2018年6月 3日 (日)

オーストリア旅行(9)グラーツ

5月7日
トラムとUバーンを乗り継いでウィーン中央駅へ。クロワッサンサンド、ドーナツ、メランジェを買い込み、6時発のレイルジェット・グラーツ行きに乗車。割と景勝ルートだが眠いのでうつらうつら。8時35分頃にグラーツ中央駅に到着。荷物をロッカーに預け、水などを調達し、市内の地図などを手に入れ、トラム7番で7分程で旧市街の中心、ハウプト広場へ。広場から伸びるヘレンガッセ沿いには壁に絵を描いた建物が並ぶ。ヘレン・ガッセを少し歩いて市教区教会へ。ステントグラスが美しい。その中にヒットラーとムッソリーニがキリストを迫害している者の中に紛れている。よく見ないとわからない。

間違えてヘレンガッセの南側へ。ここらも感じのいい旧市街の商店街。歩いていて楽しい。ハウプト広場に戻り、さらに歩き、シュロスベルクのリフト(エレベーター)へ。リフト乗り場の周りはトロッコ列車の線路のようなものがある。第二次世界大戦時の空爆を避けるために地下にトンネルが張り巡らされ、それを活用した遊戯施設のよう。そしてリフトで山上へ。そこにあるのはグラーツのシンボルである時計塔。1215年の記録に登場するという歴史あるもの。時計塔の下のテラスは花壇が整備され、そこから時計塔を撮るとフォトジェニック。
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グラーツの時計塔

リフトで下へ降り、シュポアガッセを進み、やや迷ったが元・王宮にあった二重螺旋階段へ。グラーツにはハプスブルク家の王宮があったが、今はこの階段しか残っていない。二重の螺旋階段は3か所の踊り場で出会いながら上がっていく。子供の団体とぶつかる。遠足であろうか。

さらに近くの大聖堂へ。トルコ軍襲来などが描かれているという外壁が残るが、古すぎてよくわからない。さらに隣のマウソレウムへ。皇帝フェルディナンド2世の霊廟だが、工事中で中に入れず。外から少し覗く。塔には上がれるようだったので上る。網越しに街を見下ろす。

そして降りていくと、下から「ハロー」という大声が響いてくる。嫌な予感がする。とりあえず「ハロー」と答えてみる。下からまた「ハロー」。どうやらこっちに向かって言っているのではない。慌てて降りていくと――なんと鍵が閉まって出られない。老夫婦が外に向かって助けを求めている声であった。結局、外にいたスタッフがカギを持ってきて一件落着。閉じ込められたのはサンティアゴの空港のエレベーター以来だ。

その後、地元(たぶん)の白ワインを嗜んだ後、6番トラムで中央駅へ。そして12時25分頃発のレイルジェット・プラハ行きに乗車。チェコ鉄道の所有ないし運営らしく、車体やいすの色が違う。また、国際列車だからか、あるいはチェコ鉄道の流儀なのか、列車の時刻表が4人掛けの席には置いてある。何気なく見ていると、「セメリンク駅」の文字が。聞き覚えのある地名だ。セメリンク鉄道とは世界遺産になっている鉄道。慌てて調べると、ウィーン・グラーツ間の列車は通るらしい。危うく気が付かず通り過ぎるところだった。眠さをこらえて車窓を見続ける。

13時半にミュルツツーシェラーク駅を出発。ここからセメリンク鉄道の区間。よくみていると、石積みの曲線を描くアーチ橋などを時々通っていく。トンネルも多い。スピードも明らかに落としている。難所ということであろうか。13時45分にセメリンク駅に到着。建設に貢献した技師の記念碑が見える。そして14時15分頃にグログニット駅を通過するあたりで、時速60㎞だったスピードが急に上がる。ここでセメリンク鉄道終了。

その後、15時過ぎにウィーン中央駅に到着。10分後のウィーン空港行きのレイルジェットに乗り換えて、15分ほどで空港に到着。ああ、もう少しでこの旅も終わる。そんな感慨にとらわれる。機械でチェックインすると、2枚目の搭乗券が印刷できない、ルフトハンザのカウンターに行けとの指令が表示される。はいはい。機械のチェックインでスムーズに発券できたためしがない。そしてルフトハンザのカウンターなどどこにもない。大方、ルフトハンザ傘下のオーストリア航空のカウンターに行けとの意味なのであろう。これから搭乗するのはオーストリア航空、そしてここはオーストリア、周りはオーストリア航空のカウンターだらけなのだ。その程度の表示のカスタマイズもしないのか。

空港内で最後のメランジェを飲み、18時10分頃発のオーストリア航空に搭乗。やたら揺れるフライト。

5月8日
10時間40分ほどのフライトで10時50分頃に香港に着陸。眠り足りない。チキンとキノコの煮込みみたいな中華料理をいただく。なんかフラフラ。気付けにコーヒー(お湯入りエスプレッソ)を飲む。

そして15時50分、悪天候で1時間ほど出発が遅れたANA機で成田へ。

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2018年5月31日 (木)

オーストリア旅行(8)ウィーン

5月6日
「ウィーンのガウディ」の異名を持つ、20世紀の建築家、フンデルトヴァッサーの手による公共建築「フンデルトヴァッサー・ハウス」の外観を見学した後、Uバーン4号線でシェーンブルン宮殿へ。が、一駅乗り過ごしてしまう。徒歩圏ではあるが。8時半頃に宮殿内へ。まずはメインの建物へ。マリア・テレジアがロココに改築した部屋などをめぐる。特に大ギャラリーは華やかで明るいが、派手派手しくなく上品さをぎりぎり保った部屋。中国の漆器で壁を埋め尽くした「漆の間」も豪華だが落ち着いている。インドのムガール帝国の宮廷生活を描いた細密画を壁にコラージュした部屋も面白い。また、ナポレオン1世の退位後、ハプスブルク家出身の妻マリー・ルイーズとの間の息子(ナポレオン2世)がウィーンで暮らしたエピソードも興味深い。

45分ほどで見学終了。続いて庭園へ。残念ながら花壇に花がまだない5月。35分程歩いてグロリエットへ。宮殿と市街を望む。疲れたのでカフェへ。モーツァルト・トルテ(甘くて美味)とメランジェ(これもどこでもうまい)で一休み。
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噴水越しに見るシェーンブルン宮殿と庭園【ウィーン】

11時に出て40分ほどでシェーンブルン駅に到着。Uバーン4号線でケッテンブリュッケンガッセ駅で下車し、駅舎と近くにあるマジョリカハウス(ともに19世紀末のオットー・ヴァーグナー作)を見学。そして再び4号線でカールスプラッツ駅へ。旧駅舎の「オットー・ヴァーグナー・パビリオン・カールスプラッツ」は今日は入場無料。さらには12時半にセセッシオン(分離派会館)へ。残念ながら外装工事中。中のクリムトの「ベートーベン・フリーズ」を見学。日本語リーフレットをもらうが説明が難解。考えるより感じろということか。

その後、近くのケバブ&ピザのファーストフードでケバブの昼食。肉はうまい。付け合わせのフライドポテトもカリッと揚がっている。どうもこの国は手軽な食事は割とうまく、ちゃんとした食事はそうではない傾向にあるように感じる。食後、外に出ると、大量のランナーが走っている。何事か。給水ポイントの周囲は大量の紙コップ。

