2008年2月 9日 (土)

旅の飲み物(2)トルコのチャイ

トルコでは喫茶店あるいはそれに類する所に入った記憶がほとんどない。

しかし、トルコの紅茶「チャイ」はよく飲んだ。絨毯屋でも旅行代理店でも、しばらく店先に滞在することになれば、特に頼まなくてもどこからかチャイが運ばれてくる。別に商品を買わなくてもただで飲める。

チャイは小さなグラスで、角砂糖を2つぐらい入れて甘くして飲む。チャイは十分蒸してから注がれるので、割と濃い味で、それが砂糖の甘さとマッチしてどこで飲んでも美味だった。グラスが小さいので、何杯もお代わりして飲んだものだった。

Chai_in_turkey_2
大抵、こうしたソーサーに載せられている

通常のチャイの他に、アップル・チャイというリンゴ味のものもあり、これまた美味しい。これが紅茶なのか、単なるホット粉末リンゴジュースなのか、よく分からない。

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2007年11月 9日 (金)

トルコ・イタリア旅行(7)イスタンブール

2月7日
朝、イスタンブールのオトガル・バスターミナルに到着。カッパドキアのツアーを手配した旅行会社に行き、今日のローマ行きの航空券の日付を変更するよう依頼するが・・・あっさり「ダメだった」と断れる。格安航空券だから当然だ。が、航空券の日付を変更できると聞いたからカッパドキアのツアーを予約したのであり、話が違うと猛抗議。だが、ダメだ、諦めろ、早く残りのイスタンブール観光をしてこいと。

最初から航空券の日付を変更する気などさらさらなかったのだ。彼らからすれば馬鹿な日本人から金を巻き上げただけで、そのために出来もしないことを適当に言うことなど、何でもないことなのだ。しかしこちらとしては嘘をつかれた、騙された、(さらにぼったくられた)訳で、怒り心頭。だが、だからといって航空券の日付は変わらない。

仕方ないので、旅行会社を後にし、トプカプ宮殿へ。しかし怒りと憎悪で脳内が満たされ、豪勢な宝石の展示をみても、華麗なハーレムの部屋に入っても、テラスから金角湾を望んでも、広大な調理場を覗いても、ちっとも楽しくない。
Istanbul_topkapi_palace
写真もろくなのがない【トプカプ宮殿(イスタンブール)】

駆け足でトプカプ宮殿をまわった後、シャトルバスで空港へ。これでトルコとはおさらば。もうトルコ人は信じない。今度来るときは、絶対負けない。

そう固く決意して、アリタリア航空でローマ・フィウミチーノ航空へ。

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2007年11月 7日 (水)

トルコ・イタリア旅行(6)カッパドキア

2月6日
デリンクユの地下都市へ。地下に広がる空間を縦に横に歩く。続いてウフララ渓谷を上から眺める。茶色い岩肌と茶色い枯れ木を白い雪が覆う。崖の向こうを人を乗せたロバがゆっくりと歩いている。

バスで渓谷の下に移動して、渓谷内を歩く。ここでも岩をくりぬいた住居跡が。荒涼とした岩々の風景は、別の惑星に来てしまったかのよう。地元の子どもがおもしろがって一緒に着いてきた。
Cappadocia_ihlara_canyon
ウフララ渓谷【カッパドキア】

その後、アウズカラハンのキャラバン・サライを見学してツアーは終了。後は夜行バスでイスタンブールに戻ることになるが、夕食は付いていない。しかし昨日別れた日本人学生から、ツアーの車の運転手・英語ガイドの親子(息子がガイド)の自宅で夕食を食べたと話を聞き、自分も他のツアー客の日本人学生と共に、彼らの自宅におじゃまさせてもらう。

自宅にはカーペットが敷かれているだけではなく、壁にも掛かっている。なるほどこう使うのかと感心。出迎えてくれた母親と共に居間へ。テレビでは日本の戦隊もの(パワーレンジャー?)を放映中。トルコでは大人も見るのか、と思ったが、父親・母親・息子(子どもではなくもう青年)とも特に見ているわけではない。なぜなのだと訝しんでいると、字幕が流れ始めた。と思うと、外からアザーン(イスラムの祈りのお経のようなもの、モスクから大音響で流される)が聞こえてくる。

実は今はラマダーン(断食月、イスラム教徒は日中は食事しない)。彼らは日没の祈りの時間をテレビで正確に知ろうと、見もしないパワーレンジャーを流していたようだ。ということで、夕食が始まる。

