2009年7月26日 (日)

踊る人(10)「ダマ」(ドゴン、ティレリ村)

マリのドゴン地方は独特の仮面を被った踊りで知られるところ。ツアーでも大抵はドゴン・ダンス鑑賞の時間が設けられている。というわけで、ご多分に漏れず我々のツアーもダンス会場へ。

会場は斜面の途中に設けられたちょっとした広場。ドゴンのダンスは本来は祭礼で行われる物だが、本当の祭礼でこの場所を使うのかどうかは不明。とはいえ、斜面の上の方からダンサーが次から次へと降りてきて踊りが始まり、舞台としてはいい塩梅にできている。
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いざ、入場【ティレリ村(ドゴン)】

今回披露されたのは、「ダマ」という儀式で演じられる踊り。現地では死者の弔いのためのものと聞いたが、マリ共和国大使館のウェブサイトには「共同体の農地をまつる」との説明が。まあ、どちらでもいいし、いずれにしても区別はできない。共同体の農地をまつるために死者に弔いを捧げるのかもしれないし。

踊り自体は特段アクロバティックなわけでもないし、高い竹馬のようなものに跨って踊るのが珍しかったぐらいで、動きに特筆すべきものがあるわけではない。ただ、身につけている仮面がいろいろな種類(精霊、動物、それに民族毎の女性などをかたどっている)があって面白い。後ろで楽器と歌声による音楽も興味深かった。

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2008年12月19日 (金)

ナショナル・ミュージアム(12)マリ国立博物館(バマコ)

マリの国立博物館は民俗博物館系。民俗系は大抵つまらないのだが、この国の文化は多彩。これが結構面白い。

一番の見所はドゴンの仮面や彫刻などか。ツアーの終盤にドゴンを訪れることになっていたので、期待が高まる。どの部族か忘れたが、土器や土像なども面白い。

意外だったのは織物というか染め物の豊かさ。絞り染め、ろうけつ染め、泥染め、藍染めなど多様な手法が使われているらしく、それらがわかりやすく展示されている。これまたツアーの最終日近くに実際に染め物体験することになるのだが。

博物館自体はこぎれいでよく整備されていた。中庭には、この国でよく見かける過積載な車をモチーフにしたオブジェがあって面白かった。
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あくまで「アート」の過積載車。実際にはさらに横に荷物をぶら下げて走る車もあったので、手ぬるいと言えば手ぬるい。【マリ国立博物館(バマコ)】

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2008年8月13日 (水)

世界の夕焼け(23)マリ テリヤブグ

マリ最後の宿は、テリヤブグ。まち外れにある滞在型リゾートと言えばまだ聞こえはいいが、点在するしがない低層の建物と意味不明なお子様向け?な動物の像以外に何もないところ。他にどこにも行けないし、ある種、軟禁されたようなもの。

唯一の見物は目の前を流れるバニ河。到着後、敷地内の散歩にもすぐ飽きて、夕食までも時間があるので、仕方なく河をぼーっと眺め続ける。前にも書いたように、砂漠からの冷たい風「ハルマッタン」により、地平線の彼方は砂塵。夕日は砂のもやの中に、かすみながら消えていくのだった。
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白茶色のもやに消える夕日【テリヤブグ】

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2008年8月11日 (月)

世界の夕焼け(22)マリ トンブクトゥ

マリのトンブクトゥは、土を塗り込められたモスク等の建物や塀が織りなす街並みが素晴らしい。カメラ故障のストレスやら、じっくり見たいのにどんどん進んでしまうというツアーならではのストレスもあったが、他の国ではお目にかかれない建物群が、他の国でも大好きな小さな路地とともに次々と現れ、予想に違わずもう大堪能であった。

そして、個人的にはほとんどオマケだった、砂漠でのラクダ・ツアー。ラクダに乗って砂漠を進むだけなのだが、これが意外と楽しかった。ラクダ引きのトゥアレグ族の青年もご機嫌で、それも楽しさの要因だったが・・・帰りは一転。客の精神的満足を何が何でも経済的価値としてわが物にしたい青年の懸命の努力により、こちらの心証は暗転。最初は何か買え、最後には何かくれと、しつこいアプローチが延々と続き、げんなり。

おかげで砂漠に沈む夕陽を堪能している余裕があまりなかった。美しい青い衣をまとい、黒い布で顔を覆った青年は、今日も(彼から見れば)金持ちの外国人相手に「プレゼント」を要求しているのだろうか。
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サハラに沈む日【トンブクトゥ郊外】

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2008年2月 2日 (土)

