2007年6月30日 (土)

ウズベキスタン旅行(9)実用情報

知人がウズベキスタン旅行に行くことになったので、交通機関・宿を中心とする実用情報をまとめました(ただし、2003年4~5月の情報)

■タシケント→ブハラ
・ホテルでブハラに行くバスターミナルに行くのでタクシーを呼ぶよう依頼したところ、ミニバスで行くようすすめられ(8ドルとのこと)、ホテルの男(?)の車でバスターミナルへ移動(車代1ドル)
・その男がブハラ行きのミニバスを探してくれる。そのときは5ドルと言われた。
・本当にブハラに行くのか、よく分からないまま、ミニバス(ミニバンに乗客12人+ドライバー+車掌が乗車で窮屈)は出発。窓は前しか開かず、エアコンもないので、車内は蒸し暑い。
・6時間40分後、何の変哲もない交差点で別のミニバスが近くに停車したと思ったら、ここで降りて、そのミニバスに乗り換えるよう言われる。ここで5ドル払う。
・約30分でブハラのバスターミナル着。1000スム(約1ドル)払う。
・タクシーに乗車。ブハラホテルへと言ったのに、別のホテルの車だったらしく(?)、そのホテルに連れて行かれる(300スム)。結局そこに泊まる(10ドル)

■ブハラ→ヒヴァ
・ホテルの車でバスターミナルへ移動。800スム。
・バスターミナルからタクシーに相乗り。20ドル。デーウーの"TICO"という軽自動車に乗客4人+ドライバーが乗車。7時間半ほどでヒヴァに到着。その間の数々のトラブルは「ウズベキスタン旅行(3)ブハラ」参照。
・ヒヴァ到着後、ホテル・アルカンチに徒歩で向かうが、タクシーのドライバーが勝手に案内する格好で前を歩く(場所は大体分かるので、そんなことは不要)。奴にコミッションが入ったのかどうかは不明。朝・昼食付きで25ドル。
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砂漠の道を羊が渡る【ブハラ→ヒヴァ】

■ヒヴァ→サマルカンド
・ヒヴァの北門まで歩き、そこでミニバス乗り場を探すが見つからず。タクシーの相乗りを試みるが、英語が分かる奴などがじゃまをしてきて、うまくいかない。結局、そこから少し離れたところからタクシーに一人で乗り、ウルゲンチのバスターミナルへ。途中検問が2回あり、所要35分。800スム。
・夜行バスでサマルカンドのバスターミナルへ。4500スム。所要13時間。
・歩いてホテル・サマルカンドへ。33ドル。

■サマルカンド→シャフリサーブス→タシケント
・「エクスカーション」(手配小旅行)の車で移動。70ドル。
・9時にサマルカンドを出発し、10時半にシャフリサーブス着。観光後、12時半過ぎにシャフリサーブス出発、昼食(30分)を挟み、18時前にタシケントに到着。
・ドライバーに探してもらったROVSHAN HOTELへ。2泊で70ドル。

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2006年11月 4日 (土)

ウズベキスタン旅行(8)タシケント

5月2日
地下鉄で旧市街にあるチョルスー・バザールに向かう。しかし、駅を出て、道が分からなくなる。警官に道を聞いたら、関係ないことを言われたあげく、「タクシーに乗れ」と言われる。そして別の男が登場、軽自動車のバンみたいのに乗せようとする。そして「5ドル」と。近くの駅まで来てるのに、馬鹿にしている。

結局、歩いてなんとかバザールへ。体育館のようなドーム上の建物の内部、そしてその周りでも様々なものが売られている。外ではサーカスの一座のようなものが出し物をしていて、大勢の観客を集めている。
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活気溢れるチョルスー・バザール。手前の通路両脇で売られているのは様々な香辛料。

近くのメドレセやモスク、廟などを見に旧市街をまわる。辺りは住宅街で、古い家並みが残っている。味があっていい感じ。
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頭上を走る黄色い管はガス管らしい【タシケント旧市街】