次いで国立オペラ座へ。14時スタートのガイドツアーへ。劇場自体は意外と派手ではない。舞台裏も見学するが、奥行きがかなりあり、天井も高い。舞台は地下に20mも下がるという。舞踏会の際は、座席を外して板をはって、舞台と同じ高さにして全体が舞踏場になる。劇場内とは対照的に、階段やサロンなどの天井や柱などは大変豪華。50分弱でツアー終了。

オペラ座前からトラムD番に乗ろうと思ったが、停留所の待ち時間が表示される電光掲示板に「Times for Life」と意味不明な文字が。何かと思って調べると、先ほど遭遇したランニングイベントの名称。つまり運行休止中のよう。さらにそれとは関係なく、隣の停留所近くで工事しているという紙もかかっている。よくわからないが「リンク」を歩き、隣の停留所へ。疲れたのでインペリアルホテル付属の「カフェ・インペリアル」で休憩。上品な甘さのインペリアル・タルトとブラウナー(ミルク付きエスプレッソ)をいただく。これぞ思い描いていたウィーンのカフェのイメージ。

そしてシュヴァルツェンベルクからトラムD番でベルベデーレ宮殿の上宮へ。閉館が迫っている。ここではクリムトの「接吻」をはじめとした諸作品や、エゴン・シーレなど、世紀末美術を代表する画家たちの作品を鑑賞。同時代のムンクなども混ざっている。体中が痛い。1時間20分ほどで出て続いて庭園へ。まずは上宮の上、続いて上宮と下宮の間。40分程歩いて下宮に到着。トイレがあるが有料。手持ちのコインがないことが懸念されたが、1枚だけあった。よかった。が、コインを入れて少し待ってから開けろ、と微妙なことが書いてある。案の定、タイミングがずれた。押しても叩いても開かない。0.5ユーロのコインをかっさらわれて終わった。ひどくむなしい。

次のトラムを15分程待ち、71番トラムでシュヴァルツェンベルクへ。10分ほど歩いてカール教会へ。外は威圧的デザイン、中は白と茶色の明るい大理石。煌びやかで軽やか。天井画修復用の足場が組まれ、そのエレベーターに観光客も乗って、天井画を間近で見れる。下では2、3人がオペラか何かのレッスン中。

その後、オペラ座前から2番トラムに乗って、国会議事堂、市庁舎、ブルク劇場といったリンク沿いの19世紀建築を眺める。オペラ座に戻り夕食場所を探し、結局歩き方掲載のレストランへ。赤ワインと子牛のウィーナーシュニッツェルを。ともにうまい。進められるがままに注文したクランベリーをソース代わりに。

食後、オペラ座近くにある有名な「カフェ・ザッハ」へ。が、ホテル・ザッハに入っている建物にはカフェが2軒。テーブルにオリジナルのザッハ・トルテが何とかと印刷されている方のカフェへ行くが、併設(?)の土産屋のスタッフに聞くと、「カフェ・ザッハ」はもう1軒の方だという。なのでそちらへ。そして本家本元ザッハ・トルテとブラウナー。トルテ内の杏子のマーマレードと添えられたホイップクリームで、甘さを緩和しながら食べる感じ。食後、1番トラムでリンクを半周し、建物のライトアップを鑑賞。食べ過ぎで気持ち悪くなった。

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2018年5月28日 (月)

オーストリア旅行(7)ウィーン

5月5日
ホテルで朝食。コールド・ミールのみだがコーヒーはポット入りでまともなフィルターコーヒー。トラムとUバーン(地下鉄)を乗り継いでシュテファン寺院へ。脇の祭壇でミサ中。内陣は9時オープンとのことでまだ開いていない。午後また来ることにしつつ10分程滞在。歴史を感じさせる内部の空間。ブダペストとは違う本物感。

寺院の周りを一周した後、グラーベン通り、コール・マルクトと歩く。まだ店は開いていないが、高級ブランドばかり。そして王宮前のミヒャエル広場に到着。王宮の建物の軸と、コール・マルクトの通りの直線と、角度が少しずれているのが不思議。広場に面して建つロースハウスは装飾を排除した近代建築で、できたときは大論争になったらしいが、今見ると柱に使われている大理石のような石の模様が目立ち、それほどシンプルには見えない。

9時5分に王宮へ。まず銀器コレクションに入場。15~19世紀に王宮で使われた膨大な食器のセットが展示され、銀器だけでなく陶磁器なども。説明にはフランス、イタリア、イギリスなどとのやり取りが頻繁に登場。ナプキンの畳み方も一つの文化として紹介される。もっとも失われつつあるらしいが。

20分ほどで続いてシシィ博物館及び皇帝の部屋へ。シシィとは皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の妃、エリザベートの愛称。皇帝の片思いだったようで、部屋は別々、皇帝の部屋には妻子の写真が飾られているのに、エリザベートの部屋にはその類はほとんどない。こちらは30分ほどで終了し、続いて王宮宝物館へ。目玉は1602年のルドルフ2世の王冠。その他、ハプスブルク家のお宝を大量に展示。お宝の製作地は、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコなど。神聖ローマ皇帝の選び方なども解説され、興味深い。1時間ほど滞在。

続いて国立図書館プンクザールへ。天井が高く、本は上の方にも所蔵されているので、取り出すためには移動式の階段を使わなければならない。機能性は低そうである。教会などでよくみるドーム建築を図書館に使い、明るい色調の天井画に、重厚感ある大理石の柱や壁、それにたっぷり注ぐ太陽光で、いつまでも眺めていたい部屋。だが、30分ほどで退散。

コール・マルクトに近い路地にテーブルを広げるレストランで昼食。豚肉のウィーナーシュニッツェルなど。従業員が吸うタバコの煙が、風に乗って客席に運ばれる仕組み。そしてクレジット・カードが使えない。ろくでもない。

食後、シュテファン寺院へ。まず金を払って内陣の中へ。ゴシック風の高く上へと伸びる柱が作る天井高い空間。何やらオーケストラがリハーサル中。続いて南塔へ上り、見張り台へ。四方に窓のある小部屋で、15世紀から1956年まで監視員が常駐していた。螺旋階段を降りる。目がまわり、膝はがくがく。続いて隠し扉のようなエレベーター(係員がいないと入れない)で宝物館へ。王宮の宝箱を見てきたばかりなのであまりインパクトを感じない。さらに北塔に上る。ウィーンは上から見て美しい都市ではない。
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聖シュテファン寺院【ウィーン】

そして最後に寺院地下のカタコンベ・ツアーへ。ハプスブルク家は死後、心臓とそれ以外の内臓を分けてツボに入れ、身体はワックス漬けにしてミイラにして、それぞれ別の場所に保管したというが、日本人的にはバラバラでは成仏できない気がして気の毒。さらに公共墓地だった空間にはむき出しの人骨が大量に。

グロテスクな見物をした後は、コール・マルクトにに面するカフェ・デーメルへ。店内には行列ができているが、レジの隣にあるカウンターは開いている。注文の仕方がよくわからないが、とりあえず座る。レジでケーキ(アプフェルシュトゥルーデル)を頼み、カウンターでポット入りコーヒー(ミルク付き)を注文。コーヒーは熱いうちはうまい。ケーキは…まあアップルパイの類はたいていうまいものだ。店員の中年女性は不愛想さというか、客の目も見ずにサービスしており(一方で店員同士で話しているときは楽しそう)、不快。

