには木が生えている。そして谷底には川が流れる。崖の上には雪も。

バスは崖をつづら折りに上っていく。時折、滝も見かける。つづら折りなので、何度も同じ滝を渡る。

8時55分、トロールスティンゲン(トロールの梯子段という意味)に到着。ここで25分間の休憩。滝が落ちるあたりに遊歩道が整備され、滝と周囲の山々の景色が楽しめる。というはずなのだが、ガスがかかっていてよく見えない。それに雨。切り立った岩山に合わせて直線的な造形の北欧デザインのビジターセンターがかっこいい。

休憩が終わり、バスはさらに上る。森林限界を超えたのか、樹木が一切なくなった。地面には岩がごろごろ転がっている。氷河がU字谷を形成した際の落とし物だろうか。川、滝、池と水の景色が多彩に展開。キャンピングカーをよく見かけるが、この景色はアウトドア趣味を刺激するのだろう。うつらうつらしている間に山を下りたらしく、10時ごろフィヨルドに面したValidarというところに到着。同時に小さなフェリーも到着。ここからバスごとフェリーに乗り込む。

フィヨルドの海峡を渡って、10時半過ぎにEidsdalに到着し、再び山道を行く。正面から羊の群れがやってきたが、羊のほうから崖のほうへとよけていく。慣れているのだろうか。10時55分頃イーグル・ロードと呼ばれる地点で5分間休憩。崖からガイランゲル・フィヨルドと、正面奥にガイランゲルの街を見下ろす。息をのむ絶景。でも5分だけ。予定では10分休憩のはずだったのだが。
Geiranger_fjord_from_eagle_road
5分の絶景【イーグル・ロード(ガイランゲル・フィヨルド)】

11時15分頃、ガイランゲルに到着。店の前の雨に濡れた歩道の斜面で足をゆっくり滑らせ、スローモーションで尻餅をつく。我ながら漫画のようだ。ツーリスト・インフォメーションで荷物を預け、レインコートを上下着込み、ハイキングへ。といっても、車道をひたすら上るだけ。といっても、雨の中、坂道を上り続けるのは結構きつく、汗びっしょりに。途中、何度も滝を見かけ、またフィヨルドも時折見える。1時間15分上り続け、フリーダールスユーベットという展望台へ。疲れたが、そして霧がかかっていたが、ガイランゲル・フィヨルドを見下ろすいい景色。霧も晴れてきた。展望台は上下二つに分かれており、まずは上側、続いて下側へ。崖に囲まれた海の景色に加えて、そこに落ち込んでいく絶壁も見事。

25分ほど滞在した後に出発。5分ほど歩いたところにあるホテルで昼食。サンドイッチを頼んだら、スモークサーモンやら野菜やらが載った皿が出てきた。パンに自分で挟むのかと待っているが一向に出てこない。スタッフも消えた。どうしたものかととりあえずサーモンを食べてみると――下にパンがあった。パンが見えないほど具が載っていたのだ。これが「スモーブロー」(オープンサンドイッチ)というやつか。

14時ごろ出発。往きは雨の中上るだけで必死だったが、帰りは景色を楽しむ余裕が。基本的には同じガイランゲル・フィヨルドの眺めを、少しずつ高度を下げながら見るだけだが、やはり何度見ても良い。つづら折りの坂道を車が走るさまも、模型を見ているようで楽しい。

40分ほどでノルウェー・フィヨルド・センターに到着。しかし見学している余裕がないので、ちょっとだけのぞいてすぐ外へ。そこから滝というか急流沿いに整備された遊歩道「ウォーターフォール・ウォーク」を歩く。すさまじい水量。そして15時10分、ガイランゲル中心部に戻る。

インフォメーションで荷物をピックアップして、15時半発のヘレシルト行きのフェリーに乗船。寒いし、冷たいし、足が疲れるし、荷物が重いし、疲れたので室内で座りたかったが、ここで景色を見ないわけにはいかない。小雨降る中、デッキに立って、ガイランゲル・フィヨルドを進む景色を。