地下鉄で中心部へ移動し、さらにいくつか廟をまわる。次に訪れたナヴォイ文学博物館は文学と細密画の展示。説明はほとんどウズベク語のみで意味不明。細密画にはほとんど「copy」とある。もっとも、イスラム建築の細かな内装や絨毯、衣服のデザインが絵の中で再現され、コピーでも美しい。

博物館を出て疲れた足で地下鉄の駅に入ると、警官に呼び止められ、駅構内の一室に連れられ、尋問とパスポート及び財布のチェックを受ける。財布からはご丁寧にお札を抜いて数えられる。終わって満面の笑みで「アイム・ソーリー」と言われ、返されたが、極めて不快。

地下鉄で移動して、郵便局で切手を買い、改めて金を数えると、あるはずの額より80ドル足りない。警官にすられたとしか考えられない。怒りよりも、ずっと見ていたのにそれに気付かなかったことがショック。

煮えくりかえる気持ちが収まらず、地下鉄で泥棒警官がいた駅に戻る。が、警官はいない。悔しいが、いたところで金が返ってくるはずもなく、余計なトラブルを起こさずに済んでほっとしたような、複雑な気持ち。

ため息ばかりつきながらトラムで移動し、スーパーで土産用のお菓子や紅茶の買い物。金がほとんどなくなったので、行くかどうか迷っていたテレビ塔(高さ375mで東京タワーより高い)を諦め、立ち食いでパンに肉をはさんだようなものを食べる。これがこの国最後の食事。

トラムでホテルへ向かい、荷物をピックアップしてタクシーで空港へ。早めに到着したため、チェックインが始まっていなかったが、それは仕方ないとして、ターミナルビルに入ることすら認められず、外で待たされる。

その後、ソウル経由で成田へ。

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2006年11月 2日 (木)

ウズベキスタン旅行(7)タシケント

5月1日
朝から下痢。今日はタシケントの新市街をまわる。閑散としているバザールなどをのぞいた後、伝統工芸美術館へ。展示物より建物の内外装の派手さに目を引かれる。もっとも20世紀の建物なので、貫禄はない。

古くさいタイプライターなどの商品が売られていて面白いツム百貨店などをまわった後、国立歴史博物館へ。この国の歴史が一通りわかり、じっくり見てしまった。面白いけれど、ナショナリスティックな展示であり、無理に国の自慢をしているというか、国家としての必然性を説いているような感じがして、食傷気味に。

サイールゴフ通り、通称「ブロードウェイ」で昼食をとる。路上カラオケや射撃などもあって面白い。カメラマンもうろうろしていて、結構繁盛している模様。
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広いというほどでもないが、多くのジモティが集まる【ブロードウェイ】

その後、ティムール博物館へ。頼みもしないのに、学生(?)のガイドが事細かにボランティアで説明してくれたのおかげで、大した内容でもないのに1時間以上もかかった。新しい建物で、内装はゴージャスであった。

スーパーで買い物した後、外資系ホテル、メリディアン・タシケントのレストランへ。ここは外とは別世界なゴージャスさ。ウズベク料理もない。クレジットカードで払うと言ったら、端末を持ってくるのに時間がかかった。そのお詫び?として、シェフまで登場して紅茶とケーキのようなデザートをただでくれた。金を出して食べた料理よりこっちの方が美味かった。

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2006年11月 1日 (水)

ウズベキスタン旅行(6)シャフリサーブス

4月30日
「エクスカーション」(手配小旅行)、要は高級(?)タクシーのチャーターで、まずはティムールの故郷、シャフリサーブスへ向かう。山道を車は進む。天気は曇りで、昨日(サマルカンド)が晴れていてよかった。