16時35分頃、美術史博物館へ。入口近くで、観光客向けコンサートのチケットを売っている。昨日のが良かったので、迷う。が、閉館は18時だと教えられ、まずは美術鑑賞へ。古代エジプトの展示室の中にクリムトの「Nuda Vertas」が。何千年と生き抜いてきた彫像と並ぶと見劣りしてしまい、ちょっとかわいそうな展示の仕方。閉館時間が迫っているので、古代ギリシャ・ローマの展示室は駆け足で。展示物だけでなく、建物自体がこれでもかというほど豪華なつくりで、そちらも見ごたえがある。その中にクリムトの描いた壁画がある。クリムトの没後100年の今年、特別に階段が設置されて、そうした壁画を間近で見れるようになっている。怪しい目つきの女神たちが美しい。

その後は、フランス、イタリア、スペインの絵画の一連の展示へ。カラバッジョ、ベラスケス、ベリーニ、ラファエロなど。野菜などを使って肖像画を描いたアルチンボルドの連作「夏」「冬」「火」「水」も並べて展示されている。

さらに最も有名なドイツ、フランダース、オランダの絵画の展示。ブリューゲル(父)の油絵は40点ほどしか残っておらず、そのうち12点がここ美術史博物館にあるとのこと。彼の描くモブ・シーンは手塚治虫にも通じる面白さではないか。さらに、ヴァン=ダイク、フェルメール、デューラー、ルーベンスも。時々、現代美術が混ざって展示されている。そういう特別展なのだろうか。

こうして閉館の18時まで駆け足で鑑賞。出ると、チケット売りがもう店をたたんでいるところ。声をかけてチケット購入。その後、食事場所を求めてリンク(環状道路)沿いを歩く。やっと見つけて入った店は、後から調べたら歩き方にも載っているカフェ・シュヴァルツェンベルクであった。バイオリンとピアノの生演奏付き。まずはビール(よい苦み)。そしてターフェルシュピッツ。ホースラディッシュとリンゴを混ぜたようなソースや、よくわからないクリームソースが美味(肉は…)。せっかくカフェに入ったので、調子に乗ってホイップ・クリームを載せたコーヒー「アイン・シュペーナー」を。クリームと一緒にしてしまうと、コーヒーのうまさがわからなくなる気がする。

食後、今夜のコンサート会場へ。チケット売りがくれたパンフレットには、会場の写真に「インペリアルホール」との文字が添えられているが、建物の名前が書いていない。地図を見ても名称の記載なし。地図アプリで検索すると、どうやらギムナジウム(日本の中学・高校に相当する学校)。場所はリンクに面したホテル、リッツカールトンの裏手にあるベートーベン広場の隣で、立地は良いが。

現地に行ってみるとおそらく19世紀末から20世紀初頭の建築のようでなかなかごりっぱ。校内に入ると学校関係の掲示板なども見える。そして3階の講堂が今日の会場。確かに壁画や柱の装飾もあり、写真は嘘ではないが、印象がだいぶ異なる。何より壁面はほぼ全部が窓ガラス。このうち中庭に面している方は開け放たれている(それでもやや蒸し暑い)。音響的にはいかがなものかとも思うが、観光客向けの気楽なコンサートだし、ということであろう。それでも(直前で10ユーロ割引でも)44ユーロもとられたのであるが。

そして20時20分に「Wiener Royal Orchestra」による「モーツァルト・シュトラウス・コンサート」が開演。総勢10名で指揮者がおらず、どちらかというと室内楽か。時折、テノールとソプラノ、そして男女のバレエ・ダンサーも加わる。前半はモーツァルトで、トルコ行進曲は自由なアレンジで(元曲を知っているわけではないが)、ピアノとフルートがかっこいい。後半はシュトラウス家その他同時代の作曲家による楽曲。狭いステージながら存分に踊りまくるダンサーにプロ根性を感じる。そして最後は今夜もラデツキー行進曲。

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2018年5月25日 (金)

オーストリア旅行(6)ブダペスト、ウィーン

5月4日
6時45分頃、ホテル併設の温泉スパへ。入口の部分はアールヌーボー様式の豪勢なつくり。仕組みがわからず右往左往し、着替え用のキャビン(個室)が見つからずうろうろしていたら、階段の踊り場にあるおまけみたいなロッカーに案内される。まあよい。まずはスイミングプール。冷たい。隣にある小さなプールへ。こちらは暖かい。屋外にもスイミングプールがあるが、もっと冷たそうなのでスルー。まともな温泉がないのかとうろうろしてようやく見つけて入る。普通に温泉。サウナにも少し入る。一応1時間ほど滞在したが、ロッカーや風呂を探して歩き回っていた時間が大半だった気がする。しかもタイルが美しいという元・男湯(現在は混浴)は見つからずじまい。

朝食はホテルで。席が空いていないので、橋を望む(河は見えない)オープンテラスで。コーヒーは機械式。「エスプレッソ」にしたが、インスタントのような舌ざわり。そしてホテルをチェックアウト。スパ代は宿泊費に含まれているのかと思ったら、「割引」という扱いであった。そう考えるとやはり高い。もういろいろ残念。

8時25分頃にホテルを出る。早速19番トラムを目の前で逃す。しかも次は7分後との表示。6時に温泉に入る勢いの予定を立てていたので(無謀であった)、この時点でかなり遅れており、そんなに待っていられない。予定を変更し、逆方向に行く47番トラムに乗って橋を渡りペスト側に行き、地下鉄2号線で再び河を渡ってブタ側へ。セール・カールマーン広場駅で下車。地上へ出ると一大ターミナルになっていて、乗り場がわかりにくい。何とか16番バスの乗り場を見つける。激混み。

10時5分にマーチャーシュ教会前に到着。近所の高校か大学の卒業式のようで、そろいのポーチを持った若者が花や風船を持っている。地下鉄の駅でもセーラー服女子を見かけ、何かのコスプレかと思ったが、本当の制服だったらしい。そしてその影響で教会の入場は12時から。さらに教会の塔に上がるツアーは1時間に1回のようで、次は11時とのこと。近くの漁夫の砦は昨日、入ってしまった。いろいろうまくいかない。こんなことになるなら、先にペスト側から行けばよかったと思うが後の祭り。

とりあえず卒業式で盛り上がる人達や行進などを見学して時間をつぶし、11時発の塔ツアーへ。ツアーといっても最初に少し説明を聞いた後は勝手に塔に上るだけ。高さ46.7mのテラスからは、遮るもののない眺め。ブタ側にある国立公文書館の屋根のタイルが美しい。
Budapest
マーチャーシュ教会の塔の上から。左奥に国会議事堂、右奥にくさり橋が見える。【ブダペスト】

その後、近くのレストランで昼食。まずはトカイ・ワインの「ドライ」。まったく甘くない。そして本日の定食「グヤーシュ・スープとパプリカ・チキン」。ともにハンガリー料理の定番。毎日これなのではないか。グヤーシュは辛いが、ずっと食べていると味わい深く感じるようになる。そして汗が吹き出し鼻水が出る。チキンの方は柔らかく煮込んであり、甘め。味は単調。

12時半にマーチャーシュ教会の本堂内へ。19世紀末に改築された内部は、茶色っぽい彩色で独特の模様が一面に描かれている。入った時は少女の聖歌隊が祭壇前で歌っていたが、それが終わると、今度は大人たちのコーラスが後ろの方で始まる。少女たちはそろいのガウンのようなものを羽織っていたが歌はあまりうまくなかった。それに対し、大人たちはラフな私服だが、安定した唄いぶりで、ハーモニーも強弱も自在で、聴かせる。