有名な七姉妹の滝は繊細に、その対岸の崖にある名も知れぬ滝は豪快に。デッキに建っていると滝の音が聞こえてくるのでよい。船が進むにつれて、フィヨルドの入り組んだ崖が見え隠れするのもよい。しかし雨が降り続けているので、写真を撮り、レンズに着いた水滴を拭き、また撮って拭いて、の繰り返し。

16時半、ヘレシルトに到着。湖畔のようだがここは海。バス停はフェリー乗り場から離れているよう。乗り場の係員に尋ねたが「あっちの方、よく知らないけど」と頼りない返事。が、それでわかるくらい、小さな町、というか集落。港(というかフェリー乗り場)と集落の中心部の間には河口があるが、海に落ちる部分が滝になって轟音を轟かせている。

橋を渡って集落へ向かうとほどなくバス停が見つかる。それを確認後、唯一開いている食堂兼雑貨屋みたいなところへ。アップルパイのアイスクリーム添え(メニューにデザート系は3つあったが、すべてアイスクリーム付き)とセルフサービスのコーヒー。そしてトレッキングとフェリーで立ちっぱなしで足が疲れている。これから路線バスを乗り継いで5時間の旅というのに。

17時半頃、250番ストリーン行きバスに乗車。この後もそうだが、村々をめぐるローカルバスには必ず荷物入れを車体下に装備し、支払いはクレジットカードの使用が可能(一度だけ例外あり)。次のバス停名が車内に表示され、わかりやすい。車窓には川がよく見える。この国は水力発電大国でもあったことを思い出す。割とテスラや日産リーフを見かけるが、関係あるのかもしれない。車窓では牛や羊もよくみる。

18時20分頃、ストリーンに到着。バスターミナルおよびその周りに店など一切なし。18時半過ぎのByrkjelo Sundane行きバスに乗車。薄暗くまたガスがかかり、よくわからないが、美しいフィヨルド沿いを走っている模様。そして乗客が他に誰もいない。始発なのにドライバーが遅れてやってきたのはそのせいか。

19時45分頃、Byrkjeloに到着。バス停がぽつんと。降りるとき、ドライバーに「Sogndal(ソグンダール、ドライバーの発音は「ゾーンダル」に聞こえた)に行くのか?」と聞かれる。そうだと言うと「じゃあ、1時間後にはここに戻ってこい」という。この辺に食堂かスーパーはないかと聞くと、ガソリンスタンドがあるとのこと。耳寄りな情報。

5分ほど歩くと、ガソリンスタンドが。というか他に開いている店がない。助かった。そこにファーストフードと雑貨屋が併設されている。フィッシュ&チップスを注文。フィッシュとチップスとサラダで必要十分な量と旨さ。しかしこれで109NOK(約1500円)なのだから参ってしまう。

20時55分頃、Sogndal・Føldeと表示されたバスに乗車。20分でSkeiに到着。Sogndalに直通はしないようで、ここでバスを乗り換えろと言われる。そして21時半発のNX170番オスロ行き長距離バスに乗車。トイレも付く豪華仕様。そして50分でSogndalに到着。道に迷い、地図アプリを使って何とか宿へ。やれやれ、長い一日だった。

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2017年8月21日 (月)

重要伝統的建造物群保存地区(6)南砺市相倉

岐阜県白川村荻町、富山県五箇山菅沼とともに「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産に登録されている五箇山の相倉集落。なお、3か所とも伝建地区。
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相倉集落【五箇山】

あまり大きな家屋はなく、「合掌造り」という特殊な建物が並ぶというよりも、昔ながらの里山の雰囲気がそのまま残っている、といった風情。集落内には小さな田畑もそこかしこに。

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2017年7月19日 (水)

上から目線(22)月のピラミッド(ティオティワカン)

メキシコ・シティにほど近いティオティワカン遺跡には大きなピラミッドが二つある。太陽のピラミッドと月のピラミッドである。
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月のピラミッド【ティオティワカン遺跡】