1時間半ほどでシャフリサーブスに到着。まずアク・サライ宮殿へ。巨大な建造物だったらしいが、いまは入口のアーチしか残っていない。美しく修復されていないのも、歴史の重みを感じさせ、迫力がある。上に上ることもでき、公園のように整備された周辺を見渡せる。
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最初はへぼい建物に見えたが、裏に回るとこの通り【アク・サライ宮殿】

近くの博物館に寄った後、「ドルッティロヴァット建築群」へ。おなじみ青いドームが美しいイスラム建築だが、内装・外装ともなんとかくすんだ感じで、若干くたびれた感じが哀愁を誘う。曇り空のせいかもしれないが。

続いて「ドルッサオダット建築群」へ。オヤジが登場し、しつこくつきまとってきてうるさいのだが、これはティムールが葬られるはずだった墓の鍵を持っているから。仕方ないので空けてもらって中を見る(もちろんオヤジに金を取られる)が、予想通りつまらない。

バザールに立ち寄った後、エクスカーションの車で一路、タシケントへ。4~5時間走り、午後6時頃にタシケントに到着。ドライバーお薦めのホテルに行くが満室。欧州復興開発銀行の会議があるらしく、ホテルの空きが少ないらしい。結局、2件目のホテルが開いていて、なんとかチェックイン。

そしてついに下痢に。就寝後、何度も下痢で目が覚めることになった。

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2006年10月30日 (月)

ウズベキスタン旅行(5)サマルカンド

4月29日
夜行バスは朝7時頃、サマルカンドに到着。見つけたホテルは部屋が9階だがエレベーターが壊れている。重荷を負うて9階まで上がる。

地味目の「ルハバッド廟」に立ち寄ってから、ティムールらが眠る「グリ・アミール廟」へ。青タイルのドームの外装も素晴らしいが、内装が派手で圧巻。
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壁から天井までこの調子【グリ・アミール廟】

続いてまちのシンボル、レギスタン広場へ。3つのメドレセが広場を囲む。広場全体のシンメトリックな構成も、青タイルで彩られた建物一つ一つも、そして建物の外装・内装の細かな装飾も、マクロからミクロまでとにかく気絶しそうに素晴らしい。
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超定番の構図ですが、撮らずにいられない【レギスタン広場】

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レギスタン広場を囲むメドレセの一つ、シェルドル・メドレセのドーム他。

続いてビビハニム・モスクへ。中央アジア最大のモスクらしく、とにかくでかい。でかいだけでなく、青タイルのドームも美しく、素晴らしい。隣はバザールで、大勢の人で賑わう。ここでも写真撮ってくれ攻撃のオンパレード。

次に訪れたシャーヒズィンダ廟群は11~15世紀頃の貴族らの霊廟が集まっているところ。青タイルの色が他のモスクなどと比べて濃いめの青で、雰囲気も喧噪に取り巻かれた他の観光スポットと異なり、静謐。ここでも写真撮りまくりで、フィルムが足りなくなるのではとびくびくしながら撮らなければならない。

その後いくつかまわったあと、ミニバスを乗り継いで「フッジャ・アブディダルン廟」へ。ここまで来る観光客はほとんどいないらしく、ゆったりとした時間が流れる。大して面白いところではないが、老爺に声をかけられて中を見せて貰ったり、コリアンでカザフスタン出身という人にチャイとナンを出してもらったりして面白かった。

その後、夕方でほとんど無人のレギスタン広場を再訪。広場独り占めの気分を満喫していたら、警官が登場し、ミナレットに上らないかと声をかけてきた(2ドル)。上るとトタン屋根の上に首を出す格好になり、見下ろす広場の眺めに一人歓声を上げる。

夕食はホテルで。おつりをごまかされた(もちろん抗議)。

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2006年10月28日 (土)

ウズベキスタン旅行(4)ヒヴァ

4月28日
朝食前(7時前後)に、ホテルを出て朝のヒヴァのまちを散策。観光客は皆無で、地元の人たちが掃き掃除をしている。

朝食後、改めてまち歩きへ。城壁に囲まれたこのまちは、日干し煉瓦できた箱庭のようなまち。まちの正門とも言える西門に行って、城壁を確認してから、「カルタ・ミナル」へ。未完成のミナレットで、本当はもっと高くなるはずだったらしい。
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まちのあちこちから目につく【カルタ・ミナル】

