2020年9月27日 (日)

世界の仏教寺院(8)ミャンマー:シュエモード・パゴダ

ミャンマーは上座部仏教の信者が多い国である。すでに5~6世紀ごろから上座部仏教が学ばれていたらしいが(伝承としてはもっと古くからとされる)、9~13世紀のパガン朝の時代に上座部仏教は広く普及したようだ。

バゴーにあるシュエモード・パゴダは114mとミャンマーのパゴダで最も高いことで知られる。10世紀前後につくられたころは高さ23mの塔だったようだが、増築や再建が繰り返され、1954年に今の姿になったという。大きなパゴダの周囲には小さなパゴダや祠が並ぶ。

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金色に輝くシュエモード・パゴダ【バゴー】

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シュエモード・パゴダで見かけた大小の仏像

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2020年9月23日 (水)

世界の仏教寺院(7)カンボジア:バンテアイ・クディ

9世紀から15世紀にかけて現在のカンボジアを中心に君臨したクメール王朝は、ヒンズー教、次いで仏教(大乗仏教)を信仰した。クメール王朝では王が変わるたびに新たな寺院が建立されたため、現在のアンコール遺跡群には多くのヒンズー教と仏教の寺院の遺構が残っている。

そのうちの一つがバンテアイ・クディ。12世紀から13世紀にかけての王、ジャヤーヴァルマン7世に建立された。彼はクメール王朝初の仏教徒の王であり、バイヨン寺院を建立したことでも知られる。王朝の最盛期の王とされ、盛んに周辺国と戦争して版図を広げ、一方で莫大な費用と労役をかけて仏教寺院建立にも力を入れ、結局その死後、王朝は衰退の道をたどることになる。

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バンテアイ・クディ【アンコール遺跡群】

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観音菩薩が微笑む塔門。その顔のモデルはジャヤーヴァルマン7世と言われる。【バンテアイ・クディ】

なお、現在のカンボジアは上座部仏教の国である。王朝としては後に再びヒンズー教に転換するが、一方でスリランカから伝わった上座部仏教が広がり、現在に至っている。

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2020年9月19日 (土)

世界の仏教寺院(6)台湾:龍山寺

台北の龍山寺は清代に福建省からやってきた人々に寄り建立された寺院。台北最古の仏教寺院とされる。屋根の上の派手な装飾が目を引く。

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龍山寺【台北】

御本尊は観音菩薩像だが、一方で道教や儒教の神々も祀られているという。こういったいい加減な感じは日本の神仏混交にも通ずるものであろうか。

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内装も派手【龍山寺】

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2020年9月15日 (火)

世界の仏教寺院(5)インド:エローラ石窟寺院

よく知られているように、仏教は、その生誕の地インドにおいては現在はマイナーな宗教である。しかし、素晴らしい仏教遺跡はいくつも残っており、インド人も集まる観光地になっている。

その一つがエローラ。ヒンズー教、ジャイナ教と共に仏教の石窟寺院が並ぶ。5~8世紀の建造とのこと。例えば第10号窟は岩を掘りぬいてつくられた入口の彫刻も見事だが。

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アジャンタ石窟寺院第10号窟外観

中に入ると、ドーム状の天井、列柱を模した側壁、そしてストゥーパに仏像という空間が。石を掘りぬいているので、ドームにする意味も柱を並べる意味も工学的にはないはずだが、わざわざ木造の建物を模してこうした造形を作り上げているのが興味深い。そして素晴らしい。

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アジャンタ石窟寺院第10号窟内部

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2020年9月11日 (金)

世界の仏教寺院(4)中国:西安の大慈恩寺

後漢の時代に仏教が伝来したとされる中国。唐代の都、長安(現・西安)に建立された大慈恩寺には、玄奘(三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を収蔵するために建てた大雁塔が残る。

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高さ64mの大雁塔【西安】

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大慈恩寺にて【西安】

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2020年9月 7日 (月)

世界の仏教寺院(3)バングラデシュ:ソーマプラ大僧院 、シャルバン・ビハーラ

バングラデシュは現在はイスラム教国であるが、以前は仏教も盛んだった地。8~12世紀にベンガル地方を支配したパーラ朝は仏教を保護したが、第2代のダルマパーラ(在位780~810年)が建立したのが、パハールプールのソーマプラ大僧院(ソーマプラ・マハーヴィハーラ)である。中央に仏塔の建つ四面堂形式の大祠堂があり、その周りの正方形の壁沿いに177の僧房が囲んだという壮大な寺院。もっとも現在は中央の建物はピラミッド状の基盤しか残っていない。