マリ旅行(11)ドバイ

1月9日
6時間20分のフライトで、1時50分ドバイ着陸。小走りで関空行きのゲートへ。たどり着くと"Final Call"の文字。間に合ったと思って、カサブランカで発券済みの搭乗券を渡す。券がもがれ、機械に通したところでエラー音。他のツアー・メンバーも同様。そしてカウンターの係員は「18番ゲートに行け」と居丈高に叫ぶのみ。なぜかと問うても、理由も何も言わない。

仕方ないので走って18番ゲートへ。しかしそこはロンドン・ヒースロー行きのゲート。そのゲート近くの乗り継ぎカウンターに行けということらしい。セキュリティ・チェックを強引に突破して、カウンターに駆け込むと、無情にも関空行きはもうクローズした、明日の便に振替と。しかもカサブランカで預けた荷物は出せないらしい。

仕方なく割り当てられたホテルの空港内のカウンターへ。どうもエミレーツが出したバウチャーはシングル・ルームになっていない模様。シングルにしろと添乗員が交渉しようとしたところ、OKと口頭で約束。なんか不安。

送迎バスで市内のホテルに着いた時点で既に5時15分。そして案の定、部屋はツイン。口約束は当てにならないに決まっている。それをシングルにする交渉をするために、他のすべの客のチェックイン手続きが終わるまで待たされ、結局部屋に入れたのは6時15分。着替えはないがシャワーを浴び、約44時間ぶりのベッドへ。しかしいろいろと腹が立ってきてなかなか眠れない。

仮眠程度しか取れなかったが、一応の睡眠と昼食の後、ツアー客同士で計画を立て、タクシーに分乗してドバイ観光へ。

まずは建設中の世界一の高層ビル、ブルジュ・ドバイへ。その高さはもちろん、周りに開発中の"The Old Town"の規模に驚く。ここを含め、ドバイはまだまだ建設ラッシュが続いている。
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既に約600mまで建設が進んだブルジュ・ドバイ【ドバイ】 

続いて大規模ショッピング・センター「モール・オブ・エミレーツ」で人工スキー場を見学(2年前にも来たが)。続いてやはり建設中の人工島群「ザ・パーム・ジュメイラ」へ。しかし工事中のため、奥へは行けない。パームの幹の部分に立ち並ぶ建物群だけでも圧巻だったが。その後、大規模ショッピング・センター「スーク・メディナ・ジュメイラ」へ。マンゴー・ジュースが美味(18ディルハム(約540円)と高いが)。

そしてタクシーでホテルへ戻る。が、同じブランドのホテルが市内にもう一軒あるため、間違えた方に連れて行かれる。別のツアー仲間の乗ったタクシーも間違った方に行ってしまい、しばらく全員集合できず。

ホテルで2度目のシャワーを浴び、再び空港へ。

1月10日
エミレーツ航空でドバイから関空へ、そしてJALで羽田へ。その後、別件飲み会に顔を出して23時頃帰宅。67時間ぶりに下着をかえる。長かった。

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2008年1月31日 (木)

マリ旅行(10)セグゥ

1月7日
8時半頃に宿を出発、1時間半ほどでセグゥに到着。まずは「NDOMO」という染物工房へ。説明してくれるだけでなく、泥染めを体験させてくれるのが楽しい。筆で泥を布に描いて、それを黄色い溶液(ガラマの葉でつくる)に浸すと、あっというまに泥の部分が真っ黒になるのが面白い。

その後は川沿いの焼き物市場や植民地建築の多い地区などでストップ。昼食後、雑然と賑わう川沿いの市場をうろうろしてみる。
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焼き物市場【セグゥ】

約2時間のドライブの後、農耕民族バンバラ人の村、ウォロドーへ。カリテ(シア)の木と、その木の実からつくる油脂(シア・バター)、そして人々の住居などを見学。

その後1時間半のドライブを経て、バマコのホテルに到着。長旅でもうへとへと。ここで休憩できるはずだが、部屋が足りないので相部屋になると言い渡される(ツアー会社が支払っている金が足りないだけだと思うが)。何のために一人部屋追加料金を払って参加しているのか分からない。

ホテルでの夕食は19時から席について待つが、パンが運ばれてきたのはその1時間後。メインの料理はさらに40分後。馬鹿にしている。蚊が飛び交い、夜風に吹きあてられ、寒気がしてきた。

シャワーを浴びて車で空港へ。23時50分頃到着。しかしチェックインが始まっておらず、待ちぼうけを食らう。悪寒と倦怠感、そして微(?)熱がだんだんひどくなってゆく。

1月8日
0時15分頃、ようやくチェックイン開始。たちまち行列が。そしてその直前に添乗員から出国カードを自分で書けと渡される。列に並びながら書く羽目に。1時間ほどかけてようやくセキュリティ・エリアへ。体調はどんどん悪くなる。