続いて宮殿だった「クフナ・アルク」へ。見張り台に上ることができ、まちの全景を見下ろすことができる。続いて「ジュマ・モスク」へ。構内(?)は薄暗いが、中央に池があり、そこには光が差し込んでいるのが印象的。

さらに「パルファヴァン・マフムド廟」へ。霊廟内は壁から天井まで細かな装飾が施されたタイルに埋め尽くされ、素晴らしい。落ち着いた雰囲気の中、祈りの声が響く。
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左下のおじさんが祈りを捧げ続けているので、写真を撮りにくい【パフラヴァン・マフムド廟】

さらにメドレセやモスクを巡った後、タシュ・ハウリ宮殿へ。壁のタイルや天井の模様が繊細かつ豪華で美しい。その後、城壁の内外を歩いて今日の観光は終了。

タクシーで近くのまち、ウルゲンチへ。途中の検問でスピード違反のおとがめがあったらしく、ドライバーは不機嫌になっていた。この国はやたらと警官(若者が多い)がのさばっており、警官への不満表明はあちこちでみられた。

ウルゲンチから夜行バスでサマルカンドへ向かう(18時頃出発)。20時頃、道路の関係でトルクメニスタンとの国境越えがあり、係官にパスポートに預けさせられる。預けた後、バスが走り出し、パスポートが帰ってこないのではないかと不安になる。

22時半頃、休憩所で一休み。トイレが離れたところにあり、強風が吹きすさぶ暗闇の砂漠の中を、砂嵐を突っ切るように歩かなければならない。これも得難い経験だろう。ここではラグマン(うどんみたいな麺)とチャイをいただく。暖かくておいしい。

23時過ぎにバスが出発。その後もバスは夜の砂漠をひた走る。古い車体のバスで、結局ろくに眠れなかった。

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2006年10月26日 (木)

ウズベキスタン旅行(3)ブハラ

4月27日
朝から旧市街めぐり。小さいメドレセ(イスラム神学校)をいくつかまわった後、10世紀に完成したというイスマイール・サマニ廟へ。日干し煉瓦だけの建物だが、繊細な装飾が施され、全体のたたずまいも凛としている。
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中央アジア最古のイスラム建築らしい【イスマイール・サマニ廟】

近くの公園で開いていたバザールをのぞき、木(クルミ)の柱が珍しいバラハウズ・モスクなどいくつかのイスラム建築をめぐった後、アルク城へ。城内は大したことないが、その城門と城壁は立派なもので見応えがある。近くの絨毯バザールは、大きな絨毯がなびく背後に青タイルのドームが美しいモスク群がそびえ、印象的。

さらに昨日も訪れたカラーン・モスクへ。ここはミナレットの上に登ることができ、煉瓦造りの建物が並ぶ旧市街を一望できる。この辺りは美しいモスクやメドレセが集積しており、青タイルが彩る建物正面やドームなどの造形をたくさん堪能。
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青タイルの装飾が美しいミル・アラブ・メドレセ。この手の建物が続々登場。

さらにいくつかの建物を巡って今日の観光は終了。13時頃、相乗りのタクシーをみつけて、次の目的地「ヒヴァ」に向かう。日本の軽乗用車サイズの車にドライバー+4人の乗客が相乗りで砂漠をひた走る。

18時頃になって、突如、追加料金を求められる(当然拒否)。さらに進み19時頃、そろそろヒヴァかなと思った頃、相乗りの乗客の目的地に向かうため、町中をうろうろし、さらにガソリンを求めて町中をさまよい始めた。別の車のドライバーと口論したり、さらに違う車の誘導でガソリンスタンドに行ったり(無人で空振り)して、ちっとも先に進まない。結局、民家?に入って、ポリタンクが登場し、それからじょうろでガソリンを入れ、20時40分頃ようやく出発。何をちんたらやっているのかさっぱり意味不明。