両ピラミッドとも上ることができる。太陽のピラミッドから月のピラミッドを望んだ写真はこちらに載せた。一方で月のピラミッドから太陽のピラミッドを見たのが下の写真である。
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月のピラミッドから望む太陽のピラミッド(左)と死者の道(中央)【ティオティワカン遺跡】

遺跡と、それを取り囲む山々の稜線が印象的であった。

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2017年7月16日 (日)

上から目線(21)エル・カスティージョ(チチェン・イッツァ)

マヤ文明の遺跡の代表格、メキシコのチチェン・イッツァ。広大な遺跡だが、そのシンボルは何といっても、大ピラミッド「エル・カスティージョ」、別名「ククルカンの神殿」。春分と秋分の日の日没時に、羽毛のある蛇の神である「ククルカン」が現れる(階段に蛇の胴体のような影が現れ、階段の一番下の蛇の頭の像と合わせて、巨大な蛇が現れたように見える)ので有名。
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エル・カスティージョ【チチェン・イッツァ】

写真で見てもわかるとおり、ここは階段を上ることができた。鬱蒼とした森の中に遺跡の建造物が広がっていた。
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エル・カスティージョからみた戦士の神殿【チチェン・イッツァ】

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2017年6月 1日 (木)

セネガル旅行(7)フォンテーヌブロー

5月8日
またも深夜食。機内のテーブルがどこかで何かが外れているのか、傾いたままでまっすぐにならない。片手で押さえながらとにかく早く片付けようと必死に食べる。何かの罰ゲームのようだ。エールフランスはシャンパンが出るぐらいしかメリットがないと思い、頼んでみたが、液体は邪魔なだけだった。そして着陸直前にはよく冷えたクロワッサンが。

5時間のフライトで6時40分頃、パリ・シャルルドゴール空港に着陸。トランジット時間に余裕がないのに30分ぐらい遅れている。前回よりは入国審査の行列などは短く、1時間ほどでパリ市内に向かうRERの駅に到着。券売機はまたも紙幣が使えない。前回はそれでひどい目にあったが、今日は大丈夫、ちゃんと硬貨を用意してきた。

硬貨を入れる。が、途中で迷っているうちに初期画面に戻ってしまった。やり直すが、再び迷う。そして入れた硬貨の金額がどこにも表示されない。これではいくら入れたかわからないではないか。困っていると、再び初期画面に。そして入れた硬貨は戻ってこないことに気づく。嫌な予感がする文字が光っているのに気づく。初期画面を英語にすると、小さなコインのイラストにNoみたいな表示が。硬貨は使えないらしい。でも投入はできるらしい。でも戻らないらしい。これは詐欺である。あるいは横領か窃盗か。4ユーロほど騙し取られた。そしてさらに券売機の画面がフリーズ。金を奪い取った後は、だんまりを決め込むとは、最新のAIでもまねできない技。

ともかく時間に余裕がないのでさっさと切符を買って列車に乗って移動したい。券売機を告発するのは諦め(こうしてSNCFは外国人旅行者から金を巻き上げているのだ)、有人カウンターへ走る。意外に空いていた。そして、フォンテーヌブローと告げると18.5ユーロ、往復と言い足すと36ユーロちょっと、しかしだったら「PARIS VISITE」という1日券のほうが24.5ユーロと安いと教えられる。ということでそれを購入。初めからこうすればよかった。

7時45分発のRER B線に乗車。各駅に停車。40分ほどでシャトレ・レアル駅に到着。乗り換えようと駅構内を歩いていたら切符を見せろと言われる。腹立ちついでに乗り換える路線のホームを聞いたら、元のホームの反対の番線だった。そしてRER A線に乗って、リヨン駅へ。今日は迷わないぞと思い、構内のディスプレーを見ると、フォンテーヌブローに行く列車は事前に調べた「R線」(近郊列車の線名のよう)ではないらしい。ともかく書いてあるホームへ。客車の列車であった。長距離用なのだろうか。旅情があってよい。