16A番バス、地下鉄2号線を乗り継いで、ベスト側のデアーク・フェレンツ広場駅へ。ここから地下鉄1号線に乗り換え。ロンドンに次いで世界で二番目に古い地下鉄(イスタンブールの地下ケーブルカーを除けば)で、世界遺産にも登録されている。駅や車両も当時の雰囲気で復元されているようで、車両はとても短い。

一駅だけ乗ってバイチ・ジリンスキ通り駅で下車。聖イシュトヴァーン大聖堂へ。1905年完成。まず階段とエレベーターでドームの上へ。次いで教会内へ。ドームは高さ96mでとにかくでかい。かつ金ぴかで大理石だらけで、威信を示すという目的しか感じない。帝国主義様式とでも呼びたくなる。クーポラと太い柱でつくられる空間は、イスタンブールのアヤ・ソフィアバチカンのサン・ピエトロ大聖堂と共通する。

上から見て気になった大聖堂からドナウ河へとまっすぐ伸びる小路を歩いた後、2番、3番トラムを乗り継いでホテルへ。そして地下鉄4号線でブダペスト東駅へ。次のウィーン駅まで時間がない。猛ダッシュでインフォメーション&チケット売り場へ。が、ここでは国際線は買えないと。再ダッシュ。国内線の切符売り場しか見つからない。右往左往していると上のフロアだと合図してくれる人が。駆け上がる。見つからない。とりあえずインフォメーションへ。売り場は反対側にあると。そこへ駆け込むと、入り口は裏側との表示。裏側に走り回りこみ、何とかチケットを購入。間に合った。

そして15時40分発のミュンヘン行のレイルジェットに乗り込む。空いた席に座っていると、次の駅でここは私の指定席だと別の客に言われてしまう。急いでいたので座席指定までしていない。他の席を見ると、どれも「○○~○○」と駅名が書いてある。おそらく指定されているという意味。表示がない席を探して編成の一番後ろから一番前まで歩く。一番前の車両の一番前の席だけ空いていた。助かった。

列車は緑の中を走ってゆく。ハンガリー最後の駅でオーストリアの警官が乗り込んできて、オーストリア領に入ったところでIDカード(パスポート等)のチェック。シェンゲン協定内の移動で、こんなことが行われるとは。難民騒動の影響か。食堂車に移動し、サンドイッチ、クロワッサン、コーヒーの夕食。割とうまい。

18時25分ごろ、ウィーン中央駅に到着。地下鉄とトラムを乗り継いでホテルへ。そしてトラムを乗り継いで楽友協会へ。20時15分開始のウィーン・モーツァルト・オーケストラの演奏会。モーツァルトの時代のコスチュームで演奏とのこと。会場はニューイヤーコンサートが開かれる黄金のホール。豪華な内装。観光客向けのコンサートで、ステージ上にも椅子が置かれ、観客が陣取る。ちょうどステージの真上の席だったので、立ち上がらないと全部見えないが、立ったり座ったりしても問題ない、気軽な雰囲気。

曲はひたすらモーツァルト。短い曲ばかりなうえ、時々テノールやソプラノが入ったりして、観光客を飽きさせない。こんなに疲れているのにまるで眠くならない。前半最後のトルコ行進曲では観客に拍手を求め、時々フェイントをかけたりして場を盛り上げる。そして、最後は美しき青きドナウ、さらにラデツキー行進曲。モーツァルトのショーのはずだが、アンコールは何でもありということか。

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2018年5月22日 (火)

オーストリア旅行(5)ブラチスラバ、ブダペスト

5月3日
トラム1番でŠafárikovo námへ。そしてちょっと歩いて7時20分頃に青の教会こと聖アルジュベタ教会へ。入るとミサ中。ドアにガラス窓が付いているので、ガラス越しにミサの様子を見学。10分弱でミサが終わり、中へ。外壁が青いだけでなく、内側も薄い青を基調とした装飾で、上品で美しい。この国はスラブ語族だがカトリック多数派の国。7時45分頃、照明が消され、丁重に追い払われる。「歩き方」では8時までとのことだったが。

中心部の旧市街の歩行者天国をぶらついた後、Hviezdoslavovo広場近くの「スロバキア・レストラン」へ。しかしまだ準備中のようで、向かいのカフェに行けと言われる。スロバキアらしさゼロのオムレツの朝食。ヨーロッパの歩行者天国になっている旧市街ではよくある話だが、この時間は店への搬入とゴミ収集のために、車がホコ天内に入ってくる。うっすらとごみの香りが漂う。
Bratislava
街が動き始める時間【ブラチスラバ】

食後、マンホールから顔を出す男の像「マン・アット・ワーク」を。検索して場所を特定したら近くにあった。さっき通ったばかりだが、その時は気づかなかった。15分ほど歩いて聖マルティン大聖堂へ。ブラチスラバはブダペストがオスマントルコに占領された時代に、ハンガリーの都がおかれたところ。教会内にいたガイドの解説が聞こえる。スロバキアはトルコに占領されたことがありません、と。なんとなく誇らしげだが、それだけ魅力に乏しかったということではないか。この教会はその時代、ハンガリー王の戴冠式が行われた場所。

宝物庫も見た後、外へ。ドナウ河岸を少し歩く。続いて丘の上に建つブラチスラバ城へ向かう。が、歩道が繋がっておらず、車道は割と交通量が多く、丘のふもとへたどり着くまでが大変。そして10分ほどの坂道を上り、城内へ。城の建物は18世紀にマリア・テレジアがバロックに改宗したが、1811年に火災にあい、再建されたのは1953年。ということで建物は新しい。庭園は2016年再建で、そもそも花もなく、面白みがない。丘の上なので、ドナウや街を見下ろすこともできる。川の向こう側には社会主義っぽいアパート群が並ぶ。
城の建物内の国立歴史博物館へ。城の歴史以外の常設展は入口が見つからず。が、特別展「チェコとスロバキア/スロバキアとチェコ」が面白い。そもそもなぜ二民族が一つの国家を形成したのかが謎だったが、マジャーリゼーション(ハンガリー化)が進んでいたスロバキアは、第一次大戦終了時点で、スロバキア語での教育制度など国民国家を作り上げる準備ができていなかったということが背景にあるようだ。また、工業化も遅れていた。
しかし、チェコ優位で進む国家づくりに反発が広がり、ついにはナチスの傀儡国家としてスロバキアは独立することになる。しかし、第二次大戦後の共産主義国チェコスロバキア建国後は、スロバキア・ナショナリズムは抑圧される。一方で、ナチスの強制収容所にはスロバキアからユダヤ人だけでなくロマの人々も送られ、といった少数民族のエピソードもしっかり説明。展示は解説と関係が薄そうな当時の洋服やら模型やらで、テーマが政治、産業、軍事、文化と膨大なこともあり、雑多かつ多数。ほとんど解説文を読んでいるだけ。結局、1時間ほど滞在したが、疲れた。
その後、丘を降り、旧市街の城壁を少し歩き、旧市街内をぶらついた後、歩き方掲載のレストランへ。ロゼワインは甘くていまいちだったので、ビールも頼む(チェコ製のよう)。が、これも深みのない苦みでいまいち。食事は名物ハルシュキー。チーズ(羊?)にベーコン、それに小麦をこねたようなものを合わせたもの。チーズはうまいし、ベーコンの塩味も聞いているが、いかんせん単調な味。値段はオーストリアの観光地に比べると断然安い。