さらに、別の相乗りの乗客は降りるとき、なぜか金を請求してくる(当然拒否)。そして21時過ぎ、ようやくヒヴァに到着し、降りるときにもドライバーから追加料金を請求される(当然拒否)。とにかく脈略なく金を払わせようとする。

ホテルに入り、夜のヒヴァのまちを少し散策し、就寝。いろいろ疲れた。

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2006年10月24日 (火)

ウズベキスタン旅行(2)ブハラ

4月26日
タシケントのバスターミナルからミニバンに乗る。狭くて暑い上によく揺れる。でも居眠りしたら隣のおばちゃんに寄っかかってしまい、注意された。4時間弱走ってサマルカンドらしきところに到着。ナン売りが来たので買ってみる。熱いくらいにホカホカで美味しい。

さらに3時間弱走り、どっかのターミナルに到着。そこを出てすぐの交差点で、急に降りて別のミニバスに乗り換えろと言われる。よく分からないが、言われるがまま乗り換える。その後30分ほどで無事にブハラに到着。

すでに午後4時をまわっているが、旧市街めぐりへ。4つのドームが載る「チャル・ミナール」、イスラム建築に珍しい人面の太陽が輝く「ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ」などをまわる。道の両側に向かい合う「ウルブベク・メドレセ」と「アブヴゥーラ・アジズハーン・メドレセ」は似たようなイスラム建築だが、前者は修復済み、後者は崩壊が進み、「修復後」と「修復前」あるいは「使用前」と「使用後」みたいで面白い。

そしてこの国ではまちを歩いているとやたらと「写真を撮ってくれ」と頼まれる。そこまでならよくある話だが、この国の人々はご丁寧にそれを送って欲しいと住所をメモ帳に書いてくるのだ(人によっては写真の枚数まで指定)。もっとも、あまりに多くの人に頼まれたので、どれが誰だか分からなくなり、結局誰にも送らなかった。この場を借りてお詫び申し上げます。

さらに「ミル・アラブ・メドレセ」や「カラーン・モスク」等をまわる。いずれも青が印象的なドームを抱くイスラム建築。カラーン・モスクはそびえるミナレットも美しい。
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カラーン・モスクとミナレット

夕食は池のある「ラビ・ハウス」前の高級(?)チャイハネで。スープ・ヌードルの「ラフマン」などを頂く。

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2006年10月22日 (日)

ウズベキスタン旅行(1)ソウル

2003年のゴールデン・ウィークに行ったウズベキスタン旅行について書きます。まずはトランジットで寄ったソウルから。

2003年4月25日(金)
成田からまずソウルへ。タクシーで「宗廟」へ。しかしドライバーは宗廟を知らないらしく、携帯で場所を聞いたりしている。世界遺産なのにマイナーなのか。

宗廟は横に長い建物が二つあり、それが見応えあるし、静かな雰囲気も好ましいが、地味であるのは否めない。タクシー・ドライバーが知らないのもむべなるかな。
Seoul
宗廟

続いて隣接する昌慶宮へ。こちらも瓦屋根の建物が点在するが地味。まあソウルのど真ん中に緑溢れる環境があるだけ落ち着けるが。トランジットの合間に訪れるには丁度いい。

空港へ戻ろうとタクシーに。インチョン空港のパンフレットを見せ、英語で「エアポート」といったら、空港行きのバス乗り場まで連れて行かれた。時間がないのにバスに乗り換えてちんたら移動している暇はないので、身振りも交え、何とか空港に行って貰う。そしたら空港までの高速道路の料金を帰り分まで取られた。

そして空路、ウズベキスタンの首都タシケントへ。ホテルに着き、部屋に入ったらゴキブリのお出迎え。先が思いやられる。

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