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パハールプールのソーマプーラ大僧院

建物の基盤部にはテラコッタの装飾が残る。仏教寺院なのだが、ヒンズー教の神々も混じっているという。このころの仏教はヒンズー教に押され、ヒンズーの神々や教義を取り入れて世俗化・密教化していたのだそう。Terra-cotta-in-paharpur
ソーマプーラ大僧院のテラコッタ

パーラ朝は12世紀に滅び、この地はイスラム化していく。一方、ソーマプーラ大僧院でみられた幾何学的な伽藍配置などは、その後のパガン、アンコール・ワットなど東南アジアの仏教・ヒンズー教寺院に影響を与えたという。

同じくバングラデシュのコミッラ県マイナマティにあるシャルバン・ヴィハーラも、パーラ朝時代の仏教寺院遺跡。パハールプールと同様に日干し煉瓦の基盤部しか残っておらず、そこに芝のような草が生えて独特の風情を醸し出している。こちらも発掘調査から7~12世紀に運営されていたことが分かっているようで、やはりイスラム化によりその運命を終えたのだと思われる。

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シャルバン・ビハーラ

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2020年9月 3日 (木)

世界の仏教寺院(2)タイ:ワット・スタット

タイは上座部仏教徒の多い国。現在も生活に仏教が根付いている。

バンコクのワット・スタットは19世紀初め、現在まで続くチャクリー王朝の初代の王であるラーマ1世の時代に建立された寺。下の写真には写っていないが、巨大な鳥居のような「サオ・チン・チャー」があることでも知られる。周囲には仏具屋が軒を連ねていた。

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ワット・スタット【バンコク】

本尊であるシーサーカヤムニー仏は高さ8mで、タイ国政府観光庁のサイトによるとタイ最大の青銅の仏像。寺の歴史よりも古く、スコータイ王朝時代(13~15世紀)のもので、寺の建立にあたってスコータイから運ばれてきたものだという。

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シーサーカヤムニー仏【ワット・スタット(バンコク)】

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2020年8月30日 (日)

世界の仏教寺院(1)インドネシア:ボロブドゥール寺院

現在、インドネシアに暮らす人々の多くはイスラム教徒だが、イスラムが伝播する前、この国には仏教やヒンズー教が栄えていた。

8世紀から9世紀に栄えたシャイレーンドラ朝は仏教、それも大乗仏教を保護した国であり、その時代に建てられた大寺院がボロブドゥール寺院である。

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ボロブドゥール寺院全景

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ボロブドゥール寺院に残る仏像

回廊の壁には仏教に関する説話を絵巻調に語るレリーフが多く残っている。そして壁沿いやストゥーパ(仏塔)内には、仏像が残る。建物そのものが巨大な曼陀羅のようでもある。

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2020年8月26日 (水)

京都旅行(5)東山、二条、京都駅周辺<改>

9月16日
台風の接近をニュースが伝えている。どんより曇って今にも降り出しそう。そんななか東山散策からスタート。産寧伝統的建造物群保存地区とのことで、風情ある街並み。7時50分に八坂神社へ。次いで円山公園へ。ハトやカラスが低空飛行している。そろそろ出ようとしていたときにすれ違った中年女性に「(この先に)素敵な滝がありますよ」と勧められる。行ってみると、わざわざ見に来るほどのものでもなかったが、特段悪いものでもない、という程度の滝。その後、二年坂、三年坂と歩く。

8時半に清水寺へ。清水の舞台は傾斜がついていて、恐怖感を煽っている気がする。ここから見える山々の緑は濃い。音羽の滝の水を3種類とも飲み、まだ開いていない八坂の塔を外から眺め、バスで京都駅に10時に到着。雨が降り始めた。

JR嵯峨野線で10時35分に二条駅へ。中年女性に道を尋ねたら、綺麗な京都弁が返ってきた。10時55分に二条城へ。二の丸御殿は襖に天井、ほとんど金箔な狩野派の絵と豪華きわまりない。と思ったら、老中の部屋になるとやや質素になっているのが面白い。二の丸庭園は豪快かつ広々している。本丸の方は19世紀と新しい建物で、派手さでは二の丸に負ける。が、当時の権力者の生活というか風習の一端が伺えて興味深い。本丸庭園、清流園もいまいちな気はするが、とにかく広いので、それだけでいいような気がしてしまう。