駅構内でパンとカフェオレ(薄い)を買い込んで列車へ。ダイヤより10分ほど遅れ9時40分頃にフォンテーヌブロー・アヴォン駅に到着。駅前に1番バスが止まっているので乗車。前面に「CHÂTEAU」と表示していた気がして安心して乗っていたが、宮殿につく雰囲気もないし、乗客は地元客ばかりになってきた。不安になって運転士に聞くとフランス語で何かがなられる。「パス」と聞こえた気がする。もう通り過ぎたのだろうか。結局、ここで降りろと言われた住宅街で降り、乗客の老爺が指し示す方向に5分ほど歩くと宮殿が見えてきた。正面には有名な馬蹄型の階段が。

こうして10時過ぎにようやくフォンテーヌブロー宮殿に入場。時間がないので「ナポレオン1世博物館」の部分は通り過ぎて、教皇のアパルトマンとグラン・アパルトマンという部分だけ見学。ここは16世紀にフランソワ1世により建築された宮殿で、その後、ナポレオン3世にいたるまで、歴代の王が暮らしたところ。フランソワ1世の回廊、舞踏会の広間は豪華だが、床や壁、天井に木が使われ、落ち着いた豪華さ。さらに皇后の寝室、玉座の間、会議の間など、次から次へと豪奢な部屋が続く。この辺りは調度品も派手派手しく、だんだん辟易としてくる。最後は三位一体の礼拝堂。木をデコレーションして大理石や金属のようにみせているようで面白い。
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フランソワ1世の回廊【フォンテーヌブロー宮殿】

建物を出て、広い庭園の一部も見学。残念ながら雨。大花壇には花が一つもない。11時15分頃、外へ。タクシーが停まっていないかと淡く期待したが、当てが外れる。バス停があるが、次のバスは12時。歩くしかない。40分ぐらい歩けば駅のようだ。しかし5分程歩き、クラシカルなメリーゴーランドなどがあるまちの中心部のあたりで、タクシー発見。助かった。

7分ほどで駅へ。ちょうど列車が入ってくる。走ってホームへ。しかし、これはパリから来た列車。と、反対側ホームにも列車が。走る。そして、11時半過ぎの列車に飛び乗る。フォンテーヌブローの街は白人だらけだったが、車内はむしろ黒人のほうが多い。これもフランス。そして40分ほどでパリ・リヨン駅へ。そしてRERのA線、B線と乗り継いで、40分弱でシャルルドゴール空港へ。

制限エリア内で昼食をと思ったが、ろくな店がない。ブランドショップに場所を割きすぎである。乗客の利便性よりも高額な買い物をさせて金を落とさせることしか考えていない。カフェらしきものもあるが行列。列が短い小さな店は、これだけ空腹なのに食欲が全くわかないサンドイッチ(しかも不要にでかい)ぐらいしか置いていない。困ったが結局、チョコケーキみたいな代物を買って食べる。

ダカールでは次の上海までしか発券できなかったので、上海・成田間のチケットはどうなるのかカウンターで聞いたら、上海についたらトランスファー・カウンターに聞けとのこと。なんとなく問題先送りな感じもしたがやむを得ない。そして15時頃離陸のエール・フランスで上海へ。

5月9日
9時間半のフライトで上海・浦東国際空港に到着。トランスファー・カウンターなどなく、まず入国審査。そう、たとえトランジットだけでも入国しないといけないのだ。こんな無駄で馬鹿々々しいことを強制するのは米国と中国ぐらいなものだ。入国後、預けた荷物を引き取る。その先に、トランスファー・カウンターの矢印が。そして順番が来て、eチケットを見せると――外へ出てデルタ航空のカウンターに行けと。ここは中国東方航空のカウンターなので、と。そして、「急いで」、と。トランスファー・カウンターに行けと言ったではないか。デルタもエールフランスもこっちだと複数の看板に書いてあったではないか。Skyteamとして提携しているのではないのか。空港は虚偽表示と嘘つきだらけだ。