3時間ほど待って、午前4時半にカサブランカに向かうロイヤル・エア・モロッコが離陸。

約3時間のフライトで、7時半過ぎにカサブランカ到着。ツアー仲間に抗生物質をもらう。下痢が出そうで出ない、微妙な体調。ミントティでも飲みたいと思うが、なかなか見つからないので、砂糖がどっさり入った緑茶をカフェで飲む。薬のせいか、熱は下がってきた。感謝。

ひたすらターミナル内で待ち続け、15時半、予定より1時間遅れでドバイ行きのエミレーツ航空機が離陸。昨日の朝からもう32時間半、まともに寝ていない。

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2008年1月29日 (火)

マリ旅行(9)ドゴン→テリヤブグ

1月6日
砂霞の中から昇る朝日を見た後、7時20分頃、ティレリ村の中心にある広場へ。30分ほど待ち、死者を弔う儀式である「ダマ」の一部を20分ほど見せてもらう。太鼓と鐘の音をバックに、29人の仮面の男たちが踊る。仮面は牛、鳥、蛇などの動物から、ハンター、聖職者、そして様々な民族の女性など多様で面白いが、踊り自体は大したことない。

その後、車でドゴン地域を離れ、12時40分頃、ガンガ村へ。ここは農耕の民で、伝統的な製薬で知られるボボ人の村。アカシアの木と瓢箪とでつくった木琴(と太鼓)の演奏を鑑賞。音楽が始まると、集まった村人達が自然に踊り出す。
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穀物庫(多分)が並ぶ【ガンガ村】

ホロホロ鳥の昼食をサンで食べた後、バニ河のほとりにあるテリヤブグへ。ここはフランス人宣教師がつくった、滞在型の宿泊施設らしいが、いまいちコンセプトがよくわからない。添乗員は「動物がいる」と説明し、動物のイラスト入りの絵地図も張ってあったが、実際には動物の像が置かれているだけ(なぜか孔雀ともう一種類の鳥は本物がいた)。しかもバス・トイレが共同だった部屋を割り当てられたツアー・メンバーも。なぜここに泊まることにしたのか、ツアー会社の意図が読めない。

することもないので、バニ河に沈む夕日をぼーっと鑑賞。砂漠からの冷たい風「ハルマッタン」が吹き始め、地平線(水平線)近くは砂塵に覆われているのか、ここでも夕日がかき消されるように沈む。空が白と紫と黄土色とが入り混じった不思議な色彩に変わってゆく。

ここに置いてある「ブランケット」もただの厚手の布きれ。寒いので今日も持参の寝袋で夜を明かす。寝袋万歳。

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2008年1月27日 (日)

マリ旅行(8)ドゴン

1月5日
7時前に宿を出て、車で10分ほどで降り、急峻な山道をトレッキング開始。ドゴンの人々の挨拶は、家族一人一人(父、母、長男、次男・・・)が元気かと尋ね、それにいちいち「セオ」(元気)と答えるもの。そのためすれ違いざまに「セオ」「セオ」と目もあわさずに連呼するので(複数人いると斉唱というかお経みたいになる)、なんか不思議。

50分ほど歩いて、60年に一度のシギの大祭が出発する地である、ユガ・ドゥグル村に到着。大木を中心とした広場を見た後、さらに登るとテレム人の住居(現在は穀物庫に利用)が。崖の下から上まで積み上げられた円筒形の建物が、ユニークな景色を作り出す。
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テレム人の住居跡【ユガ・ドゥグル村】

さらに岩山を登っていくと、なだらかな岩の丘陵が広がる高原へ。眼下には大平原・断崖・そして岩山が広がる大パノラマ。さらに進むとユガナ村を見下ろす絶景ポイントへ。

ユガ・ピリ村を通過し、成り行きと勢いとツアー・メンバーの後押しでこの旅唯一のおみやげを買い、4時間20分に渡ったトレッキングは終了。車で宿に戻り、昼食、そして歓談。ドゴンのガイドの父親は、第二次大戦中にフランスに徴兵されたという。こんな山奥の村に植民地の、そして欧州の戦火の影響が及んでいたとは。

14時過ぎに再び車で出発し、30分ほどでイレリ村へ。ここはドゴンの中でも最初に世界遺産に登録された場所。テレムよりさらに前のトロイ人の住居跡が残る。自然の断崖絶壁っぷりだけでもすごい景色なのに、さらにそこに人が暮らした足跡が残っているというのが凄すぎる。

1時間ほど滞在して、続いてアマニ村へ。ここはワニのいる池があるだけ。

その後、今夜テントを張るティレリ村のカンプマン(簡易宿泊所)へ。平原の向こうに、霞にかき消されるように消える夕日、そして夜空の星々が美しい。夜は風が強く、テントが吹き飛ばされるかと思ったが、(もちろん)無事だった。

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2008年1月25日 (金)