駅へ。次の電車まで時間があり、そして腹が減って目が回るので、近くにあった讃岐うどんの店へ。そして玉子丼を食す。本当に玉子しかのっていなかった。足の疲労もピークへ。靴を履いているというだけで、痛い。

JR嵯峨野線で13時15分に京都駅に到着。13時半頃に東本願寺へ。御影堂へ。「堂内では寝転ばない下さい」との表記があり、そんな馬鹿はいないだろうと思って入ると、確かに寝転びたくなるほど、広々としている。毛髪をより合わせた「毛綱」が。言われないと髪の毛とはわからないが、よくみると確かに毛髪。ちょっと不気味。

続いて阿弥陀堂へ。こちらは小さいが、金ぴかで豪華。渉成園への入園許可をもらいに行くと、氏名と住所を書かされた。いったい何に使うのか。園内は、マンションがとんでもない借景に。

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東本願寺の周りは水路があって風情がある

足が痛い中、京都駅までの道に迷い、京都駅構内でもまた迷って、なんとか近鉄の京都駅へ。そして14時50分頃、東寺へ。五重塔はそんなに高いようには見えない。境内では中学生が体育祭か何かの応援の練習をしていた。国宝となっている金堂は、ご本尊の高さ3m近くの薬師如来像に合わせてか、天井が高い。そして、講堂の中の21体の仏像による立体曼荼羅が壮観。

京都駅に戻り、JR奈良線に乗り換え、東福寺駅に15時10分に到着。東福寺塔頭の光明院には「檀家さん以外は常識内」との掲示の下に竹筒が。寺に入るのに金はいらないのが常識だろうと思ったが、京都の常識はよく分からないし、何となく腹が立つので入るのはやめる。次いで別の塔頭、芬陀院へ。雪舟が作庭したと言われる庭があることから「雪舟寺」と呼ばれるところ。受付の女性の京言葉が美しい。中の枯山水「鶴亀の庭」も美しい。他にもいくつか庭があり、いつまでもぼーっとしていたい。東福寺本体の方は通天橋、臥雲橋のあたりが木々や苔が美しい。紅葉の時期にまた来たい。

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【東福寺芬陀院の鶴亀の庭(京都)】

17時20分頃に京都駅に戻り、9番バスで堀川島原のバス停に17時45分頃に到着。しかし西本願寺はもう閉まっている。200円もバス代を払ったのに無駄足。雨が上がったのがせめてもの救い。こちらも水路に囲まれているが水は流れていない。島原を歩く。夕日が燃えている。安そうな食堂があったのでニシン蕎麦を食べるが、ぬるい蕎麦にニシンの佃煮みたいのが載っているだけ。外へ出ると夕焼けは消え、青黒い空になっていた。

暗かったけど一応周りは歩き、また道を間違えたが丹波口駅へ。そして京都駅へ。構内で荷を預けたロッカーを探し、さらにホームにたどり着くまで散々歩き回る。東海道本線は台風のせいかダイヤが乱れている。

そして19時50分頃に大垣行に乗車。しばらく寝たが、雨の音で目が覚める。21時40分頃に大垣駅に到着。そして22時40分頃発の「東京夜行」(東京行き夜行普通列車)に乗車。発車1時間前に着いたが、結局今日もガラガラだった。

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今振り返ると、この旅行は自分の旅のスタイルの原点になったような気がする。疲れたし、腹は減ったが、ある種の充実感はあった。所詮は現実逃避に過ぎなかったが、充たされる何かがあったことで、同じようなことをその後繰り返すようになったのだと、今では思う。

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2020年8月23日 (日)

京都旅行(4)大原、上賀茂<改>

9月15日

4時過ぎに救急車のサイレンで目が覚める。迷惑なことこの上ない。しばらく眠れなくなった。8時20分過ぎにホテルを出る。今日の朝食は液体のカロリーメイト1本。わびしい。京阪、叡電と乗り継ぎ、八瀬遊園(現・八瀬比叡山口)に9時20分着。駅前を流れる高野川(鴨川の支流)の流れる音が心地よく、涼味を誘う。