続いて旧市街の城壁の門で唯一残っているミヒャエル門へ。中は武器博物館になっているが、展示はほぼスルーして、塔の上のテラスへ。旧市街の眺めはまあまあといったところか。街の中心とされるフラヴネ広場の賑わいの中を歩いた後、トラムでホテルへ戻り、再びトラムで中央駅へ。オーストリアと違って券売機では長距離切符は買えないので、窓口でハンガリーの首都、ブダペスト行きの切符を購入。ハンガリーでは指定席券を買っていないと罰金を取られることもあるらしいので、座席指定も。スロバキア語とドイツ語しか印字されていないが何とか解読。

そして14時過ぎ発のユーロシティ(国際特急)「メトロポリタン号」に乗車。指定した席は6人用コンパートメント(個室)。足を伸ばせないし、空調が入っておらず蒸し暑い。体が火照っているというのに。途中で隣のオープンサロンタイプの車両はガラガラであることに気付き(そして冷房も入っている)、そちらに移動。

16時25分頃、ブダペスト西駅に到着。駅の地下道は商店街になっており、エスカレーターは高速で地下へと人々を運び込む。ソ連のようだ。街行く人々の歩くスピードが速く、大都市と感じる。地下鉄を乗り継いで今日の宿であるゲッレールト温泉付属のホテルへ。周りは重厚な建物が多く、帝国の首都といった趣。

荷物を置いて、大混雑のトラム19番でクラーク・アダムスへ。ドナウ河にかかる有名なくさり橋を眺めた後、ケーブルカーでブダの丘へ。ブダペストはドナウ河をはさむブダとペストが合併した都市である。20分歩いて「漁夫の砦」へ。金を払って入場するも5分で有料エリアは終わり。そもそも1905年にできた、ただの飾りのような建物。白くてきれいなだけ。目当ては眼下のドナウ河と、河の向こう側のペストの街並みだが、有料エリアでなくても見れる。

隣のマーチャーシュ教会の写真を撮ったりした後、再びケーブルカーで下山。18時45分からくさり橋を歩いて渡る。道路は大渋滞。10分弱で渡り終わり、道を間違えてウロウロしているうちに夕食を食べる時間が無くなる。何かものすごく疲れた。河畔のベンチで一休み。19時25分に河の桟橋に到着。ここから日本で予約していたドナウ河クルーズ。20時乗船開始。おすすめの2階のデッキに行こうと早くから待っていたののに、座った座席は2階ではなく1階であった。失敗。段々、陽も落ちて、橋や建物のライトアップも始まる。

20時20分、遊覧船が出航。早速ブダの丘の上の王宮、そしてくさり橋を眺める。一旦、下流へ進んだ後、Uターンして上流へ。そして、下流へと進む。特にライトアップされた国会議事堂はまばゆいばかりで、まさに「ドナウ河の真珠」。21時15分過ぎにクルーズは終了。

近くのレストランへ。ピアノとバイオリン一人ずつの生演奏付き。客の一人がハンガリーの伝統音楽をやってと注文。哀愁があっていい。曲の途中でテンポが何度も変わる。ハンガリー名産の貴腐ワイン「トカイ・ワイン」の「スイート」をいただく。甘くて高級感を感じない。がぶがぶ飲んでしまいそう。メインはモナーキー・グヤーシュ。スープのつもりだったが、牛肉の煮込みにマッシュポテト、そして酸っぱいキャベツ。まあおいしい。

食後、少し河畔を歩いた後、トラムを乗り継いでホテルへ。夕食場所の近くにもホテルの近くにも売店がなくて、水を買えずじまい。そしてホテルの部屋は(割と高級なホテルのくせに)エアコンも換気扇もない。小さな窓は開くが風通しが悪く、蒸し暑い。さすが温泉ホテル、部屋からしてサウナのよう。申し訳程度に扇風機を置いてあるので回す。そしてものすごい喉が渇いてくる。やむをえずミニバーに手を出す。ジュースにコーラ2本、相次いでがぶ飲み。ホテルの策略にはまりすぎ。

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2018年5月19日 (土)

オーストリア旅行(4)ヴァッハウ渓谷(ザンクト・ペルテン、メルク、デュルンシュタイン)

5月2日
6時半過ぎにチェックアウト。眠い。空気がひんやりしている。まずはザンクト・ペルテンの街歩き。英国婦人教会はピンクの宮殿風ファサードが美しい。その裏手の市庁舎広場へ。何かの記念柱がある。さらにうろうろし、大聖堂へ。入口を見つけるのに苦労し(大聖堂前広場から入れたのだが、広場が工事中で入口を見つけられなかった)、裏手に回って中庭からようやく入ると、ミサの最中。お呼びでない雰囲気で足を踏み入れることなく扉をそっと閉める。が、ちらっと見えた内装はとてもよさそう。かなり躊躇したが恐る恐る中へ。そしてもう一回出て、広場から改めて入り直したところでミサが終了。重厚感もあり美しい。

駅前から伸びる商店街、クレムサー・ガッセには、ユーゲントシュティール(世紀末様式)の絵が壁に描かれた建物が。その近くによさげなペイストリー屋があったので、ここで朝食を調達。駅のロッカーに荷を預けて、8時5分過ぎ発のREX(快速)ウィーン西行きに乗車。
車窓にはいい感じの丘陵や畑が広がり、パンもおいしくいただく。いい朝だ。検察が来た。最初の行き先であるメルク行きの切符を見せる。――方向が逆だと言われる。ということで、15分ほどでKirchstettenという駅で下車。乗り間違えたことは車掌から駅員に引き継がれ、駅員がメルクまでの乗り換え案内を印刷して持ってきてくれた。親切。今日のスケジュールを組み立てなおす。やれやれ。

8時40分過ぎ発のREXでザンクト・ペルテンへ。そして9時5分過ぎ発のREX、Amstten行きに乗車。15分程でメルクに到着。いい感じのハウプト通り、ラートハウス広場を通って、世界遺産にもなっているメルクの修道院へ。10時からドイツ語ツアー、10時55分から英語ツアーとのこと。10時のツアーにすると言うと、怪訝そうに「ドイツ語が分からないのに?」と念を押される。ご親切に。どうせ英語もろくにわからないので、どちらでもよい。
修道院の建物はほとんどが18世紀にバロック様式に改築されたもの。テラスからはドナウ(の支流)と旧市街を望む美しい眺め。「大理石の間」は、本物の大理石と、漆喰で描いたニセ大理石を併用しているという(触って確かめさせられた)。図書館は木に漆喰で金の装飾をしていて、落ち着いていてかつ豪華。そして付属協会は金、大理石(こちらもホンモノ及びニセモノ)の茶色、そして天井を埋め尽くす絵は白が基調で、採光もよいこともあって非常に明るくかつ重厚。イタリアやマルタ、そしてメキシコを除けば今までみた教会のなかで最高かもしれない。巨大すぎず、ちょうどよいサイズ感なのかもしれない。美しく、荘厳で、天使でも降ってきそうだ。釣り込まれて神を信じるようになるのもわからなくもない。

12時のミサが始まる前に退散し、つまらないフランス式庭園を見た後、修道院付属のレストランへ。地元の白ワイン(ここヴァッハウ渓谷はワインの産地)とオーブンで焼いたローストポークのようなものをいただく。まあ、まあまあ。ちょっと街を歩いた後、ハウプト広場にたどり着いたところで、観光客が上に向かってカメラを構えている。何だろうと見てみると、修道院の全景が見える。そこでその近くのホテル兼レストランで、修道院を仰ぎ見ながらメランジェ(泡立てたミルクを入れたコーヒー)を。