マリ旅行(7)ドゴン

1月4日
7時10分頃出発、徒歩でサンガ地域のオゴル村めぐり。今日からドゴンのガイドがつく。特徴的な家並みはもちろんだが、川沿いに広がるオニオン畑で人々がバケツや壺に組んだ水をまいて動き回る様が、なんだか夢の世界のよう。
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オニオン畑で働く人々【サンガ地域オゴル村(ドゴン)】

ホテルに戻って車で移動。ドゴンの占い師を道端で見かけ、途中下車。地面に小石や小枝を置いておいて、その周りについたジャッカルの足跡で占う、という手法が面白い。

9時40分頃、ボンゴ村に到着。そこからトレッキング。岩山を昇っていく。女性達が頭の上に「ドゴンビール」をなみなみと注いだ洗面器大のたらいをもって上がってくるので、試飲させてもらう。気の抜けたビールのよう。

眼下に広がる崖と平原の大パノラマを堪能しながら進み、バナニ村に到着。ドゴンの住居に加え、断崖絶壁のテレム人の住居跡が素晴らしい。

車で移動し、クンドゥ村へ。昼食後、再びトレッキング開始。30分ほど岩山を登っていくと、崖の下からは見えない、隠れ家的な位置にクンドゥ・ドゴモの集落が。こんな山の中にずっと住み続けているとは信じられない。上り下りの道で、カドー目当ての子ども達が手をさしのべてくるが、うっとうしい。

下山後、車でイエン・ドウマ村へ。ここでは市場を見学。その後16時45分頃、今夜の宿となるカンプマンのあるクンドゥ村へ。村内をぶらっと一往復した後、テントに蚊帳を張って横になったら、暑い(日が暮れると涼しくなる)テントに籠もったせいか、気持ち悪くなってきた。

夕食はオニオン・スープが地元っぽくて嬉しい。そして夜空は満天の星。

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2008年1月23日 (水)

マリ旅行(6)バニ川、ドゴン

1月3日
今日は7時15分過ぎに出発。小舟によるバニ川クルーズ。投網をしている人々を多く見かける。メコン川でも四万十川(河口近く)でも同じような光景を見た気がする。人々の営みがなくなってしまうと、ひたすら単調な景色が続く。途中、漁師の舟からナマズなど魚を買い付け、舟内で乗組員がさばいて調理。これが今日の昼食に。

9時15分過ぎにゴミナ村に到着。ここは漁労の民ボゾ人と牧畜の民フラニ人とが共存する。両者が使う泥のモスクがあり、ムスリム以外は立ち入り禁止だが、特別に(?)入口を開けてもらい、中を覗かせてもらう。村には50分ほど滞在し、最後は大勢の子ども達に手を振って見送られて、再び舟で川へ。

約1時間の航海の後、フラニ人のキャンプのあるセンセ村に上陸。陸をさらに進むと集落があり、ここの泥のモスクに入れてもらえることに。45年前に建てられたもので、屋上に上がると泥の壁と日干し煉瓦でできた土色の家並みが一望。眺めもモスクも素晴らしい。
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センセ村

70分ほど滞在し、再び舟へ。昼食を取りながら舟はさらに進み、川から運河へと入っていく。運河内は数人から十数人と荷物(時にはロバも)を載せた小舟が何度もすれ違い、往来が多い。舟上の人々は一様にこちらに手を振ってきてくれて、愛想がいい。挨拶する風習があるのか、珍しい外国人だから面白がっているのか、よく分からないが、どちらにしても嬉しい。

14時20分過ぎにコナに到着。港、そして港沿いの市場の喧噪を後に、車に乗り、途中、またも別の車がパンクしたりしながらも、1時間40分ほどの悪路のドライブで、ドゴンの村、ソンゴへ。

断崖の下にとんがり帽子の屋根をかぶったかわいらしい家々が立ち並ぶ様は、映画「トンマッコルへようこそ」に描かれた桃源郷のよう。映画と違うのは、子供らがしつこく「カドー」(フランス語で「贈り物」)を求めてくるところか。割礼の儀式の際の岩絵の説明なども興味深い。
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おとぎ話の世界のよう【ソンゴ村】

1時間ほど滞在した後、車でさらにドゴンの奥へと進む。道が悪いだけでなく、山道で坂やカーブが多い上、日が暮れてゆき、厳しいドライブに。宿泊地のサンガに着いたのは日もとっぷりと暮れた19時前だった。

ここのホテル(というか簡易宿泊所)は毛布なし。普段なら寒い寒いと騒ぐところだが、今回は寝袋持参なので問題なし。しかもお湯の出る部屋にあたり(出ない部屋もあった)、夕食の肉もまともで(変な部位にあたった人もいた)、ラッキーな夜であった。

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