9時半頃発の17番バスで大原へ向かう。山道をほとんど止まらずに登っていくが、大原近くで渋滞に。9時45分頃に大原着。呂川沿いを登る。苔や竹や木々が風情を醸し出す。茶屋や土産屋を眺めながら歩き、10時頃に三千院に到着。スギゴケの林のような庭が素晴らしい。それ以外も広い境内は「山道を往く」という感じで、よい。「金色茶」なる液体を何度か頂く。「シソ味」「梅味」と称されて出てくるが、ただのホット塩水のような気もする。が、おいしい。ポットからプラスチックの湯飲みにちょっと注ぐだけなのだが。Kyoto_sanzenin
三千院

三千院の境内を出て、続いて11時20分頃に音無の滝へ。白糸が分かれるように斜面を水が下っている。その後、山を下りる。坂がきつく、膝が痛む。11時40分頃、実光院へ。抹茶付きで入場料500円。「お菓子から(先に)どうぞ」と解説されたので先に菓子を食い尽くした結果、その後は茶の渋みだけを味わう羽目に。ここは庭がなかなか。雅楽の調律に使う「編鐘」があり、鳴らすことができる。半音ずつずれて16の音がする。

勝林院を外から覗いた後、12時5分頃、宝泉院へ。 こちらも庭園で知られる。そしてここも抹茶付きで500円。前回の反省を踏まえ、頂き方について尋ねると、「そんなのどうでもいい」と言われてしまった。確かにどうでもいい。声明の調律に使う石盤がある。その説明を待つなどして想定外に長居してしまった。

出て、三千院前の参道を歩く。石垣が苔むし、そこに木(楓?)がかぶさって、いい風情。手焼きせんべいを食べる。やや辛い。水が欲しいと思ったら、竹から出てくる飲料水(無料)を発見。大原は水が豊富なのか。

続いて13時50分頃、寂光院へ。594年建立と伝えられる古い寺。マイクで解説するのはいいが、話が長い。工事もしているし、庭もいまいちか。ここでも水が飲める。

14時頃に大原バスターミナルから17番バスに乗車。タクシーでよくみる無線の機材のようなものを備えている。狭い道でのすれ違いの際の連絡に使う模様。20分ほどで花園橋に到着。3分程歩いて上高野のバス停へ。ここから45番バスに乗り、円通寺道のバス停に14半過ぎに到着。道に迷う。ガイドブックの地図に載っていない四差路で途方に暮れる。近所の人に道を尋ねると、手慣れた調子で教えてくれた。

そして14時50分頃に圓通寺(円通寺)に。カメラを預けさせられる。ここの庭は枯山水だが、白砂ではなく苔。垣根は生け垣。岩にも苔が生えている。生け垣のバックには杉(?)の木が立っており、その向こうに比叡山。なかなかよいのだが、緑だらけになってしまい、やはり白砂の方がコントラストがあっていい気がする。

出る。また道に迷う。通りすがりの人に「この地図で、ここはどこ?」と聞く。馬鹿。途中で比叡そばの店へ。550円でご飯付きのキツネ蕎麦定食。久々に味わう満腹感。ここで道を確認し、上賀茂神社方面へ向かう。

とぼとぼ歩いていると、突然、水路と柳と白壁のある風情ある通りへ。これだから京都は油断できない。上賀茂伝統的建造物保存地区であった。16時15分、その一角にある賀茂の社家(西村家庭園)へ。美しい庭園だが、今日はこれまでさらに美しい庭園をさんざん見てきたので物足りなく感じる。そして16時半頃、上賀茂神社(正式名称は賀茂別雷神社)へ。平安京に遷都する前からあったという、歴史ある神社。境内にも水路が流れていて、いい感じ。建物は重要文化財だらけ。

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【上賀茂神社(京都)】

賀茂川べりを歩く。川面を渡る風が涼しく、気持ちいい。ジョギングしたり、歩いたり、話し込んだり、酒を飲んだり、体を寄せ合ったり、鳥にえさをやったり、と人々が思い思いに過ごしている。こういうスペースは大事だと思う。そして、川上方向を眺めれば、五山送り火の文字がみえる、京都らしい風景。

その後、北山から地下鉄に乗り、ホテルに戻る。今日の夕食はコンビニで買ったレーズンロール8個入り185円也。

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2020年8月20日 (木)

京都旅行(3)三十三間堂、高台寺、南禅寺、銀閣<改>

9月14日
朝6時。音が鳴り、無意識にアラームのスイッチを押すが、鳴り止まない。隣の部屋(カプセル)のアラームだった。早く止めて欲しい。結局、その後眠れなかった。