その後、13時50分過ぎ発の遊覧船でドナウ河下り。はしけのような船が時折通る。シェーンビュール城、アックシュタイン城、シュピッツの街、そして街の周りに広がるブドウ畑などを眺める。15時ごろ、デュルンシュタインにて下船。まずは川に面した修道院教会へ。メルクの修道院付属協会を小ぶりにして簡素にした感じ。これも良い。大理石は使わず、木を多用しているよう。

その後は十字軍の時代にイングランドのリチャード獅子心王が幽閉されていたというケーンリンガー城跡を目指す。息を切らしながら登る。途中の展望テラスからは緩やかに曲線を描いて流れるドナウ河の絵葉書のような眺め。ただの河と街とブドウ畑と森なのに、なぜにこれほど美しいのか。
Durnstein
青くはないが美しきドナウ【デュルンシュタイン】

休み休みしながら、35分ほどで城跡の一番上へ。天然の岩山を利用した砦のような感じ。その後、30分弱かけて下へ。膝が笑う。そして暑い。レストランのようなところに入って、地元の白ワインをいただく。チェイサー(水)もついてくるが、これまた冷たくて美味。

街をしばらくうろついた後、17時半過ぎ発の遊覧船へ。20分でクレムスに到着。朝、電車を間違えた影響で、この街を観光する余裕がなくなった。スマホの地図アプリに従って、よく整備された歩道・自転車道を早歩きして駅へ。18時25分発のザンクト・ペルテン行き列車に何とか間に合った。眠いし足首が痛い。

列車は7分遅れでザンクト・ペルテンに到着。走る。19時2分発のレイルジェットに乗りたかった。が、間に合わず。今日も到着が夜遅くになりそうなので、エキナカのスーパーでサンドイッチ、ドーナツなどを調達。19時半過ぎのウィーン中央駅行きレイルジェットに乗車。車内のレストランカーでコーヒーを注文。わびしい夕食と思いきや、割と美味。

ウィーン中央駅に20時5分過ぎに到着。そして20時15分過ぎ発のREXで21時25分ちょっと前にスロバキアの首都、ブラチスラバの中央駅に到着。オーストリアと比べると駅前はややすさんだ印象。トラム乗り場が見つからないが、駅前でたむろしている人々に尋ねる気がしない。うろうろして、何とか乗り場がエスカレータで降りた下にあるのを見つける。

そしてトラムで街中の宿へ移動。やれやれ。

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2018年5月16日 (水)

オーストリア旅行(3)クリッペンシュタイン、ハルシュタット

5月1日
朝になると宿にスタッフが来た。ここで朝食。その後バスで「ダッハシュタイン・クリッペンシュタイン・ザイルバーン」(ロープウェー)乗り場へ。ロッカーに荷物を預け、9時半過ぎ発のロープウェーに乗車。5分ほどで中間駅で下車。10分ほど待って別のロープウェーに乗り換え。眼下の湖が美しい。7分ほどで到着。標高2200mとの表示。

雪が積もっているが、舗装されきれいに除雪された遊歩道を進む。松のような低木が地表を覆う。遠くには雪の積もる岩山。岩の灰色、雪の白、松の緑、そして空の青のコントラスト。20分歩いたところで眼下に湖が見えてきた。そして崖から5本の指が張り出すような展望橋「ファイブ・フィンガーズ」が。残念ながら白いガスが出てきて、湖の姿を覆っていく。

20分ほど坂道を上り、別の展望台「Welterbespiale」へ。ここがクリッペンシュタインの頂上、標高2108m。その後10分で元のロープウェーの駅に戻り、2つのロープウェーを乗り継いで11時40分頃に一番下の駅へ。昼食を取りたいところだが何もないのでぼーっと待つ。12時20分発のバスに乗車。車窓のハルシュタット湖が美しい。10分ほどでハルシュタットの街に到着。インフォメーションで荷物を預けようとすると、14時半までだと言われる。ケーブルカーの駅に預けろとのこと。

なにやら煙が出て通行止めになっているような車道のトンネルの出口を見やりながら、ケーブルカーの駅へ。ロッカーに荷物を入れて、ケーブルカーで上へ。湖を望む展望台になっているが、それは後回しで歩いて15分ほど上っていく。紀元前400~800年ごろのハルシュタット時代」の展示などがある。

そしてハルシュタット塩坑の入口に到着。ハルシュタットを含むザルツカンマーグート一帯は岩塩の産地として栄えた地域。ハルシュタットの塩坑は世界最古で現在も操業中。坑内は広く、まずは狭い坑道を中へ中へと歩いていく。そして木製の滑り台を降りて(これのために、全員、用意された上下の上着を着なければならない)、その後は整備された映像やら地底湖の光のショーやらの展示を楽しむという趣向。しかし塩坑の壁や天井に残る岩塩を見たり触ったりということは少ない。さらに長い滑り台を滑り降り、塩漬けにされた男のミイラや木の階段の映像を見せられた後、トロッコ列車に乗って(これが結構速い)、外へ。占めて50分弱。

その後、ケーブルカー駅の上にある「世界遺産展望橋」で湖と山並み、湖畔の小さな街が織りなす、これぞザルツカンマーグートという景色を堪能。展望橋の端の部分では記念撮影の行列ができている。

その後、ケーブルカーで下山。ロッカーから荷物を出そうとすると、6ユーロとの表示。預けるとき2ユーロ入れたはずなので、不審に思って売店の店員に聞くと、なんと1時間2ユーロとのこと。ぼったくり。

立ち食いのハンバーガーで昼食を済ませ(チーズが利いて割とうまい)、湖畔のゼー通りを歩く。湖もいいが、山小屋風の不思議な造形の家屋も興味深い。15分ほどでマルクト広場に到着。山の上の方には滝が見える。あたりはかわいらしい街並み。そこからさらに8分ほど進むと、道路上でカメラを構える人、多数。振り返ると、ハルシュタット湖とマルクト広場に面するルーテル(ルター派)教会などの街並み、という有名な構図が。が、曇っているせいか、いまいち。
Hallstatt
定番【ハルシュタット】

次いで少し上ったところにある、カトリック教会へ。墓地もきれいだし、テラスからの湖と町の眺めも良い。せっかくなので聖堂内へ。中央祭壇が2つ左右に並ぶ珍しいつくり。その後、マルクト広場に戻る。ルーテル教会にもせっかくなので入るが、プロテスタントの教会なので簡素。その後もまちをぶらついた後、ボート乗り場へ。中国人が多いが、日本人、韓国人、さらにはインド系の格好の人もいるし、もちろんヨーロッパ系の人も多く、ロシア語(たぶん)も聞こえてくる。タイ人にも話しかけられた。小さな村だが、国際的観光地。

18時15分過ぎ発のボートに乗って10分ほどで湖対岸のハルシュタット駅へ。そして18時35分発の列車に乗車。ものすごい疲れていることに気づく。眠いし、足は痛い。70分ほどでアットナング・プッハイムに到着。何か食べたいが、駅構内には何もない。駅を出たところにあるバスターミナルで唯一開いていたケバブ屋で今日の夕食を調達。