食後はチャイ(紅茶)。二段重ねのポットのようなもので十分に蒸してから煎れる。チャイは店などでよく飲んだが、ここでも何杯も頂いた。トルコの家庭料理とチャイを堪能できるとは思っても見なかった。とても感謝。

そして夜行バスでイスタンブールへ。

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2007年11月 5日 (月)

トルコ・イタリア旅行(5)カッパドキア

2月5日
朝8時頃、カッパドキアに到着。ミニバンのような車に乗り換えて、まずはギョレメ渓谷へ。快晴の青空の下、茶色い岩と家並みが白い雪に包まれている。こんな景色を見れるとは思っていなかった(そもそもカッパドキアに来る予定ではなかった)。

続いてウチヒサールへ。こちらでも雪に覆われた渓谷と眼下の街並みを眺めた後、巨岩をくりぬいてつくられた内部を見学。

その後はギョレメ屋外博物館へ。渓谷の中を歩き、岩に穿ってつくられた教会群をまわる。廃墟になっているが、時折色彩が残った壁画が見える。

アヴァノスで陶器の工房(と売店)に立ち寄った後、ゼルヴェ屋外博物館へ。ここでは洞窟探検めいたことをする。さらにデヴレントの谷、パシャバー、ウチギュゼルレルなどをまわる。どこがどこだかよく覚えていないが、有名なキノコ型の石が雪化粧、といった貴重なシーンを堪能。

Cappadocia1
奇岩いろいろ【カッパドキア】

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2007年11月 3日 (土)

トルコ・イタリア旅行(4)イスタンブール

2月4日
泊まった安ホテルは、ヒーターが夜中止まる仕組みらしい。夜中、あまりに寒くて目が覚めた。おかげで寝不足。

スルタン・アフメットの墓に行った後、アヤ・ソフィアへ。ギリシャ正教の教会として建設され、その後モスクに改装されたところで、現在は博物館化されている(現役の祈りの場ではない)。内部は教会時代のキリスト教の絵画と、モスク時代のアラビア語の文字とが同居する不思議な場所。巨大なドームの空間自体も一見の価値あり。
Istanbul_aya_sophia
アヤ・ソフィア【イスタンブール】

気に入ったブルー・モスクを再び訪れ、近くのGazi Atikali Pasaモスクに行った後、カパル・チャルシュ(グラン・バザール)へ。ぼったくりが多いと聞いていたので、見学だけで買い物はせず。もっとも既に大きなぼったくり被害に遭っていたのだが(旅行会社)、このときはそんなことに全く気付いておらず。

Nurusmaniyeモスク、国立考古学博物館、シュレイマニエ・モスクと巡り、ブルー・モスクの夜景を眺めた後、ピザの夕食。そして、いよいよ昨日手配したカッパドキア・ツアーへ。なぜか参加者は日本人学生ばかり。彼らとの情報交換で、ようやくぼったくり価格だったことが判明。

ツアーは夜行バスでカッパドキアを目指す。いつの間にかボスポラス海峡を渡り、アジア側に入っている。窓の外を見ると地平線近くに北斗七星が併走しているように見える。

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2007年10月30日 (火)

トルコ・イタリア旅行(3)イスタンブール

2月3日
朝起きると雪が降っていた。イスタンブールが雪景色になるとは思わなかった。ビジュアル的には綺麗だが、外へ出て歩くと寒い。特に頭が寒いのに耐えきれず、通りすがりのスポーツ用品店らしきところでニットの帽子を購入。あまりの寒さに値切ることなどすっかり忘れる。

雪が降ったりやんだりする中、ガラタ橋を渡り新市街側へ。レトロなトラム(観光用?)が走る市街を歩き、ケーブルカーの短い地下鉄に乗る。治安の悪い地区だったと後で知る。

その後安ホテルを探して、チェックイン。いきなり停電に見舞われる。昼食をとったレストランでも「雪のせいだ」という(本当かどうか疑わしい)停電が。昼から「スペシャル・ケバーブ」を食べ、満腹に。

廃墟に水がたまっているだけの地下宮殿を見学後、スルタン・アフメット・モスク、通称ブルー・モスクへ。うっすらと雪に覆われた姿も美しいし、シャンデリアや青を基調としたタイルで彩られた内部も美しい。
Istanbul_blue_mosque_inside
ブルー・モスク内部【イスタンブール】

近くのベヤズィット・モスクも規模は小さいし地味だが、なかなかのもの。どこかのモスクに入ったときは、丁度祈りの時間だったようだが、不躾に入場した異教徒にパンを振る舞ってくれた。なんか嬉しい。