7時半、ホテルを出る。せっかく自転車を借りたのに、雨。小降りなので強行出場。朝食を食べる場所をふらふら探しまわるが、どこも閉まっており取りあえず諦める。8時15分、三十三間堂へ。鎌倉時代につくられた本堂内に入ると、いきなりずらっと像が並んでいて、度肝を抜かれる。千手観音像の群れの中に、普通の仏像が点在。そんな空間が長く続いている。仏像も鎌倉時代のもの。

安い朝食として見つけたのは結局マクドナルドで515円也。京都らしくないが仕方ない。続いて9時半頃に智積院へ。長谷川等伯らの襖絵などをみる。無人でテープの案内が流れる、不思議な空間。

10時10分頃に方広寺へ。「国家安康」の文字は小さい。今はその部分が白く塗られているが、よくこんなものを見つけたものだ。言いがかりをつけるのも大変である。雨は一応やんだ。自転車で通る小径が風情があったりするのが、いい。

続いて高台寺。秀吉とその正室、北政所の菩提寺。岩が多く桃山風?な池や枯山水などがある庭園もいいし(池泉回遊式庭園は小堀遠州作)、高台寺蒔絵で知られる霊屋は絢爛豪華。なのに奥に行けば山寺の趣で、時雨亭と傘亭という茶室は詫び寂びの世界。どんどんフィルムが減る。

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高台寺【京都】

足はまだ疲れていないが、背中が痛くなってきた。何より頭がふらふらするし、腹ぺこ。11時半に平安神宮へ。明治時代、博覧会用に平安時代の大内裏の8分の5の大きさで復元されたのが始まりで、要はテーマパークである。なので写真はあまり取るまいと思っていたが、建物を実際に見ると派手で撮影欲が高まり結局フィルムが減る。池のある各種庭園は平安時代以前からの植物が植えられた西神苑など、植物園的。要はつまらない。全体的に立派で派手なところだが、所詮は国威発揚目的という印象。

安そうな食堂が見つからず、昼食は京うどんセット800円也。うまいような気もするが、腹一杯にはならない。汁と水をがぶ飲みして気を紛らわす。雨脚が強くなる中、13時前に琵琶湖疎水記念館へ。よくある公共町おこし系博物館。つまらない解説ばかり。外へ出てインクライン沿いを登る。雨がさらにすごくなってきた。身体もカバンも濡れていく。途中で階段になる。しばらく登ったが、結局断念して戻る。カバンびちょびちょ。

雰囲気のある道を通って13時50分頃、南禅寺へ。三門に上る。石川五右衛門の「絶景かな絶景かな」というセリフで有名な場所らしいが、この雨では遠くの景色はかすんで見えない。が、三門自体はいい雰囲気。自転車を降りれば、雨に煙るこの雰囲気は悪くない。雨のせいか、境内中を水が流れているような印象。苔むした林、苔だけの広い庭園などもいい感じ。

雨が一応やむ。しかし自転車に戻り道を迷っているうちに再び激しい雨に。またびしょ濡れ。自転車に乗ると、雨が激しくなるのはなぜなのか。哲学の道で自転車を置いて、歩く。たいそうな名前の道だが、どこにでもこの手の道はあるのではないかとも思う。まあ雰囲気はよいが。15時半に法然院に到着。「昼なお暗い」程度の表現では済まない薄暗さで、山門が怖い。境内で道を間違え、山道みたいな所で墓場に囲まれてしまう。何か出そうだなと思っていると「マムシに注意」との表示が。結局戻って目当ての庭を発見。これは素晴らしい。濡れた枯山水は微妙だったが。

割と風情のある登り道をだらだら歩き、16時過ぎに銀閣へ。昔、修学旅行でも来たところだが、ここは本当に素晴らしい。木も草も形よく、あらゆる所に綺麗に苔が生え水が流れ岩が配されている。自然のつくり出す美と人のつくり出す美の融合というか触媒というか昇華というか結晶というか。とりあえず銀箔張りの建物でなくてよかった。そして境内の山を歩いていてふと思った。「欲しい」と。山を下り、しばらく庭をもう一度鑑賞。出て行くのがもったいない。

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観光地は数有れど、「欲しい」と思ったのは今のところ、ここだけ【銀閣】