ともかく、急いで出口へ。しかし出口の荷物検査で行列。やっと出て、デルタ航空のチェックイン・カウンターへ。自動チェックイン機があるので自分で操作しようとしたら、職員が代わりにやってくれるという。そして、パスポートの読み取りに失敗し、ほかの職員が応援に呼ばれ、画面上にクレジットカードをスワイプしろと表示されたのでカードを出したら、なぜか止められ、eチケットの番号を入力すると言われ、しかしそれも失敗し――結局、有人カウンターに行けと言われる。そして有人カウンターに行ったら、やはりクレジットカードを出せと言われる。が、出したら、見ただけで返された。突っ込みどころが多すぎる。さらに荷物を預けると、荷物検査に回される。カメラのバッテリーは手荷物に入れろと言われる。

そして出国検査の行列、手荷物検査の行列を経てようやく中へ。軽く小籠包でも、と思っていたがそんな余裕なし。沖止めなので、バスに乗り込んだら、スマホのデルタ航空のアプリに「出発時刻が変更された」との表示が。しかも予定より15分早まると。もっと早く知らせてくれなければ何の意味もない。

そして10時40分頃離陸のデルタ航空で2時間10分ほどで成田へ。

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2017年5月29日 (月)

セネガル旅行(6)ダカール、ゴレ島

5月7日
歯ブラシに小さいゴキブリが挟まっていた。割ときれいなホテルだと思ったのだが。そんな朝。朝食を兼ねて周囲のプラトー地区の散歩へ。裏通り感あふれる通りから、開店準備中の常設屋台を横目に歩きながら、この都市最大の目抜き通り、ポンピドゥー通り(Avenue George Pompidou)へ。大きな街路樹もあり、多少の風格はあるが、まだ店が始まっていない時間であることもあって、なんとなくわびしい。ゴミも多い。

何やら親し気に話しかけてくる男が。アーチストを自称。この町の父と呼ばれ、町のみんなに尊敬されていると自称。勝手についてきて、街をガイドしているつもりらしい。予想通り店に来いという話になったので、興味がないというと、ビジネスカードを渡すから来いと。ビジネスカードぐらい持ち歩けばいい。断ると、コーヒーをおごれと。断ると、なぜだと。おごる理由が一分もない。面倒くさい。

流れでこの都市の中心部ともいえる独立広場(Place de l’Indépendance)へ。コロニアル建築がいくつかあり、高層建築も工事中だが、中心感をあまり感じない。そして座って朝食を取れる店がなかなか見つからない。結局、朝から開いているパブへ。朝からビールを飲んでいる白人客が。今日は日曜日。ここでクローク・ムッシュとカフェオレの朝食。

ホテルに戻りチェックアウト。朝食どうぞと今更言われる。先に言ってくれ。外へ。チェーンのスーパー・マーケットがあったので入ってみる。外国人・富裕層向けのようでセネガルらしさに欠ける。出て歩いていると、久しぶり、昨日は警備の制服を着ていたけど、今日は非番だから私服なんだ、わからなかったかい、と親し気に話しかけてくる男が。いや、初めて会うと思いますけど。店に誘うまでもなく、何かをせびるわけでもなく、今夜必ず会おうと言って去って行った。謎。

謎の男に入り口を教えてもらって、今日の目的地、ゴレ島(Île de Gorée)に行くフェリー乗り場に到着。謎男はフェリーは10時半発だと言う。それで思い出した。フェリーの時刻表を調べてきたのだった。見ると日曜午前は7時、9時、10時、12時のみだった。時計を見ると、10時3分。これはまずいと焦る。が、それほど時間通りでもないようで、結局、10時15分過ぎに出港したフェリーに無事乗船。

20分ほどでゴレ島に到着。桟橋近くにちょっとしたビーチがある。海の水がきれい。細い路地へ入っていくと、奴隷解放の像(La Statue de la Libération de l’Esclavage)が。近くの「奴隷の家」(Maison des Esclaves)の入り口に11時15分にオープンとの表示があったので、それまであたりをぶらつく。視察っぽい団体客が入って行った建物について行ってみると、そこはサンドアートの店。様々な色の天然の砂と、人工的に染めた砂とを使って、絵を描いているという。