そして20時10分過ぎ発のウエストバーン鉄道の列車に乗車(線路はオーストリア連邦鉄道と同じだが、運行は別会社)。なんかもうぐったり。80分程でニーダーエスターライヒ州の州都(といっても人口5万人)、ザンクト・ペルテンに到着。10分強、ほぼ無人のホコ天商店街を歩き、今日のホテルにたどり着くも、またも無人。ベルがあるので鳴らし、鍵は開けてもらうが、中には誰もいない。しかも昨日と違って何の説明メモもない(後でメールで連絡が来ていたことに気づいたが)。見回すとドアの近くに部屋の鍵がぶら下がっていて、そこに自分の名前を書いた紙を発見。これか。部屋は空気がこもっていて蒸し暑い。やれやれ。

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2018年5月13日 (日)

オーストリア旅行(2)ザルツブルク、オーバートラウン

4月30日
6時半頃ミュンヘン中央駅発のレイルジェット(オーストリア連邦鉄道の高速列車)に乗車。すぐに車窓は緑の畑に家々や林が点在する景色に。突然、教会を中心とした美しい集落が現れたりするので油断できない。7時50分頃にドイツ・オーストリア国境と思しき川を渡り、8時ぐらいにザルツブルク中央駅に到着。涼しい。荷物をロッカーに預けて街歩きスタート。まずはミラベル庭園。映画「サウンド・オブ・ミュージック」でも登場する、花壇や彫像が美しい庭園だが、曇り空であることもありいまいち。おまけにミラベル宮殿の方も入ってみる。「大理石の間」が公開されているが、こちらも特段のものではない。

南京錠だらけのモーツァルト橋を渡って旧市街へ。まずはこの街が生んだスーパースター、モーツァルトの生家へ。専用アプリをスマホにダウンロードすると、日本語を含む各国語で解説文が読めるという仕掛け。便利だが、気づけばアプリの解説ばかり読んでいる。そもそも生まれた家というだけで何かが残っているわけではないので、展示品は当時の写真やオペラのセットの模型などがメイン。モーツァルト自身だけでなく、その両親や死後のことも解説されており、モーツァルトの死後、妻の努力により彼の名声が拡大し、それに妻の再婚相手が協力、といったあたりはなかなか興味深い。天才は一人で天才になったわけではない、ということか。

朝で人が少ない目抜き通りのゲトライデカッセを歩いて大聖堂へ。でかい(だけ)。続いて隣のレジデンツ、それに大聖堂付属の博物館などを見学。ザルツブルクは大司教が領主を兼ねるという宗教都市国家だったところで、レジデンツは大司教の居城。というか宮殿。宝石まみれの聖具をあまた生み出す宗教の在り方を堪能。大聖堂より歴史のあるサンクト・ペーター教会では、岩壁を穿ってつくったカタコンベを見学。かわいらしい墓地や、装飾過多だがいい雰囲気の聖堂も見学。山の上の城塞を見上げるカピテル広場では黄金の巨大な球体の上におじさんが乗る謎のアート作品が目立つ。後で調べると、ドイツの彫刻家、シュテファン・バルケンホールの「sphaera」という作品。岩壁に置かれた女性像とセットらしいが、そちらには気づかなかった。

ケーブルカーで岩山の上に上がり、11時40分頃、大司教の築いたホーエンザルツブルク城塞へ。ゴシック様式の豪華な「領主の間」などを見学。建物を出るころには晴れてきた。街とは反対側にあるアルプスの山並みが美しい。そうした景色を望むレストランで昼食。プファンドルという、フライパンに肉やらアイアーノッケルン(小麦をゆでた団子状のものを卵でとじて炒めたもの)やらが並ぶ料理。それはいいとして、チップを一セントも出す気がしない低サービスぶり。
Salzburg_from_hohensalzburg_castle
ザルツブルクを一望【ホーエンザルツブルク城塞より】

ケーブルカーで山を下り、今度はメンヒスベルクのエレベーターで再び山の上へ。ここで一気に催してきた。トイレの表示へと向かうが見つからない。腹の痛みをこらえながら右往左往してようやく地味な表示のユニバーサルトイレを発見。そして――下痢。その後エレベータを上がったところにあるテラスから街を望む。晴れたのでよい絵になる。

エレベータで街へ降り、ゲトライデカッセ、大聖堂に近いモーツァルト広場、そして川を渡ってもう一度ミラベル庭園に行って(晴れたので)撮り直しをした後、トロリーバスで中央駅へ。荷物を取ってバス停へ走る。定刻は15時15分だがアジア系高校生(?)が集団で乗車していたおかげで発車が遅れた150番ポストバスに間に合う。ヴォルフガング湖岸では美しい湖と山の景色を楽しめる。が、うとうとしてしまった。16時50分頃にバート・イシュルに到着。

ここから鉄道でハルシュタットに行き、今日の宿にあるオーバートラウンに行こうと待っていると、なんと列車は運休という。17時15分に代行バスに乗車。これでハルシュタットに行けると思ったら、20分ほどでSteeg Gosauという駅で全員降ろされ、今度は列車に乗り換え。車窓はハルシュタット湖が美しい。

17時45分頃にハルシュタット駅に到着。駅はハルシュタットの街とは湖の反対側にあるので、ボートで渡らなければならない。ボートの時刻表を見ると17時半の次は18時50分(これが最終便)。列車が遅れた場合は変わるとも書いてあるが、ボートは一向に来ない。今日はハルシュタットに行くのは諦め、オーバートラウンに直接行くことに変更。オーバートラウンは隣の駅なので次の列車を待つ。この駅は崖と湖に挟まれた、周りになにもない無人駅。湖沿いの遊歩道・自転車道には接続しているが、自動車ではたぶん来れない、いわば陸の孤島。そこに大勢の外国人観光客。

18時20分、突然、客の一人が「今日はもう列車は来ない!」と叫ぶ。パニックに陥る観光客たち。そこにタイミングよくボートが到着。桟橋(というほどのものでもないが)に殺到する外国人たち。が、ボートで街から来た人たちも、列車が来ないのであればここで降りても仕方ない。ボートから降りる最初の客が途中で立ち止まり何やら電話。――電車は来ると分かったらしく、結局全員下船。

さて、どうするか?ここからボートに乗れば対岸のハルシュタットの街に着く。そこからオーバートラウンに行く最終バスは18時45分発。桟橋とバス停は1㎞弱離れているようで、ボートがすぐ出なければ間に合うかどうか微妙。かといって列車が来る保証はない。ハルシュタットは人気の観光地かつ小さな村で、事前に予約しようとしたところ2万円以上の宿しか空いておらず(なのでオーバートラウンに宿を取った)、予約なしで宿がみつかるとは思えない。駅に残って列車が来なければ文字通り駅寝しかなくなる。ハルシュタットに行けばタクシーでオーバートラウンに移動できるかもしれない。が、これだけ大勢の観光客が取り残されているのだから、オーストリア連邦鉄道が何かしら手を打つだろう。多勢に無勢、列車を待つことにする。

――列車が来た。しかし、オーバートラウンとは反対方向。ウィーンやザルツブルクに向かう方向なので、待たされた観光客はみなこの列車に乗り込んでいく。多勢に無勢でなくなった。機関車の方に走り、運転士にオーバートラウンに行きたいと聞くと、次の列車に乗れと言われる(ちなみにここは単線区間)。が、見るとホームに残っている客は誰もいない。迷うが運転士の言葉を信じてホームに残っていると、謎の中年女性が近づいてきて、「この列車がラストトレインだ、これに乗れ」と叫ぶ。オーバートラウンに行きたいと言うと、この列車が行くという。運転士が次の列車に乗れと言ったと説明しても、これがラストだと金切り声。結局、ボートも列車も来ない無人駅に取り残される不安もあったことから、反対方向の列車に乗車。彼女は列車に乗らず、駅に誰も残っていないことを見届けて、どこかへと去って行った。謎。