近くの茶屋で抹茶で暖まった後、濡れた靴で哲学の道へ戻る。夕食は玉子丼400円也。満腹。今日は食費を使いすぎだがまあよい。近くを走る京津線の「プワーン」という警笛の音が情緒を醸し出していた。

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2020年8月17日 (月)

京都旅行(2)金閣、竜安寺、仁和寺、広隆寺<改>

9月13日
今回は貧乏旅行につき、朝食はコンビニで買ったスティック状のパン、9本で175円。何本食べても充たされた気分にならない。わびしいがリーズナブル。

9時前に循環運行する206番バスに乗車。ラッシュ時の混み方。バス停の表示によると、この時間は片方向は循環していない模様。バス一回乗車の200円で済ませるため、遠回りになる反対方向(こっちは循環運行している)に乗車。しかしほどなく、循環運行する反対回りのバスとすれ違う。失敗。

50分近くもバスに乗って、千本北大路着。昨日の日焼けが痛むし、朝から首と膝が痛い。さてまずは金閣へ。修学旅行生だらけ。金閣は遠くから見ると本体も素晴らしいが、周りの庭園がさらに素晴らしい。庭園に負けて、金閣本体はおもちゃのようにちゃちに見え、近くまで行って見ると妙にのっぺりしている印象も受ける。境内で賽銭を投げたら、箱の表面に当たって跳ねて向こう側まで飛んで行ってしまった。縁起でもない。

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金閣【京都】

バス停が3カ所もあって、どこから乗るのか迷う仕組みになっている金閣寺道バス停から、10時半過ぎに59番バスに乗車。15分強で龍安寺前へ。寺の中は静か。しかし、池やら小さな庭やらがきれい。しかし、自分を追い抜いて歩いていった旅行会社風の男の「・・・300人」という会話が聞こえる。「来る」前に行かねば、と思い、有名な石庭(方丈庭園)へ急ぐ。落ち着いたのもつかの間、「300人」が来た。まあでもそのたたずまいは素晴らしく、小さいけれど、いい庭だった。境内は広く、他の庭もなかなかよろしい。

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龍安寺の石庭【京都】

11時40分頃、等持院へ。足利将軍家の菩提寺だったところで、歴代将軍の木像が並ぶ。7代義勝は明らかに子供である。昨日の天龍寺と同様、夢窓疎石の作庭といわれる芙蓉池は低木が街路樹風に剪定されているように感じられて、違和感があったが、団体客がいないので落ち着いて眺められるのがよい。そして、さらに奥に行けば素晴らしい池というか庭が。心字池か。こちらも夢窓疎石の手によるもの。人はさらに減る。もったいない。近くの路地も良い風情。

30分弱歩き、12時40分頃、仁和寺へ。枯山水の庭園は平凡にも見えるが、とにかく広く、それだけだがなんかすごい。他の庭園や襖絵なども見事。そして足が疲れた。やたら広い境内なので、とにかく疲れる。賽銭を投げては「この疲れを取ってください」と祈り続ける。

14時ごろに妙心寺へ。さらに退蔵院へ。法金剛院では池が蓮に覆われ、さらに池の周りに鉢植えの蓮が並べられている。花が咲けばたいそうな眺めになるのであろう。道を間違えて無駄に歩いたりして疲れがさらに増す。股関節まで痛くなってきた。なんとか歩き続け、15時半頃、広隆寺へ。ここの霊宝殿は冷房が効いた室内に国宝・重文の仏像がずらっと並び、異様だが壮観。特にやはり弥勒菩薩像の不思議な笑みが印象的。

16時15分太秦駅発の嵐電に乗り、四条大宮で阪急に乗り換え、17時前に河原町へ。高瀬川沿いはいい風情。さらに歩いて祇園へ。こちらも風情ある街並み。恰幅のいい年増の舞妓とすれ違う。微妙。

昨日に続き昼食抜きだった今日の夕食は、朝買ったパンの残りとカロリーメート(とウーロン茶)。腹が鳴ってしょうがない。ホテルからレンタサイクル屋に電話すると、今晩届けてくれるというので喜んでいたが、いっこうに持ってこない。再度電話すると、なぜか大阪に転送され、出てきたオヤジは要領を得ない。結局、自転車がやってきたのは22時をまわっていた。

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2020年8月14日 (金)