そしてこの島一番の観光スポット、1786年建造の「奴隷の家」へ。ゴレ島は西欧列強が貿易の拠点としていたところで、特に大西洋奴隷貿易の拠点となっていたことで知られる。この奴隷の家は2階建てで、1階には奴隷が収容されていた窓のない部屋や、奴隷としてアメリカ大陸に送られる際に通ったという「帰らずの扉」などが、2階には奴隷貿易に関する説明パネル(フランス語)や拘束具、銃などが展示されている。――ということになっている。

しかし、渡航前に読んだ本の説明は違った。フランス人男性と現地人女性の間にできた混血女性は「シニャール」と呼ばれるが、中にはヨーロッパ人との接触を通じて裕福になった者もいた。そして「奴隷の館」は、そうしたシニャールの所有した家で、奴隷が収容されていたわけではないというのである。そう言われてみると、中庭から2階までは対になる曲線の階段だったりと洒落れたつくりだったりして、奴隷収容所にはみえない。

そのため、なんとなく冷めた気分で展示を鑑賞。「『罰を与えるための部屋』だった狭い部屋に入ったマンデラが、10分間泣いていた」といった新しい伝説も語られていた。いずれにしても、この島が奴隷交易の中心地となり、大勢のアフリカの人々が奴隷として集められ、大西洋を渡って過酷な労働にさらされた(あるいはその前に命を落とした)のは事実であろう。様々なメッセージも寄せられており、その中にあった「先祖が生き残りの才能を授けてくれたんだ、だから我々は強いんだ」という文章が印象に残った。

なんだかんだで30分ほど見学した後、外へ出て路地めぐり。カラフルに塗られた壁に、木の窓扉、大きな樹木が木陰をつくり、あちこちに花々が咲く。ゴミも落ちておらず、車も走らない小島。美しく、静か。歩いているといつの間に島の南端のCastelという小高い丘へ。付近はアート市場といった趣で、道沿いに小洒落れた絵などが並ぶ。丘の上には第二次大戦中に使われたという砲台が。ここもアートというか土産物というかの展示場に。リモコンなどのちょっとしたごみを使った作品が並ぶ。周りには人々が住み着いている。
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南国コロニアルな路地【ゴレ島】

疲労感を覚え、丘の上の食堂へ。バオバブのジュース「ブイ」がドロッと甘く冷たくおいしい。米がないと言うので、フレンチフライと鶏肉を。ピーナッツも出てきた。落花生はフランス植民地時代以来、この国の特産品である。ぱさぱさのチキンに、まあまあな玉ねぎの昼食。

食後、丘を降りる。牛、ヤギ、アヒルに鶏、そこに野生のサギがやってきて、牛の体をつついている。空にはトビが飛び交い、地面をトカゲが走る。30分弱歩き、島の北端にあるIFANゴレ歴史博物館(IFAN Musée historique de Gorée)へ。1856年に完成した円形の砦(Fort d’Estrées)を使った建物で、屋上には砲台が並ぶ。内部の展示は石器時代からセネガル独立までと幅広い。写真を使った展示ばかり。もちろんフランス語。

20分ほどで退散。後は適当に島内をぶらつく。強い日差しにカラフルな壁の家々が映える。フォトジェニックな路地が多い。そして14時半発のフェリーで、20分ほどでダカールに戻る。朝と同じスーパーで水とジュースを買う。お釣りが20セーファーフラン(約4円)だったが、つり銭がなくて、キャンディを渡される。朝、同じシチュエーションになったときには50フラン(約9円)を渡された。いろいろ適当。

飲み終わったジュースの空き瓶を持って歩いていたら、シーシーと口を鳴らして呼び止められる。道端のポリバケツがごみ箱だと教えられる。そういうところは親切。ゴミ箱があるのもダカール中心部ならでは。2013年の火災の後はあまり活気がないというサンダガ市場(Marché Sandaga)を通り抜ける。市場として明確なエリアがあるというより、道端に出店が並んでいるタイプで、市場だかただの道だかよくわからない。