列車は18時37分に発車。車内放送はドイツ語のみ。それでさえも、周りの中国人観光客の大声の会話にかき消され、駅名すら聞き取れない。列車はさっきも降りたSteeg Gosauでまたも全員を降ろす。代行バス(複数)に殺到する客たち。当然、ウィーン、ザルツブルク方面であろう。オーバートラウン行きはないかと聞くと、まず通常の路線バスはないという。代行バスの運転士の一人が、ここで待っていろと何度も念を押すので仕方なく待っていると、その運転士は自分のバスに乗って(すし詰めの客を乗せて)走り去っていった。

バスはすべて去った。駅に戻り、駅員に聞くと、先ほどの列車を指さしてあれに乗れと言う。しかし、行き先には「バート・イシュル」と書いてある。逆方向じゃないか。そう言っても、あれに乗れと言う。信じられないので、別の駅員にも聞くと、やはりその列車に乗れと言う。19時半発だ、俺を信じろ、とまで言うので、やむを得ず、車内へ。

19時半、突然、車内に表示された行き先表示が変わり、次はオーバートラウンとの表示に。そして1分後、発車。列車は元来た方向へと進み始めた。やれやれ。ハルシュタット駅は通過して、10分弱でオーバートラウン駅に無事到着。予約していた宿へと20分ほど歩く。時折通る車を除けば、鳥の声しか聞こえない。駅前からずっと、開いている店が一つも見つからない。やっと宿に着いたが、人の気配がない。入口に行くと鍵がかかっている。どういうことか。ふと、自分の名前を書いた紙がドアに貼ってあることに気付く。いや、封筒である。はがして開けると、鍵と建物への入り方等を解説した紙が。ロボットなど使わなくてもホテルは無人で運営できるようだ。

さて夕食をとりたい。スマホの地図アプリで検索して10分ほど歩いてたどり着くが、無人。もう1軒へと10分ほど歩くと、そこは開いていた。湖で採れたマス、それにパンとビール。美味しくいただいたが、20ユーロ以上といい値段。周りはスポーツの合宿施設のようで、グラウンドばかりで街灯も何もない夜道。充電切れ間近のスマホを恐る恐る照らしながら15分ほど歩いて宿へ。宿ではWifiが使えない。文句を言おうにもスタッフがいない。ろくでもない。

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2018年3月11日 (日)

空からの眺め(13)セスナ機からブルーホール(ベリーズ)

ベリーズ・シティのムニシパル空港から出発するブルーホール遊覧飛行。ブルーホールに着くまでも青いサンゴ礁の上を飛び続けるわけだが、やや曇り気味だったこともあり、それほど気分が盛り上がらない。
Plane_at_belize_city
ムニシパル空港にて【ベリーズ・シティ】

ブルーホール上空では撮りまくることになるのだが、窓越しだし、エンジン音がうるさいしで、どうも気分が盛り上がらない。
Blue_hole_from_airplane
まさに青い穴【ブルーホール】

それでも淡い青の世界にぽっかりと深い青の円が描かれているさまはまさに奇観。そして、きれいなだけの写真と違い、じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうな怖さを覚える。

セスナは上空で何度か旋回した後、ベリーズ・シティへと戻る。途中、難破して放置された船の上や、マングローブ広がる島の上空などを通っていくが、特段気を引くものではない。

これで約50分、200米ドルなり。

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2018年2月 6日 (火)

ベリーズ・キューバ旅行(8)トリニダー、ハバナ

1月5日
宿で朝食。パンとフルーツと飲み物のみ。食欲がわかない。そしてなんとなく腹に違和感。そして、食後、下痢。それも何度も。思い当たる節はある。昨日はマンゴージュース、モヒート、ダイキリと3度も氷入りを口にした。あるいはベリーズで何度か食べた屋台飯の影響が今更出たか。

それでも9時20分ごろ、宿を出る。市立博物館はクローズと言われる。昨日に続いてロマンティコ博物館も開いていない。マヨール広場に面したグアムアヤ考古学博物館へ。旧・中・新石器時代の展示と16世紀以降の植民地時代の展示。

いったん宿に戻り、トイレへ。そして再び街歩き。腹に響くので恐る恐るゆっくり歩く。坂を下って下の方へ。こちらもコロニアル建築が残るが、観光客は少なく、庶民の街。中心部は石畳の道だが、こちらはアスファルト舗装。そして見事にカフェの類がなくなる。民家から普通に音楽が流れてくる。やはり音楽好きが多いのか。観光用ではない馬車が普通に走り回り、「馬車注意」の道路標識まである。

中心部に近づいてカフェで休憩。再び歩くとまた腹が。直射日光、冷たい風、石畳の衝撃、いずれも腹に響く気がする。12時20分ごろ、マヨール広場へ。サンマルティン教会が開いているので入る。真っ白な内装に木製の正面祭壇が印象的。
Trinidad
学校帰りだろうか【トリニダー】

昼食は広場に面したレストランで。「Matajibaro」を注文。バナナをつぶしてつくったコロッケ状のもので、ポークのミンチが入っている。うまいが淡泊。18世紀につくられた建物で、内装や調度もクラッシックな感じ。窓からサンマルティン教会を望めるが、逆に道行く人もこちらを覗いてゆく。犬にも覗かれた。何が目的なのか。

宿に戻ってチェックアウトして、バスターミナルへ。ここも周囲に売店の類がなく、水一本買えない。地元の人に聞いたら、売っているというところへ連れて行ってもらったが、そこはレストランのようで、1.5リットルしかない。断念。

14時半発のViazul社バスに乗車。出てすぐにガソリンスタンドに入って15分弱停車。その後は順調に進む。車内にトイレがあって一安心と思ったら、鍵がかかっている。壊れているのだろう。これは我慢するしかない。道は凸凹でよく揺れる。そして冷房がきつく寒い。

18時頃、海沿いを走っていると夕日が見える。汚い窓越しに写真を撮ってみる。18時半ごろ、昨日と同じサービスエリアのような場所で休憩。テレビで国内の野球中継を流している。そしてそのあとは街灯のないまっすぐな夜道をひたすら走り続ける。

20時50分頃、ハバナのバスターミナルに到着。タクシーの客引きに乗っかる。正規のタクシーではないようだ。車は旧ソ連のLADA。エンジン音が軽く、ゴーカートに乗っているような感じ。宿の近くに着いたものの、宿の建物が見つからず、ドライバーに一緒に探してもらう。客引きしているときは横柄だったが、こういうときは親切なのがキューバの人たち。何とか見つける。

そして宿に入って・・・下痢。やれやれ。しかし夕食は食べなければならない。周辺の店は衛生面が不安なので、外国人向けの店が多そうな中心部のオビスポ通りのバー兼レストランで焼き魚を。2階にある店でオビスポ通りを眺められるバルコニーの席に通されるが、寒いだけ。若いスタッフがカメラに興味を示し、写真を撮らせてくれと。案の定、ブレブレの写真ばかりだったが。ここも音楽付き。

食後、夜道を通って宿へ。宿周辺は街灯も少ないが、そこそこ人通りはあり、危ない感じがあまりしない。ちょっとわびしい旧市街を夜も歩ける、それもまたこの国の魅力。

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