京都旅行(1)嵐山<改>

1995年9月11日

東京発大垣行き夜行普通列車、通称「大垣夜行」に乗るために、発車1時間半前に東京駅のホームへ。しかし並んでいる人は皆無。早く来る意味は皆無。

23時40分、出発。

9月12日

たまたま相席になった奴がよくしゃべり、眠れず不愉快。奴が下車後、一応眠ったが。5時40分前には検札に叩き起こされた。7時頃に大垣で到着。加古川行きに乗り換え。しばらくは車窓の田園風景を見ていたが、結局、ほぼ寝た。9時に京都着。急に大都市になった。コインロッカーに荷を預け、嵯峨野線(山陰本線)で嵯峨嵐山に9時半前に到着。

10時半過ぎ発の嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車に乗車。かつての山陰本線の線路を使った観光列車。峡谷沿いは流石に良い眺めで、これで600円は安い。と思っていたが、それも最初のうちだけ。あとはまあまあという程度。それでも開放的なトロッコ列車で、風は気持ちいいし(寒いが)、水面の緑色も綺麗で、それなりに満足。が、車掌のアナウンスというかおしゃべりが少々うるさい。唄まで始まった。

10時前にトロッコ亀岡着。ここまでですでに写真を撮りすぎた。周りの水田沿いを歩く。稲が規則正しく並び、赤とんぼが飛ぶ。川岸に行く。水は冷たくない。アメンボが水の流れにあらがっている。人の音が聞こえなくなり、あるのは水、虫、鳥、そして虫が動くときに草がずれる音だけ。どこにでもありそうな空や田んぼや虫や鳥が、なぜか魅力的にみえる。

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何ということはない景色だが【トロッコ亀岡駅からの散歩途中】

トロッコ亀岡駅に戻る。駅が近づくにつれ、中年女性の喧噪が聞こえてきてげんなり。さらに歩いてJRの馬堀駅へ。乗ろうとした電車にぎりぎり間に合わなかったので、悔しくて反対方向に一駅だけ乗って亀岡へ10時40分着。ここで折り返す。今の山陰本線の線路はトンネルばかりだが、たまに峡谷の上を渡る。

11時に嵯峨嵐山駅着。暑くなってきた。が、竹林に入ると涼しくなる。竹だけだけど、それがまた美しい。人力車がはびこっている。まずは野宮神社へ。じゅうたん苔が有名だがいまいち。その後、レンタサイクル屋を発見。100円と安いので借りることに。11時半頃、常寂光時へ。楓と竹と苔が美しく、風雅な趣。人がほとんどおらず、蝉と鳥の声しか聞こえない。と思ったら、鐘が鳴る。

続いて祇王寺へ。庭も、それを取り囲む木や竹も、風情がある。隣の滝口寺は風情と言うより野趣のある雰囲気。そんなに薄暗いわけではないが、なんか「出そう」な雰囲気。広いだけの清涼寺に寄った後、13時頃、大覚寺へ。時代劇の撮影をしている。立派な寺で、庭も趣はないが、立派。大沢池は静かで広いだけなのに、なぜか風流。と思いながら、結局池の周りを一周してしまった。凄く疲れた。腰まで疲れた。

思い切り道に迷う。大覚寺前の五叉路で、自分が来た道を除く4つの選択肢のうち、帰り道につながっていないのは一つだけなのに、その一つを選んでしまったのが敗因か。しかしなんとか鈴虫寺に14時50分頃到着。ここも竹がきれい。中年女性の団体とぶつかった。ここは完全に産業化した観光地と化しており、鈴虫の箱の行列を前に繰り広げる寺の坊主の演説は話の7分の5はお守りのセールストーク。出てきたお茶は少ないし、菓子はうまくないし、庭は狭くてちゃちい。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはこのことか。

15時40分頃に地蔵院へ。高く広大な竹林、そして苔が見事。庭園は平凡。予約なしでは入れない西芳寺を横目に、16時半頃、天龍寺へ。最初は枯山水。そして次の回遊式庭園は、これこそ待っていたもの!素晴らしい庭園で、あまりの素晴らしさに1周半もしてしまった。続いて、諧堂へ。また庭園が見える。水面に映り込む木々も美しい。どんどんフィルムが減る。