独立広場近くのバス停から7番バスに乗車。30分ほど乗車し、ワッカムあたりであらぬ方向にバスが進み始めたところで下車。次に目指すはアフリカ・ルネサンスの像(Le Monument de la Renaissance Africaine)。高さ52mの像が丘の上に立っているはず。少し歩くと見えてきた。像を目指して歩くが、スマホの地図をみても道がどうなっているのかよくわからない。丘の近くを通る高架道路があり、そこから道が伸びているように見えたので、近づいてみると、排水路だった。登れないこともなさそうだが、かなり無理しないと無理。

試行錯誤しながら30分ほど歩いて、ようやく像から伸びる階段の下のエリアに到着。横から見てもなんだかよくわからなかったが、正面から見ると、アフリカ人親子3人が風を切って空を見上げている姿。銅像建設に定評があるとされる北朝鮮の建設会社が建造した像で(デザインはセネガル人建築家のピエール・グジャビ・アテパ(Pierre Goudiaby Atepa))、多額の費用を要したことで論争を呼び、建造を提唱した当時の大統領アブドゥライ・ワッド(Maître Abdoulaye Wade)は、像の完成2年後の大統領選に敗れている。が、今となっては人気スポットのようで、記念撮影している地元民多数。威風堂々たる像ではあるが、イスラムの国の像の割には肌の露出が多い気もする。その辺はおおらかなのだろう。

階段を5分ほどかかって上って、像の台座部分に到着。像の中に入って上に上がることもできるらしいが、外国人料金は6500フラン(1200円)とのことなので遠慮。像の立つ丘の上も展望台になっていて、ダカール市内が一望。もっとも、一望して面白かったり美しかったりする町ではない。ただ、岬の先端にあるまちで、三方を海に囲まれているさまはよくわかる。また、空港が市街地の中にあるのもよくわかる。

その後、バス通りに出て、3番バスに乗車。スマホ地図上であらぬ方向に進み始めたと思ったら、終点のバスターミナル「Terminus Petersen」。周りは道路に文字通り店を広げている人も多く、市場と化している。フライパンのような鍋に砂を入れて落花生を炒って売っている人も。が、道路はゴミだらけ。そういう時に限ってかぶっていた帽子が風で飛ばされ、内側から着地。再び被る気が失せるほど汚い。

40分弱歩いて、プラトー地区の食堂へ。スマホ片手にGoogle翻訳でいろいろメニューの解説を受けるが、セネガル名物の料理は片っ端から「finish」といわれ、結局、オクラソースの魚(Sauce Gombo Poisson)と、キャッサバの団子というか餅のようなもの(foutou)、それにビサップを注文。魚はうまいとは思うが、粘り気あるオクラソースにまみれて、ますます小骨を取るのが大変。

ホテルに戻って荷物をピックアップして、サンダガ市場近くのバス停へ。セネガル人ドライバーは歩行者に道を譲ったりしてマナーが良いが、高級SUVを乗り回す白人ドライバーは狭い道を減速せずに走りマナーが悪いと感じるのは偏見であろうか。なかなか空港行のバスが来ないので、20分弱待ったところで断念しタクシーに。ようやく慣れてきてフランス語で金額を言って値段交渉。しかしこれが最後のタクシー。20分強で空港へ。ただいま20時45分。パリ行のエールフランスは22時45分。ちょうどよかった。

――と、思ったが、ここからが長い。まずターミナルに入る際の荷物チェックで行列。さらにエール・フランスのチェックインでさらに長い行列。次いで入国審査前の荷物チェックで行列。何やら放送が流れるがすべてフランス語で状況を把握できない。そのうえすぐ後ろの白人中年女性のおしゃべりがとめどなく、全く放送が聞こえない(聞こえても意味は分からないが)。入国審査が終わった頃にはもう22時45分。土産物を物色する間もなく走ってゲートへ。と思ったが、ターミナル内で道に迷う。が、何とか正しい道(通路か)を見つけ、走る。間に合った。というか、約1時間遅れで離陸。やれやれ。

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