今日も何度もトルコ人に声をかけられる。なぜかイタリア人に間違われ、面倒くさいのでそういうことにしていると、声かけ役はどこかに消え、イタリア人担当のトルコ人が登場。日本人とばれると、日本人担当のトルコ人にスイッチした。どうやら、外国人観光客に声をかける専門がいて、国が判明するとその担当者につなぐ、というネットワークというか役割分担ができているらしい。

そんななか、日本にも滞在していたという日本語達者なトルコ人が登場。何となく気を許してしまい、夕食も一緒にとる(もちろん割り勘)。実家(?)は絨毯屋ということで連れて行かれるが、絨毯なんか買っても家には置くところがないから、当然購入せず。店で出てきたチャイ(紅茶)だけ頂いて退散。

しかしそれで諦める男ではなかった。今度は明日以降、どこに行くのかと問われ、あれよあれよという間に旅行会社に連れて行かれる。当初はイスタンブールのみ観光し、4日後にはトルコを去る予定だったのだが、ここで「トルコに来てカッパドキアに行かないとはもったいない」、という方向で激しい勧誘が。こっちは一人、相手は複数のトルコ人。みんなでカッパドキアへ行くべきだの大合唱。

断る理由として「4日後にトルコを去るので、カッパドキアに行くと、イスタンブールを見る時間がなくなる」ということも申し述べた。これに対し、旅行会社 の親父は「だったら、航空券の日程を変更すればいい」という。格安航空券なのだから日程の変更など当然不可。しかし、雰囲気に飲まれるとはこういうことを 言うのだ。だったらそれもいいかなとも思い始めた。何より本当はカッパドキアにも行きたかった。

結局、カッパドキアへのツアーを手配することになっていた。こうして人は不要な布団や着物を買うのだ。

トルコ・リラがないのを理由に断ろうともしたのだが、日本円でもいいという。そして、結局100,000トルコリラ(約104円)と現金で日本円21,000円、さらにトラベラーズ・チェック10,000円という、後でとんでもないボッタクリとわかった価格で契約。

激しい怒りが湧き上がるのは、まだ先のことである。

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2007年10月28日 (日)

トルコ・イタリア旅行(2)ローマ→イスタンブール

2月2日
朝7時、鐘が鳴る中、ホテルを出る。フロントを出て、角を曲がるとそこはテルミニ駅。昨日のタクシーは超ぼったくりだった。

列車で空港へ。車窓から見るローマの街は小汚い。空港到着後、腹が減ったので"BAR"へ。しかし注文の仕方が分からない。入口近くで注文して金を払い、レシートを別の場所に持って行って注文したものを受け取る仕組みと分かるまで、時間を要した。しかもお釣りをごまかされたっぽい(1,000リラ(約75円))。早くも疲労感に満たされる。

搭乗エリアへ進み、空港内で買った水のペットボトルを開けようとするが、うまく開かない。一人で捻ったり引っ張ったり噛みついたりしていると、近くにいたトルコ人(多分)たちが開けてくれた。

アリタリア航空でイスタンブールへ。バスで市内のアクサライへ移動。車窓からトラムが見えたのでそっちの方角へ移動。まちは明るく、活気に溢れ、古い建物も多く、すぐにこのまち気に入ったと思う(大甘であった)。

まちの喧噪にのぼせていたのか、気付けば国鉄に乗っていた。停まりきる前からドアを開けて降りていくトルコ人に続いて終点のシルケジ駅で降りる。ここからトラムに乗りかえて、ベセズィットで下車。日本から予約したホテルを探すが・・・ない。旅行会社の渡した地図が間違えていたのだ。重荷を負うて右往左往。

すると、停まっている車の中から"May I help you?"と声をかけられ・・・弱っていたのでつい頼ってしまう。日本から来たと言うと、別の青年を紹介される。といっても日本語が話せるわけではない。が、突然「銀」という日本語だけが登場し、銀製品の店をやっているので、明日来てくれと何度も頼まれる。ホテルの名を言うと「知っている」と言い(つつ、売店の人間に場所を聞いて)、歩いてホテルまで案内してくれた。感謝の言葉もない。

ホテルに荷物を置き、軽装になって再び街へ。「日本語を勉強しています」という青年に声をかけられるのを皮切りに、「こんにちは」「ありがとう」「お久しぶり半年ぶり」など次々に声をかけられる。変な街。

スルタンアフメットからイスタンブール大学までの目抜き通りを何度も往復。古い建物が多く、特に夕闇に浮かぶライトアップされたブルーモスクはため息が出るほど美しい。
Istanbul_blue_mosque
ブルーモスク【イスタンブール】

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