Tenryuji-temple-in-kyoto
感動したはずなのだが写真はろくなものがない【天龍寺(京都)】

しかし、身体はぼろぼろ。腕が赤いと思ったら見事なサンバーン、埃にまみれになっているせいか、目がしみてしょうがない。右膝、尻、腰、踵も痛い。嵐山公園の亀山公園の川縁を歩くが、段々峡谷っぽくなっていきとてもよいのだが、最後は登って展望台に向かうしかけで、疲れもピークへ。しかも大してよく見えない。

18時頃、自転車を返し、嵯峨嵐山駅からJR嵯峨野線に乗車。嵐山はいいところだった。しかし、疲れた。膝はがくがく、腿はぱんぱん。明日からはこんなハードスケジュールはやめよう、もっとゆったりとしようと反省。18時半前に嵯峨嵐山駅を出て、18時50分に京都着。夢見心地で挙動不審だったらしく、前に座っている人に「京都ですよ」と教えられた。どうも車内では激しく舟を漕いでいた模様。

市バスで予約していたホテルへ。いやに安いと思っていたが、着いて理由が分かった。カプセルホテルだった。

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2020年8月11日 (火)

世界の標識(10)コロニア(ミクロネシア連邦)

道路標識というのとはちょっと違うのかもしれないが、コロニアの街中ではよく津波の際の避難経路の標識を見かけた。どこかの国の援助なのだろうか。

Tsunami-sign-in-kolonia
コロニアにて

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2020年8月 8日 (土)

世界の標識(9)トズール近郊(チュニジア)

砂漠の中のオアシス都市、トズール。砂漠を走る道には。

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ラクダ注意

砂漠の中では放牧と思われるラクダをみかけた。

Camels-near-nefta
群れるラクダたち【トズール県ネフタ近郊】

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2020年8月 5日 (水)

世界の標識(8)トリニダー(キューバ)

キューバの古都トリニダーで見かけた標識。

Trinidad-cuba
荷馬車注意【トリニダー】

この街では観光客向けの馬車だけでなく、こうした荷馬車が現役であった。

Horse-cart-at-trinidad
路地にも荷馬車が突っ込んでくる【トリニダー】

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2020年8月 2日 (日)

世界の標識(7)アルーシャ近郊(タンザニア)

アルーシャの近くを走っていた際に見た標識。タンザニアでは牛の放牧をよく見かけたのでこういう標識が必要になる。

Near-arusha-tanzania
牛に注意【アルーシャ近郊】

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2020年7月30日 (木)

世界の標識(6)サント・エスピリチュアル島(バヌアツ)

サント・エスピリチュアル島を走っているとこんな標識が。

In-espiritu-santo-vanuatu
牛横断注意【サント・エスピリチュアル島】

この島ではヤシの木のプランテーションが盛ん。その下で牛が草を食む。そんな牛の道路横断に注意ということであろうか。

Cows-in-espiritu-santo
ブレブレだが貴重な牛の写真なので【サント・エスピリチュアル島】

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2020年7月27日 (月)

世界の標識(5)メクネス(モロッコ)

首都ラバトとフェズの間に位置するメクネスは、17世紀から18世紀にかけて約50年間、当時モロッコを支配していたアラウィ―朝の首都がおかれていた地。現在でも旧市街が広がる。そんな街で見かけた標識。

Meknes-morocco
メクネスの標識

トラックと荷馬車は通行禁止ということだろうか。円形の標識のはずだが、それを正方形の標識に印刷して済ませているのも面白い。

禁止するほど荷馬車が走っていただろうかと思い、写真を探したが見つからない。かろうじて見つけたのはメクネスではなく、マラケシュの旧市街を抜けたあたりで見かけた荷馬車。

Horse-and-cart-in-marrakech
マラケシュの荷馬車

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2020年7月24日 (金)

世界の標識(4)モプティ(マリ)

ニジェール川とバニ川の合流地点に位置する水の都、モプティ。その市場近くの路上で見かけた標識。スクールゾーン、通学路、といった意味か。

Road-sign-in-mopti-mali
親子連れ?【モプティ】

棒に括り付けられているのではなく、地面に置かれているのが興味深い(棒がなくなったのだろうか)。

そして、右側の子供らしきシルエットの頭の形も気になる。現地ではこのようなヘアスタイルや帽子や冠の類は見かけなかったのだと思うのだが。

さらに言えばこのイラストは足が極端に小さかったりして、微妙に作家性を感じる。標準的なピクトグラムではなく、誰かが手書きで書いたオリジナルの標識なのだろうか。

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